嵐山、水没
誰だ、平日の朝から?
「ちょっとマサト!ニュース見たわよ!大丈夫?」
受話器の向こうでは母が息を荒げている。
だが、私には自体がうまく飲み込めない。
「テレビを見てないの?嵐山は大変なことになってるのよっ!」
母親にそう言われてテレビをつけると、そこには茶色い水に覆われた街が写っていた。
ずっぽりと水に浸かった道路の映像は、どこか東南アジアあたりの様子に見えなくもない。
だが、ブラウン管に映し出されているのは、まぎれもなく京都・嵐山だ。
濁流に今にも押し流されそうになっている橋は、どう見ても渡月橋にしか見えない。
渡月橋から私の家までは歩いて5分ほど。
ということは・・・・
急に怖くなって窓を開けた。
おそるおそる外を見たのだが、水が襲ってきそうな気配はない。
どうやらこのエリアは冠水を免れたようだ。
被害を受けたのは川沿いの地区だけらしい。
ほっとすると同時に、ヘリコプターの爆音が耳に飛び込んできた。
3機くらいはいるだろうか。
低空をホバリングしているからか、おそろしくうるさい。
テレビに流れるショッキングな映像と、鼓膜をつんざく爆音に刺激されて、思わず家を飛び出してしまった。
カメラを片手に。

渡月橋までの最短距離であるはずのサイクリングロードは、途中で水没していた。

このサイクリングロードは、普段は人気がない。
それが今はこんなにも人であふれている。

嵐山公園へと向かう橋は警察官によって封鎖されていた。
「せっかくここまでやって来たというのに、渡月橋を拝むことができないというのか」

はやる気持ちを抑えて、道路を迂回する。
靴がびしょびしょになってしまったが、そんなことは言ってられない。

ようやく渡月橋が見えてきた。
なんとか歩いて渡れるんじゃないか?

水かさが増しすぎて、渡月橋の橋げたが見えなくなっている。


水浸しのバス亭。
もちろんバスは走っていない。

遊覧ボートが橋にぶつかって大変なことになっている。


高級旅館も浸水している。

渡月橋を歩いて渡ってみた。
対岸の遊歩道も水に浸かってしまって見えない。

向こう岸にはバリケードが築かれていて、橋の上には入ってこれないようになっている。
最近の警察官は言葉づかいが丁寧になってきている。
「危ないですから下がってください。渡月橋は通行禁止です」
だが、興奮した野次馬たちは誰も警察官の指示になんて素直に従おうとはしない。
制止ロープをまたいで侵入しようとする。
「こらっ! 入るなって言うとるやろうがっ!! 聞こえんのか、ボケっ!!!」
警官がキレた。
カメラ片手に渡月橋の上をウロウロしていたら、そのうち銃で撃たれるかもしれない。
急いで元来た道を戻ることにした。

しかし、この日は昼前には快晴となった。
翌日には重機が入り、復旧作業が始まる。
どうやら夜を徹しての工事となるみたいだ。
観光シーズンを目前に控え、一刻も早く以前の姿を取り戻そうとしているのだろう。



嵐山公園の砂利はすべて新しいものと入れ替えられ、以前よりもきれいになった。
渡月橋の上を大勢の観光客が歩き、みやげ物屋も営業している。
洪水の面影は消えてなくなってしまったかのようだ。
だが、よく見ると何軒かの店はシャッターが下ろされたままだ。
浸水の痛手から立ち直ることができなかったのだろうか。
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