葵祭で接待だ。
私は今、旅行の計画をたてている。
どうせならすでに一度訪れた国ではなく、なるべくまだ訪れたことのない国を優先的にまわりたいと思っているのだが、
ルートの関係でどうしても再び同じ国に立ち寄らなければならないこともある。
もちろん、飛行機を使えば簡単にスキップすることができるのだが、よほどのことがないかぎり陸路を使いたい。
ガタゴトと車体が揺れるのを感じながらじっくりと、次なる目的地へと向かう腹を固める。
そういう旅が私は好きだ。
もちろん、飛行機を使った方が快適で早い。
最近は電車よりも安い運賃の格安航空会社も珍しくなくなった。
それでも、点から点へと「びゅーん!」ひとっ跳びする感覚には違和感を覚えてしまう。
それになにより、土埃にまみれながら地べたを這いずり回る旅のスタイルの方が、不器用な私には似合っていると思う。
「生きてる実感」を味わえるような気もする。
陸路で何か国も周遊する場合、どうしても前に訪れたことのある国をもう一度通過せねばならないケースもでてくる。
今回の私の場合、ルーマニアがそれだ。
この国は以前訪れたことがあり、シギショアラやブラショフ、ブラン城などはすでに見てしまっている。
ジプシーとカウチサーフィン
ドラキュラ城
残っているのは、交通が不便で辺鄙なところにある場所ばかりだ。
それらの場所は公共交通機関の接続も悪く、移動するのにかなりの時間を要する。
すでに行ったことのある国にあまりたくさんの時間を割くのも考え物だ。
ここは観光はあきらめ、ひたすら移動に徹しようか。
そう考えていたまさにその時、カウチリクエストを受け取った。
私が行こうかどうしようかと思案していた、まさにそのものずばりの場所、スチャバからだ。
話がうますぎる。
これはもしかして、ルーマニアが俺を呼んでいるということなのか。
ここはひとつ、流れに逆らわず、おとなしく身をゆだねることとしよう。
さらに都合のいいことに、彼はかなりの数のホスト経験がある。
彼と仲良くなっておけば、ルーマニアで心強い存在となるかもしれない。
彼が京都にいる2日間、至れり尽くせりのもてなしをしよう。
彼は知らなかったようだが、運のいいことにその日はちょうど葵祭にあたる。
きっと喜んでもらえることだろう。
これでさらにポイント・ゲットだ。
先に恩を売っておいて、自分が旅行するときにもとをとる。
いかにもせこい考え方だ。
だが、サーフするだけしといて、自分はほとんどホストをしないという輩だっておおぜいいるのだから、
このくらいは許容範囲だろ。

(葵祭会場の京都御所を警備する、京都府警の騎馬隊)
京都三大祭のひとつ、葵祭。
混雑は覚悟の上だが、それでもものすごい数の人間だ。
地下鉄の駅からは、数分おきにどっと人の群れが吐き出されてくる。
待ち合わせ場所をピンポイントで決めておいてよかった。
もしも「地下鉄 烏丸駅で」などとあいまいな約束をしていたら、
きっと永遠に彼と会うことはできなかっただろう。
私がジョージを見つけるとのほぼ同時に、彼の方でも私を見つけた。
力強い手でがっしりと握手を求められる。
そしてすぐに彼のマシンガン・トークが始まった。
ロシア人を連想させるその声は、低くて太い。
東欧訛りのある英語でまくしたてるものだから、話についていくことができない。
ルーマニア人ってもっと静かで、朴訥としたイメージがあったのに、彼はぜんぜんちがう。
よどみなく次から次へ言葉が飛び出してくる。

撮影ポイントをもとめてさまよい歩くジョージ。
カメラを構えるその目は真剣そのものだ。
葵祭に対する期待の大きさの表れだろう。
なにかトラブルでもおこったのか、予定時刻になってもなかなか葵祭りの行列は姿を見せない。
ルーマニアのガイドブックを持ってきていたので、彼にスチャバのことを聞いてみることにした。
「おおっ! 俺の小さな町が日本のガイドブックに載っている!
しかもナンバー・ワンだ!!!」
モルドヴァ地方の教会群は世界遺産に登録されている。
ガイドブックに載っていても当然なのだが、世界遺産とはいえ、彼にとっては日常のありふれた光景なのだろう。
たしかにガイドブックの地図にはスチャバに番号1がふられているが、それはあくまでも便宜上のものだ。
それを彼は「ガイドブック一推し!」というふうにとらえたのだろう。
機嫌を良くしたのか、ジョージはさらにまくしたてる。
「マサト、お前はスチャバに来るのか?
いつだ?
日程が決まったらすぐに知らせろ。
俺が車で5つの修道院を案内してやる」
なんと!
予想以上の展開になってきた。
この地方は公共交通機関の便が悪く、地球の歩き方には、
「5つの修道院を1日で巡るには、タクシーかレンタカーを利用したり、旅行会社に個人ツアーの手配をするしかない」
と書いてある。
そんな不便な場所をジョージが案内してくれるというのだから、これほどありがたいことはない。
カウチサーフィンがもっともその威力を発揮する瞬間だ。
ジョージ様、あなたが京都にいる間は、私が責任をもってお世話させていただきます。


今日はあいにく小雨がぱらつく天気。
おかしいなあ。例年この時期は気持ちよく晴れる日が多いのに。
そういえば去年の葵祭は元KGBの女スパイと一緒だったっけ。
KGBとカウチサーフィン
あれからもう1年もたつのか。



葵祭というのは、ただ行列が行進するだけ。
そこには音楽もないので、ほんとに静かです。
「え? これだけ?」
ジョージはなんだか拍子抜けしたよう。
たしかに「京都三大祭り」というわりには、少し寂しいような気もする。
絢爛豪華な衣装には莫大な費用がかかっているはずなんだけど、なんだか派手さがない。
まあ、これが京都らしいといえばそうなんだろうけど。



行列の最後尾が通り過ぎた後、見物客たちはいっせいに動き始めます。
これだけの人数がみな地下鉄の入り口に殺到するので、もうにっちもさっちもいきません。
「こりゃだめだ。この調子じゃあ改札口にたどりつくまでに日が暮れてしまう。歩こう」
途中でコンビニに寄り、パンをかじりながら歩く。
その間もジョージのおしゃべりはとまらない。
ほんとに陽気な男だ。
錦市場は気に入ってもらえたようだ。
ジョージは大きなカメラで頻繁に写真を撮っている。
さらに清水寺へと向かうが、その間も雨は降ったりやんだり。
こんな日でも、着物のレンタルをする人はけっこういるようだ。
ジョージはこの日本の着物が気に入ったようで、着物姿の女性を見かけるたびに写真をパシャパシャ撮っている。
もちろん、自分も一緒に写ることも忘れない。
「マサト、頼む。シャッターを押してくれ」

あっ! この野郎、ひとりで4人も独占しやがって。
半分こっちによこせ。
「いやー、マサト。 日本の女の子っていいなあ」
ジョージはかなりご満悦のようだ。
彼には黙っていたが、その女の子たちは4人とも台湾人だぞ。
清水寺の後は伏見稲荷へと向かったのだが、雨が本降りになってきた。
これにて本日の「接待」は終了。
天気予報によると、明日は今日とはうってかわって快晴になるらしい。
明日も気合入れていくぞ。