ブダペスト ハンガリーへ








ブダペスト ハンガリーへ
ニーナの部屋をたった一泊で去るのは勿体なかったが、正直言ってザグレブにはそれほど見るべき物はない。
クロアチアの首都だというのに。
ちょうど通勤時間にぶつかった。
大きなリュックを担いで満員電車に乗るのはつらい。
チケットに乗車時刻を打刻しなければならないのだが、私の乗った車両にはICカードの読み取り機しかない。
先頭の車両に行かなければならない。
だが、先頭車両はぎゅうぎゅう詰め。
私の入り込む余地なぞない。
無理やり入り込むと、他の乗客に嫌な顔をされた。
運転手に打刻機の場所を聞いたら、はるか彼方を指差した。
この満員電車の中、どうやってあそこまで行けというのか。
すると、一人の乗客が私のチケットをもぎとった。
そして次々と他の乗客へとパスしていく。
まるでバケツリレーのように。
あれよあれよという間に、私の乗車券は打刻されて戻ってきた。
私がお礼を言っても、誰も何も言わない。
表情ひとつ変えない。
クロアチアの人は一見 冷たく見えるが、根はいい人たちなのかもしれない。
そう思いたい。
クロアチアのお金をまだ両替していないことに気づいた。
両替所ではずいぶんと待たされた。
やっと私の番が来たと思ったら、他国の通貨からクロアチアの通貨に変えることはできるが、その逆はできないという。
さんざん待たせた結果がそれか。
別に係りの人が悪い訳ではないが、
最後の最後でクロアチアに対して悪い印象を持ってしまった。
ブダペスト行の電車は二番ホームから出る。
はずなのだが、その電車にはブダペスト行とは書いていない。
いやな予感がした。
駅員はあまり英語ができないようだ。
ブダペスト、ブダペストと言ってるから、多分この電車であってるのだろう。
トーマスクックの時刻表によると、この列車は予約なしでは乗れないはず。
だから私はわざわざお金を払った。
だが、同じコンパートメントに乗り合わせた人たちを見ていると、どうやら予約は必要なかったらしい。
現に私の座席には予約済みの札は貼られていない。
「もしかして電車を間違えてるのでは?」
イヤな予感がしたが、この予感は別の意味で的中することになる。
ブダペスト行の列車はかなり混んでいて、コンパートメントには私の他に地元の女性と中国人のカップルが乗り合わせた。
この中国人、流暢な英語を話す。
それにとても親切だ。
昨日、ニーナと一緒に買ったデザートにはフォークがついていなかった。
しかもこのスイーツ、異常に柔らかい。
本来なら喜ぶべきことなのだが、柔らかすぎて手に持つことができない。
生クリームを手づかみで食べているような感じだ。
手がベトベトになってしまった。
その様子を見かねた中国人カップルがティッシュをくれた。
少し中国人を見直した。
クリームで手がベトベトになってしまったので、トイレに手を洗いに行った。
が、水が出ない。
自動ではないのだろうか。
スイッチやペダルを探したがない。
そうこうしていると、ドアをガンガンと叩く音がした。
うるさいなあ。
手くらいゆっくり洗わせてくれよ。
無視していると、それでもしつこくドアを叩いてきた。
そんなに漏れそうなのだろうか。
何かわめいているが、英語ではないのでわからない。
トイレから出るとそこには車掌が立っていた。
「バス、バス」
と何度も言っている。
どうやら電車を降りろと言っているみたいだ。
列車の中には誰もいない。
まずいな。
ブダペストまでは乗り換えなしだったから、荷物は思いっきりひろげてある。
しかし荷物を詰め直している余裕などない。
散らかっている荷物をかき集め、ひっつかんで列車を飛び出した。
こういうことをしているから荷物を無くすんだよな。
ちゃんと全部持っただろうか。
いずれにせよ、電車に戻る時間はもう無いが。
他の乗客はすでにバスに乗り込んでいた。
私が最後だ。
もしもあと五分長くトイレに入っていたら、と思うとゾッとする。
このヨーロッパ旅行では、電車からバスへの乗り換えはしょっちゅうあった。
だが、今回ほど焦ったことはない。
事前に全くなにも予告がなかったからだ。
少なくとも駅の掲示板には特に注記は無かった。
おそらく車内アナウンスはあったのだろう。
だが、英語ではない。
しばらくするとバスから再び電車に乗り換え。
駅のホームで例の中国人カップルを見かけた。
バタバタと走り回っていて、私に気付く余裕は無いようだ。
お互い無事にブダペストにたどり着けたらいいね。
時刻表と照らし合わせて見ると一時間近く遅れている。
それにもかかわらず、税関やパスポートチェックや検札が入れ替わり立ち替わり何度もやって来る。
今日は何の乗り継ぎもなくブダペストまで直行だからいいが、
もしも乗り換えが必要だったら死んでたな。
ブダペストの夜は早い。
まだ5時前だというのにもう真っ暗。
自力でホスト宅を探さなければならないので少し焦る。
通貨の両替や次の電車の予約、一日乗車券の購入などをしてると、あっという間に時間が過ぎる。
毎日のように移動を繰り返しているので、その国のシステムにその都度順応しなければならない。
罰金を取られるのはイヤなので、私は毎回 係員にいちいち聞いている。
「なんだ そんな事も知らないのか?」
という顔を毎回されるが もう慣れっこだ。
ブダペストでのホスト、バルナバスとエスツァーの住所は聞いているが、その意味がわからない。
適当にあたりをつけて、違っていたら通りかかった人に尋ねる。
ブダペストはハンガリーの首都だというのに、英語の通用度は低い。
特に年配の人は全くというほど英語ができない。
何度も試行錯誤を繰り返し、だんだんとバルナバスたちの家に近づいてきた。
彼らから送られてきたメッセージには、トラムを降りたら私たちの家は目の前だ、と書いてあった。
確かにその通りだ。
だがそこは巨大な集合住宅街なのだ。
何棟もの巨大マンションがひしめき合っている。
あともう少しでエスツァーたちの家にたどり着ける、というところでつまづいた。
確かにこの住所であっているはずなのに、表札の名前が違う。
ドアベルを押そうか迷っていると、一人の女性が声をかけてくれた。
なんと、バルナバスたちのお隣さんだという。
ラッキー!
エスツァーが私を迎えてくれた。
とても感じの良い女性だ。
元来 私は運の良い方ではないのだが、こと今回の旅に関してはとてもツいている。
私をホストしてくれる人は皆いい人ばかりだ。
エスツァーはちょうど、夕食の準備をしているところだった。
ハンガリーの伝統的な料理らしい。
彼らにお土産を買って来なかったことを後悔した。
せっかくハンガリーまできたのだから、どうしてもワイン「トカイ・アスー」が飲みたかった。
酒屋の場所を尋ねると、エスツァーもついてきてくれた。
申し訳ない。
彼らと一緒にこのワインを飲もうと思ったのだが、エスツァーはあまり好きではないらしい。
バルナバスも同様。
うーん。
なんとかして彼らに恩返しがしたかったのに。
バルナバスは仕事の都合で帰りが遅くなるらしい。
エスツァーと二人で夕食を食べた。
彼女の料理はとてもおいしい。
それ以上に、ハンガリーでハンガリーの女性が作ってくれたハンガリー料理を食べているんだ、という実感が、とてもうれしい。
カウチサーフィンの仕組みを考えた人はほんとにスゴイと思う。
「トカイ・アスー」ワインはとても甘いが強いお酒だ。
バルナバスの帰りを待っていたかったが眠ってしまった。
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