いったいなにが気に入らなかったのだろう?
彼女のプロフィール写真はかなりワイルド。
つばの広いテンガロン・ハットに豹柄のドレスを身にまとっている。
なんでも、ジャングル・パーティーの時に撮ったものらしい。
野性的で、ちょっと危険な香りのする女性だ。
なんだかドキドキしてきた。
写真では長い髪の毛をたなびかせていたリンダだが、今はとても短く刈り込んでいる。
そのせいで、彼女の顔の小ささが余計に際立っている。
それでいて手足はスラリと長く、およそ人間離れしたモデル体形だ。
シャツとジーンズの間から、時おり白い肌が見えるたびに、なんだか得した気分になった。
リンダが私の家にやってきたのは夕方の中途半端な時間帯。
彼女がいつ来るのかわからなかったし、お腹も減った。
そのため私はごはんの準備中だった。
あいにく自分ひとりの分しか用意していなかったので、
「外に食べに行く?」
と聞いたところ、彼女は
「今なにか作ってるんでしょ? だったらあなたの部屋で食べましょうよ。私も手伝うから」
と答えた。
簡単に言うが、私の作る料理だ。
とても人様に食べさせられる代物ではない。
そう説明しても、リンダは外に出ていく気はさらさらないようだ。
まあいいか。君がそう言うのなら。
でも、おすすめはしないよ。
案の定、食卓の空気は重かった。
なんというか、会話がまったく弾まないのだ。
しかしそれは、私の提供する食事の質だけが問題だったわけでなないと思う。
私の部屋に貼ってあるボロブドゥールの絵はがきを見ながら、
「あら、あなたインドネシアに行ったことがあるの?」
「ああ、ジャカルタとジョグジャカルタ、それにバリにも行ったよ。楽しかったなあ。」
「私、子供の頃、ジャカルタに住んでたことがあるのよ。
でも、ちょうどそのころあの国は政情が不安定でね。毎日家の中に閉じこもって、おびえながら暮らしてたわ。
いい思い出なんか一つもないわ。」
「そうだったんだ。でも、今は観光客もたくさん訪れる、平和な国になったよね。
僕はあの照りつける太陽が好きだなあ」
「ジャカルタはいつも曇ってて、太陽なんか見た覚えがないわ。
いつもジメジメ、蒸し蒸ししてた記憶しかないわね」
「・・・・・・・」
こんな感じで、どうも会話がかみあわない。
どうやらお互いに相性が悪いようだ。
カウチサーフィンをやろうかという人は普通、とても社交的で、出会ってすぐに打ち解けることができる。
でも、どんなに努力してもうまくいかないことだってある。
どちらかが悪いとか、そういう問題ではない。
「ごめんなさい。本当は私、もっと会話上手なのよ。
でも今夜は長旅の疲れがたまってるみたい。
なんだか盛り上がらなかったわね。
明日はもっと楽しく過ごせるといいんだけれど」
申し訳なさそうにひとしきり謝った後彼女は立ちあがり、台所へと消えた。
食器を洗う彼女の後ろ姿が痛々しい。
なんだか自分が彼女にひどい仕打ちをしているような気がしてきた。
せめてもの罪滅ぼしに、明日はたこ焼きかお好み焼きでもふるまうとしよう。
・・・。
だが、明日は来なかった。
翌朝早く、リンダは荷物をまとめて出ていった。
私のところには3泊する予定だったはずだが、結局半日ほどしか滞在しなかった。
「東京で知り合った子が、今、京都に来てるらしいのよ。
すごい偶然だと思わない?
でね、どうやら彼女の泊まってる部屋に私も泊めてもらえそうなの。
それも無料でね。
いい条件だと思わない?
というわけで、今夜から彼女のホテルに移ろうと思うの。
急に変更してごめんなさいね。
怒ってる?」
怒りはしない。
昨夜からの流れを考えれば、むしろこれが自然な成り行きなのだろう。
「そうか、それは残念だな。
でも、友達とまた会えてよかったね」
ぎこちない笑顔でかろうじて私がそう言い終わる前に、リンダはさっさと出発してしまった。
その後彼女からの連絡はないし、カウチサーフィンのサイトにレファレンスも書いてくれなかった。
あ、一緒に写真撮るの忘れてた。