ブラン城(ルーマニア)


















ブラン城(ルーマニア)
豪華なミハイの家を後にして、一路 黒の教会へ。
今日のメインはブラン城なので、ここではあまり時間は取れない。
ブラショフの駅までは20分ほどだと書いてあったので歩く事にした。
が、結果的にはこれは失敗。
バスやタクシーを使っても安いのだから、素直に乗っておくべきだった。
途中で迷ったので何度も道を聞いたが、この国は驚くほど英語の通用度が低い。
警察官に聞いてもダメだ。
ステーションやトレインといった簡単な単語が通じないのだ。
地球の歩き方には重要なルーマニア語がいくつか載っているので、それを指差してなんとかのりきった。
今夜の列車の手配をしてからブラン城行のバスを探すがなかなか見つからない。
ウロウロしてると一人の男が近づいて来た。
「ブラン城行のバスは無い。
俺の車で送ってやる。
ついてこい。」
なんて親切なんだ、この国の人は。
・・・
そこにはタクシーがあった。
彼はタクシーの運転手だったのだ。
ブラン城までいくら?
と聞いても答えない。
「俺は知らない。
このメーターが決める事だ。」
怪しい。
バスを探す事にしよう。
すると、その様子を見ていた他の運転手が声をかけて来た。
「20ユーロでどうだ」
バスを使えば120円ほど。
やはりバスを使おう。
どうもここのタクシーは胡散臭い。
だが、タクシー・ドライバーが観光客の足元を見るのには訳があった。
ブラン城行のバスはこことは違うバスターミナルから出るのだ。
そこへは歩いては行けない。
バスかタクシーを使わなくてはならない。
ツーリストインフォメーションセンターでアウトガラ・ドイ行のバスについて聞いた。
「I don't know」
ツーリストインフォメーションセンターの職員がバスの乗り方を知らない?
じゃあ、あんたはいったいここに座って何をしているんだ?
さて、誰に聞こう。
パトカーが見えた。
幸い、警官は英語ができた。
バスの乗り方も丁寧に教えてくれた。
このヨーロッパ旅行では、毎日何回も道を聞いている。
日本にいた時は、そんな経験はほとんどなかった。
本来は内気な私だが、ほんの少し面の皮が厚くなったような気がする。
アウトガラ・ドイ行のバスは途中で止まった。
運転手も降りてしまった。
どうなっているのか乗客に聞いても、誰も英語を理解しない。
何十人もいるのに、だ。
ガイドブックに載っている文字を見せながら、なんども「アウトガラ・ドイ」と連呼した。
理解してくれたらしく、乗客が一斉に大声で私に向かって話しかける。親切はありがたいが、一人づつしゃべってくれ。
一度に何十人もの人と会話なんてできないよ。
よく見ると、みんな指を二本立てている。
これは二つ目の駅だという意味だろう。
言葉が通じないせいで、余計に彼らの優しさを感じる事ができたような気がする。
ブラン城行のバスはノロノロ進む。
道はガタガタ。
車に混じって馬車が走っている。
ときおり牛が道を横切る。
ここはインドか?
それでもブランには着いた。
大勢の人が降りるので、ここがブランだということはすぐにわかる。
バスを降りて驚いた。
ものすごい人混み。
びっしりと店が並んでいる。
さっきまでののどかな田園風景はどこに行ってしまったんだ。
陰鬱なドラキュラのイメージとは正反対に、一大テーマパークの様を呈している。
とにかくにぎやか。
ルーマニアの持つ素朴な味わいが完璧に失われている。
それでも せっかくお店がたくさんあるのだから、少し冷やかして行こう。
珍しい食べ物を見つけた。
へんてこな形をしたパンだ。
どんな味がするんだろうと思ってみていたら、店の主人が少し切り取ってくれた。
パンじゃない。
チーズだ。
こんなデカいチーズなんていらないよ。
面白い絵葉書を見つけた。
「Thinking of you from Romania」
と書かれていて、ドラキュラが美女を見つめているものだ。
こんな意味深なものはペギーには送れないな。
マリアに送ろう。
いきなり叫び声が聞こえた。
お化け屋敷だ。
本物のブラン城がすぐそこにあるのに、こんな所にはいる人はいるのだろうか。
いよいよブラン城に入る。
ここはあの有名なドラキュラのモデルになった城だ。
それだけにかなり期待していたんだが、がっかりだ。
一言で言ってしまえば、ただのお城。
鎧や旗などを展示してあるが、あまり面白くない。
城内は狭く、道も細い。
観光客がビッシリと詰まっていて、身動きが取れない。
せめて、ドラキュラ伯爵の棺桶くらい置いて欲しかったが、そういうサービス精神はなさそうだ。
ブラン城自体も小さく、特に変わった形をしているわけではない。
せっかく苦労してここまで来たのに・・・
さっさと見学して退散する事にしよう。
ブラン城からアウトガラ・ドイまでは行きと同じだったので問題ない。
だが、アウトガラ・ドイからのチケット売り場はどこだ?
ウロウロしていると、売店のお姉さんがとびっきりの笑顔で「ハーィ!」
と声をかけて来てくれた。
英語はまったく理解しないしなかったが、親切にバス乗り場を教えてくれた。
チケットはどこで買えばいいのか尋ねると、同僚の、これまたとびきり美人のお姉さんと何事か相談している。
そして、財布からバスのチケットを取り出して私にくれた。
いくら?
と聞くと、お金はいらないという。
いや、そんな訳にはいかない。
私がお金を差し出しても受け取ろうとしない。
どうしてそんなことをしてくれるんだろう。
失礼だが、日本人の私の方が経済力は上だろうに。
なんだか心が温かくなった。
売店のお姉さんに教えられたバスに乗ろうとした。
念のため、近くにいた乗客に、
このバスはアウトガラ・ウヌに行くか?と聞いたら、
「行かない」と言われた。
あわてて飛び降りる。
2人組の女の子にガイドブックのルーマニア語を見せながら聞いたが通じない。
なぜだ?
あれ?
この娘たちは英語をしゃべってるじゃないか。
それもネイティブっぽい。
聞けば、オーストラリア人の旅行者らしい。
どうりでルーマニア語を見せても通じないわけだ。
「あんたバカァ?
私たちがルーマニア人に見える?」
白い肌をして金髪で青い目をしている人はみんな同じに見えます。
そのバスには検札が乗り込んで来た。
私が日本人だと知ると、
「コンニチワ」
と言ってきた。
陽気な人だ。
もちろんオーストラリア人の女の子たちには英語で話しかけている。
が、なにかトラブルがあったようだ。
どうも、彼女たちは乗車券を持っていないらしい。
検札は罰金を払えと言っている。
だが、彼女たちは応じない。
「私たちは外国人旅行者だからよくわからないのよ。
ちょっとくらい大目に見てよ。」
なかなかタフなネゴシエーターだ。
まだ若いのに大したものだ。
検札も負けてはいない。
熾烈な交渉がしばらく続いた。
「あの日本人は旅行者だがちゃんと切符を持ってるぞ。
だから、外国人だという言い訳は通用しない。」
検札はそう主張する。
いや、私はたまたま親切なルーマニアの人に助けられただけで、この国の交通システムには問題があると思うよ。
結局彼女たちは罰金を値引きしてもらうことに成功したようだ。
バスを降りると例の検札が近づいてきた。
「どこに行くんだ?」
アウトガラ・ウヌ。
「それなら4番だ。
チケットを売り場はあっちだぞ」
やけに人懐っこい人だ。
しばらく話して去って行った。
なんだかルーマニアの人ってイイ!
美人は多いし、親切だし、人懐っこい。
ブカレスト行きの電車は超満員。
通路に人が溢れかえっている。
一等車を予約しておいてよかった。
コンパートメントは6人掛け。
私以外の五人はみんなルーマニア人だ。
私がルーマニアのガイドブックを開いていると話しかけてきた。
五人とも英語ができる。
ルーマニアでは少数派に属する。
やはり一等車に乗る人は教養も高いということか。
彼らもいい人たちで、コンパートメント内は終始なごやかな雰囲気。
ルーマニア人はやっぱりいい。
ブカレストの駅でも人当たりの良い若者に出会った。
とてもフレンドリーで、いろいろと話した。
切手を買える場所や、インターネットカフェの場所を教えてくれるという。
やはりルーマニア人は親切だ。
彼の後に着いて行くと、だんだんと暗い路地に入り込んできた。
ハッと思い当たる。
これはガイドブックに書いてあった詐欺の手口にそっくりではないか。
身の危険を感じた私は駅に引き返した。
彼は必死に私を押しとどめようとする。
やはり怪しい。
最初は優しかった彼の態度が変わり始めた。
「お前のために俺の貴重な時間を使ってやったんだ。
それなりの誠意を見せろ。
サービスを受けたら、その対価を払うのが当然だろ。」
これはヤバイ。
急いで駅の人混みへと向かう。
彼は必死に止めようとする。
痛いくらいに私の腕をつかんで放さない。
とっさに日本語で
「放せっ!」
と叫んでしまった。
周りの人が私たちを見る。
彼は腕を話した。
その隙に駅の人混みの中に入った。
それでもしつこくついてくる。
「金を払ってくれないなら俺の友達を呼ぶぞ。
駅の周辺には俺の仲間が大勢いるんだ。
それでもいいのか?」
無視して歩いていると、本当に友達がやってきた。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!
近くにいた駅員に警察の場所を聞いた。
幸い駅の構内に派出所があった。
彼は私から離れていく。
「I'll kill you!」
それが彼の最後のセリフだった。
それがルーマニアで最後に聞いた言葉だ。
せっかくたくさんのいい人に出会えたのに・・・
この国には信じられないくらい親切な人がいる。
それと同時に、不慣れな旅人に食い付くどうしようもない人もいる。
ルーマニア人だから・・・
日本人は・・・
これからはこういう考え方はやめよう。
ソフィア行きの列車は例によって遅れている。
この夜行列車には寝台車はなく座席車のみ。
しかもコンパートメントだ。
私の向かいには太った男が大きないびきをかいて眠っている。
となりのコンパートメントでは韓国人の若者が騒いでいる。
ああ、今夜も眠れそうにない。
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