カウチサーフィン(CouchSurfing)と愉快な仲間たち

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正義はどちらに? (ミンスク、ベラルーシ)



ミンスクでの私のカウチ。
アレックスと同じ部屋です。




「お土産」
と言って、ベラルーシの帽子をくれました。




部屋の時計もベラルーシの国土をかたどったもの。
やはりサンダルイクは愛国者精神あふれる軍人なのか




いよいよ出発の時が近づいてきました。
サンダルイクたちは駅まで送ってくれるそうです。
アレックスがまたもや私の荷物を運んでくれました。






サンダルイクはエルトン・ジョンやレニークラヴィッツが大好き。
息子のアレクセイもマクドナルドが大好き。
彼らだけでなく、ベラルーシの多くの人がアメリカの文化に対して好意的なように感じました。




バスの窓から流れゆくミンスクの街を眺めます。
短い滞在期間だったけど、この街を去るのはなんだかとても寂しい気分です。




ミンスク駅についてしまいました。






電車が発車する直前まで一緒にいてくれたサンダルイクとアレクセイ。




車内の通路は狭く、バックパックを持っていると歩くのも一苦労です。




寝台車も狭い。
閉所恐怖症の人にはキツい環境です。




ついにベラルーシを出国。
48時間のうち、5時間ほど残してしまいました。
勿体無いけど、電車の時間は決まっているのでしかたありません。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

正直言ってベラルーシにはそれほど期待していなかった。
東側陣営に属する社会主義国。
大使館員の対応も冷たかった。
カウチサーフィンのサンダルイクのプロフィール写真は悪人面。
滞在時間もわずか48時間。

それなのに、今まででもっとも立ち去り難かったのがこのベラルーシだ。


サンダルイク一家は本当によくしてくれた。
私がミンスクに滞在している間、片時も私を独りにしなかった。
「どうしたらこの日本人を喜ばせることができるだろう?」
彼らは常にその事だけを考えていた。
彼らがずっと私の身の回りの世話をしてくれていたせいで、ついに私はATMからお金を引き出すことはなかった。
ベラルーシに滞在中、この国のお金を触る機会は一度もなかったのだ。
こんなことは初めてだ。

どうしてこんなに親切にしてくれるんだ?


「外国人にベラルーシのことを好きになってもらいたい」

サンダルイクはしみじみと言う。

彼はアメリカを始めとする西側の文化が大好きだ。

だが、それと同時に、ベラルーシ軍の幹部でもある。

外からはうかがい知ることのできない、彼なりの煩悶があるのだろう。

そして彼なりに出した一つの答えがカウチサーフィンだったのではないだろうか。

はたして、私は彼の期待に応えうるゲストだっただろうか。
ずっと彼らの好意に甘えっぱなしだったような気がする。

でもまだ失点を挽回するチャンスはある。

「マサト、俺が日本に行ったら、今度はお前が案内してくれるか?」

もちろんだとも。当然だろ。



別れ際、アンジェラはベラルーシの帽子をくれ、弁当まで用意してくれた。

サンダルイクとアレクセイは駅まで一緒に来てくれた。
絵葉書を買う場所を探すのも手伝ってもらった。
ここを訪れる観光客はそれほど多くないのか、絵葉書を見つけるのはかなり難しいのだ。
やっと見つけた絵葉書もまったくセンスがない。
「どうしてこんな写真を採用したんだ?」
と首をかしげたくなるほど貧弱な絵葉書。
この絵葉書を受け取った友人から
「これはどこの絵葉書?」
と聞かれるほど、お粗末なものだ。

それでも、私にとってミンスクは他のどんな観光地よりも魅力的な場所となった。


サンダルイクたちは夜行列車の車内まで来てくれた。
アレクセイはベッドメイクまでしてくれたし、
サンダルイクは私の出入国書類に記入してくれた。


ベラルーシを訪れた外国人は滞在登録をしなければならないようだが、私はしていない。
他の人のブログを見ても、している人は見かけなかった。
滞在登録そのものの存在すら知らない人もいた。
それでも出国時に問題になったという話は聞いたことがない。

それに、私にはサンダルイクがついている。
内務省特殊部隊の大佐の家に泊まったのだ。
これ以上確かな身元引受人が他にいるだろうか。


列車の発車時刻が近づいてきた。
ほんとうに彼らともこれでお別れだ。
なんだか胸がグッと詰まる。

「泣くなよ、マサト」
そう言っているサンダルイクの方が悲しそうな顔をしている。

よせよ、サンダルイク。
悪代官に涙は似合わないぜ。

アレックスは肩を震わせている。
たった一泊しただけなのに、どうしてこんなに別れがつらいのだろう。

カウチサーフィンを利用してほんとによかったと思う。
もしもただ単にホテルに泊まって旅行していただけだとしたら、この国の印象はまったく違ったものになっていたに違いない。
ただの東側の国。

だが、私にとってベラルーシは特別な存在となった。
こんなに暖かい人たちを他には知らない。
彼らと過ごしたのはほんの短い間だったけど、心が通い合えたような気がする。


駅の待合室で列車を待っている時、テレビでウクライナ情勢のニュースが流れていた。
サンダルイクたちは食い入るように画面を見つめている。

「もしも事態が緊迫化したら、ベラルーシ軍は介入するのか?」

「そういうことになるだろうな。だが、あの地域は私の管轄外だ。私の部隊が直接関与することはないだろう」

アレクセイが息を荒くして話に割り込んでくる。

「ウクライナは大切な隣国だ。なにかあったらいつでも助けに行くさ。当然だろ」


なにか変だ。
彼らとこの話題について話していると、どうも違和感をおぼえる。
いったいベラルーシ軍はどちら側につくつもりなんだ?

「そんなの決まってるだろ。ロシア軍とともに戦って、ウクライナを助けるのさ」

きっぱりとそう言い切ったアレクセイの爽やかな笑顔が忘れられない。
アレックス、わかってるのか?
ロシア側につくということは、お前の大好きなマクドナルドはもう食べれなくなるかもしれないんだぞ。

世界中の人々がお互いに理解し合える日などきっと永遠に来ないのだろう。



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中尉の村( ミール城、 ベラルーシ)



朝から寿司。

サンダルイクに、
「マサト、この寿司は日本人のお前から見て本物か?」
と聞かれます。

冷蔵庫き一晩入れていて硬くなっているけれど、一応寿司の味はします。
おいしいとは言えませんが。

サンダルイクにそう伝えると、
「ふーむ・・・」
とうなったきり黙ってしまいました。




朝からピザと肉。
しかも寿司との組み合わせ。




朝からケーキ。
ベラルーシ人の胃袋はいったいどうなってるんだ?




サンダルイクの部下の車でミール城へと向かいます。

ミンスクからちょっと車を走らせれば、そこには広大な平原が広がっています。

日本とは人口密度が違う。






ミール城が見えてきました。




今朝は冷え込んだので、凍えている私を見てサンダルイクの奥さんがジーンズとセーターをくれました。
ありがたや。

しかし、今は8月の中旬なんですけど。




ミール城内部










サンダルイク夫妻と








一番左がサンダルイクの部下の中尉。
カンフーの達人だそうです。




「中尉、お前もサムライの衣装を来てみろ。」

始めは嫌がっていた中尉ですが、大佐殿の命令には逆らえません。






ミール城のすぐそばには湖があります。
アンジェラの用意してくれたアップルパイをみんなで食べました。
ポットから注がれる熱いコーヒーが美味しい。

水面には鳥が泳いでいて、なんとものどかな気分に浸れます。




ミール城の近くには教会もありました。
敬虔な信者であるサンダルイクはもちろん中で祈りをささげます。




侍の衣装を着て写真を撮っていると、いつのまにか私の周りに人だかりができていました。




途中で車を停めて買い物をするサンダルイク。




ガソリンを補給する中尉。




郊外にはまだまだ伝統的なベラルーシの家屋が残っています。




軍事博物館。
現役の軍人二人と一緒だと、なんか落ち着かない。






中尉はよくここに釣りに来るそうです。










朽ち果てた教会。
共産主義時代、多くの教会が破壊されたそうです。




中尉は車で彼の生まれ育った村を案内してくれました。






郊外のレストランで昼食




英語のメニューはありません。




とりあえず、ビール。
旅行中は昼間からアルコールを飲んでも許されるのです。




「伝統的な料理が食べたい」
との私のリクエストに応えてサンダルイクが注文してくれたのがこれ。

あれ? リトアニアでも同じようなのを飲んだ気が・・・

そしてこのスープ、冷たい・・・








ここでの支払いは私がしました。
けっこうな値段がしましたよ。
4人分だから仕方ないんだけど。

勘定書に書かれた値段を見てギョッとした私にサンダルイクが
「高いか? だが、昨日お前が食った料理はもっと高かったんだぞ」

ベラルーシの物価はけっして安くはありません。




ミンスクに戻って来ました。
ありがとう中尉。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


ミール城

今日はサンダルイクたちがミール城に連れていってくれるという。
玄関を出たところで、一台の車が待っていた。
中から男が飛び出してくる。
サンダルイクの部下で、階級は中尉だという。

英語で簡単なあいさつをしたのだが、通じない。
どうやら彼は英語ができないらしい。

サンダルイクの部下ということは、彼もまた内務省の所管する特殊部隊の兵士ということだ。
その眼光は鋭く、動作がものすごく素早い。
間違いなく彼は人を殺したことがある。それも何人も。
直感的にそう感じた。

握手を交わす力は強く、握られた箇所が痛い。
その後何時間もその感触が残っていた。


中尉の車でミール城まで向かう。
車の中で私は萎縮していた。
バックミラー越しに彼と視線があわないように気をつかった。



ミール城で侍のコスチュームを着て写真を撮っていると、いつのまにか私のまわりに人だかりができていた。

「おいマサト、みんなお前の切腹ショーがいつ始まるかと待っているぞ」
そう言ってサンダルイクは私をからかった。
え?そうなの? みんな私にそんなことを期待していたのか。
「マサト、「ハラキリッ!」と叫べ」

できるかアホ。


ミール城の湖畔で、アンジェラの持参したアップルパイをみんなで食べる。
城と湖と青空。
目の前にはたくさんの鴨が泳いでいる。
とても平和な光景だ。

中尉とは冗談を言い合うほど打ち解けてはいたが、いまだに私は緊張している。
お腹がでっぷりと出ているサンダルイクとは違い、中尉は明らかに現役の兵士だ。
しかもベラルーシ軍の精鋭部隊所属。

彼らの同僚たちの多くはすでにこの世を去っている。
逆を言えば、彼らも大勢の人間の命を奪ってきたということだ。
そんな人たちと、温かい日差しのもと、一緒にアップルパイを食べながらコーヒーを飲む。
なんともヘンな気分だ。


ミール城からの帰り道、小さな村に立ち寄った。
ミンスクとは異なり、まだ昔のベラルーシの面影を残している。
聞けば、中尉の生まれ故郷だという。

村のはずれには朽ち果てた教会があった。
共産主義時代、多くの教会は打ち壊され、大勢の僧侶が殺されたという。
そう説明する中尉の口ぶりは、共産主義にあまり好意的でないようにも聞こえる。
それなのになぜ彼は政府のために命を賭けて戦うのだろう。


20年ほど前までこのあたりにはミサイル基地があったらしい。
今でも兵舎などは残っている。

「マサト、20年前ならお前はこの地区には近寄れなかったんだぞ」
サンダルイクがそうからかう。

ベラルーシ軍の最重要機密であるはずのミサイル基地跡を内務省の特殊部隊兵士たちの車で通り過ぎる。
彼らは時々、私のために車を止めてくれる。写真を撮るためだ。

「ほれマサト、じゃんじゃん写真を撮れよ。
20年前は、この地区の情報を得ようとして数多くの西側のスパイが侵入し、命を落としていったんだぞ。
でもお前は安全だ。俺たちと一緒にいるんだからな。わははは。」

そう言って大笑いするサンダルイク大佐のTシャツにはこう書いてある。

「ブロードウェイ NYC」

この世界はきっと、いい方向に向かっているのだろう。

フルスロットル・ホスト(ミンスク、ベラルーシ)



ミンスクの駅。
屋根なんてありません。






ベラルーシは共産主義の国なので、もっと暗~いイメージがあったのですが、とても健全な雰囲気。
ちょっとがっかり。




「ミンスク」と読むらしい。
アルファベットが異なると、旅行の難易度がグッと上がります。
が、その分、エキゾチックな雰囲気も味わえます。




ミンスクのランドマークの一つ。




わざわざ駅まで迎えに来てくれたサンダルイクとその息子アレックス。

ベラルーシの人って冷たい印象があったのですが、彼らは違います。
満面の笑顔で出迎えてくれました。
あまりにも親切すぎて
「こいつら、何か企んでるんじゃねえか?」
と疑ってしまうほどです。




ミンスク駅構内。




サンダルイクに手伝ってもらって、キエフ行きのチケットも購入しました。
なんて書いてあるのかわからん。
英語で書け、英語で。




けっこうな値段がしましたよ。
ウクライナ情勢の緊迫化を受けて、値段も跳ね上がったのだとか。
旅行者にはいい迷惑です。




モダンな感じのミンスク駅。




街中にはこんなハレンチな広告も。
私の抱いていたベラルーシのイメージと違う。




キオスクでバスのチケットを購入。
私はまだこの国のお金を持っていないので、サンダルイクが買ってくれました。




バスのチケット。
ゼロが多すぎて、値段の感覚がわからん。




バスのチケットはこの機械に通さなければなりません。




このトロリーバスに乗って、サンダルイクたちの家へと向かいます。




ミンスク郊外の街並




アレックスは私の荷物を運んでくれました。




ミンスク郊外の住宅群。
日本のとは微妙に異なる気がします。




家に到着すると、さっそくサンダルイクの奥さんがベラルーシの料理を作ってくれていました。




奥さんもとてもいい感じの人です。




ヨーグルトのようなものをかけて食べます。
ほんのり甘くて、もっちりと柔らかく、とてもおいしいっ!
日本人の口にもよくあいます。






食後のコーヒー




私の侍に対抗してか、サンダルイクはベラルーシのサーベルを持ち出して来ました。
もしかして本物?




食事をとって一服したら、さっそくミンスク市内に繰り出します。
私には48時間しかないのです。




なんかよくわからんけど、写真を撮らされた。




聖シモン・聖エレーナ教会では、結婚写真を撮っていました。




政府機関っぽい建物。




侍姿でビシッときめてみました。




サンダルイクとその息子、アレクセイ。




教会の内部










広場では催し物をやってました。
決闘です。

「For You ! マサト、お前のために用意した。楽しめ」
光栄です、大佐殿。




がシャンッ、ガシャンッ。
剣と盾がぶつかりあう。
けっこう迫力があります。
近くでみるとビビります。




真紅のドレスに真っ赤な髪。
うわーダメだ。
俺、こういう女性に弱いわ~。




アーチェリーも体験させてもらいました。




まぶしい笑顔に清楚なドレス。
うわーダメだ。
俺、こういう女性に弱いわ~。




戦い終わった剣士たちと。
息遣いも荒く、汗ばんでいて、けっこう怖かったです。






広場では何かが始まろうとしています。

「For You ! マサト、お前のために用意した。楽しめ!」

絶対ウソだろ、それ。




視聴者も参加して、ダンスが始まりました。
私もさんかしたかったのですが、踊りはほんとに苦手なのです。
でも、せっかくなのでやはり参加しておくべきでした。




サンダルイクたちは、今度は精霊大聖堂に連れていってくれました。
アレクセイはここで洗礼をうけたそうです。






教会内部




一心不乱に祈りをささげる敬虔な女性。
うわーダメだ、俺、こういう女性に弱いわ~。




マリア様(?)も萌え化してないか?
かわいすぎるマリア様にも困ったもんだ。




ミンスクの地下鉄駅構内。




宇宙人の書いた記号にしか見えん。
サンダルイクたちがいなければきっと、私は路頭に迷っていたことでしょう。








ミンスクには変わった形の建物が多い。




でも、もっとも特徴的なのはこれ。
ベラルーシ国立図書館。
通称「アルマーズ(ダイヤモンド)」。




もちろん外から眺めるだけでなく、屋上まで登ってきましたよ。




ベラルーシ国民にも人気の観光スポットになってるみたいですね。






屋上から見たミンスク市内の眺め。
首都とはいえ、けっこうガランとしています。








地下鉄車内にて。




英雄都市記念碑。
ここはベラルーシ国民にとって、とても大事な場所らしいです。




戦争で命を失った兵士たちの名前が刻まれています。




サンダルイクたちは今度は賑やかな場所に連れていってくれました。




ん? ベラルーシなのにサリー?




どうやらインド・フェスティバルが開かれている模様。

「For You ! マサト、お前のために用意した。楽しめ!」

いや、気持ちはありがたいんですが、できたらベラルーシっぽい催しの方がいいんですけど・・・




ステージの上では、いかにも「インド!」といった踊りが繰り広げられています。




私にとって、インドの踊りを生で見るのはこれが初めて。
なんかインドっていいっ!
ぜひ行ってみたくなりました。










ここってベラルーシだよなあ~。インドじゃないよなあ~。




すっかりインド気分になってしまった頭を切り替えるために、サンダルイクたちが連れてきてくれたのがここ。
ほら、「ミンスク」って書いてあるでしょ。




しかし、男三人で観覧車?!






ここからミンスク市街が見渡せるから、という理由で連れてきてくれたらしい。
でも、どうせならもっと男らしい場所がいいなあ。




という私の不満を察してか、次に彼らが連れてきてくれたのがここ。
おおっ!
これぞ社会主義国家ベラルーシ!
私の思い描いていたイメージそのものだ!












今、私が立っているのがベラルーシの中心。




ベラルーシを象徴する場所でもあるため、過去に何度かテロの標的になったことがあります。
そのため警備も厳重。




そんなベラルーシにだってマクドナルドはあります。




今日はたくさん歩いたので、お腹がすきました。
いよいよお待ちかねの夕食の時間です。




あいかわらずなんて書いてあるのかまったくわからん。




なんか高そうなレストラン。
支払いは大丈夫かな~。




メニューも豪華。




マイ・ルール
「その土地のお酒を必ず飲む!」




「これが名物だから」
そう言われて、よくわからんけど甘~い飲み物も飲まされました。






本日のメイン・ディッシュ。
ベラルーシ名物、ドラニキ。
おいしいのなんのって!




ほろ酔い気分でミンスクのメイン・ストリートを歩くのは最高の贅沢。






日も暮れかかり、長かった一日もようやく終わろうとしています。
でも、まだまだサンダルイクは私を解放してくれません。
今度はスーパーに連れていかれました。




スーパーの中は外から見たよりもずっと大きいです。






寿司コーナーに連れていかれ、
「マサト、お前の目から見てこの寿司は本物か?」
と聞かれました。

偽物っぽい・・・気がする。




家に帰るなり、待ちわびたかのように私の侍の衣装を着るサンダルイク。








内務省特殊部隊の大佐も、家庭内ではこんな感じです。




侍の衣装に気を良くしたのか、彼らの接待攻勢はまだまだ続きます。
もうお腹いっぱいなのですが、だされたら食べなくてはなりません。








ミンスクの夜はこれからです。
トランジット・ヴィザの効力は48時間のみ。
与えられたチャンスを最大限に活かさなければ。


ーーーーーーーーーーーーーーー



正直言って、ミンスクでのホスト、サンダルイクにはそれほど期待していなかった。
なんというか、彼の顔は時代劇の悪役風なのだ。

ところが、息子を伴ってわざわざミンスク駅まで迎えに来てくれた彼らから、いきなりのディープ・ハグ。
そこから怒濤の接待攻勢が始まる。

水をくれ、私の荷物を運び、バスの席を確保してくれる。
「さあマサト、この席に座れ」
そう言う彼らは立ったままだ。

悪役風のサンダルイクはその外見からは想像もつかないほど細やかな気配りをしてくれ、彼のハンサムな息子、アレクセイはチャーミングな笑顔を絶やさない。

あまりの彼らの親切さに、
「なにか企んでいるのでは?」
と疑ってしまったほどだ。


サンダルイクの家に着いたら、今度は奥さんのアンジェラが私を出迎えてくれた。
彼女は英語が話せないが、それでも精一杯もてなそうとしてくれているのが痛いほどわかる。

軽く食事をいただいた後、サンダルイクとその息子、アレクセイと一緒にミンスク観光に出かけることになった。


彼らが最初に連れて行ってくれたのは、聖シモン・聖エレーナ教会。
彼らは入り口でいきなり片膝をつき、うつむいて十字をきる。
マリア像のたもとにある聖水で指を清めてから、また十字をきる。
正面にあるキリスト像にむかって、再び十字をきる。

わけのわからないうちに、私も同じことを強要された。
ただの観光じゃなかったのか!
どうやら彼らは敬虔な信徒らしい。
あまりの厳かな雰囲気に、写真を撮ることさえはばかられる。


しかし、教会を出たらすぐにまた陽気な彼らに戻った。
私が侍の衣装を着ると、大喜びで一緒に写真を撮る。


ネザレージナスツイ通りでサンダルイクがアイスクリームを買ってくれた。
息子のアレクセイがこっそり私に耳打ちする。
「父は自分では言わないが、実は彼はかなりの金持ちなんだ。
だからマサト、あんたはお金のことは気にしなくていい。
全部父が払うから心配するな。」

ミンスクに到着した時、私はベラルーシのお金を持っていなかった。
だからサンダルイクにATMか両替所に連れて行ってくれと頼んだのだが、彼は「わかった、わかった」と言うのみで、結局連れていってくれなかった。
だからいまだに私はベラルーシの通貨を持っていない。


彼らと話をしているうちに、サンダルイクの実態がだんだんとわかってきた。
彼は軍人。
しかも内務省管轄の軍に所属し、階級は大佐だという。

アレクセイがまた私に耳うちする。
「父はこの国では英雄なんだ。
この国の軍人で父のことを知らない人間はいない」


事実、街中で出会う軍人はサンダルイクの姿を見ると直立不動の姿勢をとった。
広場でアーチェリーをさせてもらったのだが、そこの支払いは無料だった。
おそらくアーチェリー屋の主人は元軍人なのだろう。

彼の写真を見せてもらったが、重たそうな勲章をズラリとぶら下げた、軍服姿のサンダルイクがいた。
ただでさえ悪代官風の顔なのに、軍服と勲章の組み合わせはもう悪の帝国の支配者そのものだ。
その他の写真も、Mig29戦闘機のコクピットに座っていたり、背景に戦車部隊が写っていたりと、ミリタリーテイスト満載の内容となっている。

「マサト、これを知ってるか? 世界最大の輸送機だ。この世に三機しか存在しない貴重なシロモノだぞ」
そう言って彼が見せてくれた写真の中では、彼はアントノフ輸送機のコクピットに座っていた。

どうやら彼が軍の大物だという話は本当らしい。

だが、私の頭の中でなにかがひっかかる。

リトアニアやラトヴィアでは、ソヴィエト時代にいかに圧政を強いられていたか、という話をたくさん聞いた。
ソ連に反抗することはすなわち死を意味する。
多くの人たちが連行され、拷問され、そして処刑された。

当時、ソ連の施政下にあった人たちがもっとも恐れていたのはKGB。
民主化を望む人たちが政府に抵抗しようとするたびにその試みを打ち砕いたのが、内務省の特殊部隊だった。
東側陣営ではエリート部隊と位置付けられるのだろうが、市民や西側の人間からすれば、恐怖の対象でしかない。

サンダルイクはその内務省に所属する。
彼がその地位に昇りつめるために、いったいどんな功績をあげてきたのだろうか。
とてもフレンドリーな表情のなかに、ときおり見せる残酷なまでに冷たい目。

もしかして私は、とんでもない人の家にお世話になっているのだろうか。
いや、きっと考えすぎだろう。
だって彼は私にとてもよくしてくれるのだから。


「マサト、ベラルーシのビールを試してみるか?」
そう言って、彼が連れていってくれたのは高そうなレストランだった。
メニューを見ると、ベラルーシの名物、ドラニキがズラリと並んでいる。
レパートリーがたくさんありすぎて、自分ではとても選べそうにない。
サンダルイクはきっと、その中からとびっきりのドラニキを私のために、選んでくれたのだろう。
ベラルーシのビールはあまりおいしくなかったが、ここのドラニキは絶品だった。

私はベラルーシのお金を持ってなかったので、クレジットカードで彼らの分も払おうとしたのだが、サンダルイクがそうはさせてくれない。
うーむ、ここまでされるとなんだか気持ち悪い。


家に戻る前に、ちょっとスーパーに寄って行こうとサンダルイクは言う。
買い物カゴをぶら下げた大佐。
なんだか現実味がない。

彼が私をスーパーに連れてきたのにはもちろんわけがある。
寿司コーナーに行って、
「マサト、この寿司はお前の目から見て本物か?」
と聞かれた。
ふーむ、そんなこと言われても答えようがないよ。
いちおう見た目は寿司に見えるが、なんとなく違和感を感じる。
でも、食べてみないことにはなにもわからない。

息子のアレクセイは寿司が嫌いだが、奥さんのアンジェラは大好きだという。
ひととおり買って帰ることになった。

寿司以外にも、日本食の素材コーナーにも連れていかれ、一つ一つ
「これは本物か?」
と聞かれた。

しょう油やワサビ、海苔などが並んでいる。
それらの品は、いちおうもっともらしい外見はしているが、日本人の目から見れば、やはりどことなく胡散臭い。

「どの醤油を買えばいい?」
と聞かれ、唯一私の知っているブランド、「キッコーマン」を推薦したら、その場にいた他のベラルーシ人たちも一斉にキッコーマン醤油を買っていった。

サンダルイクはその他のコーナーにも私を連れて行き、
「これは日本と比べて高いか?」
といちいち聞いてくる。

そんなこと言われても、ブランドやランクによって値段なんて変わってくるから、その商品が高いかどうかなんていちがいには言えない。


サンダルイクの家に帰ったら、また食事が待っていた。
もうお腹いっぱいだったが、無下に断るわけにもいかない。
「観光は終わりだ。今からはウィスキータイム。」
そう言って彼が持ってきたのはバランタイン。
普段アルコールを飲まない私にはかなりきつい。

酔いがまわってきた頃に、
「マサト、お前は約束したよな、日本の歌を聞かせてくれるって。」
そうサンダルイクに念を押された。
彼は日本の古い歌が聞きたいらしい。
そんなの小学校以来歌ってないから、もう忘れちゃったよ。

インターネットで歌詞を探し、彼らの前で「さくら」とか「かごめ」などの歌を披露した。
恥ずかしかったが、どうせ彼らは本物の歌を知らない。
そう開き直って調子に乗って歌っていたら、その様子をビデオに撮られていた。
きっと後で友人たちに見せるのだろう。
ああ恥ずかしい。


彼らはかなり日本のことを知っていた。
AKB48のことも知っていたし、彼らの娘は初音ミクのことが大好きらしい。

ベラルーシというと閉鎖的なイメージがあるが、そんなことはない。
人々は明るく、外国のこともよく知っている。

サンダルイクは私の侍の衣装に興味津々で、明らかに着たがっている。
だが、彼はこの国の大物軍人。
威厳を保たなければならない。
私が勧めても、
「いや、今はダメだ。 家に帰ってからにする」
と言って我慢していた。

外見は厳格で近寄り難いが、実は暖かくて人懐っこい。
サンダルイク個人だけではなく、社会主義国家そのものにもそれはあてはまるのではないだろうか。

ホテルに泊まって普通に旅行していたら、この国の印象はまた違ったものになっていたことだろう。
カウチサーフィンと出会えた私は幸せ者だ。

リトアニア~ベラルーシ



リトアニアの冬は厳しい。
長い冬に備えて、人々は夏の間から準備する。

これはベリーを瓶詰めにしたもの。
もちろん自家製。




リトアニアは酪農国家で、さまざまな乳製品があります。

「これはチーズか?」
と聞いたら、
「いや、チーズじゃない。まったく別の食べ物だ」
と彼らは言いますが、私にとってはチーズ以外の何ものでもありません。




このチーズ(のようなもの)に蜂蜜をつけて食べます。




キュウリにもハチミツをつけて食べます。
リトアニアの人の味覚はよくわからん。




豪邸から車を出してくれているスヴァジュナス。
休みの日の早朝だというのに、ごめんなさい。


私のベラルーシのビザはトランジットヴィザ。
48時間しか効力がないのです。
限られたタイムリミットを最大限に活かすには、ベラルーシに早朝に到着し、深夜の夜行列車で出発するのが一番効率的なのです。

わがままを言ってすみません。





けっきょくヴィルニスでは公共交通カードを使うことができなかったので、バスドライバーから紙のチケットを購入。

今日は祝日。
しかも早朝なので、検札はないでしょう。
チケットを買わなくても大丈夫だとは思うのですが、国毎に異なるバスの乗り方を楽しむのもまた興です。




チケットを買うだけでは不十分で、この器械でパンチ穴を開けなければ不正乗車とみなされて罰金をとられます。



もうすぐヴィルニス市内、
というところで、急にあたりがものものしくなりました。
制服を着た係官がバスに乗り込んできて、一斉に乗客の乗車券をチェックし始めたのです。
屈強な男たちが前後のドアをふさいでいるので、逃げ場はありません。
なんと、まさかの検札。
ちゃんとチケットを買っておいてよかった。
それとも、異国で罰金を支払うのもまた話のネタになってよかったのかも。




日本とは異なり、外国のバスは不親切。
車内アナウンスなんてありません。
次の停車駅がどこかわからないのです。
バス停にも停留所名が書いてないことが多い。
自分で判断して降りなければならないのです。

なので私はできるだけ前の方の窓側の席に座るようにしています。

しかし、たいていそこは優先座席。
本来なら座ってはいけないのですが、私は大きなリュックも置いて、独占しています。

きっと「日本人はマナーが悪い」と思われてるんでしょうね。




ようやくヴィルニス駅が見えてきました。
よかった。乗るバスを間違えてなかった。
知っている場所を見て、ホッとする瞬間です。




ところが、国際列車のチケット売り場は閉まっています。




開くのは7時から。

冗談じゃない!
俺は7時の列車に乗らなければならないんだ。

昨日のうちに切符を買っておかなかったことを後悔しました。


私はパニックに陥ります。
せっかく早朝に出発したのに、この電車を逃すと次は昼過ぎまでありません。
そうするとミンスクに到着するのは夕方。貴重な二日間のうちの一日をフイにしてしまうことになります。
そんなもったいないことできるかっ!

電車が7時に出発するというのに、チケット売り場が7時に開くなんてことがあっていいのか?

もちろんそんな不合理なことがあるはずありません。
国内線のチケット売り場であっさり買うことができました。

ふうー。
脅かしやがって。
朝から心臓に悪いぜ。





この電車に乗って、ヴィルニスからミンスクへと向かいます。
ヨーロッパの列車にしては珍しく(?)乗り心地は快適でした。

トイレもヨーロッパの鉄道にしては珍しく(?) きれい。




途中でリトアニアとベラルーシの国境を越えます。
通常、陸路での国境越えは簡単な手続きで住む場合が多いのですが、さすがは共産国家ベラルーシ。
そうすんなりとは通してくれません。

イミグレーションカードを書かされ、パスポートも入念にチェックされます。
まるで飛行機の搭乗手続きのよう。




乗り込んできた係官も軍服のようなものを着ていて、いやがおうにも緊張感が高まります。

しかし、なぜか係官はみんな女性。
制服萌えな私にはたまりません。
若くてきれいな係官も多いです。
こんな女性なら銃を突きつけられて脅されてみたい!


ところが、私の担当官は???な女性。
ほとんどの係官は美人なのに、なぜ?
自分のくじ運の悪さを呪いました。


それでも問題なくベラルーシ国境を通過。




ここでタイマーをセット。
私の持つトランジットヴィザでは、ベラルーシには48時間しか滞在できません。
カウントダウン開始!

iPhoneには48時間のタイマーはないので、これでがまん。

でも、まるで「24」みたいでカッコいいでしょ。
なんだか気が引き締まります。

そしていよいよミンスクに到着。
怒濤の48時間の始まりです。




ミンスク行きの電車はすいてます。
国境通過後は緊張感も緩み、横になって眠る人も多数見受けられました。

せっかく盛り上がったテンションだだ下がり。
私の旅になにをする?!



空手一家 (ヴィリニュス、リトアニア)



ヴィリニュスでお世話になったカウチサーフィンのホスト、スヴァジュナスの一家。
ほんとにいい人たちでした。




スヴァジュナスの子供達は空手を習っています。
私が侍の衣装を着ているのに対抗して、わざわざ空手着に着替えてきました。
もう一人の女の子はフェンシングをやっているので、サーベルを持ってきています。
こういうノリのいい人たち、大好きです。








庭を犬が走り回り、ブランコやバレーボール・コート、バーベキューセットまである豪邸に住むスヴァジュナス一家。

ガレージにはカヌーが3艘あり、雪が積もれば敷地内でスノボも可能。

仕事は4時には終わり、毎日家族とゆっくり夕食を食べることができる。

本当の豊かさというものは、GDPなんかでは測ることはできない。


今回は主に旧共産圏の国々を巡る。
いろんな人と話をする機会もあった。
「ソ連統治時代の方がよかった」
と言う人もいるが、スヴァジュナスたちは違う。
「くたばれレーニン、NATO万歳!」
一つのケーキの配給を受けるために半日も並んでいた時代に戻りたいなんて誰も思わないだろう。

だが、それは現在彼らが豊かな生活を享受できているからこそ言えることだ。
多くの旧共産圏の国々は今なお貧困にあえいでいる。
「昔はよかった。豊かではなかったかもしれないが、生活は保証されていた。失業者なんていなかった。それに、みんな平等だった」

資本主義と共産主義。
どちらがいいとは一概には決められないのかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーーーーー



ミンスク行きのチケットは、朝の7時発のを買った。
スヴァジュナスの家からヴィリニュス駅までは1時間かかる。
余裕をみて、5時半には家を出たい。
だが、公共の交通機関はまだ動いていない。
「タクシーを呼んでくれ」
とスヴァジュナスに言うと、彼が車で送ってくれるという。

その日は祝日で、彼らの休日にあたる。
せっかくの休みの日に朝の5時に起きるなんて誰だって嫌だろう。
「いや、悪いよ。タクシーで行くから大丈夫」
何度もそう言ったのだが、彼はウンとは言わない。

申し訳ない。
ほんとに申し訳ない。

私は大勢の人に生かされている。
いつか彼らに恩返しできる日はくるのだろうか。




ヴィリニュス旧市街観光(リトアニア)



ヴィリニュスでのホスト、スヴァジュナスの家にはバレーコートまであります。





ここからバスに乗ってヴィリニュスへ。
彼らの家は郊外にあるので、街へ出るのにも一苦労なんです。
でもその分、普通の観光では味わえない雰囲気を楽しむこともできます。




ヴィリニュス旧市街が見えてきました。




夜明けの門




門の前では花を売っていました




夜明けの門(反対側)




聖霊教会




聖三位一体教会




聖カジミエル教会




旧市庁舎






聖ヨハネ教会


ヴィリニュスの観光に費やせるのは今日一日しかないので、ガイドブックに載っている場所を片っ端から見て行きます。




聖ミカエル教会




そしてついに見えてきましたベルナルディン教会。
本日の目玉です。
私にとって他の教会群は前座に過ぎません。








それほど大きな教会ではないのですが、圧倒的な存在感を感じます。




侍の衣装を着て写真を撮っていると、日本人らしき女の子に手を振られました。
なんだか恥ずかしい。
よかった、冷やかされなくて。

日本人観光客が多い西ヨーロッパでは、侍の衣装を着ようという発想は起こらなかったと思います。
東ヨーロッパだからこそこんなことができます。




大聖堂




ゲディミナス塔のふもとにて。
このリトアニア人の夫婦は写真を撮った後、私にお金を払おうとしました。
もちろん受け取りませんでしたが。

もしかして侍の衣装で小銭稼ぎできるのか?




坂道を登りますが、ケーブルカーもあります。




ヴィリニュス旧市街の眺め






ここからはテレビ塔や、




3つの十字架の丘を見渡すこともできます。




ピリエス通りで昼食にすることにしました。
このお洒落なメインストリートはもちろん日本人観光客にも大人気。
何組もの日本人観光客を見かけました。
それだけでなく、カメラのシャッターを押すのも頼まれちゃいましたよ。




まず頼んだのはこのドリンク。
「リトアニアの伝統的な飲み物が飲みたい」とリクエストしたら持ってきてくれました。
このドリンクには蜂が何匹もたかってきたので、天然素材を利用しているものと思われます。




ウェイトレスのお姉さん。




リトアニアで絶対に食べなくてはならないのがこの「ツェペリナイ」。
この独特の形は飛行船からきているそうです。




中はこんな感じ。
なんだか不思議な食べ物です。
ニヤニヤしながら食べました。




まだ物足りなかったので、ジャガイモのパンケーキ、ブルヴィニェイ・ブリーナイも注文しちゃいました。
せっかくリトアニアまで来てるんですから、その土地の食べ物を一つでも多く食べなきゃもったいない。




ここで再び大聖堂に戻ってきました。
昼食を食べながらガイドブックを読んでいて、大事な物を見落としていたことに気づいたからです。




それがこれ。
「奇蹟」という意味だそうです。
この上で時計回りに3回回りながら願い事をするとかなうらしい。




実際、地元の人もやってました。








もちろん私もやりましたよ。




この「奇蹟」のプレート、大聖堂のすぐ前にあります。
意識して探さないと、絶対に見過ごしてしまいます。




次にやってきたのはKGB博物館。
今でもリトアニアの人たちが忌み嫌うKGBの本部が置かれていた建物です。
この中ではさまざまな拷問が行われ、大勢の人が命を落としました。
建物の壁面には、ここで亡くなった人の名前がびっしりと刻まれています。





これがKGB本部のあった建物。




ところが、今日はリトアニアでは祝日にあたります。
なので博物館はお休み。
ついてない。


ヴィリニュスでのホスト、スヴァジュナスの叔母さんは大学教授をしていたのですが、政治犯としてKGBに逮捕され、この建物に連行されました。
そしてそのまま帰らぬ人となったのです。
逮捕理由も死亡理由も家族には知らされませんでした。

しかし、冷戦が崩壊し、リトアニアが独立した後、情報公開制度がせいていされました。
もちろんスヴァジュナスの家族も情報開示を求めました。
叔母さんが亡くなってから何十年も経って、やっとごく一部の記録が家族の目に触れることになったのです。

過去の負の遺産は現代でも重く残っています。




ヴィリニュスは小さな街ですが、いろいろと見所があって、一日で全部回ろうと思ったら大変です。

次に向かったのはここ。




「日本のシンドラー」こと、杉原千畝の碑です。
日本人ならやはりここは訪れておくべきかと。

河川敷の近くにある公園にはバスケットコートなどがあり、市民の憩いの場となっています。

でも、誰もこの碑の存在には気づいてもいないようでした。




ゲディミナス城を裏から見たところ




聖ペテロ・パウロ教会。
ここはホストのスヴァジュナスの一押しの場所なのでやってきました。









この教会はその外見よりも、内部の彫刻がとても有名な場所です。
2000以上もあるという漆喰彫刻。
ガイドブックも大絶賛するこの芸術美ですが、それよりも今日はウェディングドレスに目が行ってしまいます。
教会内ではちょうど結婚式をやっていました。








この教会はよほど人気があるらしく、次から次へと結婚式をあげるカップルとその関係者たちが押し寄せてきます。




カテドゥロス広場を歩いていると、なにやら怪しげな集団が・・・




大きな音で音楽を奏でて踊りながら歩いて行きます。
ほんとにヴィリニュスは飽きさせない街だな。




彼らにこんなのもらいました。
食べても大丈夫だろうか?




最後に再びベルナルディン教会を見てからヴィリニュスを後にします。
ほんとに私はここが気に入ったのです。




ヘンな女の子たちに遭遇。
彼女たちはあまり英語ができなかったので、なにを言ってるのかわからなかったのですが、どうやらオタクっぽい感じでした。




午前中は人がいっぱいで近寄れなかったイコンをひとめ見てから、ヴィリニュス旧市街を出ました。

ほんとはもっとゆっくりしたかったのですが、ホストのスヴァジュナスの家に帰るバスの時間が迫っています。

最後にリトアニアの伝統料理を食べようと、レストランを探したのですが、なかなか見つかりません。
ヴィリニュス旧市街にはお洒落なカフェが星の数ほどあるというのに、リトアニア料理のお店は驚くほど少ない。

ガイドブックに載っている写真を見せて、
「この料理はあるか?」
と聞いて歩いても、みんな首を横に降ります。

地球の歩き方に載っているお店はいかにも「観光客向け」といったイメージがあるので避けていたのですが、おとなしくそこに行っておけばよかった。

結局時間切れで夕食にありつくことができませんでした。
この後、ホストの家に帰る前にミンスク行きのチケットも確保しなくてはならないのです。

なんてドタバタしてるんだ、俺は。
ああ、もっとゆっくり旅がしたい。


カウチサーフィン(CouchSurfing)とは?

CouchSurfingKyoto

Author:CouchSurfingKyoto
.カウチサーフィン(CouchSurfing)とは。

日本に観光に来た外国人の宿として無償で自宅を提供し、国際交流を深めるというカウチサーフィン。

また、自分が海外に旅行に行く時には、現地の一般家庭に泊めてもらい、その土地に住む人々の生の暮らしを体験することだってできてしまいます。

ここは、そんなカウチサーフィンの日常をありのままにつづったブログです。

「カウチサーフィンは危険じゃないの?」
そんな危惧も理解できます。
たしかに事件やトラブルも起こっています。

なにかと日本人にはなじみにくいカウチサーフィン。

・登録の仕方がわからない
・詳しい使い方を知りたい
・評判が気になる

そんな人は、ぜひこのブログをチェックしてみてください。
きっと役に立つと思います。

最後に。

「カウチサーフィンを利用すれば、ホテル代が浮く」

私はこの考え方を否定しているわけではありません。
私もそのつもりでカウチサーフィンを始めましたから。

しかし、カウチサーフィンは単なる無料のホテルではありません。
現在、約8割のメンバーはカウチの提供をしていません。サーフのみです。

だって、泊める側にはメリットなんてなさそうですものね。

「自分の部屋で他人と一緒に寝るなんて考えられない」
「お世話したりするのってめんどくさそう」

時々私はこんな質問を受けることがあります。

「なぜホストは見知らぬ人を家に招き入れるのか?」

それはね、もちろん楽しいからですよ。

自己紹介
プロフィール


こんにちは。
京都でカウチサーフィン(CouchSurfing)のホストをしている、マサトという者です。
ときどきふらりと旅にも出ます。
もちろん、カウチサーフィンで!


(海外)
2011年、ユーレイル・グローバルパスが利用可能なヨーロッパ22カ国を全て旅しました。
それに加えて、イギリスと台湾も訪問。
もちろん、これら24カ国全ての国でカウチサーフィン(CouchSurfing)を利用。

2012年、東南アジア8カ国とオーストラリアを周遊。
ミャンマーを除く、8カ国でカウチサーフィンを利用しました。

2013年、香港、中国、マカオをカウチサーフィンを利用して旅行。 風水や太極拳、カンフーを堪能してきました。

2014年、侍の衣装を着て東ヨーロッパ20か国を旅行してきました。


(日本国内)
これまでに京都で329人(53カ国)のカウチサーファーをホストしてきました(2013年6月25日現在)。

もちろん、これからもどんどんカウチサーフィンを通じていろいろな国の人と会うつもりです。



カウチサーファーとしてのカウチサーフィン(CouchSurfing)の経験:


オーストリア、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、チェコ共和国、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、ルーマニア、スロヴェニア、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリス、台湾

シンガポール、インドネシア、オーストラリア、マレーシア、タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジア、ベトナム

香港、中国、マカオ

スロヴァキア、ポーランド、リトアニア、ラトヴィア、エストニア、ベラルーシ、ウクライナ、モルドヴァ、沿ドニエストル共和国、ルーマニア、セルビア、マケドニア、アルバニア、コソヴォ、モンテネグロ、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、リヒテンシュタイン


ホストとしてのカウチサーフィン(CouchSurfing)の経験:


アイルランド、アメリカ、アルゼンチン、イギリス、イスラエル、イタリア、イラン、インド、インドネシア、ウクライナ、エストニア、オーストラリア、オーストリア、オランダ、カナダ、韓国、クロアチア、コロンビア、シンガポール、スイス、スウェーデン、スコットランド、スペイン、スロヴァキア、スロヴェニア、タイ、台湾、チェコ共和国、中国、チュニジア、チリ、デンマーク、ドイツ、トルコ、日本、ニューカレドニア、ニュージーランド、ノルウェー、ハンガリー、フィンランド、ブラジル、フランス、ベトナム、ベルギー、ポーランド、ポルトガル、香港、マダガスカル、マレーシア、メキシコ、モルドバ、リトアニア、ルーマニア、ロシア



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