カウチサーフィン(CouchSurfing)と愉快な仲間たち

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バイア・マーレでジャム作り!(ルーマニア)

バイア・マーレでカウチサーフィン(CouchSurfing)、ルーマニア



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バイア・マーレでのホスト、アディの家は市の中心部から少し離れた村の中にあります。
なかなか落ち着いた雰囲気の静かな村で、ひと目でここが気に入りました。

今日は月曜日。
もちろんアディには仕事があるので、出勤のついでに車で市内まで送ってもらいました。


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アディが家族で経営しているパン屋さん。
バイア・マーレ市内に9つものお店を持つというアディ一家。
なかなか裕福な家庭のようです。
いつも鷹揚な態度をくずさない彼らからは、余裕のようなものを感じました。


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アディの会社から市内へは、この線路をまたいで抜けていきます。
踏切なんてありません。
これがルーマニア方式なのか!

なかなかスリルがあって楽しかったです。
私の他にも、たくさんのバイア・マーレ市民がこの線路を横断していました。
日本の国土交通省が見たら大泣きしそうな光景です。


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線路を抜けるとそこにはバスターミナルが。
鉄道網があまり発展していないルーマニアでは、このミニバスこそが重要な庶民の足となります。
ただ、外国人観光客へ向けた配慮はありません。
まあ、それが旅のおもしろさでもあるんですけどね。


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バスターミナルのとなりには、バイア・マーレの鉄道駅があります。
ここはルーマニア北部の拠点都市のはずなのですが、駅前でもそれほど発達はしていません。
市の中心部でもかなり静か。
ルーマニアはやはり落ち着きます。


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まだ体調は回復していなかったので、今日は一日、バイア・マーレ市内を散策します。
アディに教えられた鉱物博物館へとやってきました。

しかし、どうやら今日はお休みのようです。
本音をいうと、あまり博物館には興味がなかったのでほっとしました。


次は郊外にある民俗博物館を目指します。
アディはバスを使うように言ってくれましたが、私はあえて歩きます。

途中、旧市街区のような場所を通ったのですが、近代化されたバイア・マーレ中心部とは違い、なんだかとてもルーマニアっぽくてよかったです。

アディは地図をプリントアウトしてくれた上に、道順を詳細に書き込んでくれました。
おかげで迷わず民俗博物館にたどりつくことができました。



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民俗博物館では、ルーマニア各地の伝統家屋を見ることができます。
なかなかいいと思うのですが、本物の木造教会を見た後では、やはりもの足りません。
さっとひととおり見ただけで、すぐに出てきてしまいました。


一日かけてバイア・マーレ市内を見てまわるつもりでしたが、あまりおもしろそうな街ではありません。
公園のベンチで昼寝をして時間をつぶすことにしました。

このトイレには仮設の公衆トイレがあり、無料で使えます。
ヨーロッパではたいていトイレは有料なので、これはとても珍しいです。

ところが、いざ使おうとして、断念してしまいました。
鍵は壊れているし、タンクも見事なまでに破壊されていて、どう考えても水は流れそうになかったからです。


夕方近くまで昼寝をしていると、アディからメッセージが届きました。
仕事を終えた彼は、わざわざ車で公園まで迎えにきてくれ、その後いくつかの支店をまわりました。


そしてその後はいよいよ帰宅です。
今日はアディの家に、親戚の人が集まっているといいます。
ぶどうを収穫して、みんなでジャムをつくるのです。

ジャム作り!
そんな経験したことないぞ。
おもしろそう!


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私たちが帰宅したとき、すでにジャム作りは始まっていました。
いったいどうやってジャムは作られるのだろうか。
なんだかわくわくします。


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このおじさんはなぜ上半身裸なのか。
ジャムを煮立てる釜は火を焚いているので、とても暑いのです。


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おじさんにジャム作りを教わりました。
単純なようでいて、けっこう難しいです。
同じペースでゆっくりとかきまぜないと、火が均等にゆきわたりません。

「だめだ、だめだ。もっと腰をいれろ!」

何度もダメ出しをされてしまいました。


そしてなぜか、

「おっ! いい時計してるな。 俺はセイコーの時計が大好きなんだ。セイコーの時計は最高だ。
 その時計、俺にくれよ」

なにを言ってるんだ、このおじさんは。
なんでいきなりあんたにあげなきゃならないんだよ。


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ふたを開けるとこんなかんじ。
ぶどうがぐつぐつと煮立っています。
バチバチとあたりに飛び散ります。

おじさんはこれを、「地獄の釜」と呼んでいました。



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アディの家のとなりには、果樹園があります。
ぶどうはこの畑で採れた新鮮なものなのです。


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ぶどう。
収穫は今日一日では終わらないので、明日も続きます。
人手が必要なので、親戚が集まってみんなで共同作業をするのです。


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ジャムを煮るのは主に男性の仕事。
女性はまた別の作業を担当します。
私も体験させてもらいました。


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ここでの作業はぶどうをひとつひとつ種を取り除いて、水できれいに洗うというもの。
地味だけど、けっこう大変な作業でした。


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アディの家ではさらに鳥も何種類か飼っていました。
まさに自給自足です。

さらに、親戚もそれぞれ別の作物を栽培しているので、みんなで持ち寄れば買い物に行く必要はないそうです。
ルーマニアの生活って、なんだか健康によさそう!


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ジャムができあがったので、さっそく試食させてもらいました。
できたてのほやほやなので、湯気がたっています。
アツアツのジャムを食べるのなんて初めてです。

そしてこのジャム、うまいっ!
こんなおいしいジャム食べたことない。

このジャムに比べれば、スーパーで売っているジャムなんて、死んだジャムも同然です。
できたてのジャムというのは、工場でパックされたものとはまったくの別物でした。
こんなの食べた後には、もう既製品なんて食べれません。


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今日の作業はもう終わりかと思っていたのですが、そうは問屋がおろしません。
今度は別の色をしたぶどうが運び込まれてきました。

うへえ、まだあるのかよ。
もう腰が痛いんですけど。

しかし、おいしいジャムをごちそうになってしまった以上、作業に参加しないわけにはいきません。


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アディのお母さんからお声がかかります。

「ほらほらマサト。いつまで油売ってんのよ。さっさと仕事に戻りなさい。
 これが終わるまで、晩御飯は食べれませんからね」

ううっ。
働かざる者、食うべからず。
この法則は世界共通のようです。

まさかルーマニアまで来て、ジャム作りを体験させてもらえるとは思ってもみなかった。
ありがとう、カウチサーフィン。



テーマ : カウチサーフィン(Couch Surfing)
ジャンル : 旅行

ルーマニアのバス事情(Sighetu Marmatiei ~ バイア・マーレ、ルーマニア)

バイア・マーレ(ルーマニア)でカウチサーフィン(CouchSurfing)


木造教会を見学した後、再び宿に戻ってきました。
チェックアウトはもうすでに済ませてあったのですが、バスの時間までまだかなりあったので、この宿でしばらく休ませてもらうことになりました。

「どこか具合でも悪いの?」

例の受付の色っぽいお姉さんも、私の体調の変化に気づいていたようです。

「なにか飲む?」

本来なら、きれいなお姉さんの申し出を断ることなどありえません。
しかし、今の私の胃袋はなにも受け付けないのです。
食べても飲んでも、かたっぱしからもどしてしまうのです。

ましてやこれから私はバスに数時間揺られることになります。
バスの中で吐いてしまったらシャレになりません。



宿からバス停までの道のりが、ものすごく遠く思えました。
荷物がいつもの3倍くらいの重さに感じます。
ギリギリ肩に食い込んでくるため、少し歩いては荷物を降ろして休憩しなければなりませんでした。

のどもカラカラです。
バスの中で吐くのが怖くて、なにも飲んでなかったのですが、もう口の中はカラカラ。
さすがにこれは脱水症状がヤバいだろう。

水をひとくちだけ口にふくみ、それを10分くらいかけてちびちび飲みました。
でも、ひとくちじゃあ全然足りません。

「もっと飲みたい」

昨日も今日も吐きっぱなしだったので、もうまる二日間なにも食べていない計算になります。
食欲はありませんが、とにかくのどが渇いた。
手元に水を持っていながら飲めないというのは、かなりつらい。

「バス停に着いたら、なにかジュースでも買ってやるから、それまで我慢しろ」

自分にそう言い聞かせながらバス停を目指します。
本来なら20分くらいで行けるはずの距離を、1時間くらいかけてやっとたどりつきました。

約束どおり、自分にファンタ・オレンジを買ってやります。
ひとくちだけ口にふくんで、じっくりと時間をかけて飲みます。

「うまい!」

ファンタ・オレンジがこんなにおいしいなんて知りませんでした。
ひとくちだけ飲んで、あとは捨てるつもりだったのですが、結局ぜんぶ飲んでしまいました。

「あーあ。結局全部飲んじまったよ。バスの中で吐いたらどうするんだ?」


しばらく待っていると、バスがやってきました。
私は重い荷物を持っているため早く動けないので、列の最後尾です。

早く車の中に入りたいのに、なかなか列が前に進みません。
列の先頭にいる人とバスの運転手がなにやら話し込んだ後、バスは行ってしまいました。
あれれれ。
いったいどうなってるんだ?
なんで俺たちはバスに乗れなかったんだ


バスに乗りそこなった乗客たちは集まってなにやらボソボソと話し合っています。
ルーマニア人でない私は蚊帳の外。
話に寄せてもらえません。

しかし、状況がまったくつかめないのは不安です。
みんなの話がひと段落ついたころあいを見計らって、話しかけてみました。

「あのー、バイア・マーレまで行きたいんですけど、次のバスには乗れますかね?」

ルーマニアでは英語が通じないことが多かったので、私の言っていることが通じるか不安だった。
が、一人の若い女性が親切に答えてくれた。


「私たちも今それを考えているところなの。
 さっきのバスはすでに満員で乗れなかった。
 次のバスは最終だから、状況はもっと悪いと思うの」

「えっ! 最終バスに乗れなかったらいったいどうなるんですか?」

彼女は肩をすくめながら言った。

「明日の朝まで待つしかないわね」

おいおいおい。冗談じゃないぞ。
俺は腹をこわしてるんだ。
それなのにこんな寒いバス停で朝まで待ってろっていうのか。


だんだんと太陽が沈んでいく。
そうだ、ルーマニアには吸血鬼がいるんだ。
こんな国で野宿なんて絶対にごめんだぞ。
かくなるうえは、ヒッチハイクか。
日が暮れてからのヒッチハイクはできれば避けたかったが、他に方法はない。


打開策を練っていると、バス停で待っていた乗客たちが一斉に立ち上がる。
来たのか、最終バスが!

乗客たちは我先にとバスへと殺到する。
そりゃそうだろう。
このバスを逃したらもうあとはないのだから。
みんな必死だ。

だが、重い荷物を持っている私はまたしても列の最後尾となった。

あのー、異国の地をさまよっている外国人をもう少しいたわってくれませんかね。


今度もバスの運転手は「もう満員だ」と言って乗車を拒んでいたのだが、みんな無視して強引に乗り込んでいった。
やれやれ。
なんとかなりそうだ。

と思ってバスに乗ろうとしたら、運転手に制止された。
「もう無理だ。これ以上は乗せられない」

そんな殺生な!
頼むよ、なんとか乗せてくれよ。
こんなところに置き去りにされて、いったい俺にどうしろっていうんだ。

普段は押しの弱い私だが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。
なんとかごり押しして、バスにもぐりこんだ。

ふぅーっ。これでバイア・マーレにたどりつける。
あー、疲れたっ!




(運転手の横の「特等席」にへたりこむ私)


これは後から聞いた話なのだが、ちょうどこの前日、ルーマニアの道路交通法が改正された。
これにより、バスの座席以上の人数は乗せることができなくなったのだそうだ。
つまり、通路に立った状態で乗客を乗せてはいけないらしい。

そしてこれに違反した場合、バスのドライバーは処罰される。
だから運転手はあんなにかたくなに乗車を拒否したのだ。


さらに、この法律改正によって、ヒッチハイクも禁止された。
そのことを聞いて複雑な気分になった。

ルーマニアはヒッチハイク王国だ。
交通インフラがあまり発達していないこの国では、ヒッチハイクが庶民の重要な足となっている。
朝夕の通勤にヒッチハイクを利用する人も大勢いる。

いわば、ヒッチハイクはルーマニアの文化なのだ。
それなのに法律でいきなり禁止されても、人々は納得いかないだろう。

私も納得いかない。

私が生まれて初めてのヒッチハイク・デビューをはたしたのも、3年前のここ、ルーマニアでだった。
ビュンビュン走る車に向かって親指を立てる時のあの恥ずかしさと期待、車が停まってくれたときのうれしさは一生忘れることができない。
ずぶの素人の私でも、なんとかヒッチハイクに成功できたのは、この国の文化によるところが大きかったと思う。

だから私にとってヒッチハイクとルーマニアとは切っても切れない関係なのだ。

たしかにヒッチハイクは危険な側面もある。
実際に事件も起こっているのだろう。
政府が法律でヒッチハイクを禁止しようとする趣旨は理解できる。

これも時代の趨勢か。
なんだかさびしい気もするが仕方がないことなのだろう。

世の中はどんどんとつまらなくなっていくのだな。



とにかくバスには乗り込めた。
これであとはバイア・マーレに到着するのを待つのみだ。

ほっとすると同時にどっと疲れが押し寄せてきた。
私の体調はまだ万全ではない。
目をつぶって体力温存につとめる。


バスはしばらく走って、次の停留所にさしかかった。
見ると停留所には大勢の人が待っている。
このバスはすでに満員。
どう考えても全員は乗れない。

どうするのだろうと見ていると、案の定、ひと悶着起こった。
ルーマニア語なのでよくわからないが、

「なに言ってんだテメェ、ぶっ殺すぞ! とにかく乗せろっ」

とものすごい剣幕で怒鳴っている。

それはそうだろう。
もうあたりは日が暮れて暗くなりかけている。
この最終バスに乗れなかったら、もうどうしようもないのだから。


運転手が制止するのも聞かず、何人かの乗客たちが乗り込んできた。
私は運転手のとなりに腰を下ろしていたのだが、そこにいると他の乗客が入ってこれないので、奥へと追いやられた。
これでもう座っていられない。

疲れがどっと押し寄せてきた。
バイア・マーレまであとどれくらいだろう。
立ってるのがつらい。

倒れそうな私を見て、一人の若い女性が席を譲ってくれた。
かたじけない。
本来なら固辞すべきところだが、今の私にはそんな余裕はない。
倒れこむようにして席になだれこんだ。

異国の地で受けた親切は本当に身にしみる。
体調の悪い時はなおさらだ。
この借りは必ず日本で返そう。
重い荷物を持った外国人観光客を見つけたら、ぜったいに親切にしよう。


席を譲ってくれた女性は英語が話せたので、気になっていたことを聞いてみた。


「このバスは最終バスだろ。停留所には車に乗り切れなかった人がまだ大勢いたけど、あの人たちはどうなっちゃうんだい?」

「なんだ、そんなこと心配してたの。彼らは地元の人間だから、みんななんとかするわよ。
 それに、この国では時間がゆっくりと流れてるの。今夜乗れなかったら、明日乗ればいいだけの話よ。
 1日や2日の遅れなんてどうってことないのよ」


なんだかむちゃくちゃな論法だなあ。
でも、他に手段がないのだから、どうしようもないのだろう。


バスの中でうつらうつらしていると、窓の外がまぶしくて目がさめた。
今までずっと山の中を走っていたのだが、どうやら市街地にはいったようだ。
バイア・マーレか。

乗客たちがそわそわし始めた。
きっと停留所が近いのだろう。

私に親切にしてくれた女性も次で降りるみたいだ。

「バイア・マーレのどこまで行くの?」

え? どこまで?
えーっと、どこまでだろう。
そういえば詳しく聞いてなかった。
確かここでのホスト、アビィはバスターミナルまで迎えに来てくれると言ってたような気がするな。

「バス・ターミナルまで友人が迎えにきてくれるんだ」

私がそう言うと、女性はほっとしたようだった。

「なら、最後まで乗ってなさい。私はここで降りるわ。よい旅を!」

そう言い残してあわただしくバスを降りていってしまった。
ドタバタしていたので、彼女にお礼を言うひまもなかった。
あんなに親切にしてもらったというのに、俺はなんて恩知らずな人間なんだ。



バス・ターミナルといっても、屋根とベンチ以外にはなにもない。
アビィにメールを送ると、「すぐに行く!」という返事が返ってきた。
よかった。
どうやら今夜は無事にベッドの上で眠ることができそうだ。


アビィは大きな4WDの車で現れた。
恰幅のよい体型をしている。
性格もおっとりしている。
優しそうな人でよかった。
今は体調が万全でないから、あまり気を使う相手はいやだ。

アビィのお母さんもやさしい人だった。

「よく来たわね。お腹すいたでしょ」

と言って夜食をだしてくれた。

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おいしそうだ。
だが、ルーマニアの料理は味付けが濃い。
それに、これにはチーズがたっぷりとのっている。
はたして、今の俺に食えるだろうか。

スプーンを口に運ぶ。
こってりとした食感がのどを通過していく。

うぐっ。
吐きそう。


「ごめんなさい。僕は今体調を崩してるんです。
 せっかくのお料理ですが、どうやら食べれそうにありません。」

そう言うと、アビィのお母さんは嫌な顔一つせず食器を片付けてくれた。
それどころか、とても私のことを気遣ってくれる。

「そうだわ、いいものがあるからちょっと待ってて」

そう言いながら台所で何か作ってくれている。
もう夜も遅いというのに、私ひとりのために手をわずらわせてしまい、申し訳ない。


彼女は手にドリンクを持ってやってきた。
見ると、グラスの中にはレモンが浮かんでいる。
これは胃によさそうだ!

ひとくち飲んで、思わず吐きそうになった。
グラスの中に入っていたのは強烈なアルコールだったからだ。

「うぐっ、うぐ。 こ、これはいったいなんですか?」

「ウォッカのレモン割よ。病気の時はこれが一番でしょ」


そうか、ルーマニアの人は病気の時はウォッカにレモンを入れて飲むのか。
日本人が風をひいた時にたまご酒を飲むのと同じ理屈だな。
現地の風習を体で感じることができる。
カウチサーフィンをやっててほんとによかったー!

なんて言う余裕は私にはなかった。
こんなに気分が悪いときに、アルコールなんか飲めるか。
やばい、吐きそうだ。

チェンジ! チェンジ!
私の心の叫びが聞こえたのか、
アビィのお母さんは今度はデザートを作ってくれたようだ。


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さっきのこってりとした料理に比べれば、今度のは格段に食べやすい。
ふた口目くらいまではスムーズに食べることができた。
だが、それ以上はやはり食べれない。
無理に食べたとしても、きっと吐いてしまうだろう。

アビィのお母さんにはほんとに申し訳ないが、スプーンを置かざるをえなかった。

「そんなに悪いの?
 お薬は持ってる? 病院に行かなくても大丈夫?
 今夜は暖かくして早く寝なさいね。」

なんだか今日は親切にしてもらってばかりだ。
ルーマニアの人って、みんなこんなに優しいのだろうか。


テーマ : バックパッカー
ジャンル : 旅行

マラムレシュ地方の木造教会群(世界遺産)(ルーマニア)

マラムレシュ地方の木造教会(ルーマニア) 



今回の旅のハイライトの一つでもあるマラムレシュ。
世界遺産に指定されている木造教会群。
毎日曜日には伝統衣装に身を包んだ人々が礼拝にやってくるという。

あまり事前に期待しすぎるとがっかりさせられることも少なくないのですが、
ここは違います。

天気は快晴。
建築群は予想以上に見ごたえがあり、厳かな雰囲気に包まれたミサに感動。
そしてなにより、伝統衣装に身を包んだ女性たちの美しさ!

もともとルーマニアには良いイメージを持っていたのですが、今日新たに確信しました。

ルーマニア最高!




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ホテルの窓からの風景。
古き良き面影を残すここSighetu Marmatiei の街も、体調不全の私には暗いイメージにしか映らない。

あまり観光地化されていないこの場所の雰囲気はけっこう好きだ。
また来たいと思う。
そして今度はもっとゆっくりとここの空気を味わいたい。


明け方まで嘔吐と下痢を繰り返したおかげでフラフラだ。
吐くという行為は、ずいぶんと胃袋の筋肉を酷使するものなのだな。
普段使うことのない筋肉だけに、その疲労感はすさまじい。

幸い、下痢も嘔吐も小康状態を保っている。
そりゃそうだろう。
体の中にあるもの全部ぶちまけちまったんだから、もうなにも残ってない。


フロントでチェックアウトを済ませる。
受付にいたのは昨日と同じ女性だ。

この娘、昨夜は深夜までここにいた。
そして今朝は早朝から働いている。
きっとこのホテルに住み込んでいるのだろう。


私は社交的な性格ではない。
日本では、ホテルの従業員と仲良くなるなんてまず考えられないが、
海外を旅行しているときは違う。

ここのフロントで働いているルーマニア女性は美人で、面倒見がよく、
昨夜はずいぶんとおしゃべりをした。
できることならもっと仲良くなりたかった。
一緒に写真も撮りたかった。

でも、今朝はとてもそんな気分じゃない。

「俺の息、吐しゃ物の臭いがしないだろうか?」

などと不安になってしまう。
口を大きく開けて話すことすらできない。


「バスの出発まで、まだ時間があるでしょ。
 コーヒーでもどう?」

彼女に促されて、フロント奥の事務所へと向かう。
その間、彼女のヒップにみとれていた。

きゃしゃな体つきの彼女だが、お尻だけがなぜか異常にデカい。
ヨーロッパ女性にはよくある体型だ。

もしも日本人女性が同じような体型をしていたら、間違いなく「ぽっちゃりしてるね」などと言われてしまうだろうが、
ルーマニア女性の場合、このアンバランスさが妙にしっくりときている。

って、朝から俺は何を考えているんだ。
体調が悪かったんじゃなかったのかよ。

生命の危機に瀕したとき、生物は種の保存本能が強まるという。
だとしたら今の俺の状態は、それほどまでにひどいということなのだろうか。






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街の外れにあるバス停。
行き先も時刻表も書いていないから、部外者には使いづらい。
昨日、ホテルの受付で詳しく聞いておいてよかった。

バスを待っていると、一人の女の子が話しかけてきた。
まだ高校生らしい。
いかにも「先週学校で習いました!」って感じの英語を話す彼女は、外国人に興味津々といった様子だ。
中国と日本の区別がつかないようだったので、私がむきになって説明すると
「きゃはは、超ウケる。 なに言ってんのかわかんないんですけど」
と笑っていた。

それにしても、ルーマニアのJK、色っぺー。
とてもまだ十代とは思えん。

そうこうしているうちに、彼女の友人たちがやってきた。
私と同じく、Barsana まで行くらしい。
といっても、彼女たちは教会へ礼拝に行くわけではない。
今日は天気がいいから、ハイキングに行くのだそうだ。
ルーマニアの高校生はなんて健全なんだ!


東洋人が珍しいようで、バスの中でも彼女たちと和気あいあいと会話を楽しんだ。
と言いたいところだが、それどころではなかった。

道路はところどころ未舗装なのか、バスは「ガクンッガクン!」と上下に大きく揺れる。
あちこちに開いてる穴ぼこを避けるために、右へ左へと迂回する。
ルーマニアにアミューズメントパークはいらない。

なんとか吐き気をこらえた。


むちむちぷりぷりのルーマニア女子高生たちはBarsana の村で降りていった。
私も一緒に降りようとしたら、運転手に制止された。
教会は村の中心からずいぶん離れた場所にあるらしい。



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教会の前でバスを降りたのは私一人だった。
山あいにある小さな村を、一目見て私は気に入った。
なにもない辺鄙な村。
だが、私をゾクゾクさせるなにかがこの場所にはある。


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小川にかかる吊り橋。
ふと、ベトナムのサパを思い出した。

きっとこの橋の向こう側には、素朴な原風景が広がっているのだろう。
古くからの伝統やしきたりを今なお守り続ける、人々の暮らしを垣間見てみたい。

「この橋を渡ってみようか?」
そんな衝動に駆られそうになるが、教会の礼拝はもうすぐ始まる。

時間に制約された旅行というのはいやなものだ。
もっとのんびりと旅をしたい。


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バス停の向こう側には木造教会が見える。
ついに来たぞ。

一人の老婆と目が会った。
スカーフを被り、ルーマニアの民族衣装をまとったこの老婆も、今から礼拝に行くところなのだろう。
腰が大きく曲がったその老婆は、今は亡きおばあちゃんのことを私に思い出させる。

「こっちだよ、こっち」

しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにしながら老婆は私に手招きをする。
言葉を交わしたわけでもないのに、どうしてこんなにもジーンとするのだろう。
のどかな村に住む敬虔な女性は、そこに存在するだけで心を和ませてくれる。

この老婆と一緒に歩いて教会まで行きたかったが、この女性、歩くのがとても遅い。
彼女と一緒のペースで進んでいたら、教会にたどり着く前に日が暮れちゃうんじゃないだろうか。

一刻も早く木造教会と対面したかった私はあせった。
ミサもいつ始まるかわからない。
貴重な瞬間を、一瞬たりとも見逃したくはない。

「おばあちゃん、先に行ってるね」

後ろ髪を引かれる思いで老婆を振り切った。
時間に追われる旅というのはほんとにいやだ。



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教会の入り口。
思わずロケットを連想してしまった。
今にも飛び立とうとしているように見える。

ここの駐車場はほぼ満杯。
少し離れた所にはもっと大きな駐車場があって、そちらにも車がひっきりなしに入ってくる。

続々と集結してくる人々を見ているうちに、だんだん気分が高揚してきた。
マラムレシュ地方の伝統的な礼拝に、俺も立ち会うことになるのだ。
この瞬間のために俺はルーマニアにやってきたのだ。



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教会は小高い丘の上にあって、村を見渡すことができる。
こんなにのどかな場所がまだこの地球上に残っていたとは。

静かだ。
なんて静かなんだ。
教会にも村にもたくさんの人がいるはずなのに、なんの音も聞こえない。
俺の耳は壊れてしまったのだろうか。


DSC06026.jpg

教会の敷地内にある小さな門。
こんなありふれた物を見るだけでも、なんだかウキウキしてくる。
目に映るすべての物事が楽しくってしかたがない。
だから旅はやめられない。

 
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年甲斐もなくはしゃいでしまう。
礼拝までにはまだ時間がありそうだったので、カメラ片手に走り回る。
こんなだから日本人観光客は外国人から笑われるんだろうな。
でも、どうにも止まらない。
ばかみたいに写真を撮り続けた。


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生神女進殿聖堂。
マラムレシュの木造聖堂群の中でも最も大きいもの(だと思う)。

それほど大きな建造物ではないはずなのに、圧倒的な存在感を感じる。
どんなカメラマンも、この重厚感を写真で表すことは不可能だ。

モン・サン・ミッシェルは写真からその豪壮華麗さがある程度は予測できた。
だから実物を見た時も心の準備ができていた。

でも、これはだめだ。
完全に打ちのめされてしまった。

教会を見上げながら、何度も何度も周囲をぐるぐるまわった。
きっとはたから見たら、変な人だったろう。
まあ、侍の衣装を着ている時点で「変な人」は確定なんだが。

それでもかまうもんか。
この感覚は写真ではけっして再現できない。
自分の目に焼き付けておくしかないんだ。


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ルーマニアの子供たち。
彼らはサッカーチームのメンバーで、今日は近くの街から遠足に来ているらしい。
そういえばクラクフ(ウクライナ)で出会った子供たちもサッカーチームの選手だったな。

彼らの住む街に外国人が訪れることはめったにないらしい。
引率の先生は英語も教えているらしく、子供たちに英語で私に話しかけるようにしきりに促していた。

もちろん、誰も先生の言うことなんか聞きやしない。
ギャーギャー騒いでいる。
ひとり変な顔してる奴がいるな。

子供たちはうるさかったけど、独りで旅行してるとこういうのもうれしい。(たまには)


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ついにミサが始まった。
教会内は厳かな雰囲気に包まれる。
とても部外者が入り込める余地はない。

私の他にも観光客は大勢いたのだが、みんな広場の中心部から遠ざかって、信徒たちの邪魔にならないようにしている。
それでも、やはり信者たちはやりにくいだろうな。
神聖であるべき礼拝中、観光客の視線にさらされ続けているのは気分のいいものじゃないだろう。

ここでまたベトナムのサパを思い出した。
彼の地には「ラブ・マーケット」なる伝統行事が存在していたのだが、心無い観光客の好奇な視線にさらされるのを嫌がって、今ではなくなってしまった。
現在でも地方に行けばひっそりと行われているらしいが、以前の面影を見ることは難しい。


このマラムレシュ地方の習俗も、ラブ・マーケットの二の舞になってしまうんじゃないだろうか。
ふと、そんな予感がした。

ブカレストから遠く離れたこの地方にも、交通機関が発達すればもっと多くの観光客が押し寄せることだろう。
西ヨーロッパでは飽き足らなくなったアジア人旅行者が、次なる目的地として東欧を目指すのも時間の問題だと思う。

今日私の見た限りでは、この教会にアジア人旅行者の姿はなかった。
でもここは日本人好みの観光地だ。
いったんブームにでもなれば、大挙して押し寄せてくるに違いない。

そのせいで、この伝統行事がなくなったりすることがあるとしたら、残念でしかたがない。
自分もその「観光客」の一人なんだから、そんなことを言う資格はないんだけど。


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ブカレストから来たという女の子たちと。


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サムライの格好をしていると、ジロジロと見られますよー。
まあ、当然だけど。


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この教会はそれほど広くはなく、その気になれば5分ほどでさっと見てしまうことも可能です。
でも、それじゃああまりにももったいない。


ミサが終わり、家に帰り始める人も出始めました。
ちょっと待ってくれー。
まだ一枚も地元の人と一緒に写真撮ってないことに気が付いた私はあせりました。

せっかくここまできて、民族衣装をまとった人と交流しないなんてありえません。
こんなチャンス、めったにないのですから。


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まず最初に声をかけたのがこの母娘。
二人とも民族衣装を着ています。

娘さんは変な格好をした私を見てもにっこり微笑んでくれました。
ルーマニアの子供たちは人見知りしないのかなー。


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こうして見ると、日本人と顔のつくりがまったく違いますね。
同じ人間だとはとても思えません。


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親だけが民族衣装を着ていたり、子供だけだったり、パターンはいろいろ。

でも、男性は特別な服装をしていないみたいでした。
男性版もあるはずですよね。
毎週着るのはめんどくさいのかな。



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日本では女の子に声をかけたことなんてないのに、今日はがんばりましたよ。
この娘たち、毎週こんなふうに着飾ってこの教会にやってくるそうです。
ルーマニア万歳!


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「私も撮ってよー」
と言われて振り返ると、そこには女の子と男の子が。

「君は民族衣装を着てないじゃないかよー」
と言いかけたのですが、よく見るとなかなかかわいらしい女の子です。
きっとこの子は将来ものすごい美人になるんだろうなー。
10年後にまた会おうね。

それにしてもこの子、まだ小学生くらいだろうに、どうしてこんなにも物憂げな表情を浮かべることができるのだろう。
おそらく表情というより、もともとの顔のつくりがそうなってるんだろうけど、あらためてアジア人との違いを見たような気がしました。


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ヨーロッパ人というのは、ほんとに小顔だなー。
というより、この女性の場合・・・






「ミスター! ミスター!」

どうやら私のことを言っているようです。
振り返ると、そこには修道女がいました。

一瞬いやな予感が走ります。
もしかしたらこの女性は、私に抗議しようとしているのかもしれません。

神聖な礼拝をカメラ片手に見物しにやってくる観光客の事を、尼さんたちは快く思っていない可能性は大いにあります。
その上さらに、私は侍の格好をして腰に刀まで差しているのです。

「さっさと出ていけ!」

と言われるんじゃないかと、反射的に身構えてしまいました。



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ところが実際は、その逆でした。
この修道女は侍姿の私を見て大興奮。

大はしゃぎで一緒に写真を撮ろうとするその姿は、およそ尼さんらしからぬものでした。
イケメンでもない私を見つめる彼女の目は、まるでハート型そのもの。
侍衣装の威力おそるべしです。

一緒に写真を撮るときも、修道女は私に体をすり寄せてきます。
「えっ! これってもしかして肩を抱けっていうこと?」
判断に悩みましたが、ここは神聖な教会。
しかも相手は尼さんということもあって、さすがに躊躇しました。


ガイドブックかなにかで、
「僧侶や修道女にカメラを向けるのは厳禁」
って書いてあったので、そのことを聞いてみると、

「そんな規則はないわ。 ノー・プロブレムよ!」
ときっぱり明言。

それどころか、

「ちょっと待ってて」

と言って尼さんは教会の中へと入っていきました。

そして持ってきてくれたのがこの写真集です。






なんと、普通に買えばかなりの値がするであろう写真集をいただいてしまいました。
サムライのコスプレってほんとお得だなー。




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礼拝が終わった後も、広場に残った人々は知り合いと話し込んだりしています。
教会は地域のコミュニティーの役割を果たしているんでしょうね。


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おっ!
鮮やかな衣装が目を引く女性を発見。
なんかミツバチを連想してしまいました。

これってルーマニアの衣装なの?
どちらかというと「ブルガリア」って印象があるんだけど。

まあどっちでもいいか。
きれいなお姉さんは何を着ても似合うのです。

「一緒に写真を撮って」
と頼んだら、あっさり承諾してくれましたよ。
日本で同じことをやったら通報されるレベルですよねー。


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東欧、とくにルーマニアの女性はおおらかな性格をしている人が多いので好きです。
笑顔も柔らかい。
癒される~。

ルーマニア、ほんとに来てよかった。



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徐々に人の姿が見えなくなってきました。
礼拝のために訪れていた人たちはみな、昼食をとりに家路へとついたのでしょう。
残っているのは観光客くらいです。



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人が少なくなったころを見計らって、結婚式の写真を撮っているカップルも見かけました。
ここはそういう写真を撮るのには絶好の場所ですよね。
今日は天気もいいですし。


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「子供たちと一緒に写真を撮って」

今度はものすごい美女に声をかけられました。
かなり大きなお子さんが二人もいるというのに、この美貌をキープしているとは!

聞けば、彼女はルーマニアとウクライナのハーフなのだとか。
「世界一の美女大国」の誉れ高いウクライナ。
「妖精の住む国」ルーマニア。
その両者のハーフって史上最強じゃないか!

彼女の娘さんもまたとてつもない美少女。
息子さんもなかなかの男前。
そしてもちろん旦那も超イケメン(ケッ!)

ルーマニアは英語が母国語じゃないはずなのに、彼女の子供たちはとても流暢な英語を話します。
それも理路整然と。
きっとこの家族はとても裕福で、高度な教育を受けているにちがいありません。


「ルーマニアの感想はどう?」
といった話から始まり、私がここに来る前にはウクライナも旅してきたことがわかると、話がどんどん弾みます。

ついには、

「Sighetu Marmatiei まで戻るの? 私たちも同じ方向だから、よかったら車に乗っていかない?」
という流れとなりました。

これは願ってもない提案です。
この地域のバスの本数は少なく、次のバスが来るまであとどれくらい待たねばならないか予想もつかないのですから。


ところが、ところがです。
最悪のタイミングでやってきました。
あの強烈な吐き気が、またもやぶり返してきたのです。

いや、正確に言えば、ずっと気持ちは悪かったのです。
ただ、念願の木造教会群を前にしてハイになっていた私は、なんとかだましだましここまでやってきただけだったのです。

彼女たちと話している途中、急に私は黙り込んでしまいました。
吐き気をこらえるためです。
でも、彼女たちはそんな事情など知りません。
みんな怪訝な顔をして私のことを見ています。
ここはなんとかごまかして、急いでトイレに向かわねば。

でも、とてもそんな余裕はありませんでした。
うぷっ!
一目散にトイレめがけて駆け出したものの、2,3歩ほど行っただけで私は吐き出してしまったのです。
その様子はまるで、シンガポールのマーライオンが水を吐き出すようにも見えたことでしょう。
いや、私の噴出力はもっとすさまじく、レーザービームのようにピューッ!っとまっすぐ飛んでいきました。

食欲はありませんでしたが、脱水症状にならないようにと、水だけは飲んでいたのがあだとなったようです。
人間は何も食べなくても、水分補給さえしっかりしていれば1週間は生き延びることができると聞いたことがあります。
でも、今の私の体は水すらも受け付けないのか!


「大丈夫?」

母娘が心配して、ティッシュとペットボトルを持ってこようとしてくれました。しかし、

「ありがとう。大丈夫」

と言おうとした瞬間、

ウゴォヴォボゴヴォ

とまた噴出してしまいました。



「大丈夫? なにかできることある?」

そう言ってくれる彼女たちに対して、私は手を上げて「大丈夫」の意思表示をするのが精いっぱいです。

「お大事に」

そう言い残して、彼女たちは去っていきました。

うぅ。
なんてかっこわるいんだ、俺。
それに申し訳ない。
こんなにきれいな場所を汚してしまった。


まだ終わったわけではありません。
昨夜のパターンからすると、嘔吐の後には猛烈な下痢が襲ってくるはずなのですから。
今度は手遅れにならないように、トイレへと急ぎます。

私は日本では、ポケットティッシュすら持ち歩きませんが、旅行中はトイレットペーパーをまるごと一巻持ち歩きます。
お腹を壊している状態だとポケットティッシュではまったく足りませんからね。

ところが、問題は別のところにありました。
この教会にはもちろんトイレがあるのですが、その構造が極めて特殊なのです。
どうしてこんな造りにしたんだ?
と首をひねらざるをえません。

男性トイレ内には小用と大用の二つの便器があるのですが、大用は個室とはなっていないのです。
さらに無慈悲なことに、ドアに鍵はついていません。
私が使用中だろうと、そんなことにはおかまいなく、外からドアを開けられてしまうのです。
中途半端に広いトイレのため、用を足しながらドアを手で押さえておくこともできません。
そしてドアを開けると、外から丸見えになってしまう構造になっているのです。

ただでさえ恥ずかしい構造のこのトイレ、ましてや今の私は通常の状態ではないのです。
こんな状況で用を足しているときに、外からドアを開けられでもしたら・・・
こんな情けない姿を衆人環視のもとに晒された日には、人間やめたくなります。

でも、私には他に選択肢はないのです。

生神女進殿聖堂。
天国と地獄の同居する教会。

注) クリックするとトイレ画像が拡大されます。


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予定ではこの後さらにもう一か所(できれば2か所)の木造教会を見て、サプンツァの陽気な墓にも行くつもりだったのですが、これはどうも断念した方がよさそうです。

世界遺産に登録されている木造教会は8つあり、当初私は全て訪れるつもりでした。
まだこの後バイア・マーレに数日滞在する予定なので、無理をすれば全部見ることは可能かもしれませんが、ゆっくりすることにします。

ルーマニアは私のお気に入りの国の一つ。
きっとまた必ず戻ってくるのだから、あせることはないでしょう。




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そのように方針転換して、今日はこの教会で一日のんびり過ごすことに決めました。
私の旅のスタイルは詰込み型なので、こんな小さな場所でまる一日過ごすなんて異例のことです。しかし、

世界遺産に抱かれながらのんびりと昼寝をする。
これはこれでなかなかぜいたくな時間の使い方だと思います。


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2時間ほど昼寝をしたら、ずいぶんと気分がよくなりました。
ふらふらと起きだして、教会内を散歩します。

もう観光客の姿はまばらなので、貸し切り状態で楽しむことができました。
世界遺産に登録された途端、観光客が殺到しててんやわんやになる所もあれば、
この教会のようにのどかな風情を保ったままでいる場所もあるのですね。


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建築群がずらりと並ぶさまは圧巻です。
体が震えました。
俺は生きているうちにあと何回、この場所を訪れることができるだろう。

しっかりとこの風景を記憶に刻み付けてから、教会を後にしました。


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道路沿いには土産物屋も1軒あります。
こんな民族衣装、絶対必要ないとは思いつつ、ついつい買ってしまいそうな衝動に駆られます。

結婚して娘ができたらこれを着せてみたいなー。
でもきっといやがるんだろうなー。


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道路からも教会の建物がちらりと見える。
名残惜しい。


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ルーマニアの伝統的な井戸はこの村にも健在です。
ほんの少し前までは、日本でもあちこちでこのような井戸を見ることができました。

でもまあ、水道の蛇口をひねれば水が出るのに、わざわざ井戸水をくみ上げる人なんているわけないか。


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しばらくこの余韻に浸っていたかったので、Barsana の中心部まで歩くことにした。
この静かな道路沿いにもいつの日か、コンビニがずらりと建ち並ぶ時がやってくるのだろうか。

私が子供のころ凧揚げをして遊んだ田んぼは、今は見る影もなく、びっしりとレストランや商店で埋め尽くされている。
いったん開発されだしたらあっという間だからなー。
ルーマニアだけが例外ということもあるまい。


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最期に振り返り、もう一目だけ教会を眺める。

この場所だけはいつまでも変わらないでいてほしい。
そう願うのはやはり俺のエゴなんだろうな。




テーマ : ヨーロッパ旅行記
ジャンル : 旅行

Sceava ~ Borsa ~ Sighetu Marmatiei (ルーマニア)

スチャバ(ルーマニア)でカウチサーフィン(CouchSurfing) 最終日


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朝8時、ゲストハウスまでジョージが迎えに来てくれた。
今日は土曜日だというのに、早朝から申し訳ない。

ゲストハウスからバスターミナルに行くだけだから、本来なら自分一人でじゅうぶんなはずなのだが、
ついついジョージの好意に甘えてしまった。

それに私はバスターミナルがどこにあるかも知らない。
思えば、スチャバではずっと誰かのお世話になりっぱなしだった。


私はこれから、ルーマニア北部のもう一つの世界遺産、「マラムレシュ地方の木造教会」へと向かう。
その拠点となる都市、バイア・マーレにはジョージの友人がいるというので、彼を紹介してもらった。
彼もカウチサーファーだ。
労せずしてホストが見つかってしまった。
ほんとにジョージには頭が上がらない。



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スチャバのバスターミナルの近くには市場がある。
ジョージが案内してくれた。


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特に珍しい野菜があるわけでもないのだが、やはり異国の市場をのぞくのは楽しい。
国によってなんとなく雰囲気が異なるから、見ていて飽きない。


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大量のスイカが置かれている。
西瓜は日本の夏の風物詩というイメージがあったので、ルーマニアでこれを見るのはなんだか変な感じがした。
しかもこんなにたくさん。
どうせならもっと「ルーマニアっぽい」果物を見たかったな。


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これはちょっとルーマニアっぽい気がする。


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パン屋でジョージがパンを買ってくれた。
バス停まで歩きながら、二人で一緒に食う。

朝食だけでなく、昼食の分までジョージはパンを買ってくれた。
バスが来るまで一緒に待っていてくれた。
バスがやってきたら、運転手に

「こいつはSighetu Marmatieiまで行くんだ。ルーマニア語はまったくわからないから、よろしく頼む」
みたいなことを言ってくれていた。

どこまで過保護なんだよ、ジョージ。
そんなに俺は頼りないのかな。
これでも俺はすでに何十か国も旅してきたんだぜ。


たしかに私は、京都でジョージを案内した。
でも、けっして立派なホストではなかった。

伏見稲荷大社では途中で雨が降ってきたので、
「じゃあ俺、先に帰るわ!」
とジョージを置き去りにした男なのだ。


それなのに、どうしてジョージはこんなにも親切にしてくれるのだろう。
良心の呵責を感じる。

どうやってジョージに恩返ししようかと考えていたのだが、いい案が思い浮かばないまま時間切れとなった。
バスの出発の時間だ。

がっしりとハグを交わす。
この借りは必ず返すからな。
また会おう、ジョージ。



バスはほぼ満席。
私の席は一番後ろだったので、車内の乗客の様子がよく見える。

車が教会の前を通り過ぎるたびに、乗客たちは一斉に十字をきる。
ルーマニアにはいたるところに教会があるから、その仕草を何度も見ることができた。

なんという敬虔な人たちだ。
私自身は宗教に興味はないのだが、こういう信心深い人たちの立ち居振る舞いを見ているととても清々しい気分になる。


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途中、バスは何度かターミナルで停まる。
何時間も狭い車内に閉じ込められているのはいやなので、そのたびに外へ出て日光を浴びた。

いい天気だ。

今日は一日移動日なので、観光はしない。
そんな日にかぎって快晴だったりする。
ああもったいない。
こういう気持ちのいい日はここぞという時のためにとっておきたかった。


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Borsaでバスを降りた。
ここでSighetu Marmatiei行きのバスに乗り換えるためだ。
次のバスが来るまで、1時間くらいここで待たなければならないらしい。


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これなんだろう?
なんとなくルーマニアっぽい。
近代的なスーパーマーケットとのコントラストに思わず見とれてしまった。


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これはなんだろう?
これもルーマニアっぽいぞ。
教会のようにも見えるが、少し小さすぎる気がする。


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これもルーマニアっぽいぞ。
レストラン? それともホテル?

Borsaはいわゆる観光地ではなく、それほど大きな街でもない。
でも、こういう素朴な街にいると
「ああ、俺は今、ルーマニアにいるんだなー」
という実感がわいてくる。
ブカレストではこうはいかないだろう。


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なんだか気分がよくなってきたら、ついでにおなかもすいてきた。
ジョージに買ってもらったパンを食べるとしよう。

パカパカパカ。

パンをほおばっていると、遠くから音が聞こえてくる。
なんの音だろう?
だんだん近づいてくる。


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馬車だ!
また会えた。
やっぱりルーマニアっていいなあ。

時計を見ると13時を少しまわったところ。
昼食を終えて、農作業に戻るところなのだろう。


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時をおかずして、もう一台の馬車が通る。
古き良き風景。


EUに加盟して以来、ルーマニアはどんどんと開発されてきている。
こののどかな国も、ものすごいスピードで変化している。

EUに加盟した国は当然、EUのルールに従わなければならない。
公道を馬車が走るのは、EUの法律では違法だ。


ゆっくりと走り去る馬車の後姿を目に焼き付けた。
私が次にこの国を訪れるのはいつかはわからない。
でも、この次にこの街を訪れた時、もう馬車は走っていないんじゃないか。
そんな気がした。



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バスを乗り継ぎ、なんとか夕暮れまでにSighetu Marmatiei に着いた。
あらかじめ予約しておいた宿へ向かう。


東洋人が珍しいのだろうか。
すれ違う人々が私のことをチラチラ見ている。

たまに
「チャイ(中国人)?」
とか
「ニイハオ!」
と声をかけられる。

私は独りで旅行しているので、地元の人に声をかけられるのはうれしいのだが、
なんだか馬鹿にされているような気がしないでもない。


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途中、結婚式にでくわした。
ヨーロッパでは8月は結婚シーズンなのだろうか。
あちこちで結婚式を見かける。

式を終えた後、関係者が車に乗り込んで街を走り回るのだが、これがまた騒々しい。
プップー! ププーッ!
と、ひっきりなしにクラクションを鳴らしまくる。
まるで暴走族のようだ。


あらかじめ予約しておいたホテルに到着。
受付にいたのは、とても魅力的な女性だった。
さすがは妖精の住む国、ルーマニア。
美人には事欠かない。

彼女のあごの近くにホクロがあるのだが、これがまた色っぽい。
少し癖のある英語を話すこの女性はとても親切で、私のためにバス停の場所や時刻を調べてくれた。
木造教会までの行き方を丁寧に教えてくれている彼女の話を、ホクロに見とれながら聞いていた。



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教えてもらったばかりのバス停の場所を確認するついでに、このSighetu Marmatiei の街を散策してみた。


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Sighetu Marmatiei の駅。


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ルーマニアはどこでもそうだが、この街は特に教会が多い。
こんな小さな街に、ここまでたくさんの教会が必要なんだろうか。


Sighetu Marmatieiの街は小さく、これといった見どころもない。
まだ明るかったが、宿に帰って休むことにしよう。


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夜中に目が覚めた。
なんだか胃のあたりがムカムカする。
大急ぎでトイレに駆け込む。
これまでの人生で経験したことのない猛烈な下痢が始まった。

まだ便が止まらないうちに、今度は吐き気が襲う。
上から下から、大忙しだな。
ケツくらいゆっくり拭かせてくれよ。

なんとか吐き気をこらえて、下の方を一段落させてから今度は便器に向かって吐いた。
洗面台まで行く余裕はない。

しまった。
まだ水を流していなかった。
自分の便の匂いと強烈な胃酸が入り混じって、トイレ内にはものすごい悪臭がたちこめている。
さらに気分が悪くなって、また吐いた。

ちくしょう。
せっかく食べた物を全部吐き出しちまった。

それにしても、いったい何にあたったんだろう。
今日は移動日だったから、特別な物は食べてないはずなんだけどな。
パンと牛乳、それと桃くらいだ。

お腹には自信があった。
2か月以上東南アジアを旅した時も、下痢をしたことはなかった。
蟻が這い回る屋台や、ハエのたかっている魚も平気だった。

アフリカ、中央アジア、南米。
これから私の旅は難度を徐々に上げていく。
どうせ行くからには観光客用のオシャレなレストランではなく、地元の人が食べる物を一緒に食べたい。
そのためには丈夫な胃袋が必要だ。

それなのに、それなのにヨーロッパで腹を壊すとは。
情けない。


胃の中に入っていた物はすべてぶちまけてしまった。
これで後は快方に向かうはずだ。
もう一度ベッドに入って朝までグッスリ眠ろう。

しばらくしてから、また目が覚めた。
まさか、まさか・・・

再びトイレに駆け込む。
下痢と嘔吐が続く。
症状はさらに悪くなっているような気がする。


脱水症状を起こしているのが自分でもわかった。
唇がパサパサだ。

人間は水分の20パーセントを失うと死に至ると聞いたことがある。
もうすでに30パーセントくらいは放出した気がする。
水分補給しとかないとヤバいと思い、ペットボトルの水を飲んでからベッドに入る。

だがすぐに気分が悪くなって、せっかく飲んだ水も全部吐いてしまった。

飲んでは、もどす。
同じことを朝まで何度も繰り返した。


私の部屋は窓から教会の塔が見える、特等の席だった。
これが健やかに目覚めた朝ならば、さぞかし部屋の窓から見る教会は美しいのだろう。

教会の鐘は朝の6時に鳴り響いた。
やっと嘔吐と下痢が一段落して、ささやかながら眠りについたところを叩き起こされた。
6時だから6回鐘を打って終わりかと思っていたのに、30回くらい鳴らしやがった。
いったいなんの嫌がらせだ。


吐く行為というのは意外と体力を消耗するらしい。
目覚まし時計が鳴っても、起き上がることができない。

「今日はこのままホテルで寝ていようか」
体力を回復させるために、ゆっくりと休養するべきなのだ。
幸い今夜も部屋の空きはあると受付の女性は言っていた。
「もう一泊延長する」
そう言って再びベッドに潜り込めればどんなに楽だろう。

でも、できない。
なんとしても今すぐ起き上がらなければならない。

今日は日曜日。
マラムレシュ地方の住人が民族衣装をまとって教会に集まる日だ。
それを見るためにこの日程を組んだのだ。
ちょうど日曜日にマラムレシュを訪れるように日程を合わせるため、かなり無理もした。

それをいまさら反故にすることなんてできるわけがない。
よりによってこんな日に腹を壊すとは。
他の日ならまだなんとでもできたのに。

いつまでもボヤいていても仕方がない。
バスの時間が迫っている。
この国のバスはおそろしく接続が悪い。
朝のバスを逃すと、次の便は午後までない。
教会のミサは終わってしまう。

ゆっくりと上体を起こす。

はあはあ。
大丈夫だ。一度動き出せばあとはいつも通りに体は機能してくれる。

はあはあ。
起き上がるだけで一苦労だ。

はあはあ。
次はベッドから片方の足を出す。

はあはあ。
続いてもう一本の足。

そこでうずくまってしまった。
もうこれ以上動けない。


東南アジアで高熱にうなされた時は死を覚悟した。
だが、今は恐怖は感じない。
今回のはただ腹を壊しただけだ。
死ぬことはあるまい。

だから、起き上がってくれ、俺!

テーマ : バックパッカー
ジャンル : 旅行

世界遺産「五つの修道院」(モルドヴァ地方の教会群)(ルーマニア)

カウチサーフィンの威力!


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(左:ゲストハウスの女将さん
 真ん中:近所のおじさん)


今日はルーマニア観光のハイライトの一つ、「五つの修道院」巡りの日です。
天気は快晴!
否が応でも気持ちが高鳴ります。


ゲストハウスの女将さんは今朝も朝食を用意してくれました。
もちろん眺めの良いバルコニーでいただきます。

そして今朝も近所のおじさんはやってきて、私と一緒に朝食を食べます。
会話にならない会話をしながら。

女将さんはこのおじさんにもコーヒーをだします。

それにしても、いくらご近所さんだからといえ、よくもまあ毎日毎日人の家のベランダにやってくるものだな。
コーヒーだってこんなにマズいのに。


はっ!

もしかしてこの二人はデキてるのか?
そういえばふたりとも独身っぽい。

こんなルーマニアの片田舎でも、静かにロマンスは進行している。
そんなふうに考えたら、意味不明のこのおじさんとの会話もなんだかおかしく思えてくるから不思議なもんです。


今日はジョージが車で5つの修道院を案内してくれる予定なのですが、約束の時間になってもまだやってきません。
彼は自分でビジネスを営んでいます。
自分が社長なので、わりと時間の融通がききます。
なので私の訪問にあわせて、今日はスケジュールをあけておいてくれたらしいのですが、どうやら突発的な事態が発生した模様。

「すまん、マサト。
 なるべく早く仕事を片付けるから、もうちょっと待ってくれ」

こちらこそなんだか申し訳ないです。
俺なんかにかまわず、仕事に専念してくれ、ジョージ。

とは言ったものの、スチャバ観光に費やせるのは実質今日が最後。
公共交通機関を利用して5つの修道院をすべてまわろうとすると、少なくとも3日はかかるらしい。
タクシーをチャーターするべきか・・・

5つの修道院を1日で全部見ようと思ったら、9時間ぐらいかかるみたいだ。
だったらそろそろタクシーを手配しないと時間切れになる。



そんなギリギリのタイミングのなか、ジョージから電話がかかってきました。

「待たせたなマサト。
 やっと仕事にケリがついた。
 すぐに迎えに行く!
 
 まだ何も食ってないだろうな?
 今日は腹を減らせておけよ。
 なんたってルーマニアの代表的な料理を1日で全部食べなきゃならないんだからな」



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(ジョージお勧めの食堂)


ゲストハウスまで迎えに来てくれたジョージはなんだか忙しそう。
ひっきりなしに電話がかかってきてます。
ほんとはまだ仕事は完全には終わってないのに、私のために無理して出てきてくれたにちがいありません。

すまん、ジョージ。

BMWの中にはジョージのほかに彼女のガブリエラと、そしてミッシェルも一緒に乗っていました。
ずっと電話で話し続けているジョージの代わりに、ガブリエラが車を運転しています。


まず最初に向かったのは、1軒のレストラン。
地味な造りの小さなお店なので、ガイドブックには載ってなさそう。

しかし、ジョージに言わせれば、
「この店のチョルバがベスト!」
なんだそうです。

チョルバというのはルーマニアの伝統的なスープ。
ジョージが太鼓判を押す、この店のチョルバの味はいかに?!


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さっそくなにか出てきましたが、これはチョルバではありません。
お皿にはトウガラシが載っています。

どうやって食べるんだ?


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ついにチョルバがやってきました。
見た目はなんのへんてつもない普通のスープのようですが、
これがまたうまいのなんのって!

さすがはジョージが絶賛するだけあります。
調子に乗ってパンと一緒にばくばくと食べてしまいました。


「あんまりがっつくなよ、マサト。
 今日は他にもまだまだ食べなきゃならないんだからな」

そういうことはもっと早く言ってくれよ、ジョージ。
食べ過ぎて、もうおなかいっぱいだよ。


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腹ごしらえを終えた後に立ち寄ったのはここ。


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どうやら陶器工場のようです。
この地方の名産品なんだとか。


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本来なら「ろくろ」を回して陶器作りを体験できるのですが、あいにく今日はお休み。
残念。


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出来上がった陶器に色をつけたらこんなふうに仕上がります。


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ルーマニアの定番おみやげ、イースターエッグ。

欲しいっ!
でも、私の旅はまだ1か月以上続きます。
こんな物をバックパックに入れておいたら、日本に帰り着くころには粉々になってしまうのは必至。
泣く泣く諦めました。


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「ドラキュラ」のモデルとなった人物。
かなり残虐な性格の持ち主だったようです。


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ルーマニアの民族衣装にも挑戦してみました。


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なかなか似合うでしょ?

と思っていたら、まだ続きがあるそうです。


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どうです?
これで私はどこからどう見ても「ルーマニアの男」でしょ。


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「あんた、ほんとによう似会っとるわ。
 いい男だねー」

どうやらこのおばあさんは私に惚れてしまったようです。
もしかしたらお歳のせいか、目が悪いのかもしれません。

俺と一緒に日本に来る?


おばあさんは
「かっこいい!」
「ルーマニア人でもここまでこの衣装が似合う男はそうはいない」
などと私のことを誉めそやします。

そこまで褒められたら、やはり悪い気はしません。
そんなに俺、かっこいいかな。
本気にしちゃうよ。


これが衣装を売りつけるための営業トークだということにまったく気が付きませんでした。


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山道をひた走り、ようやく一つ目の修道院が見えてきました。
スチャバ市内からはけっこうな距離があります。
バスでここまで来るとしたら、いったいどれだけの時間がかかるのだろう。
ジョージにはほんとに感謝してます。


車を降りて、いざ修道院に入ろうとしたら、入り口のところでシスターたちがどよめきます。

「ブルース・リーが攻めてきたの?
 ダメよ、武器を持ってる人をここに入れるわけにはいかないわ」

もしかしてブルース・リーって俺のことか?
どうやら東欧の人にとっては、ブルース・リーもサムライも一緒のようです。

ジョージにこれは本物の刀ではないことをシスターたちに説明してもらって、ようやく中へ入れてもらうことができました。


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ついにやってきました、5つの修道院!
私はもう興奮状態で、写真をバシャバシャ撮りまくります。


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独特の形をしたこの修道院。
ここを訪れるのはずっと私の夢でした。
世界遺産の写真集を眺めながら、
「いつかは行きたい!」
とずっと願っていたものです。

あの頃は、まさか自分がほんとにこの場所を訪れることになるなんて思ってもいませんでした。
あの頃の自分にこの写真を見せてやりたい。
きっと、

「なんで侍の格好をしてるんだ?」

と首をかしげることでしょう。


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鮮やかな内部の壁画。
最近修復されたものなのでしょうか。


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敷地内には大勢の観光客がいるのですが、よく手入れされたこの庭はとても静かです。
ベンチに腰を下ろして、一日中修道院を眺めているのも悪くはありません。
今度ここを訪れる時には、1日に一つずつゆっくりと回ってみようと思います。


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外から見ると、まるで要塞のよう。
実際、ここは砦としても使われていたようです。
トルコ軍というのは、こんなに山奥にまで攻め入ってきたのだろうか。


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興奮醒めやらぬまま、一つ目の修道院を後にしました。


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車でしばらく走り、本日2軒目のレストランに立ち寄ります。


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ここはあのチャールズ皇太子が訪れたという由緒正しきお店。
高くないのだろうか。
ちょっと緊張します。


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テーブルの上の敷物もルーマニアっぽくっていいです。


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「じゃんじゃん食えよ、マサト!」

ルーマニアの伝統料理が次々と運ばれてきます。
高級レストランだけあって、料理の味もなかなかのもの。
貧乏バックパッカーの俺がこんなにぜいたくをしてもいいのだろうか。


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ルーマニアの料理は味付けが濃い。
すぐにお腹がいっぱいになります。
もう無理。
食べられない。
おいしいのに、もっと食べたいのに、食べられない!
苦しいっ!


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そして極めつけはこのデザート、「パパナッシュ」 !

こんなにおいしいデザート、今まで食べたことない。
もうお腹はパンパンで、胃袋がはちきれそうだったのですが、スプーンを持つ手を止めることができません。

パパナッシュは甘くてこってりとしていましたが、それでも全部食べ切りました。
クリームの一滴だって残したくはなかった。
そんなもったいないことできるかっ!


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レストランの外では、カップルが結婚写真を撮っていました。


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レストランの他の客も、珍しがって私に近寄ってきます。

ルーマニアのこんな山奥に侍がいたら、そりゃびっくりするわな。


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辺鄙な場所にあるこのレストラン。
私一人で旅行していたら、絶対にここには来れなかったと思います。

もしも、カウチサーフィンと出会っていなかったら、私の旅は恐ろしいほど味気ないものとなっていたにちがいありません。
また、なにかに引き寄せられるかのようにジョージと知り合えたことも幸運でした。
仕事で忙しいなか、こんな山奥まで車を走らせてくれるホストがいったいどれだけいるでしょう。
もしも私が若い女の子だったら、こんなふうに親切にしてもらうことも珍しくはないのかもしれません。

でも、私はむさくるしいおっさんなのです。
それなのに、今回の旅ではホストに恵まれました。
みんな信じられないくらい私に親切にしてくれました。

俺は意外と運がいいのかもしれない。


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山道を縫うように走った後、ジョージは車を停めました。
ここは峠となっており、見晴らしの良さで有名な場所なんだそうです。

たしかに、駐車場には多くの車が停まり、土産物屋などが数軒あります。


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ミッシェル。
彼はカウチサーファーでもないのに、まるで昔からの親友のように私に接してくれます。
ルーマニア人ってこんなにも明るいんだな。


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それにしてもガブリエラはきれいだ。
こんな美しい娘がほんとにジョージの彼女なのか。

ちくしょー、ジョージの野郎。
許せん。


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手作り感満載の屋台。
ルーマニアの物価は安いので、いろいろ買ってもよかったのですが、いかんせんもうお腹がいっぱいです。
食べ物なんて見るのもいや。


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二つ目の修道院にやってきました。


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やっぱりいいなあ、この建物。


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その外見からは想像できませんが、ジョージは意外にも美術や歴史に造詣が深く、壁画についてもいろいろと解説してくれました。

しかし、それは馬の耳に念仏というものだ。


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修道院の中では礼拝が行われていました。
ルーマニアでは、歌うようにお祈りをささげるのですね。
とてもきれいで、宗教行事というよりは、合唱コンクールのようでした。


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花壇もよく手入れされていて、目を楽しませてくれます。


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私が世界遺産を楽しんでいる間も、ジョージは仕事に追われています。
ひっきりなしに電話がかかってきては、なにやら深刻そうに話し込んでいます。


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修道院の壁画はどれも同じではなく、それぞれにテーマがあるようです。
ここでは戦争を題材にしたものが目につきました。


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南側に面した壁画は、ほとんど消えかかっています。
太陽にさらされ続けたせいでしょう。


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修道院は山間にあり、とても静か。
ルーマニアという国には、独特の雰囲気があります。
この先どんなに時代が変わっても、この国だけは変わらないでいてほしい。


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走っている時に窓から美しい建物が見えたので、ジョージに頼んで車を停めてもらいました。
中世のお城かと思ったそれは、教会でした。
ブコヴィナ地方にはなんともいえない雰囲気があります。
トランシルヴァニアを訪れた時もその美しさに息をのみましたが、ここにはまたそれとは違った良さがあります。
ますますルーマニアのことが好きになりました。


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次の修道院へと向かう途中、馬車とすれ違いました。
もう夕方なので、畑から帰ってくる時間です。

ああっ、馬車に乗ってみたい!

そんな私の気持ちを読み取ってくれたのか、ジョージが車を路肩に停めてくれました。

「乗りたいんだろ? 行って来いよ」

いいの? ほんとに?


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ルーマニアを紹介するガイドブックには、必ずと言っていいほどこの馬車の写真がでてきます。
素朴な風景が今なお残るルーマニア。
この馬車はその代名詞なのです。

だがしかし、まさか、まさか自分がその馬車に乗る日が来ようとは、夢にも思いませんでした。
うそみたいだ。
もしかして俺、今、ルーマニアの一部になってる?


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「こいつはいったいなにをやってるんだ?」

うさん臭そうな目で私を見るおじさん。
それはそうでしょう。
いきなり侍の格好をした東洋人がやってきて、
「あんたの馬車に乗せてくれ!」
なんて言われたら、誰だって面食らいます。

にもかかわらず、馬車を停めてくれ、その上私を乗せてくれたこのおじさんにはほんとに感謝しております。
一日の仕事を終えて、早く家に帰りたいだろうに、こんなわけのわからない奴を乗せてくれたルーマニア人。
時間の流れ方がゆったりしているこの国だからこそ、こんなことが実現可能だったんでしょうね。


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車の中で、馬車に乗っている自分の写真を何度も見た。
スチャバでは5つの修道院がメインイベントのはずだったのだが、馬車の写真も私にとってはかけがえのないものとなってしまった。

世界遺産や5つの修道院の写真なんて、ガイドブックや写真集にいくらでも載っている。
スチャバを旅行した人のブログだって、ネット上に腐るほどある。

だが、侍の衣装を着てルーマニアで馬車に乗っている私の写真はこの数枚だけだ。
世界中どこを探しても他にはない。
うれしくて、ニヤニヤしながらずっと車の中で写真を眺めていた。

やったぞ。
俺はルーマニアの馬車に乗ったんだ。


「なにニヤニヤしてるんだよ、マサト。
 そんなに面白い物でも写ってるのか?
 ちょっと俺にも見せろよ」

ミッシェルはそう言って私の手からカメラをもぎ取って写真を見たのだが、
「いったいなにがそんなにおもしろいんだ?」
という表情をしていた。

そりゃそうだろう。
彼らにとって、こんな馬車なんて珍しくもなんともない。
でも、これこそが俺にとっての「The ルーマニア」なんだよ。


今回の旅行のスケジュールを組むにあたって、前に一度来たことのあるルーマニアはパスしようかとも思った。
だが、来てみて正解だった。
こんなに心踊らされる国はそうはない。
いつかきっとまた来るぞ。


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五つの修道院は基本的にどれも似たような構造をしている。
もちろん細かく見ればそれぞれに特色があるのだろうが、建築に興味のない私にはあまり違いはわからない。
内部の装飾なんかも見る人が見れば違いが一目瞭然なのだろうが、あいにく私にはそっちの方面の知識もない。

「どれも同じならば、5つすべてをまわる必要はないんじゃない?」
というふうに思う人もいるかもしれないが、そんなことはない。
素人には素人なりの楽しみ方というものがあるのだ。
いくつかの修道院を見て歩くうちに、「自分のお気に入り」とでも言うべき場所もできてきたりする。

私にとってはそれがここだった。
たぶんここは「ヴォロネツ修道院」だと思う。

他の修道院と比べてどう違うのかと聞かれても返答に困るが、建物の感じがなんとなくしっくりとくるのだ。
壁面の色もいい。
全体的に青を基調とした落ち着いたトーン。
ジョージはこの修道院のことを「青の修道院」と呼んでいた。
なかなかいいネーミングだ。


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青の壁画をバックにみんなで記念撮影。


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観光に来ていたカップル。
やはりルーマニア人女性はきれいだ。


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私が写真を撮ろうとすると、いつもミッシェルが邪魔をする。
俺は門の写真を撮りたいんだけどなー。お前じゃなくて。


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次の修道院に着いた頃には、日が沈みかけていました。
だんだん暗くなってきてなんだかあせりますが、さすがにこの時間になると他の観光客の姿はほとんどなく、
落ち着いて鑑賞することができます。


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いや、だからミッシェル。
俺の写真の邪魔をしないでくれってば。


ジョージは相変わらず誰かと電話をしている。
まだ仕事が片付いていないらしい。

そんな忙しい中、俺のために一日中ひっぱりまわして悪かったな。
でも、おかげで助かった。
自分一人だったら、とてもこんな充実した観光はできなかっただろう。


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どこか疲れた表情のジョージ。
帰りの車では運転せず、ハンドルをガブリエラにまかせて助手席で爆睡していた。


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「一緒に写真を撮ろうぜ、マサト!」

ミッシェル。
いつもヘラヘラ笑ってる奴。
ほんの二日前に出会ったばかりだというのに、やたらと馴れ馴れしい奴。

また一人かけがえのない親友ができた。
ルーマニア北部の小さな町に友達がいるなんて、ほんの数年前まで想像もできなかった。


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各修道院でそれぞれ一枚ずつ絵ハガキを買うつもりだったのに、ここの売店はすでに営業時間を終了していた。
残念、コンプリートできず。

まあいいさ。
ルーマニアにはまた来るんだから。
絶対にまた来る。


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宿に帰り着いたのは夜遅く。
にもかかわらず、おばちゃんは明るく迎えてくれた。

「私、英語できるわよ」
と豪語する割に、あまり言葉は通じない。

ルーマニア人というよりは、イタリア人といった感じのこのおばさん。
にぎやかだったけどいい人だったな。

楽しかった。
今度スチャバに来る時も、この宿に泊まろう。

テーマ : ヨーロッパ旅行記
ジャンル : 旅行

炎よ燃えろ (スチャバ、ルーマニア)

スチャバ(ルーマニア)でカウチサーフィン(CouchSurfing) 2日目


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ゲストハウスの共用スペース。
といっても、宿泊客は私一人なので、実質家を一軒まるごと独占状態です。


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宿のおばさんに「洗濯機はどこ?」と聞いたら、洗濯してくれました。
といっても、後で料金を請求されるんだろうな。
いくらだろ。


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宿のおばさんはとても気さくな人で、「朝食の準備ができたから食べろ」とバルコニーに連れていってくれました。
とてもうれしい配慮なのですが、このコーヒー、あまりおいしくありません。
朝食代は宿泊料に含まれているのだろうか。
これで別料金とられたらいやだなー。

バルコニーで朝食を食べていると、一人の男性がやってきました。
どうやら近所に住んでいる人のようです。
あまり言葉は通じないのですが、無理やり会話しました。
お互いにお互いの話していることが理解できない状態での会話なので、かなり疲れます。
頭をフル回転させて、相手が言わんとしていることを解釈しなければなりません。

それでも、やはり誰かと一緒に食べる食事はいいものです。
ルーマニア人って素朴で温かくって、なんだか好きです。

このゲストハウスは恐ろしく交通の不便なところに位置しているのですが(だから他に客がいない)、
宿のおばさんが車でスチャバ市内まで送ってくれました。

今日は平日で、ジョージは仕事があるため、夕方まで一人で時間をつぶさなければなりません。


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世界遺産に登録されている、「モルドヴァ地方の教会群(5つの修道院)」。
スチャバはそれらを巡る拠点となり、それぞれの修道院はかなり離れたところにあります。

ところが、わざわざ郊外まで出かけなくても、このスチャバ市内にもたくさんの修道院がありました。
この地方でしか見られない、あの独特の建築様式です。

うわあー、俺ほんとにルーマニアまで来ちゃったんだなー。
この修道院を見て、初めてその実感がわいてきました。


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ルーマニア人というのはよほど信心深いのか、街中いたるところに教会があります。
どれもみな似たような形をしているのですが、よく見ると細部が微妙に異なっています。

スチャバという街はそれほど大きくはなく、教会以外は特に見るべき物もないので、ひととおり歩いたら時間が余ってしまいました。
今日は快晴なのですが、風がびゅうびゅうと吹いていてとても寒いです。
今は8月だというのに、なんでこんなに寒いんだろう。
風をしのぐためにスーパーに入って昼食を買いました。
かなり大きなパンを買ったのですが、安い。
ほとんどタダ同然です。


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夕方、仕事を終えたジョージが宿まで迎えにきてくれました。
もちろんBMWでです。
かっちょいー!


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このゲストハウスはおそろしく不便な場所にあります。
幹線道路からは遠く離れていて、もちろん公共交通機関もありません。
おまけに道路は未舗装。


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スチャバ郊外にあるジョージの村へと向かいます。
信号なんてありません。
渋滞なんてありません。


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途中、馬車とすれちがいます。
これぞルーマニア!


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さらに馬車。


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一日の仕事を終えて、ちょうど畑から帰ってくる時間帯なので、大量の馬車と遭遇することができました。


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ああっ、俺も馬車の荷台に乗りてー!


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畑の間を音もなく貨物列車が通り過ぎていきます。
なんてのどかな光景なんだ!


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ようやくジョージの村に到着しました。
なんて辺鄙な村だ。
こんな僻地を訪れた日本人なんて他にはいないだろう。

と思っていたのですが、残念。
少なくとも2人はこの村に泊まったことがあるそうです。
日本人カウチサーファーって世界中にいるのだな。


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ルーマニアっていいなあ。
どうして俺はこの国にこんなにも心惹かれるのだろう。


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まず最初に案内されたのは、ジョージの彼女の家でした。
私のために手料理を作って待っていてくれたのです。
うれしいじゃありませんか!

ところでジョージ、お前、彼女いたの?
日本へは一人で旅行に来てたから、てっきり独り身なのかと思ってたよ。
まあどうせジョージの彼女なんだから、熊みたいな女なんだろうけどさ。


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左側にいるのがジョージの彼女。

うわっ! むっちゃ美人じゃん!
なんでジョージにこんなかわいい彼女がいるんだよ。
うらやましすぎる。

なんか無性に腹がたってきた。
殺意に近いものを感じる。

ちょっとその場所を変われよ、ジョージ。


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左側にいるのはジョージのいとこ。
といっても、この村は小さいからみんな親戚みたいなもんだそうです。


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「あれは何? 祠?」
と聞いたら、

「井戸だ」
という答えが返ってきました。

ルーマニアではどこの家庭にもこの井戸があるそうです。

もっとも、最近では水道が普及したため、この井戸を使う機会はほとんどないということです。
なんだかさびしいですね。


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敷地内には家畜小屋もあります。
彼女の家では豚を飼っていました。


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庭ではブドウだって採れます。
まさに自給自足。


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ルーマニアの伝統的な門。


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食事の後、いよいよジョージの家へとやってきました。


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「おーい、マサト! 遅かったじゃないか」

見上げると、そこにはミッシェルがいました。
なにやってんだ、そんなとこで?


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現在、ジョージの家を建築中で、ミッシェルはその手伝いをしているのだとか。


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大工さんたち。
みんなこの村の住人です。


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ジョージの家の前には牛が一頭いました。
おとなしい動物のはずですが、近づいてみるとけっこうこわい。
若干ビビり気味の私。


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牛さんと仲良くなろうと思い、餌づけを試みます。


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恐怖のあまり絶叫してしまう私。
なんと情けないサムライだ。


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こんな小さな村にもバーはあります。
もちろんビールの銘柄は「スチャバ」!


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バーはこの一軒しかないので、仕事を終えると、村中の若者がこの店へと集まってきます。

といっても、全部で10人ほどですが。


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侍の私に対抗してか、先ほどの大工さんが家から刀を持ちだしてきました。
あんた、なんでそんなもん持ってるんだ?


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「夕陽のきれいな丘がある」

ということで、ジョージに連れてきてもらったのがここ。
一面畑が広がっている雄大な景色に、心洗われます。


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きれいな景色になど目もくれず、チャンバラを始めるジョージとミッシェル。
まったく、こいつらときたら・・・


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ジョージの目が怖い・・・


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俺ははるばるルーマニアまでやってきて、いったいなにをやってるんだろう。


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この丘の中腹には牧場もあります。

おとなしい羊も、これだけたくさんいると、ちょっとこわい。


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暗くてよく見えませんが、草をたっぷりと食べた後、一日の終わりに羊さんたちはみんな乳を搾り取られてしまいます。


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柵の中に入れてもらいました。
地面はぬかるんでいて、足元がグニョグニョします。

なんでこんなに柔らかいんだ? 雨でも降ったのかな?
まさか・・・

泥だと思っていたものは、すべて羊のフンでした。
あたりは一面フンだらけ。

うへぇ、気色悪ぅー。


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丘の別の斜面では、ジョージの友人たちがバーベキューの準備をしてくれていました。
私のためにジョージが企画してくれたようです。


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とてもうれしいのですが、 寒い!
8月なのにたき火が恋しくなるとは。

日本ではまだまだ猛暑が続いているというのに、私は東ヨーロッパで火にあたりながら震えている。
旅の日程はまだ一か月以上残っている。
これからもっともっと気温が下がっていくんだろうなあ。

リュックの中には夏用の装備しかない。
大丈夫かな、俺。


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バーベキューのメインメニューはこれ。
ミンチをスティック状にして、特別な味付けをしたもの。
ルーマニアの定番料理だと言っていました。
おいしそう!


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このお肉、独特のクセがあるのですが、食べだしたら止まりません。
焼いても焼いても、足りません。
みんなバクバク食べています。

お肉もお酒もみんな彼らが準備してくれていて、私は完全に「お客さん」状態。
いいのかな、こんなにお世話になっちゃって。


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夜も更けてくると、ますます冷え込んできました。
彼らのうち何人かが森へ入って、薪を集めてきました。
器用に火を起こし、盛大なキャンプファイアーの始まりです。

そういえばスロヴァキアでも同じようなことがあったっけ。
日本ではたき火をしたことなんてほとんどなかったのに、この東欧の旅ではすでに2回も経験してしまった。

満天の星。
草原を見渡す丘。
温かいたき火と肉の焦げるにおい。

そして素朴なルーマニア人たち。

俺には分不相応な、ぜいたくな夜だ。

テーマ : バックパッカー
ジャンル : 旅行

旧友との再会(スチャバ、ルーマニア)

スチャバ(ルーマニア)でカウチサーフィン(CouchSurfing)


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2日間お世話になったアントンのアパート。
「共産主義時代のオンボロだ」
とアントンは言いますが、いやいや、なかなか快適でしたよ。
少なくとも日本の団地なんかよりもはるかに広くて落ち着けます。

ここからいったんバスでキシニョウ市内まで出て、そこでバスを乗り換え、南側のバスターミナルへと向かう予定です。
市内までは乗り換えなしでストレートに行けるから、道に迷う心配も無し。
キシニョウ市内はもうすでに何度も見ているので、降りる場所を間違うこともないでしょう。

初めての土地だといろいろと緊張しますが、もうキシニョウは私の庭のようなもんです。
たった3日間の短い滞在でしたが、それでも愛着のようなものを感じます。
「もうちょっとゆっくりしてもよかったかな。今度来る時はじっくりと腰を落ち着けてモルドヴァ観光をしよう」
などと物思いにふけりながら車窓を眺めていると、行く手には異変が。
警官が道路を封鎖しているのです。

なんだ?
沿ドニエストル共和国が攻め込んで来たのか?

バスは通常のルートから外れて、細い道へと入っていきます。
すっかり忘れていましたが、今日はモルドヴァの独立記念日でした。
市内では大々的に記念式典が行われるのでしょう。
そのための交通規制が敷かれているようです。

バスは狭い道を右へ左へと縫うように走ります。
そのうち私は方向感覚を失い、いったい今自分がどのあたりにいるのかわからなくなってしまいました。

まずいな。
これではどこでバスを降りればいいのか見当もつかない。

周りの乗客に聞いてみたのですが、英語を理解できる人はいないようです。
独立記念日の今日は祝日。
まだ朝早いので学生やビジネスマンといった層は市内へ向かうバスには乗っていないのです。

今日は移動日で、のんびりとバスの旅を楽しむ予定だったのに。
とんだ誤算だ。
年に一度しかない独立記念日の日にモルドヴァを訪れてしまった自分の不運を呪います。

そうしている間にも、バスはまったく見覚えのない景色の中を走り続けます。
いったいどうすればいい?
いったんバスを降りて、英語のわかる人を捕まえるべきだろうか。

と考えていたら、遠くの方に見覚えのある教会が見えてきました。
あの独特の形は、聖ティロン大聖堂だ!
知らないうちにこんなところまで来てしまっていたのか。
だが、ここから街の中心部への行き方ならわかる。
いいぞ。俺はツイてる。

喜び勇んでバスを飛び下りました。

しかし、なにか違う気がする。
こんな場所通ったっけ?

近づいてよく見てみると、聖ティロン大聖堂だと思った教会はまったく別のもののようです。
やってしまった。
脇の下を冷たい汗が流れ落ちていきます。


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ここはどこだ?

道端には廃墟のようなものもあり、どうやら市の中心部からは遠く離れているような気がします。

あっ!
グーグルマップを使えばいいじゃん。

急なバスの進路変更でパニくっていた私は、そんなことにも気が付きませんでした。


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独立記念日の今日はバスのルートは大幅に変更になっているようです。
もうバスを利用するのはやめておこう。

重い荷物を抱えたまま、えっちらおっちらとキシニョウ市内を目指します。
なにをやってるんだ俺は。
体力と時間の無駄遣いだ。
独立記念日のばか。


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ようやくシュテファン・チェル・マレ通りへとたどり着きました。
道路沿いには観光案内図のようなものが掲げてありますが、この国はちっとも旅行者に優しくなんかないぞ。

時間を大幅にロスしてしまったので、さっさとバスターミナルへと向かいたかったのですが、キシニョウ市内ではまだやることが残っています。
私にはすべての訪問国から絵葉書を送るというミッションがあるのです。

なんとか絵葉書を購入したものの、売店では切手を売ってくれません。
郵便局でしか買えないというのです。
モルドヴァに限らず、そういう国はけっこうあります。

そしてその郵便局はバスターミナルとは逆方向。
はーっ。
たかが切手を手に入れるために、この重い荷物を抱えて歩かなきゃならないのかよ。

途方にくれていた私ですが、捨てる神があれば拾う神もあるのです。
しかもとびっきり上玉の女神が二人!

「なにかお困りですか?」

私にむかって、二人の美少女がほほえんでいるではありませんか。

そうだ、忘れていた。
モルドヴァは美人の宝庫だった。

今日は一日バスに乗りっぱなしで、楽勝の日のはずだった。
それなのに重い荷物を担いで、熱い中、余分な距離を歩いてきた俺に、神様がご褒美をくれたにちがいない。


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二人とも流ちょうな英語を話し、とても柔和な表情を浮かべています。
東欧の女の子はおっとりした性格の娘が多い。
日本人好みです。

モルドヴァ最後の日に思わぬ僥倖に恵まれ、ウキウキしながら彼女たちとの会話を楽しんでいました。

ところが、だんだんと雲行きが怪しくなってきます。


「人生の意味ってなんだと思う?」
「あなたが苦しんでいるのは神様のせいなのかしら?」
「死んだら、いったいどんな世界が待っていると思う?」

えーっと・・・
もっと色気のあるお話をしません?


「答えはすべてここに書かれているのですっ!」

彼女たちがそのかわいらしいバッグから取り出したのは聖書でした。


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(キシニョウ市内の郵便局)


くそっ。
また予定外の時間を使ってしまった。
まあそれなりに楽しかったけど。

今度こそ郵便局へと向かいます。
しかし今日は独立記念日。
日本の郵便局なら祝日は閉まっています。
東欧の郵便局が日本人よりもよく働くとは思えん。
もしも閉まっていたら切手は買えない。
ということは、モルドヴァから絵葉書を出すことはできないのか。
それは困るなー。


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(郵便局の中)

幸いなことに、郵便局は営業していました。


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絵葉書に切手を貼ってもらい、無事に投函することができました。
これにてミッション完了。


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シュテファン・チェル・マレ通りでこんな物を見つけました。
なんの広告かは知らないけど、なにか間違ってる気がする。


キシニョウには3つのバスターミナルがあります。
ルーマニア行きのバスは南バスターミナルから出るということだったので、あらかじめアントンに詳しく行き方を聞いておきました。
教えられたとおり、シュテファン・チェル・マレ通りからバスに乗り、バスの運転手や他の乗客に、自分が南バスターミナルに行きたいんだということをアピールしておきます。
日本のバスのように案内表示があるわけではないので、こうでもしておかないと、どこで降りればいいのかわからないのです。

普通なら、まわりの人に声をかけておけば、
「次があんたの降りる場所だよ」
と誰かが教えてくれます。

でも、モルドヴァは違いました。

バスの窓からバスターミナルらしきものが見えたので、
「あれはバスターミナルか?」
と聞いたら、
「そうだよ」
という返事がかえってきました。

あれほど「バスターミナルへ行きたい」と念押ししておいたのに、誰も教えてくれなかったのです。
一駅離れたバス停で急いでバスを降り、もと来た道を歩いて戻ります。
重いリュックを担いでいるので、その一駅がとてつもく遠い距離に感じます。

モルドヴァ人 冷てー。



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事務所らしき建物に入り、スチャバ行きのチケットを買おうとすると、
「ここはバスターミナルじゃない」
と言われてしまいました。
ほんとのバスターミナルは、ここさらさらにバスで2駅先にあるのだそうです。

なんだとー。
バスの運転手も他の乗客も、私がバスターミナルへ行きたがっていたことはわかっていたはず。
それなのになぜ誰も教えてくれなかったんだ?

モルドヴァ人って、ほんっと冷てーな!


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(キシニョウの南バスターミナル)

このバス停2駅分が遠いのなんのって。
今日は楽勝の移動日のはずだったんだけどなー。

スチャバ行きの直通バスは午前中にしかなく、Iasi で一度乗り換えなければならないらしい。
予定していたよりもかなり時間がかかりそうだ。
日没までにスチャバに着けるか?


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(キシニョウの南バスターミナル)


キシニョウを出発してから2時間ほどで、ルーマニアとの国境に差し掛かります。
そのころには天候は急変し、土砂降りの大雨となりました。
なんだか気分が滅入ります。

しかも国境通過の審査にやたらと時間がかかっています。
早くしてくれよ。
暗くなる前にスチャバに着きたいんだ。

しかし文句は言えません。
時間がかかっているのは私のせいでもあるのですから。

私のパスポートをチェックしていた女性係官が眉をしかめます。

「あなた、沿ドニエストル共和国に入国したの?!」

やはりモルドヴァの官憲はあの国のことを快くは思っていないようです。
彼女は私のパスポートのページを繰りながら、同僚となにやら話し合っています。
それにしても、なぜ俺が沿ドニエストルに行ったことがバレたんだろう。

国境審査官は私の荷物を念入りに検査していましたが、なんとか通してもらうことができました。
返してもらったパスポートを見ても、沿ドニエストル共和国の痕跡はありません。
はて?

パスポートをパラパラめくっていると、ありました。
一番後ろのページに沿ドニエストルの入出国スタンプが押してあったのです。

いろいろと黒い噂の絶えない未承認国家、沿ドニエストル。
その国に入国した記録をパスポートに刻まれてしまった。
このことは今後、私の旅行を不便なものにするのだろうか。
不安になると同時に、貴重な記念品をもらったような気もして、ちょっとうれしかったです。


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(Iasiの駅前)

夕方5時ころ、ルーマニアのIasiに到着しました。
ここでスチャバ行きのバスに乗り換えです。

私は数年前ルーマニアを旅行したのですが、その時にはブカレストやシギショアラ方面しか訪れていません。
ルーマニア東部を見るのはこれが初めてなのですが、なんだか私の抱いていたルーマニアのイメージとはかけ離れているような気がしました。
以前にこの国を訪れてからけっこう時間が経ってしまったから、それだけこの国の雰囲気も変わってしまったのだろうか。
もっと素朴で懐かしい土地だったのに、なんだかすっかり様変わりしてしまっている。
ちょっとさびしい。


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おっ!
なんだかルーマニアっぽい建物。


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バスが出発するまでには少し時間があったので、モルドヴァのお金をルーマニアのものに換えることにしました。

「これでいい?」
両替商の女性が電卓を叩き、数字を私に見せます。

ルーマニアの通貨の価値がとっさにわからず、私も自分の電卓で計算してみます。

うわーっ!
むちゃくちゃ目減りしてるー!

私は自分でも気づかないうちにギョッとした表情をしてしまったのでしょう。
窓口の女性は肩をすぼめて、
「悪いわね。それがうちの会社のレートなのよ」
とすまなさそうに言います。

ここIasiはルーマニア東部の玄関口。
駅やバスターミナルの近くなのですから、探せば他にも両替商はあるはずです。

でももういいや。
雨は降ってるし、重いリュックを担いでまた別の店に行くのもめんどくさい。


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Iasiのバスターミナル


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19:30頃、ついに今夜の目的地、スチャバに到着しました。
さすがに日も暮れかかり、だんだんと暗くなってきています。

私はここでのホテルを予約していませんが、まったく不安はありません。
なぜなら、このスチャバには世界で一番頼りになる、「あの男」がいるからです。


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(金閣寺でJKと戯れるジョージ)

数か月前、京都の私のもとに一通のカウチリクエストが届きました。
ジョージというその男は、ルーマニアのスチャバという街に住んでいるといいます。

スチャバ!
なんという偶然。

ちょうどその時私は、今回の東ヨーロッパの旅行を計画していました。
ルーマニアには以前訪れたことがあったので本来ならパスする国なのですが、ルーマニアはちょうどモルドヴァからセルビアへの通り道にあたります。

しかも前回この国を訪れた時、他の西欧諸国にはない独特の雰囲気に引き込まれ、私のお気に入りの国のひとつでもあったのです。
どうせならまだ訪れたことのないブコヴィナやマラムレシュ地方に行ってみたい。
特に5つの修道院!

そう思って調べてみると、どうやらこの地方は交通の便が悪く、5つの修道院を個人が公共交通機関を利用して全部回るのは至難のわざのようです。

どころが!
ジョージはスチャバに住んでいるというではありませんか。
この街は5つの修道院観光の拠点となる場所です。
しかも彼のカウチサーフィンのプロフィールを読むと、これまでにホストしたカウチサーファーを彼の車で5つの修道院に案内しているようです。

こんなにうまい話があっていいのだろうか。
私ははりきってジョージを京都でもてなしました。
そうです。
「海老で鯛を釣る」作戦です。


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(嵐山の竹林でやまとなでしこの肩を抱くジョージ)


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(清水寺で着物女性に囲まれてご満悦のジョージ)

私のこの作戦はみごとに成功し、京都観光にいたく感激したジョージは、

「マサト、今度は俺がお前に恩返しする番だ。
 ルーマニアに来た時にはぜひ俺にお前の世話をさせてくれ」
とまで言ってくれたのです。

なんという義理人情に熱い男だ、ジョージ。
遠慮なくその好意に甘えさせてもらうぜ。


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(スチャバのバスターミナル)


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夕焼けに染まるブコヴィナ地方。
遠くにはこの地方独特の様式をした教会が見える。


太陽が沈み、あたりが暗くなってきた。
さすがに少し不安になってくる。
ジョージはまだか?
もしかして俺は、降りるバス停を間違えたのだろうか。

心細さがMaxになったちょうどその時、ジョージは現れた。
しかも乗っている車はBMWの四駆。
わおー。
ジョージ、お前実はけっこうな金持ちだったんだな。

車から降りてきたジョージは、くしゃくしゃの笑顔で私を抱きしめてくれる。
「よく来たな、マサト」
がっちりと固い握手を交わす。


外国を一人で何か月も旅していると、時々どうしようもなく寂しい気持ちになることがある。
特に夕暮れ時なんかには、なんともいえない焦燥感に襲われる。
しかもここはルーマニア。
あのドラキュラ伝説で有名な国なのだ。

そんな時に知っている顔に会うと心からホッとする。
しかも相手は誰よりも頼りになる男、ジョージ。
俺が女なら間違いなく奴に惚れている。


張りつめていた緊張感がとけて、急に力が抜けた。
よかった。
ジョージと合流することができた。
これで4日間はのんびりと過ごすことができる。


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「腹が減ってるだろう、マサト。
 近くにいい店があるんだ」

さっそくジョージはレストランに連れていってくれた。


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店の中はこんな感じ。


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さっそくビールで乾杯。
実を言うとこの時私は少し肌寒かったので、できれば暖かい飲み物の方がよかったのだが、そんなことはどうでもよかった。
久しぶりに旧友と再会したのだ。
しかも日本からはるか遠く離れたルーマニアで。
これが飲まずにやってられるか!


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「これがまたうまいんだぜ。 食えよ、マサト!」

そう言ってジョージが私のために注文してくれたのがこれ。
ルーマニアの伝統料理ではないそうだが、彼の言う通りほんとにうまかった。
ボリュームもたっぷりあり、じゅうぶんお腹をすかせていたはずなのに、満腹になってしまった。


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うまい酒、うまいメシ、そして温かい親友。
これ以上いったいなにを望めというのか。

強いてぜいたくを言わせてもらえば、ルーマニア美女がこれに加われば最高なんだけどな。




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なんと、願いがかなってしまった。

「マリア! マリア! 」

ジョージはこの女性と知り合いらしく、熱心に投げキッスを送っている。
なんという騒ぎようだ。
ルーマニア人の男というのはもっと寡黙なのかと思っていたが、マリアを口説いているジョージはまるでラテンのノリ。

しかし、それも理解できなくはない。
このマリア、線が細くて華奢な体つきなのに、なんとも言えない色っぽさを醸し出している。
体中からフェロモンをムンムンとあふれだしている。

これがルーマニア女性の威力なのか。
さすがは妖精の住む国。

どうやら俺はとんでもない国に来てしまったようだ。


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真ん中にいるのがホストのジョージ。
右側は彼の親友のミッシェル。

日本を出てから約1か月。
ここルーマニアで私の旅は、何度目かのピークを迎えようとしていた。


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スチャバでの私のカウチ。

夕食の後、その足でジョージの家に向かうのかと思っていたのだが、彼が連れてきてくれたのは1軒のゲストハウス。
実は彼の家は今改装中で、私をホストすることはできない状態なのだという。
そんな状況にもかかわらず、私との約束を果たすためにカウチリクエストを受け入れてくれたジョージ。
なんとお礼を言っていいものやら。

「料金はすでに払ってある。
 金のことは心配するな」

漢だ。
あんた、ほんまもんの漢や!

テーマ : バックパッカー
ジャンル : 旅行

キシニョウ(モルドヴァ)でカウチサーフィン(2日目)

キシニョウ(モルドヴァ)でカウチサーフィン(CouchSurfing)、 2日目


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キシニョウのバスターミナル。

もう夕方なのだが、まだまだ外は明るい。
ヨーロッパの夏の昼は長い。

こんなことならもう少し沿ドニエストル共和国でねばっとくんだった。
あんなに面白い国とめぐり合うことはそうはないだろうから。

だが、沿ドニエストル共和国にいる時にはとてもそんな楽観的な気持ちになれなかったのも事実だ。
どうしても日が暮れるまでには国境を越えておきたかった。
あの国で出会った人はみないい人たちばかりだったのだが、
「ヤバい国、沿ドニエストル」
という印象はどうしても最後まで拭い去ることができなかったからだ。
実際、警官たちに脅されもした。

だから無事モルドヴァに帰ってこれた時には正直ホッとしたものだ。
ほんの数日前まではこのモルドヴァも私の中では「油断ならない国」の一つだったことを思えば、
少しは私の経験値も上がったのかもしれない。

モルドヴァには日本国大使館は置かれていないのだから、まだまだ気を抜くわけにはいかない。
それでも、「一応は国際社会の目が行き届いている場所にいるんだ」という事実は大いに私を安心させてくれた。

自分で思っている以上に、沿ドニエストル共和国では緊張していたようだ。


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キシニョウのバスターミナルは人影もまばら。
市場の露店もほとんど店を閉め終わっている。
朝のあの喧騒が嘘のようだ。

もう一度あのヤクザや奇妙な女の子に会えないだろうか、とかすかに期待していたのだが、この様子では無理のようだ。


「沿ドニエストル共和国探検」という一大事業を無事なし終えて、今日のミッションは終了したかに思えたが、実はまだ難題が残っていた。
キシニョウでのカウチサーフィンのホスト、アントンの家は市の中心部からはかなり離れた所にある。
朝は彼の車で送ってもらったのだが、今度は自力で彼の家を探し当てなければならない。

昨日の晩にアントンから詳しく道順を聞いておいたのだが、どうもしっくりこない。
教わった通りにバスを降りたつもりだが、なんだか間違ってる気がする。
今日の朝通った道を逆になぞればアントンの家に帰れるのだから、簡単な作業のはずだ。

それなのに、迷ってしまった。
自力でアントンの家まで戻れそうにない。
すでに太陽はビルの影に沈んでしまっているから、暗くなるのはもう時間の問題だ。
どうしようもない焦燥感に襲われる。

アントンの家はここからそう遠くはないはずなので、彼に電話して迎えに来てもらうことは可能だ。
でも、

「道に迷ったから迎えにきて! お願い!」

と言うのは恥ずかしすぎる。

そこで、

「今、君の家の近くまで帰ってきてるんだけど、よかったら一緒にメシでもどう?」

とメールを送ってみた。

ありがたいことに、アントンからは即座にOKの返事が来た。
助かった。

「昨夜夕食を食べた店で会おう」
ということになったのだが、実はそこへの行き方すらわからない。
恥をしのんでアントンに聞いてみたら、どうやら私は2つほど手前のバス停で降りてしまっていたらしい。
どうりで彼の家への帰り方がわからないわけだ。

私は一度彼の家を訪れている。
にもかかわらず迷ってしまった。
初見で彼の家を自力で探し当てたという日本人バックパッカーの女の子にはほんとに頭が下がる。
恐れ入りました。


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モルドヴァのファミレス、「La Placinte 」
二日続けて同じ店というのも芸がないが、ここがベストの選択だと思う。
ひととおりすべてのモルドヴァ料理がそろっているし、値段も安い。
市内に何軒も店を展開しているというから、キシニョウ市民からの支持も得ているのだろう。


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アントンに勧められて頼んでみた飲み物。
モルドヴァの伝統的なドリンクらしい。
甘いジュースのようだが、味は微妙。

口直しにモルドヴァワインを飲んだ。
こちらは文句なしの絶品。
この後、他の国でもいろんなワインを試してみたが、モルドヴァワインを超えるものはなかった。


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最期にアントンがアイスクリームを注文した。
「一緒に食べよう!」と言う。

しかし、「モルドヴァにしかない特別なデザート」というわけでもないらしい。
ただ彼が甘党だというだけの理由のようだ。
どうせならここでしか食べれないデザートの方がよかったんだけどな・・・


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夕食の帰り道、アントンが「いいところがある」というので連れていってもらった。
通り全体がイルミネーションで覆われているらしい。
これを見せてくれたアントンは、「どうだ、すごいだろう!」と言わんばかりに胸を張っている。

だが、しょぼい。
彼には悪いが、どうしようもなくショボい。

電力事情が悪いのだろうか。
この街全体が薄暗く、普通に道を歩くだけでも懐中電灯が恋しくなったほどだ。


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アントンの部屋には、合気道開祖、「植芝盛平」の写真が飾ってあった。
彼は合気道を習っていたらしい。


実はモルドヴァでのカウチサーフィンのホスト探しにはずいぶんとてこずった。
かなり前から何通もカウチリクエストを送っていたのだが、ほとんど無視されていたのだ。
キシニョウにはカウチサーファーの数自体それほど多くない。

私には、「すべての訪問国でカウチサーフィンを利用する」というミッションがある。
だが、国によってはそれが困難なこともある。
カウチサーフィン自体が認知されていない地域だってある。
モルドヴァもその一つだ。
どうも反応が鈍い。

なんとか一人のホストから受け入れの返事をもらっていたのだが、直前になって連絡が取れなくなってしまった。

「もしかして今回はダメかも・・・」

そんな時に私を救ってくれたのがこのアントンだ。

ホストはすべてのリクエストを受け入れたりはしない。
数多く受け取るリクエストの中から一人のカウチサーファーを選ぶにはなんらかの理由があるはずだ。

アントンは以前にも日本人の女の子をホストしている。
合気道をやっていたことからしても、彼が日本に対してなんらかの興味を抱いていることは確かだ。
だから私のカウチリクエストも受け入れてくれたのだろう。

そんな彼の期待に応えることがはたしてできただろうか。
日本人の名に恥ずかしくない行動をとることができただろうか。
どうも今回は自信がない。


昨夜彼はキシニョウの見どころを丁寧に教えてくれた。
それなのに私はそれらのほとんどを訪れていない。
ほとんどの時間を沿ドニエストル共和国のために費やしてしまったからだ。

夕食の時、私がアントンに聞かせた土産話はそのほとんどが沿ドニエストル共和国のもの。
キシニョウで訪れた場所はほんの少し。
きっと彼は落胆したことだろう。

モルドヴァ国民であるアントンにとって、沿ドニエストル共和国は敵国にあたるのかもしれない。
そんな彼に向かって私は、沿ドニエストル共和国旅行がいかに楽しかったかを目を輝かせながら語った。
いったい彼はどんな気持ちで私の話を聞いていたのだろうか。

そんなことにも気づかないくらい、私は興奮していたのだ。
モルドヴァの人には悪いが、私にとっては沿ドニエストル共和国の方がはるかに刺激的で面白かったのだ。


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キシニョウでの私のカウチ。

アントンは母親と恋人と一緒に暮らしている。
残念ながらアントンの彼女は旅行中で会えなかったのだが、母親には親切にしてもらった。
英語がまったくできないお母さんだったが、常ににこやかに接してくれた。

こういう温かい家庭でお世話になるといつも、
「ああ、カウチサーフィンやっててよかったな」
という気持ちになれる。

世界中にはいろんな国があり、肌の色や話す言葉はそれぞれ異なるけれど、
けっきょく人間ってみんなおんなじなんだな、とも思えてくる。


アントンの住んでいるのは共産主義時代に建てられた古い団地。
なんのへんてつもない、むしろどちらかといえばオンボロな建物なのだが、よくよく考えてみると、こんな所に泊まれるというのはすごいことなのかもしれない。

ほんの20年ほど前まで、モルドヴァは旧ソヴィエト連邦に所属していた。
その当時は日本人がこの国を旅行することも難しかっただろうし、ましてやホテルではない一般の家庭のお宅に泊めてもらうことなんてほとんど不可能だったにちがいない。

もっとじっくりとモルドヴァを味わっとくんだった。


テーマ : カウチサーフィン(Couch Surfing)
ジャンル : 旅行

沿ドニエストル共和国(ティラスポリ)旅行記

沿ドニエストル共和国(ティラスポリ)でカウチサーフィン(CouchSurfing)


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(沿ドニエストル共和国、ティラスポリの郵便局)


独立を宣言しているものの、ほとんどの国がその存在を認めていない未承認国家「沿ドニエストル共和国」。
国際社会の目が行き届かないことをいいことに、武器や違法ドラッグの流通拠点となっているという、なんともアングラな臭いのするトランスニストリア。

そんな異質な国の中で孤独感に打ちひしがれていた私を、一人の女性が救ってくれた。
孤立無援だった私に優しく手を差し伸べてくれた彼女はまさに女神そのもの。
彼女の体からほとばしる、幾筋もの神々しい光が見えた(ような気がした)。

彼女の名はイリャーナ。
彼女はずっとつきっきりで私の手助けをしてくれた。
初対面で素性の知れない、しかも侍の格好をしたへんてこな東洋人に、損得勘定抜きで親切にしてくれた。
荒んだ印象のある沿ドニエストル共和国にだって、こういう心優しい人はいるのだ。


まずは絵葉書を買うのを手伝ってもらった。
「観光」という概念が希薄なこの国では、絵葉書を買うことすら一仕事なのだ。

私がいくら探しても見つからなかった絵葉書だが、イリャーナが売店の女性に一言言うだけで、店の奥から持ってきてくれた。
単体では売ってくれず、20枚くらいのセットで買わなければならないらしい。
その絵葉書はかなりの年代物のようで、角がすり減っている。
図柄はミグ戦闘機や戦車、レーニン像など、およそ一般的な観光地とは趣を異にするシロモノだが、かえってこういう物の方がドニエストルらしくていい。


私が絵葉書を書いている間も、イリャーナは辛抱強く待っていてくれた。
彼女のおかげで、郵便局で切手を買う手続きもスムーズに運んだ。
やはり現地の人が一緒にいてくれると、なにをするにしても便利だ。


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郵便ポスト。
ゴミ箱かと思った。


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「ロシアのおじちゃん、ありがとう!」

世界中のほとんどの国から独立を認められていない沿ドニエストル共和国ですが、ロシアは違います。
軍事顧問団を派遣して、この国を強力にサポートしています。
なのでこの国ではロシア人はモテモテ。


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「私たちは負けない! 最後まで戦う!」

砲弾を愛おしそうに抱きしめる女性兵士。
第二次世界大戦を彷彿とさせる古めかしい軍服。
なんともシュールなポスターだ。

沿ドニエストル共和国内にはこのようなプロパガンダをあちこちで見かけます。
他の国とは一味ちがいます。
なんておもしろそうな国なんだ。
やっぱり来てよかった。

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イリャーナは私をこんな狭い路地に連れてきてくれました。
いや、気持ちはありがたいんですけど、できたらもっと有名な観光地のほうがいいな。


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「ここは有名なホテルだから写真を撮れ、撮れ!」

とイリャーナは言うのですが、私としてはあまりおもしろくありません。
この国には他に面白い場所はないのか?


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せっかくですから、沿ドニエストル共和国の国旗と一緒に記念撮影。


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オペラ劇場


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イリャーナと一緒に歩くようになって、いろんな人から声をかけられるようになりました。
私一人で歩いていた時とはえらい違いです。

彼女が言うには、みんな私の持っている刀を本気で怖がっているのだとか。
本物の日本刀を持って歩けるわけがないだろう、と思うのですが、武器であふれているこの国では、日本刀を腰に差して歩いている人間がいても不思議ではないのかもしれません。


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この女性がイリャーナ。
孤独の淵に沈んでいた私を救ってくれた恩人です。

彼女はこれから行く場所があるということで、忙しそうな様子。
なので、最初は郵便局についてきてくれるだけだったはずなのですが、なぜかその後もずっと私と一緒にいてくれました。

異国の地でこんなふうに親切にされると、思わずほろりとしてしまいます。
やばい。
惚れてしまいそうだ。


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人類初の有人宇宙飛行士、ガガーリンの像。
イリャーナによると、彼はこのティラスポリ出身らしいのですが、ウィキペディアの記述とは食い違っています。


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沿ドニエストル共和国の国会議事堂?
こんな重要な場所、写真に撮ってもいいのだろうか。
ティラスポリの駅前で兵士に写真撮影を制止された記憶がよみがえります。
当然、この建物の周辺にも兵士の姿があちこちに見えます。

私がためらっていると、イリャーナは

「平気、平気。写真を撮っても大丈夫よ。
 なんなら私も一緒に撮ってあげようか?」


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ほんとに国会議事堂の前で写真を撮ってしまった。
遠くには警備の兵士が歩いているのが見えます。

台湾の総統府前でも写真撮影は禁止されてるのに、この沿ドニエストル共和国で許されるとはとうてい思えないんだけどなあ。
まだ私は半信半疑です。


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おそるおそる国会議事堂に近づいてみると、建物の正面にレーニン像がありました。
せっかくだからこのレーニン像と一緒に写真を撮りたい。
でも、警備の兵士の目が気になる。


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レーニン像の周りをウロウロしていると、ティラスポリ市民に写真撮影を申し込まれました。


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左側にいるのは、順番を待っている人たちです。
なんと、私と写真撮影するために行列ができているではありませんか。
いつから俺は有名人になったんだ?!


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いつの間にかイリャーナは私のマネージャーのような存在になっていて、記念撮影希望者を仕切っています。

「はいはい、サムライと一緒に写真を撮りたい人はこちらに並んでねー」

それだけではなく、なぜか彼女も一緒に写真に写っています。
カメラに向かって笑顔を振りまいています。
あれ? あれ?


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すっかりモデル気分で機嫌がよくなったイリャーナ。
もしかしたら今日一日、彼女は私のガイド役を引き受けてくれるかも?


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その後もティラスポリを歩いていると、大勢の人に声をかけられました。
最初はとっつきにくそうに思えた沿ドニエストル共和国民も、ふたを開けてみればなかなか人懐っこい。

よく見たらこの男性のシャツには漢字のようなものがプリントされています。
東洋の文化に興味があるのでしょうか。


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一人の男性に呼び止められて、なにやら話し込むイリャーナ。
知り合いなのでしょうか。

男性からもらった名刺をよく見ると、そこには

「 School of Kung-Fu 」

の文字が。


どうやら彼はカンフーの道場を開いているらしく、私にそこへ来いと言っているようです。

「1時間でいいから、俺と手合せをしてくれ」


カンフーには前から興味があったので、一度本物を見てみたかったのですが、この男はかなり強そう。
しかも私のことを日本の武道の達人と勘違いしているようなので、手加減なしで戦わされそうな予感がする。
それに、日が暮れるまでにはモルドヴァに帰りたいので、ティラスポリでの残り時間はあとわずかしかない。

というわけで、彼の申し出は丁重にお断りしました。


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「私はここで用事を済ませてくるから、ここでしばらく待っていて」

イリャーナはそう言い残して建物の中へと入っていきました。
残されたのは私とカンフーの達人のみ。
まだいたのか?
いったいどこまでついてくるつもりなんだ。
彼は英語がまったくできないのですが、しきりと私に話しかけてきます。
でも、なんて言っているのかはわかりません。

話しかけてくるだけでは物足りず、そのうち彼は私に向かって拳を突き出してくるようになりました。
もちろん本気ではないのですが、よけなければ顔に当たります。

わっ! わっ!

カンフー映画は何度か見たことがありますが、本物のカンフーの使い手と戦うのはこれが初めての経験です。
私は空手の心得があるのですが、カンフーの攻撃に対してどう対処していいのかわかりません。
彼の繰り出してくる攻撃をさばくのが精いっぱいで、防戦一方でした。

ところが、私のよけかたが男には意外だったようで、彼はおもしろがってなおも拳を繰り出してきます。
しかも、だんだんとそのスピードが速くなってきているではありませんか。

その男は拳を突き出すたびに、

「これはどうよける?」

というふうに目で私に語りかけてきます。
なかなか研究熱心な男のようです。
もしかしたら彼も空手家と対戦するのは初めてだったのでしょうか。
私の流派は他の空手とは少し異なるので、余計に興味がわいたのかもしれません。

しかし、実験台にされているこちらはたまったもんじゃありません。
よけなければ確実に彼の拳は私の顔面にヒットするのです。
しかもこの男、強いっ!
明らかに相手の方が格上です。
私の空手は大したことありませんが、相手がどの程度の実力の持ち主かくらいは私にだって判断できます。

今はまだ手加減してくれていますが、だんだんと彼の攻撃は激しさを増してきています。
もうこれ以上は持ちこたえられそうにもありません。

どうしよう。
このまま走って逃げてしまおうか。
いや、でも、この男の方が足も速そうだ。
まいったな。


「もうそろそろ限界」
というところで、タイミングよくイリャーナが建物から出てきてくれました。
これで戦いを止めるきっかけができました。

彼はまだ物足りなさそうで、イリャーナになにか言っています。

「彼がどうしても道場に来てくれって言ってるけど、どうする、マサト?」

もうけっこうです!
これ以上やったらほんとに殺されちゃうよ。


しかし、なかなかおもしろい体験をさせてもらえました。
まるで自分がジェット・リーやドニー・イェンと戦っているような気分になれたのです。
まさか沿ドニエストル共和国でカンフーの達人と手合せをすることになろうとは、夢にも思いませんでした。

なにがおこるかわからない。
だから旅はおもしろい。


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(軍事歴史博物館?)


カンフーの使い手から命からがら逃げだし、イリャーナはなにかの博物館に私を連れていってくれました。
老婦人が一人で番をしているその博物館は、こじんまりとしていて、私たちの他に閲覧者はいません。

イリャーナは入場料を払ってくれました。
どうしてそんなに親切にしてくれるのだろう?

彼女はティラスポリ出身なのですが、この国の将来に不安を感じた彼女の両親は、イリャーナをアメリカの高校へと留学させたそうです。
当時彼女は英語がほとんど話せませんでしたし、アメリカに知り合いがいたわけでもありません。
いきなり異国の地に放り出されて、イリャーナはかなり苦労したようです。

自分がそんな大変な経験をしてきたからこそ、他の人が困ってるのを見過ごすことができないのかもしれません。
いずれにせよ、彼女と奇跡的に出会うことができた私はツイてます。
彼女がいなければ、他の旅行者と同じように沿ドニエストル共和国に対してネガティブな感想を持ったまま出国していたことでしょう。


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博物館自体はまったく面白くありませんでしたが、そんなことはどうだっていいんです。
イリャーナがいなければ、私はこの国を一人で旅行していたはずです。
きっと味気ない旅となっていたことでしょう。

でも今は違う。
イリャーナのおかげで、沿ドニエストル共和国は私にとってディズニーランドなど足元にも及ばないくらいに刺激的で面白い場所となった。
この国をここまで楽しんだ観光客はそうはいないだろう。
その土地で出会う人によって旅の面白さはまったく変わってくる。
私はほんとうにラッキーだ。


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ロシア風の帽子を被せられたサムライ。
隣にはわけのわからない彫像。
バックにはシリアスでコミカルなポスター。

私はいったいここでなにをやっているのだろう。


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博物館を出てしばらく歩くと、一人の女性に出会いました。
イリャーナの知り合いで、彼女の家の近所に住んでいるそうです。

なにかと色眼鏡で見られがちな未承認国家・沿ドニエストル共和国。
でも、そこに住んでいる人はごく普通のどこにでもいるおばちゃん。
そんな当たり前のことですら、イリャーナがいなければ気づかなかったかもしれません。
彼女と一緒でなければ、よそ者の私と笑顔で一緒に写真など撮ってくれなかったことでしょう。


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沿ドニエストル人とロシア人のカップル


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公園で昼間からビールを飲んでいた青年たち。
なんだかトランスニストリアらしくていいぞ。


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サムライ姿の私を見て大興奮の若者たち。
他のブログで言われているのとはまったく異なり、沿ドニエストル共和国に住む人たちはとてもフレンドリーで好奇心旺盛でした。

彼らのおかれている状況を鑑みれば、これは驚くべきことです。
この国が将来どうなってしまうのか、誰にも予測はつきません。
そんな不安定な状況下でも、彼らはとても明るく過ごしています。
彼らの笑顔はとても印象的でした。

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一人の男と話し込むイリャーナ。
知り合いなのだろうか?


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私の買った絵葉書の中に、「空飛ぶ戦車」があったので、イリャーナにそこへ連れていってくれるようにお願いしました。
すると、この男も一緒についてきたのです。
彼はプロのカメラマンで、侍の衣装を着た私はまたとないいい被写体だから、ぜひ同行させてくれと言っているようです。
プロのカメラマンに撮ってもらうのも悪くはないか。


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イリャーナとはまだ出会ってから数時間しか一緒に過ごしていませんが、なんだかもうずっと昔からの知り合いのような気がします。
ずっとこのまま彼女と一緒にいれたら、どんなに幸せだろう。

だが俺は、もうあと数時間でこの国から出なくてはならない。
この国は特殊な場所なのだから。


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しかしこの時すでに俺の腹は固まっていた。
彼女のために、この国に骨を埋めることなど厭わない。

空飛ぶ戦車と教会に、永遠の愛と沿ドニエストル共和国への忠誠を誓う。
さらば日本国籍。
今日かぎり、俺は日本人であることを捨てる。


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「楽しかったわ、マサト。
 また連絡ちょうだいね。
 私はもう行かなくちゃならないの。
 あとは彼があなたのことを面倒見てくれるから。
 じゃあね!」

イリャーナはそれだけ言い残して、さっさと行ってしまった。
あまりにも突然の別れに、私はなすすべもなかった。

後に残されたのは英語のまったく話せないむさくるしいカメラマンの男のみ。
思わず苦笑いがこぼれた。

ま、俺の人生なんてこんなものか。


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マントをはためかせるレーニン像。
遠くを見つめる彼の瞳には、いったいどんな風景が写っているのだろう。


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墓地。
おそらくここには国家の英雄が祀られているのだろう。


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空飛ぶ戦車よ。
お前はどこへでも飛んで行け。

沿ドニエストル共和国、なかなかおもしろい国だったが、
俺が再びこの地を踏むことはないだろう。


カメラマンは私と並んで歩き、ずっとシャッターを押している。
彼はポーズをとった写真が嫌いで、被写体の自然な表情を撮りたいのだそうだ。

そういえば彼はプロのカメラマンだと言った。
ということは、私の写真も仕事で使うのだろうか。

自分の写真がいったいどんなシチュエーションで使われることになるのかはわからないが、
世界中のほとんどの人がその存在すら知らない国の片すみで、侍の衣装を着た自分の写真が流通するというのもなんだか変な気分だ。


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またコニャックの店に出くわした。
この国の人間はそんなにこの酒が好きなのだろうか。

カメラマンが私に向かって、「酒は好きか?」と聞いてきた。
もちろんだとも。
沿ドニエストル共和国の名物だというコニャック。
せっかくこの地に来たからには試しておきたい。

カメラマンは私に向かって、「ちょっと待ってろ」と言い残し、店の中へと入っていった。
だが私はこの国のお金をほとんど持っていない。
他の国では文字通り紙屑となってしまう沿ドニエストル共和国の通貨を、これ以上両替するつもりもない。
もうすぐ私はこの国を出国し、二度と訪れることはないのだろうから。

しかし、お金の心配は不要だった。
店の中から複数の目が、ガラス越しに私のことを見つめている。
きっと侍姿の日本人が珍しいのだろう。
店の主人と思しき男が、私を手招きして中へと招き入れてくれた。

彼がなんと言っているのかまったくわからない。
通訳してくれる人もいない。
だが、店の主人はうれしそうに私の肩に腕をまわし、何枚も一緒に写真を撮らされた。
きっと、後で店の宣伝にでも使うのだろう。

そして別れ際、一瓶のコニャックをくれた。
ラッキー!


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戦利品のコニャックを手に、私とカメラマンは公園へと向かう。
彼はさっきからしきりとあたりを気にしている。

「この国では外で酒を飲むことは禁止されているんだ。
 警官に見つかったらやっかいだ。
 俺は向こうの通りを見張ってるから、お前はあっちを見ていてくれ。
 私服の警官もいるから気をつけろよ。
 少しでも怪しい奴を見かけたら、すぐに酒を捨てて逃げろ」

なんだかおもしろくなってきたぞ。
この公園には樹木はほとんどないから、外からは丸見えだ。
もし本当に警官が取り締まりに来たら、簡単に見つかってしまう。

カメラマンはカバンでコニャックの瓶を隠しながら、私のコップに注いでくれた。
あたりを気にしながら飲む酒が旨いはずがない。
モルドヴァに帰ってからゆっくりと飲みなおしたい。
だが、コニャックの瓶はカメラマンのカバンに入ったままだ。
警官の目に触れないよう、彼がしっかりと隠している。

でもそれ、侍姿の俺にって店の主人がくれた物なんだけどなー。


カメラマンは英語がまったくしゃべれなかったが、不思議と意思の疎通はできている。
彼は自分のカバンを得意げに私に見せる。
自分で作った物のようだ。
よく見ると、そのカバンは柔道着でできていた。

「柔道着は分厚いから、切ったり縫い合わせたりするのは骨が折れるんだぜ。
でもおかげで俺のカバンはとても丈夫な物に仕上がった。
かなり乱暴に扱ってもびくともしない。
市販のカバンじゃとてもこうはいかない」

お前、柔道をやってるのか?
「押忍!」

誰からも独立を認められていない国には、カンフーの達人や柔道を練習している男たちがいる。
モルドヴァには合気道の道場まであった。
アジアの格闘技って、やっぱり人気あるんだな。


カメラマンに例のカンフー・マスターの写真を見せてみた。
彼はこの男のことを知っているらしい。
祖父の代から道場を開いていて、あの男は幼少のころから英才教育を施されてきた、正真正銘のカンフーの達人なのだそうだ。

やばかった。
あの男の道場にのこのこついていかなくて本当によかった。
でなきゃ今頃俺はボコボコにされていたことだろう。

沿ドニエストル共和国はほんとに危ない国だったのだな。
いろんな意味で。


言葉が通じないにもかかわらず、カメラマンとの会話は弾んだ。
彼は片言の英語も話せないのだが、不思議なことにお互い何を言いたいのかはわかるものなのだ。

「俺の部屋に寄ってけよ。 駅の近くだから列車の発車時刻ギリギリまでうちにいればいい」
彼の提案は願ってもないものだった。
未承認国家・沿ドニエストル共和国に住む人の家に招かれるチャンスなんてそうそうあるもんじゃない。

「晩飯になにか作ってやるよ。
 スーパーに寄って買い物していこう」


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店の前の広告には

「 BANZAI 」

と書かれてある。

世界中のほとんど誰もがその存在すら知らない国の片すみに、ひっそりと日本語の広告が掲げられている。
外国でこういうのを目にするたびに、いつも再認識させられる。
これほど影響力のある国って、他にはないんじゃないだろうか。
日本にいる時はなにも感じないが、実は俺たちの国ってすごいんじゃないんだろうか。


感慨にふけっていると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
どうやらパトカーのようだ。
意味もなく不安な気持ちになる。
まさかパトカーは我々に向かってきているわけではないだろうが、なんなんだろうこの焦燥感は。

カメラマンも同じ気持ちのようだ。
話すのをやめ、じっと音のする方を見つめている。


猛スピードで走ってきたパトカーは、我々の行く手を阻むように停止する。
どういうことだ?
カメラマンの方を見ると、舌打ちして目を伏せている。
なんだ?
もしかしてヤバい状況なのか?

パトカーから降りてきた警官は二人。
一人はカメラマンの方へ。
もう一人は私の方へまっすぐにやってきた。

いったいどういうことだ?
もしかして、さっき公園で酒を飲んだことと関係があるのだろうか。
まさかそんなことくらいでパトカーがサイレンを鳴らして駆けつけてくるとはとても思えない。
じゃあなぜ?

警官にパスポートを要求される。
彼は英語が話せないようなので、私への尋問はなかった。

しかし、カメラマンは執拗に何か聞かれている。
私のことを時々見ながら話しているから、きっと私のことについて質問されているのだろう。

「だからこんな奴知らないって言ってるだろ。
 さっき会ったばっかりで、こいつが誰なのか俺はまったく知らないんだってば!」

そう言っているように聞こえた。


警官の興味の対象が私なのは明らかだ。
だとしたら私は今、とてもマズい状況に陥っているのだろうか。
外務省の危険情報の文言が脳裏によみがえる。

「沿ドニエストル地域には、モルドバ政府の施政権が及んでおらず、仮に日本人渡航者が同地域での事件・事故等に巻き込まれた場合、モルドバ政府が十分な救済措置を講じることができない状況にあります。

「モルドバには、日本の大使館が設置されていません。
このため、緊急事態や事件・事故に遭遇した場合には、日本国大使館等による迅速な対応を得ることができず、事実上身動きがとれない状態に陥ることとなります」


やましいことはなにもしていない(酒を飲んだだけだ)。
警官に私の刀が本物ではないことを証明し、荷物検査にも積極的に協力した。
それでも警官たちはねちねちとカメラマンに対して何か言い続けている。

ようやく取り調べから解放された。
しかし、パトカーに乗り込む際にも警官はカメラマンに対してなにか言っていた。

「へんな外国人なんかに関わり合いにならない方がお前の身のためだぞ」

そう念押ししているように聞こえた。


パトカーが走り去った後も、カメラマンはすっかり萎縮したままだ。
私からは距離を置いている。
私の存在を持て余している様子がはっきりと見て取れる。

どうやら彼の家に招待されるという話はなかったことになったようだ。
残念だが仕方がない。
準戦時下にあるこの国では、国家権力の統制はかなり厳しいのだろう。
警官に目をつけられでもしたら、いろいろと面倒なことになるのかもしれない。

まだ日没までには時間があったが、ここらが潮時だ。
次のバスでキシニョウに帰ることにした。


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ティラスポリ駅前


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モルドヴァは美人の宝庫だ、という話を聞いたことがある。
でも、この写真のような美女はあまり見かけなかったような気がする。

真偽のほどはわからないが、ヨーロッパの娼婦の3割はモルドヴァ出身だ、という話も聞いたことがある。
そういえばトランスニストリアではあまり女の子の姿を見かけなかったような気もする。
若い娘はみな、西ヨーロッパへ出稼ぎにでも出かけているのだろうか。


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帰りのバスでは窓際に座れたので、沿ドニエストル共和国の街並みをじっくりと見ることができた。
伝統的なモルドヴァ家屋が点在している。

世界中の国から独立を認められていない国家。
この国はいったいいつまでこんな不安定な状態を続けるつもりなのだろう。

今は戦乱は収束しているようだが、問題が解決したわけではない。
ウクライナ情勢をうけて、再び紛争が勃発する兆しが見え始めているともいう。

沿ドニエストル共和国。
つい数日前まで私は、この国の存在すら知らなかった。

だが、今では忘れることのできない国となってしまった。
一見とっつきにくそうに見えるが、人々はとても明るく、人なつっこい。
侍姿の私を見つけると、大喜びで肩を組んで一緒に写真を撮るような人たちだ。

たくさんの人たちとメールアドレスの交換をし、フェイスブックの友達になった。
「絵葉書を送るから」
と、住所を教えあった人もいる。

沿ドニエストル共和国。
日本のマスコミにこの国の名が登場することはほとんどない。
だが私にとってはもうこの国は「得体の知れない遠い世界の話」ではなくなってしまった。

次にこの国の名をニュースで聞くときは、それがいい話題であることを願うばかりだ。
もしもまた戦争が起こったら、こんなに狭い国のことだ、きっと全土が戦場と化すことだろう。

彼らにはどこにも逃げ場はない。


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などと感傷に浸っている場合ではなかった。
気づくとバスは国境の検問所に差し掛かっている。

すっかり忘れていた。
ここは旅行者泣かせの悪名高き沿ドニエストル共和国なのだ。
これまでに数多くの旅人たちが別室の賄賂部屋に呼ばれ、屈辱的な目に遭っている。

他人のことを心配している場合ではない。
まずは自分が無事にこの国から脱出することを考えねば。

多少の賄賂を支払うことには目をつぶろう。
でも、なんとしてでも写真だけは守りたい。

カメラからSDカードを抜き出し、別のカードとすり替える。
隠すところなどどこにもないが、軽い身体検査くらいには耐えられるようにSDカードを隠し持つ。

来るときには簡単に国境を超えることができたが、出る時も同じとは限らない。
用心しすぎるということはないだろう。


バスは検問所に停まり、係官が乗り込んできた。
一人ひとりパスポートをチェックしていく。
出国する時にはバスから降りなくてもいいのだろうか。

係官はパスポートをさっと一瞥しただけで、すぐにバスから降りていってしまった。
再びバスは何事もなかったかのように走り出す。
国境ゲートを通過した。

拍子抜けするくらいにあっさりと出国できてしまった。
他のブログに書いてあったことはいったいなんだったのだろう。
賄賂なんて要求されなかったし、荷物検査もなかった。

きっとこれはいいことなのだろう。
でも、なにか物足りない。
他の人のブログであれほど悪しざまに書かれていた沿ドニエストル共和国の国境越え。
一度体験してみたかった。


バックパッカー旅行は、驚くほど快適になってきている。
「深夜特急」時代にはインターネットなんてものはなかったから、すべてが手さぐりだった。
もちろん苦労も多かっただろうが、その分得るものも多かったはずだ。

しかし、今はなんでも事前に準備できてしまう。
情報は瞬時にして世界中を駆け巡り、リアルタイムで情勢を知ることができる。
写真や動画付きで。

悪名高き沿ドニエストル共和国の国境はもう存在しない。
この惑星はどんどん均質化し、平和で豊かになっている。

きっとよろこばしいことなのだろう。
だが、なんなのだろう。 この焦燥感は。

私は経験値を徐々に上げていき、ゆっくりと旅の難易度も上げていくつもりだった。
しかし、もっと急いだ方がいいのかもしれない。
この惑星からすべてのロマンが消え去ってしまう前に、訪れておきたい場所が私にはいくつもある。


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ティラスポリで親切にしてくれた女性、イリャーナとは、今でも交流が続いている。
日本に帰国後、絵葉書のやり取りもした。
彼女のフェイスブックからは、息子を溺愛している様子が痛いくらいに伝わってくる。

もちろん彼女は祖国である沿ドニエストル共和国を愛してはいるが、
息子にはアメリカで教育を受けさせるつもりだ。


トランスニストリアよ、われら汝を称える

テーマ : バックパッカー
ジャンル : 旅行

沿ドニエストル共和国をビザなし入国で旅行

沿ドニエストル共和国でカウチサーフィン(CouchSurfing)


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いよいよ沿ドニエストル共和国へ向けて出発です。
キシニョウを出発する時点ですでにバスは満席でした。
ティラスポリまでは2時間ほどかかるそうなので、席を確保できないとけっこうきつい。

実はこの沿ドニエストル共和国、バックパッカーの間ではかなり評判が悪い。
国境を超える際、日本人は別室に呼ばれ、不当な賄賂を要求されるのだとか。
もちろんそんなものは支払う必要ないのですが、払わないといつまでも通してくれないらしい。
特に日本人に対しては厳しい態度ででてくるので、日本人バックパッカーはまず例外なく
「賄賂部屋」
に連行されると思っておいた方がいい、というような情報をネット上で見ることができる。
なんだかめんどくさそうな国だなあ。


また、外務省の渡航情報(危険情報)によれば、この沿ドニエストル地域(トランスニストリア)は
「十分注意してください。」
となっています。

なんだ、その程度のレベルか。
ウクライナと同じじゃないか。
なら問題ないな。

と思っていたのですが、私が沿ドニエストル共和国に行くことをホストのアントンに告げると
「あそこはヤバい。 やめといたほうがいい」
とさんざん脅されました。

もしもモルドヴァ国民が沿ドニエストル共和国に入ろうものなら、まず無事には帰ってこれないのだとか。
おいおい。そんなにヤバい状況なのかよ。
やっぱり行くのやめとこうかな。

しかし毎日定期的にバスは出ているわけですし、じっさいバスの中にはたくさんの乗客がいます。
そんなに危ない場所に行くバスが満席になるはずないじゃないか。
そう自分に言い聞かせ、萎えそうになる気分を無理やり高める努力をしました。


バスは途中、何度か停車して、新たな乗客を乗せます。
空いている席はすでになく、通路は人でいっぱいになりました。
まだ他にもバスに乗りたい人はいたようですが、もうスペースはありません。

ティラスポリ行きのバスは頻繁に出ているということなので、モルドヴァ~沿ドニエストル共和国間の人の往来はかなり多いようです。
かの国は鎖国しているようなイメージがあったので、これは意外でした。

私の座席は真ん中なので、窓からの景色は見えません。
通路には立っている人が大勢いるので、運転席の窓から外を見ることもできませんでした。

せっかく珍しい国に向かっているというのに、何も見ることができない。
退屈な時間が続きます。


1時間ほど走ったところで、バスは停まります。
いよいよ国境通過か。
身も心も引き締まります。

運転手が振り返りなにかわめいていますが、もちろんなんと言っているのかは私にはわかりません。
しかし、乗客たちがわらわらと車を降り始めたので、「国境通過の手続きは各自でやれ」ということなのでしょう。

でも、すべての乗客が降りたわけではありません。
席に座ったままじっとしている人も半分くらいにのぼります。

「俺も行かなきゃだめか?」
運転手に身振りでそう聞いてみると、

「当然だろ。さっさと行って手続してこい」
と車を追い出されました。


小さな小屋の中には係官が二人いて、乗客たちのパスポートをチェックしています。
他の人の手続きを見ている限り、けっこう簡単に通過できそうにも見えます。

しかし、私は日本人。
他の人たちとは毛色が違います。

きっとすんなりとは通してくれないんだろうな。
悪名高き「賄賂部屋」というのはどこにあるのだろう。

あたりをキョロキョロしているうちに、私の順番がやってきました。

係官は私のことをめんどくさそうに見ています。
どうやら彼は英語が話せないらしい。
隣にいたもう一人の係官になにか話しかけ、その人と席を交代しました。
もう一人の係官はどうやら英語ができるようです。

「今からだとあと数時間しか滞在できないが、それでもいいか?」
といったありきたりの質問をいくつかされただけで、すぐにパスポートを返してくれました。
私の名前とパスポートナンバーが印刷された紙切れももらいました。
きっとこの紙は出国するときに必要なのでしょう。

荷物の検査はされませんでしたし、賄賂の要求も一切ありませんでした。
えっ! これだけ?
あっさりと国境を通過できてしまったのです。

沿ドニエストル共和国について書かれているブログを読むと、必ずといっていいほど国境通過の際の苦労話、あるいは武勇伝が「これでもか」とばかりにつづられています。
そういうのを読んで覚悟を決めていった私としては、なんだか肩透かしを食らわされたようで、拍子抜けしてしまいました。

簡単すぎる。
これじゃあ他の国の国境審査となんら変わらんじゃないか。
沿ドニエストル共和国、お前もたいしたことないな。


そしてついにバスはティラスポリに到着した。
乗客たちはさっさと降りてしまうが、私は面食らっていた。

ほんとにここが首都なのか?

静かすぎる。

バスターミナルは鉄道駅と隣接しているようだ。
ということは、ここはこの国で一番の繁華街のはず。
それなのになにもない。
高層ビルも複合商業施設もスクランブル交差点もない。
人通りもほとんどない。

これはまいったな。
ティラスポリに着いたらなんとかなるだろうと思っていたのだが甘かった。

観光案内図なんてものがあるわけないし、もちろん地球の歩き方にだって沿ドニエストル共和国の見どころは載っていない。
だってこの本には「沿ドニエストル共和国は治安状況が悪いので、訪れるべきではない」と書いてあるのだ。
もちろんWiFiなんてものがあるわけない。


なにもない駅前でじっとしていてもしかたがない。
この国の滞在許可はとってないので、今日中にモルドヴァに戻らなければならないのだ。

でも、移動する前にせっかくだから駅の写真を撮っておこう。
そう思ってカメラを取り出したその瞬間、駅を警備していた兵士が私の方へと歩いてきた。
なにもない駅前のくせに、警備の兵士だけはちゃっかり配置しているのだ。
さすが沿ドニエストル。

兵士はまっすぐ私の方へ向かってくる。
彼が言いたいことはわかっている。
「ここは重要拠点だから写真は撮るな」

だが、まだ彼はなにも言っていない。
なんのジェスチャーもしていない。

だからシャッターを押すことは可能だ。
そしてその瞬間、兵士が私に向けて引き鉄を引くことも可能だ。

ここは沿ドニエストル。
国際社会から隔離された未承認国家。
そんな場所で、兵士を無視して写真撮影を続行するだけの度胸は私にはない。


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沿ドニエストル共和国での記念すべき第一枚目の写真撮影は、兵士によって制止されてしまった。
なかなか幸先の悪いスタートだ。

あの兵士は英語が話せなかったからよく理解できなかったが、駅の写真を撮るな、と言っていたのだろうか。
それとも、この国では外国人は写真を撮ることを許されていないのだろうか。

だとしたらやっかいなことになったぞ。
ここまできて一枚も写真を撮らずに帰るなんてことができるか。
情報の少ない国だからこそ、いつもよりも多く写真を撮りたい。
だが、兵士の目を盗みながらではやりづらいな。


いつまでも駅前で立ち往生しているわけにはいかない。
私はビザを取得していないから、今日中にこの国から出なければならないのだ。

とりあえず侍の衣装に着替えた。
兵士からは死角になる場所で。

腰に刀を差した侍の格好を見咎められたら、やはり兵士になにか言われるのだろうか。

「いきなり後ろから撃たないでくれよ」

そう願いながらティラスポリの駅前を後にした。



沿ドニエストル共和国について書かれたブログはいくつか読んだ。
そのどれもが、この国についてはあまり良いことは書いていない。

「まるで珍しい動物でも見るかのような目つきでジロジロ見られた」
「今までに味わったことのない、なんとも言えない嫌な雰囲気が町中を覆っていた」
「国境で賄賂を要求され、拒否したら長時間別室に拘束された」

ほとんどがネガティブな感想。
「ティラスポリの人たちサイコー! みんなと仲良くなっちゃいました」
などと書かれたブログは私の見る限りなかった。

それでも私は楽観視していた。
自分は他の旅人とは違う。
カウチサーフィンを通じて何百人もの外国人と交流してきたのだ。
ホテルと観光地の間を往復するだけで、現地の人と言葉を交わそうともせず、せっかく外国に来ても日本人同士でつるむ内向き日本人と一緒にしてもらっちゃあ困る。

そう思っていた。

だがこの沿ドニエストル。
確かになにかが違う。
街全体を重い空気が覆っている。

建物はたくさんあるのに、まったく人の住んでいる気配がしない。
ゴーストタウンか、ここは?

メインストリートを歩いても人通りはほとんどなし。
やけに静かだな、と思っていたら、それもそのはずで、道路を走る車もほとんどないのだ。

たまにすれ違う人々も、なんだかよそよそしい。
とても話しかけられる雰囲気ではない。
あきらかに異邦人である私の存在を拒んでいる。

こんなに閉鎖的な空気を醸し出している国は初めてだ。
ティラスポリの独特な空気に圧倒され、思いっきり萎縮してしまった。
なんかいやだ、この国。
はやく帰りたい。

すっかり弱気になってしまった私だが、もちろんこのまま帰るわけにはいかない。
でも、どこに行けばいいのかもわからない。
前から一人の女の子が歩いてきた。
若い子だからきっと英語も話せるだろう。
そうだ、あの娘に聞いてみよう。


勇気をだしてその女の子に声をかけてみた。

彼女は私のことを、まるで害のない低級な悪霊でも見るかのような目つきで一瞥しただけで、足も止めずに歩き去ってしまった。
一言も発しなかった。

こんな態度をとられたのは初めてだ。
すっかりティラスポリの人に対して人間不信になってしまった。
もう誰にも話しかけたくない。


グーグルマップはよくできた地図だが、観光案内としては利用価値は低い。
どちらへ行けば面白そうな場所に出るかはわからなかったが、とりあえずバスが通ってきた道を歩いて戻ってみることにした。


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とりあえず記念撮影してみるも、なんだか気分が浮かない。


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洗濯物が干してあるのだから、おそらく住居用の建物なのだろうが、まったく人の住んでいる気配がない。
おそろしく静かな首都だ。


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ティラスポリの街中では、この会社のロゴをあちこちで見かけた。
有名なコニャックの会社らしい。


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しばらく歩いているうちに、だんだんと人通りが多くなってきた。
おそらくこのあたりが街の中心部なのだろう。

そしてここで初めて声をかけられた。
彼らは少し英語もできるらしい。
ほっとする瞬間。
ティラスポリの人間みんながみんな外国人に対して冷たいわけではないのだということがわかって、ほんとに安堵した。

せっかく捕まえた現地人だから、彼らにはいろいろと聞きたいことが山ほどあったが、どこかへ向かう途中らしく、あまり長時間引き止めるのも気がひけた。
かろうじて郵便局の場所だけ聞き出し、彼らと別れた。


教えてもらった建物の前には、10代と思しき若者たちが何人かたむろしていた。
現地の人と話すことに成功したおかげで、私の士気はほんの少しだが上昇している。
彼らに話しかけてみた。

「英語はできるかい?」

若者たちはお互い顔を見合わせていたが、やがてそのうちの一人が胸を張って答える。

「ああ、できるよ。当然だろ」

それは心強い。
彼らならどこか面白そうな場所を知っているかもしれない。
ヒマを持て余しているみたいだから、ひょっとしたら俺と一緒に遊んでくれるかもしれない。

そう思って彼らとのコミュニケーションを試みたのだが、どうも話がかみあわない。
どうやら彼は仲間の手前、「俺は英語ができるんだぜ」と言いたかっただけで、実はほとんど英語を知らないようだ。

こいつはまいったな。
この沿ドニエストル共和国では英語を学校で教えていないのだろうか。

鎖国状態のこの国は、ほとんどの国から独立を承認されていない。
アメリカやEU諸国を敵視しているとも聞く。
そんな国では英語ではなく、ロシア語を学校で教えるのだろう。

とにかく彼らとはこれ以上仲良くなれそうにない。
また振り出しに戻ってしまった。


と、その時、一人の女性が声をかけてきてくれた。

「どうしたの?
 何か困ってる?
 私に手伝えることはあるかしら」


孤立無援状態に陥っていた私を救う女神。
彼女の登場により、私の沿ドニエストル共和国旅行は劇的な変化を遂げることになる。




テーマ : ヨーロッパ旅行記
ジャンル : 旅行

カウチサーフィン(CouchSurfing)とは?

CouchSurfingKyoto

Author:CouchSurfingKyoto
.カウチサーフィン(CouchSurfing)とは。

日本に観光に来た外国人の宿として無償で自宅を提供し、国際交流を深めるというカウチサーフィン。

また、自分が海外に旅行に行く時には、現地の一般家庭に泊めてもらい、その土地に住む人々の生の暮らしを体験することだってできてしまいます。

ここは、そんなカウチサーフィンの日常をありのままにつづったブログです。

「カウチサーフィンは危険じゃないの?」
そんな危惧も理解できます。
たしかに事件やトラブルも起こっています。

なにかと日本人にはなじみにくいカウチサーフィン。

・登録の仕方がわからない
・詳しい使い方を知りたい
・評判が気になる

そんな人は、ぜひこのブログをチェックしてみてください。
きっと役に立つと思います。

最後に。

「カウチサーフィンを利用すれば、ホテル代が浮く」

私はこの考え方を否定しているわけではありません。
私もそのつもりでカウチサーフィンを始めましたから。

しかし、カウチサーフィンは単なる無料のホテルではありません。
現在、約8割のメンバーはカウチの提供をしていません。サーフのみです。

だって、泊める側にはメリットなんてなさそうですものね。

「自分の部屋で他人と一緒に寝るなんて考えられない」
「お世話したりするのってめんどくさそう」

時々私はこんな質問を受けることがあります。

「なぜホストは見知らぬ人を家に招き入れるのか?」

それはね、もちろん楽しいからですよ。

自己紹介
プロフィール


こんにちは。
京都でカウチサーフィン(CouchSurfing)のホストをしている、マサトという者です。
ときどきふらりと旅にも出ます。
もちろん、カウチサーフィンで!


(海外)
2011年、ユーレイル・グローバルパスが利用可能なヨーロッパ22カ国を全て旅しました。
それに加えて、イギリスと台湾も訪問。
もちろん、これら24カ国全ての国でカウチサーフィン(CouchSurfing)を利用。

2012年、東南アジア8カ国とオーストラリアを周遊。
ミャンマーを除く、8カ国でカウチサーフィンを利用しました。

2013年、香港、中国、マカオをカウチサーフィンを利用して旅行。 風水や太極拳、カンフーを堪能してきました。

2014年、侍の衣装を着て東ヨーロッパ20か国を旅行してきました。


(日本国内)
これまでに京都で329人(53カ国)のカウチサーファーをホストしてきました(2013年6月25日現在)。

もちろん、これからもどんどんカウチサーフィンを通じていろいろな国の人と会うつもりです。



カウチサーファーとしてのカウチサーフィン(CouchSurfing)の経験:


オーストリア、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、チェコ共和国、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、ルーマニア、スロヴェニア、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリス、台湾

シンガポール、インドネシア、オーストラリア、マレーシア、タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジア、ベトナム

香港、中国、マカオ

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ホストとしてのカウチサーフィン(CouchSurfing)の経験:


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