目のやり場に困る (オデッサ、ウクライナ)
記念撮影と職務質問でかなり時間を食ってしまった。
列車はほぼ定刻に到着したから、オデッサの駅にはカウチサーフィンのホスト、サンベルが迎えに来てくれているはずだ。
彼を待たせてしまったか?
急いで駅舎に向かって歩いていると、
「マサト?」
と呼びかけられた。
どうやら彼がサンベルらしい。
カウチサーフィンのプロフィールで見るよりもなかなかの男前。
「いやあ、ごめん、ごめん。
警察官に職務質問されちゃってさあ。
ほら、これ見てよ。
侍の刀に見えるだろ?
これのせいで警官に怪しまれたんだよ」
と弁解しても、
「それが彼らの仕事だからな。
長旅で疲れただろ。
荷物を持つよ」
とサンベル。
予想以上に親切な好青年だ。
彼とは日本を発つずいぶん前からFacebookで友達になっていたのだが、サンベルはあまりFacebookのヘビーユーザーではないらしい。
サンベルがカウチサーフィンを利用するのは今回が初めて。
CouchSurfingのプロフィール・ページもほとんど白紙で、顔が見えない。
彼について事前に得られる情報量が少なく、
「いったいどんな人なんだろう?」
と少し不安に思っていたのだが、取り越し苦労だったようだ。
「ここから君の家までは遠いのかい?」
「いや、車で来てるからすぐだ」
やったー。
重い荷物を持って歩かなくてすむ。
駅前に停めてあった彼の車を見て驚いた。

「BMWじゃないか!」
「中古の安物だけどね」
サンベルはそう謙遜するが、腐っても鯛だ。
ひょっとして俺はいいホストに拾われたのかもしれない。
今回の旅ではこれまでずっとホストに恵まれてきたのだが、正直言ってサンベルにはあまり期待していなかった。
だが、どうやらそれはうれしい誤算だったようだ。
そしてそのことはすぐに別の事実によって裏付けられた。
豪華な門をくぐり、広大な中庭に車を停めると、そこには風格を感じさせる建物がそびえていた。
共産主義時代、この土地を治める高級官僚用に建設されたものらしい。
天井がおそろしく高い。
必要以上に高い。
「電球を取り替える時はどうするんだろう?」
と余計な心配をしてしまうほどに高い。
「若造のくせにこんなに高そうな家で暮らしているのかよ」
内心、彼に嫉妬したのだが、家の中に入ってすぐにそれは憎悪に変わった。
サンベルの奥さんが私のために食事を用意して待っていてくれたのだが、これがまたとんでもない美人(しかも色っぽい)。
そして彼女の手料理も見るからにおいしそう。
BMWを乗りこなすイケメンで、
歴史のある豪邸に住み、
料理が上手でとびきり美人(しかも色っぽい)の奥さんを持つ男。
幸せいっぱい、ラブラブ・モードのこの二人の愛の住処に、俺はこれから3日間お世話になるのか。
ラッキー!と思う一方で、どこかいじけている自分がいた。

( サンベルの奥さん、リーザの作ってくれた手料理)

食事が終わると、さっそく彼らが外に連れ出してくれた。
彼らの家はなかなかいいロケーションにあるみたいで、どこへ行くにも歩いて行ける。
外へ出てすぐに、キエフともリヴィウとも異なる開放的な雰囲気に圧倒された。
戦争で古い建物はあらかた破壊されたはずだが、いたるところに特徴的な建築群を目にすることができる。

彼らの家はパッサーシュのすぐ近くにあった。
ここはガイドブックも「忘れずのぞいてみよう」と推奨する場所。
「彫刻で飾られたアール・ヌーヴォー建築」がここのウリなのだが、アーケードに入るとまずその天井の高さに圧倒された。
それよりもさらに私を驚かせたのは、道行く人々の美しさ。
それほど着飾っているわけではないのだが、みんなスラリと姿勢がよく、「サッサッサッ」と軽やかに歩く。
おしゃれな街に住んでいる人はやはりおしゃれなのだな。
侍の衣装を忍ばせたリュックからにょきにょきと刀を生やしている自分が、とてつもなく場違いな存在に思えた。

(パッサーシュ)

ここから歩いて海まで行くのだという。
私が水着を持っていないことを伝えると、「じゃあここで買っていこう」という話になった。
この瞬間、私のヌーディストビーチへ行くという夢は潰えた。
リーザも一緒に行くというのに、
「いや、俺はヌーディストビーチに行きたいんだっ! ぜひ連れていってくれ」
なんて言えるわけがない。
来年の夏は、ホストのことを良く調べてからカウチリクエストを送るようにしようと思う。
「ビーチまでは歩いてすぐだよ」
と彼らは言うが、土地勘のない私にはかなりの距離を歩いているように感じられる。
汗もかいてきた。
「早く冷たい水に飛び込みたいなあ」
と思い始めたころ、大きなマンションが見えた。
ウクライナのセレブ御用達の超高級リゾートマンションらしい。

「海の見えるマンション」
ということは、ビーチはすぐそこのはずだ。
目を凝らすと、たしかに海が見える。
ついに来たぞ。
あれが黒海か。

ついにやってきたぞ、黒海!
はやる気持ちを抑えて、侍の衣装に着替える。
黒海に特に思い入れがあるわけでもないのに、こんなにもワクワクするのはなぜだろう。
なぜかリーザもうれしそうに一緒に写真を撮る。
ヌーディストビーチには行けなかったけど、こんな美人が一緒なんだからまあいいか。
人妻だけど・・・

石段を下りて海に近づくにつれ、ますますビーチリゾートらしくなってきた。
むちむちの水着に見を包んだお姉さんや、ほとんど裸同然で走り回る子供たち。
噴水からは勢いよく水が吹き出し、平和で開放的な光景がひろがる。
腰に刀を差し、暑苦しい格好をしている自分が、どうしようもなく場違いな存在に思えてきた。

砂浜だけでなく、コンクリートで固められた港の周辺も、水着姿で日光浴をしている人々であふれかえっていた。
なんだか想像していた「オデッサのビーチ」と少し違う。

途中、何人かのウクライナ人青年たちとすれ違った。
彼らは私にむかって何か言っている。
サムライのコスチュームを着てヨーロッパを歩いているとよくあることだ。
と思っていたのだが、どうもいつもと様子が違う。
彼らが話しているのは英語ではないので、なんと言っているのかはわからないが、どう見ても友好的な表情には見えない。
むしろ怒りをあらわにしている。
彼らの髪型はみんなスキンヘッドか丸刈りで、胸板も厚く太い腕をしている。
そんな男たちが私のことを血走った目でにらみつけているではないか。
いったいなにが起こってるんだ?
サンベルたちが困った表情をして彼らをなだめている。
彼らの言葉が理解できない私は、無理やり微笑を浮かべて
「私はみなさんの敵ではないですよ」
的なオーラを必死でふりまいていた。
それ以外に何をしたらいいのかわからなかったからだ。
怒れる青年たちからなんとか逃げ出したものの、彼らはずっと私のことをにらんでいた。
サンベルが説明してくれたところによると、私の侍の衣装についている家紋が、ロシア海軍のシンボルと似ている、といちゃもんをつけれらたようだ。
いやいや。
俺がロシア海軍の軍人に見えるか?
お前ら日本のサムライを見たことないのか?
現在、ウクライナとロシアは準戦争状態にある。
東部国境では激しい戦闘が続き、今も大勢の若者が命を落としている。
そんな状況下では血気盛んな青年たちが神経質になるのも無理はないのかもしれない。
道端や広場で目にする花束。
親ロ派との戦いで命を落とした若者たちの遺影。
我々日本人にとってウクライナ情勢とは、「遠い国の出来事」だが、彼らにとっては他人事ではない。
明日は我が身。
今そこにある危機。
深い青色をした大海原はどこまでも続き、きらきらと太陽の光を反射している。
どこからどう見ても平和そのものの風景だが、同じ黒海沿いのクリミア半島は現在、ロシアの制圧下にある。
戦争の影はここオデッサにも確実に忍び寄っていた。

砂浜にシートを広げ、腰を下ろす。
侍の衣装を脱ぎ、水着に着替える。
ここからはリゾート・モードだ。
だが、なんだか落ち着けない。
なんだろう、この違和感は?
日本のビーチとなにかが違う。
そうだ、まわりがみんな白人なのだ。
アジア人は私だけ。
たったそれだけの違いなのだが、その差はあまりにも大きい。
アジア人とヨーロッパ人。
服を脱いで水着になると、その差は絶望的なほどに一目瞭然だ。
男も女もみんな絵になるが、やはり若い女性に目が行ってしまう。
「目の保養」とはよく言ったもので、心地よい刺激に脳が痺れるような感覚をおぼえる。
一人や二人ではない。
すらりと手足の長いモデル体型の美女がそこらじゅうにうじゃうじゃいるのだ。
しかも色っぽい水着を着てビーチのあちこちに横たわっている。
あるいは金色の髪をなびかせながら砂浜を闊歩している。
豊満な肉体を揺らしながらビーチバレーをしている。
水着を着ていてもこうなのだ。
もしもヌーディストビーチなんかに行っていたら、きっと私はどうかなってしまっていたことだろう。
私の目の前には一人の若い女性が横たわっている。
ほんの数十センチほどの距離だ。
いや、数センチかもしれない。
だから普通に前を向いているだけで、いやでも彼女の姿態が目に飛び込んでくる。
アジア人とはまったく異なる極上のプロポーション。
彼女は日焼けしに来ているようで、全身くまなくこんがり焼くために、定期的に体の向きを変える。
まるで自慢の肉体を見せつけるかのように。
おかげで彼女の体をすみからすみまで観察することができた。
「このスケベ野郎」
との非難は甘んじて受けよう。
だが、私にどうしろというのだ?
手を伸ばせば触れる距離に極上の美女が横たわっているのだ。
どうしたって妖艶ボディが視界に飛び込んでくる。
ずっと目をつぶっていろとでも言うのか?
そんなことできるはずがない。

黒海の水は透明度が高いと聞いていたが、このビーチの水はそれほどでもなかった。
ビーチの砂の質も悪い。
大都市近郊の海水浴場なんてこんなものか。
だが黒海はでかい。
来年の夏はぜひとも隠れた穴場的ビーチを訪れてみたいものだ。
その頃にはウクライナ情勢も収束していることを望む。

歩いてサンベルたちの家に戻る。
影が長くなり、日没の時刻が近づいていることに気づかされる。


「TOKIO」という文字が見える。
ここでも日本料理は人気なようだ。

家に帰ると、リーザがホットサンドを作ってくれた。
ミッキーマウスの焼き色が入っている。

美人で料理上手な嫁さんと豪邸に住むサンベル。
気が向いたときにいつでも黒海に泳ぎに行ける。
なんともうらやましい生活だ。

少し休憩した後、サンベルたちは再び私を外へ連れ出してくれた。

この店は「KOBE」と書いてある。



通りは人であふれかえっている。
昼間よりも混雑しているくらいだ。
日中は暑いから、みんな日が暮れてから活動しはじめるのだとか。

有名な「ポチョムキンの階段」
明日はここをじっくりと歩く。
今夜はその下見だ。

階段を上るにつれて人混みが激しくなってきた。

ポチョムキンの階段からオデッサ港をのぞむ。
ここを紹介する写真はたいてい昼間に撮られたものだから、夜のオデッサ港は新鮮だった。
明日はここもじっくりと見物する。
オデッサのハイライトだ。

広場ではコンサートが催されていた。
ステージの上には、青と黄色のウクライナ国旗がひるがえっている。
明日はウクライナの独立記念日らしい。
今夜はその前夜祭ということか。

オデッサの姉妹都市の名前がずらりと並んでいる。
やはり港湾都市が多い。
左上の方に「横浜」の名が見える。

薄い壁のように見えるが、それは目の錯覚。
実は巨大な建築物なのだ。

サンベルとリーザは精力的に夜のオデッサを案内してくれた。
オデッサなんてポチョムキンの階段ぐらいしか見るべきものはないだろうと思っていたのだが、なかなかどうして。
とても魅力的な街だ。
やはり地元の人に案内してもらえるのはうれしい。


エカテリーナ2世像。
オデッサでカウチサーフィンのホストを探していた時、まっさきに私に声をかけてくれたのがサンベルだった。
早く宿泊先を確定させたかった私は、すぐに彼の申し出を受け入れた。
ところが、このオデッサという街はかなり開放的な土地柄らしく、その後たくさんのホストからオファーを受け取った。
なかには「日本人大好きっ! ぜひ私の家に泊まりに来て!」と言ってくれる女の子もいた。
彼女はかなりの美人だったので、早々にサンベルをホストに選んでしまった自分を恨んだりしたものだ。
だが、サンベルとリーザの家に泊まることにして正解だった。
彼らがカウチサーフィンに登録してからもう何年も経っている。
これまで彼らはホストした経験はない。
サーフしたこともない。
それなのに彼らの方から積極的なアプローチがあった。
私がカウチリクエストを送ったわけではない。
今までずっと幽霊部員状態だった彼らが、なぜ私を招いてくれたのかはわからない。
特に親日家というわけでもなさそうだ。
それなのにサンベルもリーザもこれ以上ないくらいに親切にしてくれる。
今回の旅行はほんとにホストに恵まれている。
あまりにもみんな私に親切にしてくれるものだから、なんだか逆にプレッシャーを感じてしまう。
私に親切にしたところで、彼らにはなんの得にもならない。
それなのに、どうしてここまでしてくれるんだ?
俺に彼らの好意を受け取る資格なんてあるのか?
私は今まで京都でたくさんのカウチサーファーをホストしてきた。
そうしておいて正解だったと思う。
でなければ、素晴らしいホスト達の善意に押しつぶされてしまっていたことだろう。
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