KGBとカウチサーフィン




葵祭と言えば、京都三大祭りの一つ。
日本でも有数の大きなお祭りですが、実は外国人のウケはあまりよくありません。
「これぞニッポン」といった伝統的な衣装を着た豪華な行列を間近で見ることができるのですから、
外国人観光客はさぞかし感動するかと思いきや、リアクションはいまいち。
最初のうちこそ、「オォーッ!」と叫んでいるのですが、そのうちテンションが下がってきます。
まだ行列が目の前を歩いているというのに、写真を撮るのをやめ、カメラをしまってしまいました。
これは葵祭に限ったことではありません。
時代祭や鞍馬の火祭もそうでした。
どうも彼らは、行列がただダラダラと歩いているだけだと、飽きてしまうようなのです。
もちろん個人差はあります。
「葵祭、最高!感動したっ!」という外国人も大勢いるでしょう。
もしかしたら、私の解説がマズいのかもしれません。
当初の予定では京都御所から下賀茂神社まで行列を追いかけるつもりだったのですが、彼らはすでに興味を失ってしまったみたいですね。

写真左はイーシャン。台湾人の彼女はここ数日、私の家に泊まっています。
古き良きアジア人女性と、進取的な欧米人女性の両方の良さをあわせ持った、とても魅力的な女の子です。
右側はマリア。ロシア人です。
彼女はホテルに宿泊しているのですが、地元の人間と京都を歩いてみたかったようで、私にメッセージを送ってきました。
私はロシアをはじめとする旧東側諸国の人はみんな、英語が苦手なんだというイメージを持っていました。
しかし、このマリアはとても流暢な英語を話します。ロシア訛りのようなものはありません。
そこで、銀閣寺から哲学の道を歩いて下りながら、私たちはいろんな話をしました。

(銀閣寺にて)
マリアのカウチサーフィンのプロフィールには、「士官学校卒業」と書いてあったので、そのことについて聞いてみました。
ロシアの軍人と話をする機会なんてそうそうないですからね。
なにか機密情報も聞けちゃうかも!
しかし、マリアはなんだか言いにくそうにしています。
あれ?なにかマズい質問したかな?
「あなたたちを怖がらせたくなかったから士官学校って書いたんだけど、ほんとはそうじゃないのよ」
実は彼女は軍人ではなく、情報機関の人間だったのです。
そう、いわゆる「KGB」です。
えええええ!!!!!
それって、ある意味、ロシア軍人よりすごいぞ。
イーシャンも驚いています。
「そうとは知らずになれなれしく口をきいてしまいました。数々の無礼をお許しください~~~。どうか命だけは~~~」
ちょっとおおげさだな。
マリアは士官学校ではなく、諜報員を養成する学校を卒業しました。
その時の写真を見せてもらいましたが、パリッとした制服に身を包んだ彼女は、今とはまるで別人です。
その冷たい目からはなんの感情も読み取ることができません。
ところが、今我々の目の前にいる女性はとても陽気で、冗談を言っては私たちを笑わせてくれます。
ロシア人というより、まるでアメリカ人です。
それに、彼女は一人で京都を歩くことさえできない人間なのです。
最初、彼女とは駅で待ち合わせしようとしたのですが、
「私すぐに道に迷っちゃうのよ。悪いけど私の泊まってるホテルまで迎えに来てくれない?」という始末。
確かKGBって敵地の奥深くに潜入するのが任務じゃなかったっけ?
方向音痴の工作員なんて、敵に捕まりまくりじゃんかよ。
また、マリアの体型はどう見ても鍛え抜かれたスパイのものではありません。
わずか20分ほど哲学の道を歩いただけでヒィヒィ言っているのです。
格闘戦になれば、小柄なイーシャンの方が余裕で勝つでしょう。
「こ、これでも射撃は得意なのよ・・・」
マリアの言い訳が虚しく響きます。
KGBといってもいろんな部署があります。
みんながみんな、銃や戦車でドンパチをやるわけではないのです。
マリアの専門は情報。
ドイツ語、フランス語、スペイン語・・・。なんと彼女は数ヶ国語を自在に操るといいます。
また、彼女の父親やお兄さんもKGBの諜報員でした。
彼女の家系は、先祖代々情報機関で働いてきたのです。
「スパイ一家」
うわあー、かっこいいー。
たとえ家族といえども、自分の仕事の話はできません。
同じKGBでも、部署が違えば機密を漏らすわけにはいかないからです。
だからお互いが今どんな作戦に従事しているのかわかりませんし、聞いてもいけないのです。
ある時、マリアのお父さんは3週間くらい家に帰ってきませんでした。家族には何も言わずに。
数週間ぶりに彼が家に帰って来た時、体中あざだらけ、傷だらけだったそうです。
にもかかわらず、家族の誰も
「今まで何も言わずに、いったいどこにどこに行ってたの?」
「その傷はどうしたの?」
とは聞かなかったそうです。
みんな何事もなかったかのように、いつもどおり夕食を食べたのだとか。
すげー、かっこよすぎる。
マリアが他の部署に配置換えになった際、転属先の新しい上司から、
「おお、君があの「伝説の」〇〇〇の娘さんか」
と言われたそうです。
彼女のお父さんはKGB内でもかなり有名なスパイだったようですが、いまだにマリアはその「伝説」の内容を知らされておりません。
なんか映画みたいだなー。

(法然院にて)
ここでおそらく疑問に思った人もいることでしょう。
「KGBのエージェントが身分を明かしてもいいのか?」
マリアはもうずいぶん前にKGBを退職しています。
彼女のお父さんもお兄さんも。
辞めた後も数年間、元エージェントはロシア国外に出ることは許可されません。
機密保持のためでしょう。
その数年間の軟禁状態が終了した時、マリアはこれからは自由に生きることを決意します。
それからは毎年、自分の誕生日はロシア国外で祝うことにしているのだとか。
「実は今日は私の誕生日なのよ。何かお祝いして!」
晴れて自由の身となった彼女ですが、「元KGB」という肩書は一生ついてまわります。
彼女は事情があって宿泊先のホテルを変えたことがあるのですが、すぐに公安当局から照会がありました。
「貴君は宿泊先を変更したようだが、その理由はいかに?新しい滞在先からは飛行場の設備が見渡せるようだが、その場所を選んだ理由を明確に回答されたし」
また、国によっては入国を拒否される場合もあるのだとか。
そんなマリアは今、日本語に興味がある様子。
「マサトと知り合ったのも何かの縁だから、これからもスカイプで連絡を取りましょ。日本語を教えてね」
日本語をマスターして、いったい君は何をしようというんだ、マリア?
テーマ : カウチサーフィン(Couch Surfing)
ジャンル : 旅行