リューベック 二日目

私がエマのいるリューベックに2泊することにしたのは、たまった疲れを落とすためだった。
特に見たい物があるわけではなく、ただのんびりと過ごしたかった。
しかし、エマは私のために他の予定を全てキャンセルして、貴重な週末を開けてくれていたのだ。
それだけではなく、私にリューベックの街を案内してくれるという。
そのために念入りに準備してくれていたようだ。
インターネットで調べたらしい情報を、何十枚もプリントアウトしている。
それらの資料には、蛍光ペンや赤ペンでいくつもの線が引いてある。
凝り性のエマらしい。
というわけで、今朝は早くに起き出して、まずはトラベミュンデへと向かう。
エマは私にバルト海の美しい景色を見せたいらしい。
このトラベミュンデは保養地として有名で、夏はドイツ中から観光客が訪れるとか。
今日は例年になく快晴で、こんなに晴れ渡ることはまず無いらしい。
普段なら寒風吹き荒ぶ海岸も、今日は穏やかな顔を見せていた。
ここには漁港もあり、とれたての魚を使ったシーフードレストランがたくさんある。
あまりお腹は空いていなかったが、せっかくだから魚のハンバーガーを食べることにした。

明るい日差しの元、海を眺めながら食べる食事は最高だ。
なんて贅沢な一時なのだろう。
しかもエマと一緒なのだ。
心が安らぐ。
バルト海を眺めながら、しばらく砂浜を散歩した。
気持ちいい!

ヨーロッパではトイレが有料なことに私が不満を持っていることを知ると、
エマは私を海岸沿いの高級ホテルに案内してくれた。
私が入るのに躊躇していると、
「何も言わずに私についてらっしゃい」
と言ってスタスタとホテルの中に入っていく。
ホテルの従業員はエマにうやうやしく挨拶する。
エマは背が高く、気品にあふれ、とても貫禄があるのだ。
我々はトイレを借用しているだけなのに、誰も文句を言わない。
頼もしいぞ、エマ。

トラベミュンデを後にして、我々はリューベックへと戻った。
ここでもエマは精力的に私をガイドしてくれる。
博物館などには興味がなかったのだが、彼女に強制的に連れて行かれた。
リューベックの歴史や建物の様式などを熱心に説明してくれるのだが、半分も理解できない。
ただ、日本には無い珍しいものを眺めていただけだったのだが、エマと一緒にいれるだけでうれしかった。
ほんとに心が安らぐ。

とにかく一日中歩いた。
リューベックなど狭い街だと侮っていたのだが、夕方にはもうヘトヘトになっていた。
休憩のため、途中で何度もカフェに立ち寄る。
街全体が美しい美術館のようなものなので、目を休める瞬間などまったくない。
このカフェ自体、古い民家を改装したもので、とても趣がある。
ヨーロッパ文化の底の深さを思い知らされた気がした。

カウチサーフィンを利用していなければ、エマと会うことはなかっただろう。
こんなに効率よくあちこち回ることは、自力では不可能だ。
今日ほどカウチサーフィンをしていてよかったと思ったことはない。

夕食は、歴史的な建物を改装した豪華なレストランで食べた。
ハンザ同盟とか、船員組合とか説明されたが、そんなことはもうどうでも良かった。
レストランの中は薄暗いが、大昔の船に関する装飾が素晴らしい。
料理はエマの勧めで魚の料理にした。
もちろんリューベックのビールも頼んだ。
おいしい。
最高だ。
貧乏バックパッカーがこんなに贅沢な旅行をしてもいいのだろうか。

最後にウェイターが料理の味はどうだったか聞きに来た。
「文句なしに美味しかったよ」
と伝えると、彼はうれしそうにうなずく。
このウェイターはとてもおしゃべりで、しばらく我々の周りを離れなかった。
私が日本から来たことを知ると、この店について日本語で書かれたパンフレットをくれた。
このレストランには、日本人の団体客もよく来るそうだ。
私はそういう定番の店はあまり好きではないのだが、この店は別格。
本当に気に入った。
次にリューベックに来るときも、絶対にここで食事をしたい。
私の旅行が二ヶ月もの長期間だと知ると、ウェイターはとても驚いていた。
「日本人が二ヶ月間も旅行できるのか? 本当か?」
と何度も聞き返したほどだ。
日本人の働きバチぶりは、ここドイツでも有名らしい。

豪華ディナーの料金は41ユーロ。
当然私が支払おうとしたが、エマがどうしても支払いたいといって聞かない。
そんな馬鹿な。
これだけお世話になった挙句、エマに食事をおごってもらうわけにはいかいかない。
しかしエマはドイツ語でウェイターに何か言うと、さっさと支払ってしまった。
その後もどうしても私の差し出すお金を受け取らない。
納得いかない。
なぜそこまでしてくれるんだ。
エマの家に帰ってから、彼女の昔の写真を見せてもらった。
彼女は若い時から世界中を旅行している。
彼女の昔の旦那の写真もあった。
10年前のものらしい。
「Happy time....」
そうつぶやいた時の、遠くを見るようなエマの表情が忘れられない。
この人はとても密度の濃い人生を歩んで来たんだな。
エマは、時間の経つのはいかに速いか、
今この瞬間がどれほど貴重なのかをこんこんと私に説いた。
彼女の言葉は重い。
まだ9時だったが、今夜はこれでお開きとなった。
今日一日ずーっと歩き詰めだったので眠かったが、私にはまだまだやることがある。
計画の詳細を詰めて、次のカウチサーフィンのホストを探さなければならない。
幸い、オスロでのホストはすぐに見つかった。
次はストックホルムだ。
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