Bye bye my lover see you again
別れた元彼女と、電車の中で偶然再会したことがある。
その時私は居眠りをしていたのだが、視線を感じてふと顔を上げると、彼女と目があった。
3年以上つきあっていたから、もちろんすぐに彼女だとわかったのだが、私は気付かないフリをして、また居眠りを始めた。
もちろん眠れはしなかったが。
それから1年くらいして、また彼女と道でバッタリ会った。
彼女のお腹はかなり大きくふくらんでいた。
私はどうしたらいいのかわからなくて、くるりと彼女に背を向けて、小走りで逃げ出してしまった。
別れた後も彼女のことが頭から離れず、会いたくて会いたくてしかたがなかったというのに。
どうして一言もしゃべらなかったのだろう。
あれから時は流れ、私は一人のシンガポール人の女の子と京都で出会った。
その後、彼女に会うために、3度もシンガポールを訪れた。
そして今度は彼女が再び京都にやってきた。
メイサンとは、今後の人生のどこかで再び会うことになるような気がする。
その時は彼女の瞳をしっかりと見つめて、笑いながら話そうと思う。

今夜はメイサン父娘にとって、日本最後の夜なので、少し奮発してしゃぶしゃぶとすき焼きを食べに行くことになりました。
このお店は食べ放題なのですが、かなりリーズナブルな値段なので、私も何回か来たことがあります。
ところが、
「せっかく食べるのなら神戸牛がいい!」
などと彼女たちが言い出したので、結局、最高級和牛コースなるものを注文するはめになってしまいました。
私がいつも食べている一番安いコースの数倍もの値段がするんですよ!
「なに言ってるのよ、マサト。シンガポールにある日本料理の店はこんなもんじゃないわよ。この値段なら安いものよ」
どうやら彼女たちと私とは住んでいる世界が違うようだ。

さすが「最高級和牛コース」だけあって、なかなかおいしかったです。
普段、味の違いなどわからない私ですが、さすがにこれはいつもの安物とは違います。
メイサンも大満足してくれたようです。

翌日、とうとうメイサン達はシンガポールへと向けて出発することになりました。
ここで、昨日、忍者村で買ったキーホルダーを彼女に渡すことにします。
「どっちがいい?」
そう聞くと、メイサンは私の目を「じーっ」とのぞきこんできました。
うっ、なんだよ。中学生みたいなことをしてる俺のことをバカにしてるのか?
なんだかちょっと恥ずかしくなってきたぞ。
「ありがと。じゃあこの小さい方をもらうね」
メイサンはにっこりと笑って、金色の方を手に取ります。
が、その瞬間、足の指に激痛が走りました。
ぎゅううううううう。

いてててて。なにすんだよ、メイサン!
見ると、テーブルの下で彼女が私の足の指をおもいっきりつねっています。
これが君なりの感謝の気持ちなのか。
急に私が大声をあげたものだから、お父さんが怪訝そうな顔で見ていました。

そうこうしているうちに、タクシーが到着した。
いよいよお別れだ。
気を利かしてくれたのか、お父さんは一足先に車へ乗り込んでしまった。
見つめ合うメイサンと私。
どうしよう。お父さんがすぐ近くにいて気が引けるけど、ここはやはり彼女のことを抱きしめたいな。
と私が逡巡しているうちに、
がばっ!
とメイサンに抱きしめられてしまいました。
でも、それもほんの一瞬の出来事。
彼女はすぐにきびすを返して、タクシーへと乗り込んでしまいます。
席についても、窓越しに私のことを見つめるメイサン。
無情にも、タクシーの窓は閉まったままです。
たった一枚のガラスで隔てられているだけなのに、彼女のことがとても遠い存在のように感じられます。
車が発進するときに、私は自分の気持ちを正直に彼女に伝えました。
声には出さずに、口だけパクパクさせて。
目を大きく見開くメイサン。
早朝の静けさに包まれた京都の街を、タクシーはゆっくりと遠ざかっていきました。
数時間後、空港でようやくWiFiがつながったらしく、メイサンからメールが届きました。
「ちょっと、マサト。最後にあなた、なんて言ったの?」
なにも言ってないよ。あくびしただけさ。
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メイサンがシンガポールへ帰ってしまってから数ヵ月後、彼女からメールが届いた。
一枚の写真が添えられている。
そこにはメイサンと、白人の男性が仲良く頭を寄せ合っている。
彼氏らしい。
メイサンはうれしそうな、それでいて恥ずかしそうな表情を浮かべている。
俺には見せたことのない、可憐な少女のような笑顔。
なんてかわいいんだ。
思わず永久保存にしたくなるような美しい写真だ。
隣りに写っているのが俺以外の男でなければ。
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