ソフィア(ブルガリア)












ソフィア(ブルガリア)
列車は一時間以上も遅れてソフィアに到着した。
リラの僧院へ行くバスにはもう乗れない。
いろいろとスケジュールの変更を強いられそうだ。
ソフィアの駅に降り立つと、無数のキリル文字が歓迎してくれた。
なんて書いてあるのかさっぱりわからない。
英語の表示はほとんどない。
なんだかずいぶん遠い所まで来ちゃったな。
ワクワクしてきたぞ。
この異国の雰囲気に慣れるため、しばらく駅構内をウロウロした。
すると一人の怪しげな男が近づいてくる。
「I'm an information center.」
ウソこけ。
昨夜の経験が観に染みているので、一切相手にしなかった。
次は通貨の両替だ。
ルーマニアのお金でパンパンに膨らんだ財布をなんとかせねば。
ブルガリアのお金に両替すると、あれだけたくさんあったお札が数枚になってしまった。
もしかしてごまかされているのか?
不安になって計算してみると、ちゃんとあってる。
なんだか急に貧乏になった気がした。
「ジプシーとは絶対に口をきくな。
荷物は背中に背負ってはいけない。
必ず見える所に置いておくこと。
近くに人がいる時は、バッグを開けてはいけない。」
ソフィアでのホスト、ヴァーニャから何度も念をおされていた。
そんなに物騒な国なのか ここは。
そう思って見ると、みんな怪しく見える。
キャッシュマシーンでお金を引き出すと、大勢の男が入れ替わり立ち替わり寄ってくる。
「ミスター、タクシー?」
「エクスキューズミー、ホテル?」
今まで何カ国もヨーロッパを旅行してきたが、ここまで客引きが激しいのは初めてだ。
昨夜と違い、今は明るいので気持ちに余裕がある。
大勢の人に囲まれて、人気者になったような気分を楽しんだ。
驚いたことに、ソフィアの駅の構内にはフリーのWi-Fiがあった。
あんなに大きなブカレストの駅にはなかったのに。
駅の規模の大きさとは関係ないのか。
ソフィアの駅は街の中心部から離れてはいるがそんなに遠くはない。
歩いて行こう。
そのほうがこの街をよく知ることができるだろう。
歩いていると、目に飛び込んでくるのはキリル文字ばかり。
道を聞いても英語はほとんど通じない。
だが、不思議と不安は感じない。
ソフィア市内では、見所は集中しているので観光に時間はそれほどかからない。
郵便局で切手を買ったり、明日のバスの発着場所を確認したりしてもまだ時間が余った。
そこで、ソフィアの駅に戻り、写真の整理をすることにした。
が、やってしまった。
間違って大量の写真を消去してしまった。
今日撮った分とオーストリアの分は全滅だ。
なんてこった。
オーストリアの分はもうどうしようもない。
だが、せめてソフィアの写真は取り戻したい。
写真を撮るためだけに急いでソフィア市街へ戻ることにした。
もう日没の時間だ。
歩いていたら、文字通り陽が暮れてしまう。
タクシーを使うことにした。
しかし、ソフィアの駅前でたむろしているタクシーは外国人には法外な値段をふっかけてくることで有名だ。
バーニャに教えてもらったタクシーを探していると、ドライバーがわらわらと集まってきた。
市内までいくらかと聞くと、相場の2~3倍の値段だ。
いらない、というと、別の運転手がもっと安い値段を提示してきた。
それを繰り返し、なんとか相場並みの値段になった。
タクシーの運転手はよくしゃべる男だった。
片言の英語でズーッと話している。
相撲の話題になった。
もちろん、 ブルガリア出身の力士、琴欧州の話だ。
彼はブルガリアでも有名な存在らしい。
運転手はやたら日本の事情に詳しかった。
相撲賭博のことまで知っていた。
私としてはブルガリアの話をしたかったのだが、終始 運転手のペースで会話が進んだ。
昼間に通ったコースをもう一度なぞる。
すでに知っている道だし、取りたい写真も決まっている。
昼間は数時間かけて回ったルートを30分で駆け抜けた。
まったく何をやってるんだ、俺は。
時間と金とエネルギーを大いに無駄にした。
再びソフィアの駅に戻り、ヴァーニャの家に行く方法を検討する。
その間も、タクシーの運転手たちがひっきりなしに声をかけてくる。
今は考え事に集中したいんだ。
頼むからほっといてくれ。
もう暗くなりかけているので、バスやトラムだと迷うおそれがある。
タクシーを使うか。
あまり信用できないけれど。
タクシーの運転手が話しかけてきた。
またか、と思っていたら、さっき私を市内に運んでくれた人だ。
彼にヴァーニャの住所を見せたら、別の運転手を連れてきてくれた。
その地域の専門家らしい。
ただし、彼は英語が全くできない。
念のためヴァーニャに電話して、運転手に道順を説明してもらった。
値段も事前に決めた。
ヴァーニャが価格交渉してくれたので、ボラれる心配はない。
これで安心だ。
後は寝ててもたどり着ける、
はずだった。
あれ?
さっきから同じ所をグルグル回っている。
どうやら迷ったらしい。
ヴァーニャは巨大な集合住宅群の中に住んでいる。
旧共産圏らしく、同じ形の無機質な建物がズラリと並んでいる。
彼が迷ってしまうのも無理はない。
でも、この地区の専門家じゃなかったのか?
事前に値段を決めておいてよかった。
何度もヴァーニャに電話した。
その都度 運転手は
「わかった。もう大丈夫だ。」
というジェスチャーをする。
全然大丈夫じゃなかったけれど。
雨の中ヴァーニャはマンションの前で待っていてくれた。
申し訳ない。
彼女は日本に住んでいたことがある。
だから私のカウチリクエストを受け入れてくれたのだろう。
ヴァーニャは夕食を作っていてくれた。
もちろんブルガリア料理だ。
ムサカという名前で、地球の歩き方にも載っている。
ポテトとヨーグルトとひき肉のグラタンのようなものなのだが、これがまた旨い!
ブルガリアといえばヨーグルト。
彼女はヨーグルトドリンクも飲ませてくれた。
日本のヨーグルトドリンクとは違い、甘くはないが、これが本物なのだ。
そうしているうちに彼女の息子が帰ってきた。
毎日 水球の練習をしているのだという。
英語もかなりしゃべれる。
なかなか賢そうな男の子だ。
彼も日本にいる父親に会うために何度か日本に来たことがある。
日本が好きだ、と聞いて嬉しくなった。
ヴァーニャは私のためにいろいろと調べてくれた。
リラの僧院への行き方、ギリシャ行きの電車の有無など。
とても親切だ。
彼女とはもっと話していたかったが、眠たくてもう起きていられない。
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