ハズレか? 当たりか? (キエフ、ウクライナ)
当然深い眠りについている時刻だが、容赦なく起こされる。
いや、不穏な雰囲気で嫌でも目が覚める。
私のコンパートメントにも係官が乗り込んできて、パスポートをチェックする。
同室の他の人はみんなベラルーシ人かウクライナ人。
IDカードをさっと見るだけで手続きはあっさり終わったのに対して、なぜか私だけ時間がかかった。
端末機になにか打ち込み、パスポートをパラパラめくってすみからすみまで眺めている。
なんだか落ち着かない気分だ。
まだ夜明け前であたりは真っ暗。
隣のコンパートメントからは女性の声が聞こえてくる。
なにを言ってるのかわからないが、大声で抗弁しているようだ。
彼女の子供だろうか。
小さな子供が大きな声で泣き喚いている。
真夜中に叩き起こされて、無骨な審査官の検閲を受けるのは気分のいいものじゃない。
子供じゃなくても泣きたくなる。
なんだか自分が強制収容所行きの列車に乗り込んでしまったかのような錯覚をおぼえた。

朝8時、列車はウクライナのキエフに到着した。
ここでも係官が乗り込んできて、パスポートをチェックする。
そしてまたしても私だけ時間がかかった。
他の乗客はみんな列車を降りてしまっているのに、私だけ取り残されている。
係官が私になにか聞いてくる。
だが、なにを言っているのかわからない。
なんだ? なにか問題でもあるのか?
これは国際列車なんだから、係官も英語くらい話せよ。
係官はしきりと無線で他の誰かと交信しては、私に質問をしてくる。
英語ではないので答えようがない。
これではラチがあかないと判断したのか、係官は「ついてこい」という仕草をして歩き出した。
私のパスポートを持ったまま。
ウクライナは今、準戦時下にある。
少しでも怪しいと感じた人間は、即座に連行して詳しく取り調べるのかもしれない。
いったいなにが引っかかったのだろう。なにか不審な点でもあったのだろうか。
やましいことはないが、やはり緊張する。
それに、キエフでのホスト、アナトリーが駅まで迎えに来てくれているはずだ。
彼を長時間待たせるのも心苦しい。
プラットフォームの端まで来たところで、係官が指差す。
その先には、見覚えのある顔が私に向けて手を降っている。
アナトリーだ。
「お前の友達か?」
おそらく係官はそう言ったのだろう。
「そうだ、俺の友達だ」
と答えるとどこかへ行ってしまった。
いったいなんだったんだ?
なんであんなに時間がかかったんだ?
脅かしやがって。
さっさとパスポートを返せよボケっ!

キエフ駅構内


なにかの広告。
こういうのを見ると、
「ああ、俺は遠くまで来てしまったんだなあ」
という気分に浸れます。
モンサンミッシェルなどの日本人に人気の観光地には日本語の標識までありますが、ああいうのはやめてもらいたいものです。
気分がだいなしになる。
この広告になんて書いてあるのかまったくわかりません。
が、ウクライナの女性がとてもきれいだということだけはわかります。


駅周辺ではやたらと軍人の姿が目に付きました。

ホストのアナトリーは車で迎えに来てくれました。
思い荷物を持っている身にはとてもありがたい。

ウクライナ国旗のカラーをしたトラムを眺めながら、キエフ市内を快適にドライブ!
、と言いたいところですが、いったいどこを走ってるんだ、アナトリー?
彼の車はトラムの間を縫うように走ります。
ウクライナではこんな所を走っても違法じゃないのか?
なんだか少し不安になりました。

「マサト、私の家に寄る前に、君に見せたい場所がたくさんあるんだ。ここはひとつ、小旅行と洒落込もうじゃないか」
とのアナトリーの提案で、キエフ市内を散策することになりました。
いったいどんな素敵な場所に連れて行ってくれるんだろう。
わくわくするなあ。





アナトリーが連れて行ってくれたのは、なんだかよくわからない場所ばかり。
ガイドブックには載ってないので、おそらくかなりマイナーな場所だと思われます。
キエフでの貴重な3日間。
一秒だって無駄にはしたくありません。
アナトリー、はやく有名な観光地に連れて行っておくれよ~
いやいや。
普通の旅行をしたいのなら、カウチサーフィンなんか使わなければいいのです。
ガイドブックに載っている場所を回るだけなら、自分独りでもできます。
または、ツアーを利用すれば手っ取り早いんです。
地元の人しか知らない穴場的スポットを訪れることができる。
ガイドブックには載っていない、新しい発見をすることができる。
それがカウチサーフィンの魅力だったはずだろ?
このブログの存在意義、私の旅の本来の目的を危うく失念するところでした。

それでも、 それでもさ、本音を言うと有名な観光スポットを早く見たいよ!
アンドレイ坂の上にはエレガントなアンドレイ教会が見えているというのに、なんだかとても遠い存在に感じます。

「マサト、腹はへってないか?」
とアナトリーが聞いてくれたおかげで、食事にありつくことができました。

アナトリーが連れて来てくれたのは、「プザタ・ハタ」というウクライナ料理のレストラン。
値段も安く、キエフ市内に何店舗もあるチェーン店なので、けっこう重宝します。

朝からビールも飲んじゃいましたよ。
旅行中は無礼講なのです。


アナトリーにおごってもらいました。
ありがたや、ありがたや。

「マサト、ウクライナに来たからにはこれを食わにゃならん」
「はあ・・・」
アナトリーに勧められるままに、なんだかよくわからない物を注文されてしまいました。

中はこんな感じ。



ここからもアンドレイ教会が見えます。
ううっ。
いったいいつになったら行けるのだろう。

食事の後は外貨の両替のために銀行に連れて行ってもらいました。
ポーランドのお金は交換してもらえたのですが、リトアニアのお金は受け取ってもらえません。
なんだか不便だなあ。
ここで私は重大なことに気づきます。
ウクライナで外貨を両替するにはパスポートの提示が必要なのですが、パスポートと一緒に保管しておくべき入出国カードが見当たらないのです。
地球の歩き方にはこう書いてあります。
「・・・カードは、ウクライナを出国する際に提出しなければならない。これがないとトラブルとなり、出国できなくなることもあるので、なくしてしまわないように細心の注意を払って保管しておくこと」
出国できないって、いったいどういうことなんだろう・・・
そんな大事な物、いきなり失くしちゃったよ。
これは大変なことになったぞ。
きっと寝台列車の中だ。
係官に連行された際、あわてて列車から降りたもんだから忘れ物がないか十分にチェックする時間がなかった。
きっとベッドの上に置き忘れてきたに違いない。
「アナトリー、急いで駅に戻ってくれないか? イミグレーションカードを失くしちゃったよ」
「はあ? なんだそれは。今すぐじゃなきゃダメなのか?」
「そうだ。今すぐだ。あれがないと厄介なことになる」
私がそう説明しても、アナトリーはなんだか気乗りしない顔。
「そんな紙切れ1枚失くしたってどうだっていいじゃないか。
それに今更駅に戻ったって遅いぞ。列車はとうの昔に出発してしまっている。」
「でも、もしかしたら誰かが発見して、駅の遺失物拾得係りに届けてくれたかもしれないじゃないか。
とにかく駅に行って確かめてみたいんだ」
私が必死に説得しても、アナトリーは大きく頭を振ってため息をつくばかり。
「いいか、マサト。
お前はウクライナに到着したばかりじゃないか。
イミグレカードが必要なのは出国の時だろ? いったい何日後の話だ?
そんな先のことを心配するよりも、今を楽しめ。
お前は今キエフにいる。
だったら今この瞬間はキエフをエンジョイすることに専念すればいい。」
アナトリー、他人事だと思ってないかい?
時間が経てば問題が解決するとでもいうのか?
事態はあんたが思っているよりもはるかに深刻なんだ。
たとえ手遅れだろうが、俺は今できる手はすべて打っておきたいんだよ。
じゃないと後で後悔する。
しばらく二人で言い合いをしていたのですが、どうしてもアナトリーは駅まで行ってくれません。
なんて頑固なオヤジだ。
彼が不親切なわけではけっしてありません。
リヴネ行きのチケットを買うために、売り場まで連れて行ってくれたのです。
しかし、チケット売り場からは車ですぐそこのキエフ駅には行ってくれません。
「出入国カードがなかったら、いったいどうなるんだろう?」
俺はそんな不安を抱えながら、ウクライナ出国の日まで過ごさなければならないのだろうか。
いや、明日の朝一番で駅まで行こう。
それでもし見つからなければ日本大使館に行って相談しよう。






私のそんな不安をよそに、アナトリーのツアーは続きます。
もちろんガイドブックには載っていない超マイナーな場所ばかり・・・
ああ、こんなことしてるヒマがあったら、駅に行ってイミグレーションカードの行方を確かめたいなあ。

寿司屋の前で記念撮影なんかしてる場合じゃないっつうの

丘の上で燦然と輝くアンドレイ教会。
ああ、いったいいつになったら俺はお前に会えるのだ。
キエフには大学や教会が山のようにあります。
それら一つ一つについてアナトリーは丁寧に解説してくれます。
が、はっきり言って私はそんなの興味がない。
キエフには他にもっと観光客向けの見どころがたくさんあるので、短い滞在期間を有効に使いたい。
それにアナトリーの英語はわかりづらい。
彼の解説を聞いていても、ちっとも理解できない。
さらに困ったことに、彼は私の体をベタベタ触るのです。
肩を組むだけならまだしも、腕を組んだり手をつないだり。
私の体をくまなくさすっては抱きしめます。
ぞ・ぞ・ぞ・ぞーっ。
鳥肌が立ってきたぞ。
最初こそ「これがウクライナ式の歓迎方法なのかな」などと思っていたのですが、だんだんと気持ち悪くなってきました。
「このおっさん、もしかしてホモじゃねえだろうな」
思えばキエフでのホストを探していた時、真っ先にメッセージを送ってきてくれたのがこのアナトリーでした。
私が彼にカウチリクエストを送ったわけではありません。
「ぜひうちに泊まりに来てくれ」
彼の方から熱烈なラブコールがあったのです。
アナトリーはまだカウチサーフィンの経験がありません。
それなのにこの積極的なお誘い。
もしや、キュートな俺の写真に一目惚れしたアナトリーは、彼の家に俺をおびき入れ、手籠めにしようとたくらんでいるのでは?
さらに困ったことには、アナトリーは私のカメラを奪ったきり返してくれません。
「マサト、お前の写真を撮ってやろう。そこに立て」
きっと彼は善意でやってくれているのでしょう。
でも、せっかくウクライナまで観光に来ているのだから、自分でたくさん写真を撮りたい。
それなのにずーっとアナトリーは私のカメラを手放しません。
なんとか返してもらっても、すぐにまた
「ほら、ここなんて写真撮影にはピッタリだぞ。
カメラをよこせ、マサト。 俺がお前の写真を撮ってやるから」
そう言ってまた私のカメラを奪ってしまいます。
これでは自分のペースで観光ができません。
今回のカウチサーフィンはホスト選びに失敗したかな?

「ガイドブックに載っていない」(超マイナーな)教会めぐりにもうんざりしてきたころ、アナトリーは市場に連れていってくれました。
しかし、あいにく今日は休みの模様。
ほとんどの店は閉まっていて、市場の中はガランとしています。
なんだかシラけた空気が漂います。

ここでもアナトリーは丁寧に解説をしてくれます。
「マサト、これを見ろ。これはだな・・・」
「もしかして、サーロー?」
「そうだ。よく知ってるな」
ベラルーシでのホスト、サンダルイクから、
「マサト、ウクライナに行ったら絶対にサーローを食べなきゃダメだぞ」
と言われていたのを思い出しました。
アナトリーはそのサーローを大量に買おうとしています。
「これがなきゃウクライナの夜は始まらないのさ」

うひょー!
今夜はサーローにありつける!
地球の歩き方には載っていないこの「サーロー」。
カウチサーフィンを利用していなければ、自力でこの珍味にたどりつくことはできなかったかもしれません。
ちょっとふてくされていた私でしたが、これで一気に機嫌がなおります。
ルン、ルン♪

次にアナトリーが連れてきてくれたのは、なんだか高そうなレストラン。

高級そうなワインがずらりと並んでいます。

「アナトリー、ここは俺には高級すぎるよ。
それにまだそんなにお腹は減っていない」
「心配するなマサト。 ここは私の友人の経営するレストランだ。
君に紹介しようと思って連れてきただけだ」

このレストランのオーナー・シェフだというアナトリーの友人は、料理の世界ではかなり有名らしい。
実際、本を何冊も出していて、彼のことを知らない人はいないらしい。

上の写真がこのレストランのオーナー・シェフ。
そして下の写真はアナトリーの息子。
えっ!
アナトリー、あんた息子がいたのか。
ホモじゃなかったんだ。

オーナー・シェフは言います。
「どれ、一緒に写真を撮ってやろう」
なんて高飛車なんだ!
彼がどのくらい有名な人なのか知らない私には、この写真の価値はわかりません。
でも、なんだかカウチサーフィンらしくなってきました。
自分一人で旅をしていたら、この人と会うこともなかったでしょう。
握手もしてもらえなかったことでしょう。
いらんけど。

ご丁寧にも彼は自分の著書に直筆のサインまで書いて私にプレゼントしてくれました。
ここまでしてくれるということは、やはり彼は本物の有名人だったのだろうか。
いまだに謎です。

私が「ありがとう」と御礼を言うと、彼は大笑いしながらワインを一杯プレゼントしてくれました。
クリミア産の「アリガタヤ」という名のワインだそうです。

レストランの近くには川の中に教会が!
なんでわざわざこんなところに建てなきゃならなかったんだ?

橋を渡ったその先にあるのは・・・

ビーチ!
「マサト、アンドレイ教会を眺めながらひと泳ぎと洒落込もうじゃないか」
とのアナトリーの提案。
キエフで泳ぐなんてことはまったく私の計画にありませんでした。
しかし、むろん異論はありません。
いやっほー!
初日にしてウクライナ美人の水着が拝める!
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