あなた震えてるじゃない(リヴィウ、ウクライナ)

「親切な美女などいない」
これが私の持論だ。
心の優しい美少女ならいるかもしれないが、
本物の美女にはかなわない。
そして生まれついての美女などいない。
なぜなら美女とは作られるものだから。
男をたぶらかし、手玉に取り、もてあそぶ。
男にだまされ、裏切られ、捨てられる。
そうやって美女というのは作られるものだと思っている。
醜い感情の渦にもまれて磨かれなければ美しくなんてなれるはずがない。
だから、汚れのない美女などいない。
思いっきり私の好みが反映されているが、それほど的を外してはいないと思う。
美女は計算高く打算的で、無償の愛など持ち合わせてはいない。
そんな美女が人に親切にするときは、なんらかの意図があるはずだ。
異国の地で雨に打たれ震えているみすぼらしい男を、なんの見返りも求めずに助ける美女なんていない。
もしいたとしたら、気をつけなければならない。
相手が美しければ美しいほど、警戒レベルを引き上げなければならない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お前はどこに行きたいんだ?」
バスの車掌が私にそうたずねる。
リヴィウだ、きまってるじゃないか。そういう約束だっただろう?
「それはわかっている。俺が聞きたいのはリヴィウのどこか?ということだ」
私の乗ったバスはイタリア行きだったのだが、頼み込んでなんとか乗せてもらった。
だから私の立場は弱い。
文句など言える立場ではない。
リヴィウで降りる客は私だけだし、乗ってくる人間もいないみたいだ。
彼らにとって私は完全な「お荷物」。
はやく降ろしたがっている雰囲気がひしひしと伝わってくる。
外は雨が降っている。
もうすぐ日も暮れる。
そんな中、重いリュックを背負って見知らぬ街をウロウロしたくはない。
地図を指し示しながら、
「市庁舎、郵便局、大聖堂。どこだっていい。俺を町の中心部で降ろしてくれ」
と彼らに頼んだ。
バスの運転手と車掌が困っている様子が手に取るようにわかる。
リヴィウ中心地を通るのは、彼らにとって明らかに遠回りになるのだろう。
それでも私は信じていた。
彼らは心優しき男たちだ。
なんだかんだ言いながらも、結局は私をリノック広場まで連れていってくれるに違いない。
おもむろにバスは停まり、車体側面の扉を開けて私の荷物を降ろした。
「トラムに乗れば町の中心部まで行ける」
そう言い残してバスは去っていった。
雨はけっこう激しく降っていたので、荷物にカバーをかけ、傘を準備するまでに
私も荷物もかなり濡れてしまった。
寒い。
ほんとに今は8月なのだろうか。
寒くて震えが止まらない。
これ以上雨に濡れるのはいやだったから、何も考えず最初にやってきたトラムに飛び乗る。
現在地がどこかわからないし、このトラムがどこに向かうのかもわからない。
とにかく屋根のある場所に逃げ込みたかった。
運のいいことに、私の乗ったトラムは市の中心部に向かうらしい。
車掌は親切に、「ここが中心部だ」と言って私を降ろしてくれた。
ようやくリヴィウ市内に到着したが、まだスタート・ラインに立ったにすぎない。
リヴィウでのカウチサーフィンのホストはここから1時間ほど離れた所に住んでいるらしい。
彼の家への行き方はメールで教えてもらっていたが、私はこの街に到着したばかり。
まだ土地勘はない。
あいかわらず雨は降っているし、日が沈んで暗くなってきた。
これからあと1時間もかけてホストの家を探さなければならないのか。
なんだか疲れてしまった。
もういいや。
リヴィウ市内なら宿の1軒くらい探せばあるだろう。
今夜はホテルに泊まろう。
今すぐ暖かい布団で眠りたいんだ俺は。
「なにか力になれることはありますか?」
天使の声が聞こえた。
振り返ると、そこにはえらい美人がいた。
普段の私なら女性の顔をまともに見ることなんてできないのだが、
おもわず彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。
美しい。
ウクライナではそれこそ数えきれないほどの美女を見てきたが、彼女はまた別格だ。
「親切な美女などいない」
頭の中で警報がガンガン鳴り響く。
「これは罠だ。 こんな美人が俺なんかに親切にしてくれるはずがない。
きっと後でなにか要求されるぞ。気をつけろっ!」
「あなた震えてるじゃない。なにか温かい飲み物でも飲んで体を温めないとだめよ。
近くにいいお店を知っているの。一緒に行きましょ」
絶世の美女がこの俺を食事に誘っている。
そんなうまい話があるわけない。
きっと後から怖いお兄さんが高額な請求書を持って店の裏から出てくるんだろうな。
彼女の名前はオーリャ。
とてもきれいな英語を操り、頭もよさそうだ。
すでに彼女の虜となった私に逃れる術はない。
オーリャのなすがままに、彼女の後についていくしかなかった。
店に行く途中、オーリャの友人と合流。
彼女の友達もまたかなりの美形。
「ああ、きっと俺は二人の女からたかられるんだろうなあ」

左がオーリャ。
彼女たちはカウチサーフィンのことを知っていた。
リヴィウに来た日本人と会ったことも何度かあるらしい。
それはつまり、日本人の男どもをカモにしてきたということなのだろうか。

オーリャはまずワインを注文した。
なんか高そうだなー。
俺、ちゃんと支払えるかな。

彼女は私のために暖かいスープも注文してくれた。
これでやっと生き返ったような気がする。

このお店の名物は魚料理だという。
入り口を入ってすぐの所にショーケースがあって、そこに食材の魚が飾られている。
オーリャに出会わなければ、俺はこの魚のように氷の上で冷たくなっていたかもしれない。
そんなのはごめんだ。
俺は決めた。
この先どんな結果になろうとも、もうかまわない。
今この瞬間を楽しもう。
毒を食らわば皿までだ。
どうせ後で高い金をとられるのだから、いっそのこと彼女たちの太ももでもさすってやろうか。

スープに続いて料理が運ばれてきた。
「これ、なんていうの?」
料理の名前を確認するふりをして、メニューを確かめた。
けっこうな値段がしますよ!
まあでも、美女ふたりと一緒に食べることを考えれば安いものか。
もっとボッタクリ料金を心配していたので、なんだかホッとしました。

まるで、こちらが安心しきった頃合いを見計らったかのように、やってきましたよ、怖いお兄さんが!
はいはい。
そんなことだろうと思ってましたよ。
彼はドイツ人だそうです。
オーリャの友達の体をベタベタと触っています。
どうやら二人はできているらしい。
ヤクザとその情婦というところか。

お店の人が長いパイプを使って音楽を演奏しはじめました。
なんだかいい雰囲気。
料理もおいしいし、けっこういいお店なんだよなあ、ここ。
欲をいうならば、もう少し部屋の温度を高くしてほしい。
そしてできることならば、料金は安くしてほしい。

料理を食べ終わり、いよいよ支払いタイム。
クレジットカードを取り出して支払おうとしたら、彼女たちに制されました。
え? どういうこと?
「雨に打たれて震えている外国人に払わせるなんてことできるわけないじゃない。」
まるで当然のように彼女たちが支払ってくれました。
けっこうな料金ですよ。
ドイツ人男性とその彼女は帰っていきましたが、オーリャは雨の降りしきる中、バス停まで一緒についてきてくれました。
私のカウチサーフィンのホストに電話で連絡してくれ、何時くらいにバスが彼の村に到着するかも伝えてくれました。
バスを降りた後、私が寒い中を長時間待たなくてすむように考えてくれたのです。
私の乗るバスはなかなか来なかったので、かなり長い間待たなければなりません。
吐く息が白くなるくらいに寒い中、オーリャはずっと私と一緒にいてくれました。
バスの運転手は英語ができないため、私の目的地を彼に伝え、そこで私を降ろしてくれるように頼んでくれました。
自分の財布からお金をだして、私のためにバスの切符も買ってくれました。
え? なんで? どうして君がそんなことまでしなきゃならないんだ?
バスの扉は慌ただしく閉まり、オーリャにお礼を言うこともできないうちに走り出してしまいました。
あんなに親切にしてもらったのに、「ありがとう」のひとことも言えなかった。
バスの中で重い荷物を抱えて立っていると、若い男性が席を譲ってくれました。
ウクライナ人は親切だ。特にリヴィウには優しい人が多い。
そんなふうに感じました。
「親切な美女などいない」
今でもこの持論を撤回するつもりはありません。
でも、ウクライナは例外です。
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