Sceava ~ Borsa ~ Sighetu Marmatiei (ルーマニア)

朝8時、ゲストハウスまでジョージが迎えに来てくれた。
今日は土曜日だというのに、早朝から申し訳ない。
ゲストハウスからバスターミナルに行くだけだから、本来なら自分一人でじゅうぶんなはずなのだが、
ついついジョージの好意に甘えてしまった。
それに私はバスターミナルがどこにあるかも知らない。
思えば、スチャバではずっと誰かのお世話になりっぱなしだった。
私はこれから、ルーマニア北部のもう一つの世界遺産、「マラムレシュ地方の木造教会」へと向かう。
その拠点となる都市、バイア・マーレにはジョージの友人がいるというので、彼を紹介してもらった。
彼もカウチサーファーだ。
労せずしてホストが見つかってしまった。
ほんとにジョージには頭が上がらない。

スチャバのバスターミナルの近くには市場がある。
ジョージが案内してくれた。

特に珍しい野菜があるわけでもないのだが、やはり異国の市場をのぞくのは楽しい。
国によってなんとなく雰囲気が異なるから、見ていて飽きない。

大量のスイカが置かれている。
西瓜は日本の夏の風物詩というイメージがあったので、ルーマニアでこれを見るのはなんだか変な感じがした。
しかもこんなにたくさん。
どうせならもっと「ルーマニアっぽい」果物を見たかったな。

これはちょっとルーマニアっぽい気がする。

パン屋でジョージがパンを買ってくれた。
バス停まで歩きながら、二人で一緒に食う。
朝食だけでなく、昼食の分までジョージはパンを買ってくれた。
バスが来るまで一緒に待っていてくれた。
バスがやってきたら、運転手に
「こいつはSighetu Marmatieiまで行くんだ。ルーマニア語はまったくわからないから、よろしく頼む」
みたいなことを言ってくれていた。
どこまで過保護なんだよ、ジョージ。
そんなに俺は頼りないのかな。
これでも俺はすでに何十か国も旅してきたんだぜ。
たしかに私は、京都でジョージを案内した。
でも、けっして立派なホストではなかった。
伏見稲荷大社では途中で雨が降ってきたので、
「じゃあ俺、先に帰るわ!」
とジョージを置き去りにした男なのだ。
それなのに、どうしてジョージはこんなにも親切にしてくれるのだろう。
良心の呵責を感じる。
どうやってジョージに恩返ししようかと考えていたのだが、いい案が思い浮かばないまま時間切れとなった。
バスの出発の時間だ。
がっしりとハグを交わす。
この借りは必ず返すからな。
また会おう、ジョージ。
バスはほぼ満席。
私の席は一番後ろだったので、車内の乗客の様子がよく見える。
車が教会の前を通り過ぎるたびに、乗客たちは一斉に十字をきる。
ルーマニアにはいたるところに教会があるから、その仕草を何度も見ることができた。
なんという敬虔な人たちだ。
私自身は宗教に興味はないのだが、こういう信心深い人たちの立ち居振る舞いを見ているととても清々しい気分になる。

途中、バスは何度かターミナルで停まる。
何時間も狭い車内に閉じ込められているのはいやなので、そのたびに外へ出て日光を浴びた。
いい天気だ。
今日は一日移動日なので、観光はしない。
そんな日にかぎって快晴だったりする。
ああもったいない。
こういう気持ちのいい日はここぞという時のためにとっておきたかった。

Borsaでバスを降りた。
ここでSighetu Marmatiei行きのバスに乗り換えるためだ。
次のバスが来るまで、1時間くらいここで待たなければならないらしい。

これなんだろう?
なんとなくルーマニアっぽい。
近代的なスーパーマーケットとのコントラストに思わず見とれてしまった。

これはなんだろう?
これもルーマニアっぽいぞ。
教会のようにも見えるが、少し小さすぎる気がする。

これもルーマニアっぽいぞ。
レストラン? それともホテル?
Borsaはいわゆる観光地ではなく、それほど大きな街でもない。
でも、こういう素朴な街にいると
「ああ、俺は今、ルーマニアにいるんだなー」
という実感がわいてくる。
ブカレストではこうはいかないだろう。

なんだか気分がよくなってきたら、ついでにおなかもすいてきた。
ジョージに買ってもらったパンを食べるとしよう。
パカパカパカ。
パンをほおばっていると、遠くから音が聞こえてくる。
なんの音だろう?
だんだん近づいてくる。

馬車だ!
また会えた。
やっぱりルーマニアっていいなあ。
時計を見ると13時を少しまわったところ。
昼食を終えて、農作業に戻るところなのだろう。


時をおかずして、もう一台の馬車が通る。
古き良き風景。
EUに加盟して以来、ルーマニアはどんどんと開発されてきている。
こののどかな国も、ものすごいスピードで変化している。
EUに加盟した国は当然、EUのルールに従わなければならない。
公道を馬車が走るのは、EUの法律では違法だ。
ゆっくりと走り去る馬車の後姿を目に焼き付けた。
私が次にこの国を訪れるのはいつかはわからない。
でも、この次にこの街を訪れた時、もう馬車は走っていないんじゃないか。
そんな気がした。

バスを乗り継ぎ、なんとか夕暮れまでにSighetu Marmatiei に着いた。
あらかじめ予約しておいた宿へ向かう。
東洋人が珍しいのだろうか。
すれ違う人々が私のことをチラチラ見ている。
たまに
「チャイ(中国人)?」
とか
「ニイハオ!」
と声をかけられる。
私は独りで旅行しているので、地元の人に声をかけられるのはうれしいのだが、
なんだか馬鹿にされているような気がしないでもない。

途中、結婚式にでくわした。
ヨーロッパでは8月は結婚シーズンなのだろうか。
あちこちで結婚式を見かける。
式を終えた後、関係者が車に乗り込んで街を走り回るのだが、これがまた騒々しい。
プップー! ププーッ!
と、ひっきりなしにクラクションを鳴らしまくる。
まるで暴走族のようだ。
あらかじめ予約しておいたホテルに到着。
受付にいたのは、とても魅力的な女性だった。
さすがは妖精の住む国、ルーマニア。
美人には事欠かない。
彼女のあごの近くにホクロがあるのだが、これがまた色っぽい。
少し癖のある英語を話すこの女性はとても親切で、私のためにバス停の場所や時刻を調べてくれた。
木造教会までの行き方を丁寧に教えてくれている彼女の話を、ホクロに見とれながら聞いていた。

教えてもらったばかりのバス停の場所を確認するついでに、このSighetu Marmatiei の街を散策してみた。



Sighetu Marmatiei の駅。


ルーマニアはどこでもそうだが、この街は特に教会が多い。
こんな小さな街に、ここまでたくさんの教会が必要なんだろうか。
Sighetu Marmatieiの街は小さく、これといった見どころもない。
まだ明るかったが、宿に帰って休むことにしよう。

夜中に目が覚めた。
なんだか胃のあたりがムカムカする。
大急ぎでトイレに駆け込む。
これまでの人生で経験したことのない猛烈な下痢が始まった。
まだ便が止まらないうちに、今度は吐き気が襲う。
上から下から、大忙しだな。
ケツくらいゆっくり拭かせてくれよ。
なんとか吐き気をこらえて、下の方を一段落させてから今度は便器に向かって吐いた。
洗面台まで行く余裕はない。
しまった。
まだ水を流していなかった。
自分の便の匂いと強烈な胃酸が入り混じって、トイレ内にはものすごい悪臭がたちこめている。
さらに気分が悪くなって、また吐いた。
ちくしょう。
せっかく食べた物を全部吐き出しちまった。
それにしても、いったい何にあたったんだろう。
今日は移動日だったから、特別な物は食べてないはずなんだけどな。
パンと牛乳、それと桃くらいだ。
お腹には自信があった。
2か月以上東南アジアを旅した時も、下痢をしたことはなかった。
蟻が這い回る屋台や、ハエのたかっている魚も平気だった。
アフリカ、中央アジア、南米。
これから私の旅は難度を徐々に上げていく。
どうせ行くからには観光客用のオシャレなレストランではなく、地元の人が食べる物を一緒に食べたい。
そのためには丈夫な胃袋が必要だ。
それなのに、それなのにヨーロッパで腹を壊すとは。
情けない。
胃の中に入っていた物はすべてぶちまけてしまった。
これで後は快方に向かうはずだ。
もう一度ベッドに入って朝までグッスリ眠ろう。
しばらくしてから、また目が覚めた。
まさか、まさか・・・
再びトイレに駆け込む。
下痢と嘔吐が続く。
症状はさらに悪くなっているような気がする。
脱水症状を起こしているのが自分でもわかった。
唇がパサパサだ。
人間は水分の20パーセントを失うと死に至ると聞いたことがある。
もうすでに30パーセントくらいは放出した気がする。
水分補給しとかないとヤバいと思い、ペットボトルの水を飲んでからベッドに入る。
だがすぐに気分が悪くなって、せっかく飲んだ水も全部吐いてしまった。
飲んでは、もどす。
同じことを朝まで何度も繰り返した。
私の部屋は窓から教会の塔が見える、特等の席だった。
これが健やかに目覚めた朝ならば、さぞかし部屋の窓から見る教会は美しいのだろう。
教会の鐘は朝の6時に鳴り響いた。
やっと嘔吐と下痢が一段落して、ささやかながら眠りについたところを叩き起こされた。
6時だから6回鐘を打って終わりかと思っていたのに、30回くらい鳴らしやがった。
いったいなんの嫌がらせだ。
吐く行為というのは意外と体力を消耗するらしい。
目覚まし時計が鳴っても、起き上がることができない。
「今日はこのままホテルで寝ていようか」
体力を回復させるために、ゆっくりと休養するべきなのだ。
幸い今夜も部屋の空きはあると受付の女性は言っていた。
「もう一泊延長する」
そう言って再びベッドに潜り込めればどんなに楽だろう。
でも、できない。
なんとしても今すぐ起き上がらなければならない。
今日は日曜日。
マラムレシュ地方の住人が民族衣装をまとって教会に集まる日だ。
それを見るためにこの日程を組んだのだ。
ちょうど日曜日にマラムレシュを訪れるように日程を合わせるため、かなり無理もした。
それをいまさら反故にすることなんてできるわけがない。
よりによってこんな日に腹を壊すとは。
他の日ならまだなんとでもできたのに。
いつまでもボヤいていても仕方がない。
バスの時間が迫っている。
この国のバスはおそろしく接続が悪い。
朝のバスを逃すと、次の便は午後までない。
教会のミサは終わってしまう。
ゆっくりと上体を起こす。
はあはあ。
大丈夫だ。一度動き出せばあとはいつも通りに体は機能してくれる。
はあはあ。
起き上がるだけで一苦労だ。
はあはあ。
次はベッドから片方の足を出す。
はあはあ。
続いてもう一本の足。
そこでうずくまってしまった。
もうこれ以上動けない。
東南アジアで高熱にうなされた時は死を覚悟した。
だが、今は恐怖は感じない。
今回のはただ腹を壊しただけだ。
死ぬことはあるまい。
だから、起き上がってくれ、俺!
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