ルーマニアのバス事情(Sighetu Marmatiei ~ バイア・マーレ、ルーマニア)
木造教会を見学した後、再び宿に戻ってきました。
チェックアウトはもうすでに済ませてあったのですが、バスの時間までまだかなりあったので、この宿でしばらく休ませてもらうことになりました。
「どこか具合でも悪いの?」
例の受付の色っぽいお姉さんも、私の体調の変化に気づいていたようです。
「なにか飲む?」
本来なら、きれいなお姉さんの申し出を断ることなどありえません。
しかし、今の私の胃袋はなにも受け付けないのです。
食べても飲んでも、かたっぱしからもどしてしまうのです。
ましてやこれから私はバスに数時間揺られることになります。
バスの中で吐いてしまったらシャレになりません。
宿からバス停までの道のりが、ものすごく遠く思えました。
荷物がいつもの3倍くらいの重さに感じます。
ギリギリ肩に食い込んでくるため、少し歩いては荷物を降ろして休憩しなければなりませんでした。
のどもカラカラです。
バスの中で吐くのが怖くて、なにも飲んでなかったのですが、もう口の中はカラカラ。
さすがにこれは脱水症状がヤバいだろう。
水をひとくちだけ口にふくみ、それを10分くらいかけてちびちび飲みました。
でも、ひとくちじゃあ全然足りません。
「もっと飲みたい」
昨日も今日も吐きっぱなしだったので、もうまる二日間なにも食べていない計算になります。
食欲はありませんが、とにかくのどが渇いた。
手元に水を持っていながら飲めないというのは、かなりつらい。
「バス停に着いたら、なにかジュースでも買ってやるから、それまで我慢しろ」
自分にそう言い聞かせながらバス停を目指します。
本来なら20分くらいで行けるはずの距離を、1時間くらいかけてやっとたどりつきました。
約束どおり、自分にファンタ・オレンジを買ってやります。
ひとくちだけ口にふくんで、じっくりと時間をかけて飲みます。
「うまい!」
ファンタ・オレンジがこんなにおいしいなんて知りませんでした。
ひとくちだけ飲んで、あとは捨てるつもりだったのですが、結局ぜんぶ飲んでしまいました。
「あーあ。結局全部飲んじまったよ。バスの中で吐いたらどうするんだ?」
しばらく待っていると、バスがやってきました。
私は重い荷物を持っているため早く動けないので、列の最後尾です。
早く車の中に入りたいのに、なかなか列が前に進みません。
列の先頭にいる人とバスの運転手がなにやら話し込んだ後、バスは行ってしまいました。
あれれれ。
いったいどうなってるんだ?
なんで俺たちはバスに乗れなかったんだ
バスに乗りそこなった乗客たちは集まってなにやらボソボソと話し合っています。
ルーマニア人でない私は蚊帳の外。
話に寄せてもらえません。
しかし、状況がまったくつかめないのは不安です。
みんなの話がひと段落ついたころあいを見計らって、話しかけてみました。
「あのー、バイア・マーレまで行きたいんですけど、次のバスには乗れますかね?」
ルーマニアでは英語が通じないことが多かったので、私の言っていることが通じるか不安だった。
が、一人の若い女性が親切に答えてくれた。
「私たちも今それを考えているところなの。
さっきのバスはすでに満員で乗れなかった。
次のバスは最終だから、状況はもっと悪いと思うの」
「えっ! 最終バスに乗れなかったらいったいどうなるんですか?」
彼女は肩をすくめながら言った。
「明日の朝まで待つしかないわね」
おいおいおい。冗談じゃないぞ。
俺は腹をこわしてるんだ。
それなのにこんな寒いバス停で朝まで待ってろっていうのか。
だんだんと太陽が沈んでいく。
そうだ、ルーマニアには吸血鬼がいるんだ。
こんな国で野宿なんて絶対にごめんだぞ。
かくなるうえは、ヒッチハイクか。
日が暮れてからのヒッチハイクはできれば避けたかったが、他に方法はない。
打開策を練っていると、バス停で待っていた乗客たちが一斉に立ち上がる。
来たのか、最終バスが!
乗客たちは我先にとバスへと殺到する。
そりゃそうだろう。
このバスを逃したらもうあとはないのだから。
みんな必死だ。
だが、重い荷物を持っている私はまたしても列の最後尾となった。
あのー、異国の地をさまよっている外国人をもう少しいたわってくれませんかね。
今度もバスの運転手は「もう満員だ」と言って乗車を拒んでいたのだが、みんな無視して強引に乗り込んでいった。
やれやれ。
なんとかなりそうだ。
と思ってバスに乗ろうとしたら、運転手に制止された。
「もう無理だ。これ以上は乗せられない」
そんな殺生な!
頼むよ、なんとか乗せてくれよ。
こんなところに置き去りにされて、いったい俺にどうしろっていうんだ。
普段は押しの弱い私だが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。
なんとかごり押しして、バスにもぐりこんだ。
ふぅーっ。これでバイア・マーレにたどりつける。
あー、疲れたっ!

(運転手の横の「特等席」にへたりこむ私)
これは後から聞いた話なのだが、ちょうどこの前日、ルーマニアの道路交通法が改正された。
これにより、バスの座席以上の人数は乗せることができなくなったのだそうだ。
つまり、通路に立った状態で乗客を乗せてはいけないらしい。
そしてこれに違反した場合、バスのドライバーは処罰される。
だから運転手はあんなにかたくなに乗車を拒否したのだ。
さらに、この法律改正によって、ヒッチハイクも禁止された。
そのことを聞いて複雑な気分になった。
ルーマニアはヒッチハイク王国だ。
交通インフラがあまり発達していないこの国では、ヒッチハイクが庶民の重要な足となっている。
朝夕の通勤にヒッチハイクを利用する人も大勢いる。
いわば、ヒッチハイクはルーマニアの文化なのだ。
それなのに法律でいきなり禁止されても、人々は納得いかないだろう。
私も納得いかない。
私が生まれて初めてのヒッチハイク・デビューをはたしたのも、3年前のここ、ルーマニアでだった。
ビュンビュン走る車に向かって親指を立てる時のあの恥ずかしさと期待、車が停まってくれたときのうれしさは一生忘れることができない。
ずぶの素人の私でも、なんとかヒッチハイクに成功できたのは、この国の文化によるところが大きかったと思う。
だから私にとってヒッチハイクとルーマニアとは切っても切れない関係なのだ。
たしかにヒッチハイクは危険な側面もある。
実際に事件も起こっているのだろう。
政府が法律でヒッチハイクを禁止しようとする趣旨は理解できる。
これも時代の趨勢か。
なんだかさびしい気もするが仕方がないことなのだろう。
世の中はどんどんとつまらなくなっていくのだな。
とにかくバスには乗り込めた。
これであとはバイア・マーレに到着するのを待つのみだ。
ほっとすると同時にどっと疲れが押し寄せてきた。
私の体調はまだ万全ではない。
目をつぶって体力温存につとめる。
バスはしばらく走って、次の停留所にさしかかった。
見ると停留所には大勢の人が待っている。
このバスはすでに満員。
どう考えても全員は乗れない。
どうするのだろうと見ていると、案の定、ひと悶着起こった。
ルーマニア語なのでよくわからないが、
「なに言ってんだテメェ、ぶっ殺すぞ! とにかく乗せろっ」
とものすごい剣幕で怒鳴っている。
それはそうだろう。
もうあたりは日が暮れて暗くなりかけている。
この最終バスに乗れなかったら、もうどうしようもないのだから。
運転手が制止するのも聞かず、何人かの乗客たちが乗り込んできた。
私は運転手のとなりに腰を下ろしていたのだが、そこにいると他の乗客が入ってこれないので、奥へと追いやられた。
これでもう座っていられない。
疲れがどっと押し寄せてきた。
バイア・マーレまであとどれくらいだろう。
立ってるのがつらい。
倒れそうな私を見て、一人の若い女性が席を譲ってくれた。
かたじけない。
本来なら固辞すべきところだが、今の私にはそんな余裕はない。
倒れこむようにして席になだれこんだ。
異国の地で受けた親切は本当に身にしみる。
体調の悪い時はなおさらだ。
この借りは必ず日本で返そう。
重い荷物を持った外国人観光客を見つけたら、ぜったいに親切にしよう。
席を譲ってくれた女性は英語が話せたので、気になっていたことを聞いてみた。
「このバスは最終バスだろ。停留所には車に乗り切れなかった人がまだ大勢いたけど、あの人たちはどうなっちゃうんだい?」
「なんだ、そんなこと心配してたの。彼らは地元の人間だから、みんななんとかするわよ。
それに、この国では時間がゆっくりと流れてるの。今夜乗れなかったら、明日乗ればいいだけの話よ。
1日や2日の遅れなんてどうってことないのよ」
なんだかむちゃくちゃな論法だなあ。
でも、他に手段がないのだから、どうしようもないのだろう。
バスの中でうつらうつらしていると、窓の外がまぶしくて目がさめた。
今までずっと山の中を走っていたのだが、どうやら市街地にはいったようだ。
バイア・マーレか。
乗客たちがそわそわし始めた。
きっと停留所が近いのだろう。
私に親切にしてくれた女性も次で降りるみたいだ。
「バイア・マーレのどこまで行くの?」
え? どこまで?
えーっと、どこまでだろう。
そういえば詳しく聞いてなかった。
確かここでのホスト、アビィはバスターミナルまで迎えに来てくれると言ってたような気がするな。
「バス・ターミナルまで友人が迎えにきてくれるんだ」
私がそう言うと、女性はほっとしたようだった。
「なら、最後まで乗ってなさい。私はここで降りるわ。よい旅を!」
そう言い残してあわただしくバスを降りていってしまった。
ドタバタしていたので、彼女にお礼を言うひまもなかった。
あんなに親切にしてもらったというのに、俺はなんて恩知らずな人間なんだ。
バス・ターミナルといっても、屋根とベンチ以外にはなにもない。
アビィにメールを送ると、「すぐに行く!」という返事が返ってきた。
よかった。
どうやら今夜は無事にベッドの上で眠ることができそうだ。
アビィは大きな4WDの車で現れた。
恰幅のよい体型をしている。
性格もおっとりしている。
優しそうな人でよかった。
今は体調が万全でないから、あまり気を使う相手はいやだ。
アビィのお母さんもやさしい人だった。
「よく来たわね。お腹すいたでしょ」
と言って夜食をだしてくれた。

おいしそうだ。
だが、ルーマニアの料理は味付けが濃い。
それに、これにはチーズがたっぷりとのっている。
はたして、今の俺に食えるだろうか。
スプーンを口に運ぶ。
こってりとした食感がのどを通過していく。
うぐっ。
吐きそう。
「ごめんなさい。僕は今体調を崩してるんです。
せっかくのお料理ですが、どうやら食べれそうにありません。」
そう言うと、アビィのお母さんは嫌な顔一つせず食器を片付けてくれた。
それどころか、とても私のことを気遣ってくれる。
「そうだわ、いいものがあるからちょっと待ってて」
そう言いながら台所で何か作ってくれている。
もう夜も遅いというのに、私ひとりのために手をわずらわせてしまい、申し訳ない。
彼女は手にドリンクを持ってやってきた。
見ると、グラスの中にはレモンが浮かんでいる。
これは胃によさそうだ!
ひとくち飲んで、思わず吐きそうになった。
グラスの中に入っていたのは強烈なアルコールだったからだ。
「うぐっ、うぐ。 こ、これはいったいなんですか?」
「ウォッカのレモン割よ。病気の時はこれが一番でしょ」
そうか、ルーマニアの人は病気の時はウォッカにレモンを入れて飲むのか。
日本人が風をひいた時にたまご酒を飲むのと同じ理屈だな。
現地の風習を体で感じることができる。
カウチサーフィンをやっててほんとによかったー!
なんて言う余裕は私にはなかった。
こんなに気分が悪いときに、アルコールなんか飲めるか。
やばい、吐きそうだ。
チェンジ! チェンジ!
私の心の叫びが聞こえたのか、
アビィのお母さんは今度はデザートを作ってくれたようだ。

さっきのこってりとした料理に比べれば、今度のは格段に食べやすい。
ふた口目くらいまではスムーズに食べることができた。
だが、それ以上はやはり食べれない。
無理に食べたとしても、きっと吐いてしまうだろう。
アビィのお母さんにはほんとに申し訳ないが、スプーンを置かざるをえなかった。
「そんなに悪いの?
お薬は持ってる? 病院に行かなくても大丈夫?
今夜は暖かくして早く寝なさいね。」
なんだか今日は親切にしてもらってばかりだ。
ルーマニアの人って、みんなこんなに優しいのだろうか。
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