先は長いぞ、歩けよ乙女

ウィンはアメリカ国籍を持ってはいるが、もともとはミャンマー人。
彼女が子供のころ、両親が亡命だか難民だかになったため、祖国を追われることになった。
そのため、彼女の性格もちょっと特殊なものになったようだ。
アメリカ人の傲慢さと、東南アジア人のしたたかさ。
ウィンはその両方を兼ね備えているように思われる。
彼女と話していると、時々その展開についていけなくなることがある。
「それはちょっと違うんじゃない?」
とツッコミたくなる。
でも、しない。
一見すると温和そうな顔のウィンだが、実はかなり頑固。
自説は絶対に曲げない。
批判されると、つばを飛ばしながら反論してくる。
長く一緒にいると疲れるタイプだ。
彼女の滞在が一泊だけでよかった。
ウィンは京都の後は、東京へと向かう。
「次のホスト先は見つかってるの?」
と私が聞くと、
「うん、何人かの人から招待された。」
とウィン。
そうなのだ。
若くてきれいな女性カウチサーファーの場合、ホスト探しに苦労することはない。
黙っていても、向こうの方からお誘いがかかる。
「俺の家に泊りに来いよ、ベイベー」
という具合に。
そうか。
すでに複数のオファーを受けているのか。
まあ一応、ウィンも女性だからなー。
しかし、ウィンはうかない顔をしている。
「どうしたの?」
「それがね・・・」
彼女に誘いのメールを送ってきたのはいずれも男性で、中には性的な要求を匂わせる文面のものもあったという。
「そういう人の家には行かない方がいいんじゃない?
もっと信用できそうな人を他に探すか、女性のホストを選べば?」
と私が忠告すると、彼女はムキになって反論してきた。
彼女の言わんとすることは、私にはあまりよく理解できなかったが、本人が決めたことだ。
これ以上、何も言うまい。

ウィンは京都観光において、乗り物を使わない。
電車にもバスにも乗らない。
ひたすら歩くのだ。
「市バスの一日乗車券を使えば効率的に京都を回れるよ。
たった500円で乗り放題なんだ。」
と私がアドバイスしても、頑として首を縦に振らない。
「私は歩くのが好きなの。
歩くことによって、その国の本当の姿が見えてくるのよ。
バスに乗っていたら決して見えないものがね。
私はいつもそうやって旅をしてきたわ。」
確かに、時間に余裕があるのなら、そういうスタイルもいいだろう。
しかし、彼女の滞在時間は短い。
まあ、本人が決めたことだ。
もう何も言うまい。
ウィンはこれから、京都大学まで歩いて向かう。
人と会う約束があるそうだ。
嵐山から京都大学まで。
気の遠くなるような距離だ。
自転車でもしんどい。
それをこの炎天下の中、重いリュックを背負って徒歩で行くというのか、君は。
そんなのは、もはや「観光」とは呼べない。
「苦行」だ。
9月に入ったとはいえ、まだまだ残暑は厳しい。
まだ朝だというのに、太陽は猛烈に照りつけてくる。
歩き始める前に、すでにウィンは大量の汗をかいている。
顔に塗りたくった日焼け止めクリームが白く浮かび上がり、汗に混じってしたたり落ちていく。
「バスで行きなよ」
と言ったって、どうせ聞く耳持たないんだろうな。
まったく、強情な女だぜ。
テーマ : カウチサーフィン(Couch Surfing)
ジャンル : 旅行