ギブ・アンド・テイクという言葉を知ってるかい?
実は、一度彼のカウチリクエストは断った。
その時はすでに他のカウチサーファーが来ることが決まっていたからだ。
しかし、それから1か月ほど経ってから、再び彼からカウチリクエストをもらった。
日本の後、他の国を旅していたようだが、シンガポールに帰る前に再び日本にやって来たようだ。
今度は私の日程も空いていたし、なにより彼はなかなか評判のよさそうなカウチサーファーだ。
ポジティブのレファレンスの数は50を超えているし、ヴァウチだって8個もある。
彼のリクエストを承諾した。
ジュンミンは2年ほどバックパッカーとして旅をしていたらしい。
ヒッチハイクでユーラシア大陸を横断するという、なかなか刺激的な旅だ。
彼はおみやげに、モンゴルのテントをあしらったキーホルダーをくれた。

人とは違う、チャレンジングな旅をしてきた彼の話を聞くのは楽しかった。
特に私の興味を惹いたのは、中央アジアの話だ。
「イスラム圏でもカウチサーフィンを使ったのかい?」と私がたずねると、
「ああ、何回か使ったよ。でも、カウチサーフィンを使う必要はそれほどなかったんだ。
ムスリムの人の文化の中には、「旅人には親切にせよ」というのがあるんだ。
だから俺みたいに貧乏そうなバックパッカーを見ると、彼らは「うちに泊まりなよ」と言ってくれるんだ。
見ず知らずの俺を家に招き入れてくれただけでなく、食事までごちそうしてくれたんだぜ」
「それはすごいな! イスラム文化には前から興味があったんだ。じゃあ今度、俺も試してみようかな」
と私が言うと、ジュンミンはちょっと気まずそうな顔をした。
「いや、実はあまりいいことばかりでもないんだよ。
あまりにみんなが親切にしてくれたもんだから、俺も調子にのっちまってさ。
警戒するのを怠っていたら痛い目に遭っちゃったんだよ。
いつものようにムスリムの人に親切にしてもらって、食べ物や飲み物をたくさんいただいたんだ。
で、いざ出発しようとしたらお金を請求された。しかもかなりの金額だ。
だからそういうことも覚悟しといた方がいい」
うーむ。やはりそんなこともあるのか。
みんながみんな、親切な人ばかりとは限らないのだな。
また、レストランのメニューの話も参考になった。
「中央アジアの国で食堂に入る時は気をつけた方がいいぞ。
最初にメニューを見た時はなんでもない料金だったのに、いざ、支払いの段階になったら、その数倍もの料金をふっかけられたんだ。
話が違うじゃないか!メニューに載っていた金額と違うぞ! と抗議したんだけどムダだった。
見ると、メニューの金額が変わってるんだ。
連中、いつの間にかメニューをすり替えやがったんだよ。
だからそれから俺は用心のために、毎回、メニューの写真を撮るようにしたんだ」
「それはヒドいな。いったいそれは中央アジアのどこの国の話なんだい?」
「中央アジアの国、すべてだよ! どこの国でも同じことをやられた」
「ははは。イスラムの人は旅人には優しいんじゃなかったのかい?
でも、そんなあくどい商売をしている食堂なんてそんなにあるわけじゃないんだろ」
「あまいな。ほとんどの食堂が同じ手口で外国人から金を巻き上げようとするんだ。
だからそれらの国を訪れる予定があるのなら、気をつけた方がいいぜ」
なかなか面白そうな話だな。
だまされるのも旅のだいご味の一つ。
俺はそういう旅がしたいんだよ。

(右がジュンミン)
ジュンミンが、
「今日は俺がなにかメシを作るよ。何が食べたい?」と聞いてきた。
さすが、Vouch が8個もある人間は違うな。
カウチサーフィンのなんたるかをよくわかっていらっしゃる。
「なんでもいいよ。俺はとくに嫌いなものなんてないから」
と私が答えると、
「そう言われても困るんだよな。何があるのかもわからないし」
と言いながら彼は私の冷蔵庫の中をゴソゴソとあさっている。
???
なにをしているんだ、ジュンミンは?
私の冷蔵庫の中からいくつか食材を引っ張り出してきた彼は、
「マサト、これとこれ、どっちが食べたい?」と聞いてきた。
おいおい。それ、俺の食べ物じゃないかよ。
「今日は俺がなにか作るよ」とジュンミンが言った時、
私はてっきり彼がスーパーで何か買ってきてくれるものだとばかり思っていた。
今まで私の家に泊まったカウチサーファーたちはみんなそうしてくれたからだ。
だが、ジュンミンにはそんなつもりはまったくないらしい。
あくまでも私の食材を利用するつもりだ。
「マサト、これはどうやって料理したらいいんだい?」
私の冷蔵庫に入っているのはインスタント食品ばかりだが、作り方の説明は日本語で書いてあるので彼には理解できない。
炊飯器の使い方もわからないので、結局全部私がやった。
ジュンミンは私の周りをウロウロしているだけだ。
食事の後も、
「皿洗いは俺がやるよ」とジュンミンは言うのだが、口先ばかりで、なかなか重い腰をあげようとはしない。
仕方がないので私が食器を持って台所に行くと、
「俺がやるよ、俺がやるよ」とジュンミン。
そんなに皿洗いがしたいのなら、なぜさっさとやらないんだ?
私が食器を洗っている間も、彼は私の周りをウロウロしているだけだった。
ジュンミンには50を超えるポジティブ・レファレンスがある。
ヴァウチだって8個もある。
これまでに彼をホストした人々はみな、口をそろえて、
「彼はとてもいいゲストだった」とジュンミンのことを誉めそやしている。
確かに彼は人当たりも良く、なかなかの好青年だ。
だからこそ行く先々で歓待を受けてきたのだろう。
だが、そういうことを2年間も繰り返しているうちに、彼の中にあった、大事ななにかが失われてしまったのではないだろうか。
「俺は貧乏旅行中なんだから、親切にしてもらって当然!」などと考えてはいないだろうか。
もちろん、彼の気持ちもわからなくはない。
2年間も旅行していれば、資金だって乏しくなってくる。
たまには人の好意に甘えたくもなるだろう。
でも、シンガポールに帰ったら、今度は君が人に親切にする番だということはわかってるのかな?
だが、彼の言葉を聞いてあぜんとした。
「いや、俺は家族と暮らしているから、ホストはできない。シンガポールの家はせまいから無理だ」
私だってシンガポールの住宅事情はわかっている。
でも、カウチサーフィンのホストをしているシンガポール人なんていくらでもいるぞ。
あと、家族と同居していることは、ホストできないことの言い訳にはならないよ。
親と同居しててもカウチサーフィンのホストをしている人は大勢いるんだし。
それに、君が2年間もいろんな国の、いろんな家庭でお世話になってきたことは、君の家族だって知ってるんだろう?
ジュンミンには50を超えるポジティブ・レファランスがあり、8個ものヴァウチがある。
でも、ホストはできないらしい。
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