ヘンタイよ!、ヘンタイ!
だからというわけでもないだろうが、今夜は彼女がみそ汁を作ってくれるらしい。
「カウチサーフィンは国際交流の場」
というのが建前だが、実際は無料のホテルとして使っている人がほとんど。
なので、料理をふるまってくれるカウチサーファーなどというものはほとんど存在しない。
だが、それは仕方のないことだと思う。
彼らは旅人であり、昼間は観光に大忙し。
クタクタに疲れて帰ってきてから料理を作るなどというめんどうなことを、いったい誰がやりたがるだろうか。
普段、家にいる時は料理をするのが大好きな人でも、旅先でくらいはのんびりとしたいはずだ。
それでも中には果敢に料理に挑んでくれるカウチサーファーもいることはいる。
このイーシャンみたいに。

(台所で料理中のイーシャン(台湾))
私はゲストを平等に扱ったりはしない。
私の部屋を安宿代わりに使う人にはそれなりの対応をする。
非礼には非礼で応える。
だが、礼をつくしてくれた人には、やはり礼をもって応えたい。
あいにく私は料理が苦手なので、こんな提案をしてみた。
「うちにたこやき器があるんだけど、食べたい?」
「うそっ? ほんとに! たこやき作りたい! 食べたい!」
外国人のなかには、異常にたこを気味悪がる人がいるので、たこ焼きに対する評価は二分する。
だから事前に必ず確認しておかなければならない。
以前、たこ焼きを食べている最中に質問されたことがある。
「このボールの中に入ってるのはいったいなに? なんだかグニャグニャしてるんだけど」
「ああ、それ、たこだよ」
「たこってなに?」
「タコを知らないのかい? じゃあイカは知ってる? イカは細長くて白いけれど、タコは丸い頭をしていて、赤いんだ」
そう言った瞬間、彼女は箸を置いて、洗面所へと走っていったきり帰ってこなかった。

しかし、このイーシャンはたこ焼きと聞いて嬉々としている。
台湾では日本の食文化が大人気だ。
彼女もよくお好み焼きやたこ焼きを食べるのだそうだ。
「そっかー、じゃあこれが初めてじゃないんだ」
「台湾で食べるのと日本で食べるのとでは全然違うわ。それに、自分で作るのは初めてだし。
ね、私がたこ焼きを作ってるとこ、写真に撮ってくれない?」
「日本でたこ焼きを作った」と言うと、友達に自慢できるらしい。
私のたこ焼き器は安物で、いつもうまくいかない。
「こちら側はもうすでにこげそうなのに、反対側はまだ生焼け状態なのよね。なんでかしら」
「ヒーターに温度差があるみたいだ」
「たこ焼きってほんとは丸い形をしてるのよね。それなのに、私たちが作ったのは下側が平べったくなっちゃってる」
「ひっくり返すタイミングがマズいのかもしれないね」
一緒に食事をするだけでもそれなりに楽しいが、二人でワイワイ言いながら作るのも悪くない。
たとえできあがったものが、およそたこ焼きとはいえないおぞましい代物だったとしても、なんだか愛着がわいてくるから不思議だ。
そしていよいよ、できあがったたこ焼きを食べる。
うん、見た目はともかく、味は悪くない。
だが、イーシャンは少し不満そう。
「マサトさん、このタコ、味付けしました?」
うっ、バレたか。
実は急にたこ焼きを作ることが決まったので、材料を用意していなかった。
時間も遅いので、近所のスーパーはもう閉まっている。
そこで緊急避難として、酢の物に使うタコを流用したのだ。
梅酢にどっぷりと浸かっていたのだが、よく水洗いしたから大丈夫だろう。
それに相手は台湾人。たこ焼きの味なんてわからないはずだ。
万が一バレたとしても、
「これが日本式だ!」と言えばなんとかなるだろう、と思っていた。
しかし、舌の肥えた台湾人をごまかすことはできなかったようだ。
ごめん。大阪で本物のたこ焼きを食べて口直ししておくれ。

たこ焼きの後は、イーシャンが作ってくれたみそ汁を飲む番だ。
「私、聞いたことがあるんです。
日本では、一人前におみそ汁を作れるようになって初めてお嫁さんに行けるんだそうですね。
私、うまく作れたかな?」
みそ汁を口に運ぶ私を、イーシャンは不安そうに見つめる。
まるで新妻を迎えた夫のような気分だ。
「うまい!」
「ほんとに?うれしい! 私、日本人のお嫁さんになれる?」
(たとえみそ汁がどれほどマズかろうと、君のようなかわいいお嫁さんなら大歓迎だよ。というよりイーシャン、君は日本人と結婚したいのか?)
お世辞ではなく、本当に彼女の作ったみそ汁はとてもおいしかった。
私の母親よりも上手なのではなかろうか(ちなみに私の母親の料理の腕はかなりのものだ)。
日本人でも、きちんとダシをとったおいしいみそ汁を作れる子は少なくなってきてるような気がする。
それなのに、台湾人の女の子がこんなにおいしいみそ汁を作って、なおかつ、
「これでお嫁に行ける?」なんて、日本人よりも日本人らしい!
台湾は日本人にとって人気の旅行先となっている。
理由はいろいろあるだろう。
・近い
・物価が安い
・日本人に対して親切
だが、それら以上に、台湾には日本が失ってしまった「日本らしさ」が残っているというのも一つの大きな理由だと思う。
台湾には、日本統治時代に作られた懐かしい建築物が、いまだに数多く残っている。
それに加えて、台湾人は日本文化を大切に扱うので、日本ではすでに失われてしまった価値観が、いまだに残っているのかもしれない。
だから台湾を訪れた日本人は、ふと、ノスタルジックな感覚におちいってしまうのではないだろうか。

(イーシャンの作ってくれたみそ汁)
イーシャンはとても快活な女の子なのだが、出会った当初は、少し私から距離を置いているような気がした。
かわいい女の子が一人で男の家に泊まりに来るのだから、相手に誤解を与えないようにふるまうのは当然だ。
しかし、そのわりに彼女は不用心なところもある。
風呂上がりに、私のとなりでストレッチをしたりするのだ。
タンクトップにショートパンツというラフな格好で、シャンプーやせっけんの香りをプンプンとまき散らしながら。
はっきり言ってこれは、かなり刺激的だ。
だが、イーシャンは別になんとも思っていない様子。
男と女とでは、こういうことに対する感じ方が異なるのだろうか。
そんな彼女とも、この数日間でずいぶんと仲良くなれた気がする。
それも、元KGBの美人スパイ、マリアのおかげだ。
陽気な彼女と3人で京都の街を観光したことで、グッと距離が縮まった。
そういうわけだから、最終日の夜はちょっとエッチな話題になることすらあった。
だが、時々、彼女の使う言葉に違和感をおぼえて、戸惑ってしまうことが何度かあった。
彼女は私にむかって、何度もこう言う。
「ヘンタイよ、ヘンタイ!」
外国人は、日本のAVやアダルト・アニメ、成人向けコミックのことを総称して「ヘンタイ」と呼んでいるようなのだ。
変態もののAVと聞くと、ものすごくえげつない内容を想像してしまうが、外国人に言わせれば、たとえ健全で(?)ごく普通のAVでも「ヘンタイ」というジャンルに入ってしまうらしい。
日本が世界に誇るアダルト・コンテンツは、諸外国では「ヘンタイもの」という不動の地位を確立しているのである。
名誉というか、不名誉というか・・・
それにしても、人の顔を見ながら大声で、「ヘンタイ! ヘンタイ!」と連呼するのはやめてもらえないだろうか?

翌朝、イーシャンは旅立っていった。
台所には、大きな鍋にみそ汁がたくさん入っている。
「こんなにいっぱい!」
「これだけあれば、3日間くらいはもつでしょ。このみそ汁を飲むたびに、マサトさんは私のことを思い出すのよ」
だが、その日のうちにすべて食べてしまった。
あまりにもおいしいみそ汁だったので、一度食べ始めると止まらなかったのだ。
それに、たとえみそ汁なんかなくたって、君のように濃いキャラの子を忘れることなんてできないよ。
テーマ : カウチサーフィン(Couch Surfing)
ジャンル : 旅行