マラムレシュ地方の木造教会(世界遺産)(バイア・マーレ近郊、ルーマニア)

ルーマニアのテレビでは、毎朝、教会の礼拝を生放送しています。
たとえなんと言っているのか理解できなくても、とても美しい歌声を聞いているだけで心がやすらぎます。
こういうのを毎朝聞いてから出かける習慣を持つ人は、その日一日、心安らかに過ごすことができるのでしょうね。

「こんなの、マサトにはつまらないだろう?」
そう言ってアディはチャンネルを変えようとしましたが、そのままにしておいてもらいました。
確かに、私にはルーマニアの宗教のことはわかりませんが、それでも見ていたかったのです。
せっかくカウチサーフィンを利用して、普通の人の暮らしを体験させてもらっているのですから。
朝食はニワトリだったのですが、これも近所の人からわけてもらったものだそうです。
自給自足をし、村の人どうしで助け合う。
そういう習慣がまだ残っているんですね、この国には。

夜明けとともに、アディの車で市内へと送ってもらいます。
まだ暗さが残る中、車の行く手を阻むものがあります。
あれはなんだ?

牛の大群です。
車道の真ん中を、堂々と歩いています。
誰もクラクションを鳴らしたりなんかしません。
ここでは牛に優先権があるのでしょう。
アディの会社で車から降ろしてもらい、あとはバスで木造教会へと向かいます。

バスを降りたところには、看板こそありますが、その他にはなにもありません。
世界遺産に登録されているというのに、商売っ気がまったくないようです。
私はルーマニアのそういうところが好きなんですけどね。

ここからは歩き。
まだ体調が回復していないから、あまり遠くなければいいのだけど・・・

今日訪れるのは、このふたつの木造教会。

道中はとても快適なハイキング。
静かです。
誰ともすれ違いませんでした。
こんなに人口密度が低いのに、教会だけはやたらとあります。
人の数よりも教会の数の方が多い国。それがルーマニア。

一つ目の教会は、それほど遠くないところにありました。
中には誰もいません。
貸し切りです。
世界遺産を貸し切り!
なんてぜいたくな旅をしてるんだ、俺は。

教会の敷地内は墓地となっています。
墓場だというのに、美しい。
お墓の写真を撮るなんて不謹慎だとは思いましたが、あまりの美しさに、シャッターを押さずにはいられません。

鍵がかかっていたため、中には入れませんでした。
本来なら見学することができるそうなのですが、まだ朝早かったため、誰もいなかったようです。

二つ目の木造教会を目指して歩いていると、遠くから爆音が聞こえてきました。
牧草を積んだトラクターです。
ルーマニアのトラクターはよほど性能が悪いらしく、大きな音を鳴らす割には、ちっとも前に進んでいませんでした。

先ほど見た教会が、もうあんなに小さくなっています。
乾草の間から見える木造教会。
ルーマニア大好き人間の私には、見るものすべてが素晴らしく思えます。

二つ目の木造教会まではかなり距離がありました。
乗り合いバスのようなものも見えたのですが、今日は天気もいいですし、もう少し歩くとしましょう。
こんなに気持ちいいウォーキング・コースを、車でひとっ跳びしてしまうなんてもったいない。

道の横では、牛が放し飼いにされています。
よそ者の私のことを、おそるおそる見ているようでした。
おどかしてごめんね。

私の横を、3匹の牛が通り過ぎていきます。
首につけた鈴をカラン、カランと鳴らしながら。
この国にいると、心が洗われていくのがわかります。
ルーマニア、来てよかった。

牧草を積んだトラクターは、相変わらず爆音をまき散らしながら走っていきます。
うるせー。

ついに到着。
先ほどの木造教会とほとんど同じ形です。
でも、不思議と飽きません。
いつまででも見続けていたくなるような、そんな不思議な魅力をこの建物は持っています。


ここで、ついにダウン。
まだ体力が完全には回復していないのです。
「世界遺産でお昼寝」シリーズ、第二弾です。
誰もいない木造教会を眺めつつ、心行くまで午睡を楽しむ。
これほどぜいたくなものはありません。

しかし、いつまでも寝ているわけにはいきません。
よろよろと起き上がり、ふらふらしながら着替えます。
「侍の衣装を着て世界遺産と写真を撮る」
本日のミッションは、これにて完了。
ふぅー。

参道の工事中らしく、かなり足場が悪いです。


せっかくだから牛さんと一緒に写真を撮ろうとしたら、露骨に警戒されてしまいました。
あちこちで牛が大きなうなり声をあげます。
へんてこな格好をした東洋人を見たら、そりゃあ怪しいと思いますよね。

「誰もいない世界遺産」
心行くまで楽しむことができました。
なんだかものすごく得をした気分です。
観光客も、みやげ物屋も、飲食店もない。
こののどかで落ち着いた雰囲気を、ずっと保っていてほしいものです。

もと来た道を、またてくてくと歩いて戻ります。
のどが渇いた。
お腹もへった。
「どこかに一軒くらい店があるだろう」と思って、飲み物も食べ物も持ってこなかったのですが、甘かった。
この界隈には、一軒のお店もないのです。
村の人たちは、いったいどこで買い物しているのだろう。
やはり、すべて自給自足の生活をしているのだろうか。

途中でペンションのようなものを見つけます。
「看板には飲み物のマークもあるし、ここならなにかありつけるかもしれない」
そう思って門を叩いたのですが、出てきたおばちゃんはまったく英語が話せません。
身振り手振りで「のどが渇いた」というジェスチャーをしたのですが、首を振るばかり。
「水くらい飲ませてくれよ!」
と思ったのですが、どうも無理っぽい。

今日はずっと歩きっぱなしだったのに、一滴も水を飲んでいない。
これはまずいぞ。
そこで、一つ目の木造教会に水のマークがあったのを思い出しました。
「あそこまで戻れば、水が手に入るかもしれない」
そう判断して、再び教会へと戻ります。

たしかに水はあったのですが、どうも地下水っぽい。
私はここ最近、ずっとお腹をこわしています。
この状態で地下水を飲むことには抵抗がありましたが、飲まずにはいられませんでした。
旅をしていると、安全な水のありがたさに気づかされますね。

最後にもう一度ぐるっと一回りして、教会に別れを告げます。
こんなに単純な造りなのに、いくら見ても飽きないのはなぜだろう。


延々と続く道。
ああ遠いなあ。

お城のような教会が見えてきました。
ということは、バス停はもう近いはず。

教会、教会、また教会。
ルーマニア人の教会オタクっぷりは徹底しています。

ようやくバス停に到着。
来た時には閉まっていた売店が、今は開いています。
よかった。
これで飲み物にありつける。
中にはきれいなルーマニア女性がいて、彼女からファンタを買いました。
うまいっ!
こんなにおいしいファンタ・オレンジは初めてだ。

バス停にたどり着いてはみたものの、この荒れっぷり。
ごちゃごちゃと張り紙はあるものの、肝心の時刻表は見当たりません。
このバス停は「生きている」のだろうか?
ほんとにバスはここに停まるのだろうか?
一抹の不安が頭をよぎります。
屋根は一応ついているものの、半透明なため、日光を防ぐことはできません。
暑い。
またのどが渇いたので、今度はアイスクリームを買いました。

バスがいつ来るかもわからなかったので、ヒッチハイクをすることにしました。
ここルーマニアは、私が人生で初めてヒッチハイクをした国です。
そして、世界でもっともヒッチハイクをしやすい場所なのです。
というわけで、意気揚々とヒッチハイクを開始したのですが、暑い!
黒い侍の衣装は、太陽の熱を容赦なく吸収していきます。
車も通りそうになかったので、涼を求めて、売店に逃げ込みました。

「どうだった? 車は見つかった?」
売店のお姉さんは、再び舞い戻って来た私のことを憐れむように見つめています。
まるで、「誰からも乗せてもらえなかった残念な子」を見るかのように。

ペプシ・コーラを飲んで元気を回復した後、再び私は道路に立ちます。
空は青く晴れ渡り、清々しいです。
しかし、暑い。
車はほとんど通らないので、日陰に隠れて車が来るのを待ち、接近したところで道路に向かって飛び出します。
でも、よく考えたらこれは間違った戦法でしょう。
だって、侍の格好をした男が、いきなり木陰から刀を振り回しながら飛び出して来たら、
停まってくれるつもりの人だって、びっくりして逃げて行ってしまうかもしれません。

それでも、すぐに車は止まってくれました。
それも、こんなに美人が!
ちょっとヤンキーぽい気もしますが、それぐらいでなければヒッチハイカーを乗せたりはしないでしょう。
「ヒッチハイクは危険だ」とよく言われますが、乗せてもらう方だけでなく、乗せる方だって危険と隣り合わせなのです。
それなのに、若い女性が乗せてくれた。
これにはちょっと感動しましたね。
彼女に限らず、ヨーロッパの女性は車の運転がうまいです。
オートマなんてほとんど走ってませんから、女性でも普通にミッション車を運転しています。
ぐいぐいとシフトチェンジしている様子は、見ていてほれぼれします。
時々彼女はすれ違う車に向かって手を上げたり、ウインクしたりします。
どうやら彼女はこの周辺では人気者のようですね。
というのも、すぐそこのガソリンスタンドが彼女の職場なので、この道路を走るドライバーとは顔見知りだということでした。
そのガソリンスタンドは市内からは少し離れたところにあります。
私のヒッチハイクはそこでおしまい。
「大丈夫よ。すぐそこにバス停があるから」
お姉さんはそう言い残してガソリンスタンドへと消えていきました。
なかなか威勢の良い、男前のお姉さんだったなあ。

バス停では英語がまったく通じず、切符を買うのもひと苦労。
まわりの乗客も誰一人英語を理解しないのです。

それなのに、乗客はみんな私に群がってきて、なにやらわめいています。
「一緒に写真を撮れ! 撮れ!」とうるさいです。
ルーマニアに限らず、東欧の路線バスには冷房はありません。
ものすごく暑いので、侍の衣装を脱ぎたかったのですが、まわりの乗客の雰囲気がそうはさせてくれませんでした。
ここで私が侍の衣装を脱いだりしたら、みんながっかりしそうな気がしたからです。
なので、炎天下、あつくるしい侍の衣装を着続けるはめになってしまいました。
マサト、日本のイメージアップのためにがんばってます。

アディのオフィスに帰ってきました。
ここは冷房がガンガン効いています。
気持ちいいー!
汗がすーっとひいていきます。
アディは仕事の合間をぬって、私のためにバスを予約してくれました。
ここバイア・マーレからティミショアラまでは夜行電車で行くのですが、そこからセルビアまでは乗り合いバスを利用します。
ルーマニアからセルビアへの国境越えはなかなかややこしそうだったのですが、アディのおかげでスムーズにいきそうです。

アディの仕事が終わるのを待ちました。
焼きたてのパンのいい匂いが鼻をくすぐります。

バイア・マーレに立ち寄る機会があったら、ぜひアディ一族の経営するベーカリーでパンを試してくださいね。
おいしいですよー。

まだ明るいうちに仕事を終えたアディの車で、村へと戻ってきました。
そしてすぐに夕食をごちそうになります。
至れり尽くせりだな。
私はほんとにホストに恵まれています。

食事は大変おいしいもの、のはずなのですが、私は相変わらずお腹の調子が悪い。
そして、ルーマニアの料理というのは、とにかく濃い!
こってりとしているので、胃の調子が悪いときには、かなりこたえます。
アディのお母さんは毎回腕によりをかけてルーマニア料理をふるまってくれたのですが、
結局私はここにいる間、ずっとお腹を壊していました。
なので、ついにおいしいごちそうを心から味わうことができなかったのです。
ああ、なんてもったいないことを!


バイア・マーレでの私のカウチ。
豪華でしょー

市内に何か所もあるアディのお店。

彼のお店から、いくつかの商品をいただきました。
「夜食に」ということです。
ありがたや、ありがたや。

アディのお母さんからは、ジャムを一瓶もらいました。
そうです、あの手作りのジャムです!
これ以上のお土産はありません。
アディ一家のみなさん、この御礼はいつかきっと、必ず。
駅のすぐ近くにあるアディのベーカリーは24時間稼働しています。
なので、私の乗る夜行列車の出発直前まで、事務所で休ませてもらいました。
社長一族の客人ということで、従業員の方たちも、それはもう親切にしてくれました。
VIP待遇です。
いやはや、こんなに豪華なカウチサーフィンも久しぶりだな。

バイア・マーレの駅構内。
ルーマニア北部の拠点駅だというのに、なんともさびしいかぎりです。

これが私の乗る夜行列車。
ルーマニアともついにお別れ。
明日にはセルビアだ。
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