俺はヤクザだ(キシニョウ、モルドヴァ)

ホストのアントンの車で、キシニョウ市内まで送ってもらいます。
彼は仕事があるので、市内まで通勤するのですが、そのついでに乗せてもらったのです。
ラッキー!
カウチサーフィンってこういう時に便利です。
途中、「CHISINAU」 と大きく書かれたオブジェを見かけたのですが、アントンは職場へ急がねばなりません。
車を停めてもらって写真撮影したかったのですが、それは断念せざるをえませんでした。
残念。
これがカウチサーフィンの限界か・・・

アントンの車から見たキシニョウの市内。
やはり日本とは走っている車の種類も異なり、なかなかおもしろいです。

ところどころに面白そうな形をした建物が見えます。
モルドヴァはあまり観光地としてはメジャーではありませんが、なかなか楽しめそうな国だと感じました。
次回はもっと時間をとって、じっくりと滞在してみようかと思います。

これがアントンの車。
日本車です。
最近日本ではあまり古い車を見かける機会はありませんが、実は私たちの知らないうちに世界中に散らばっているんですね。
私たちの感覚では
「もうこんな車、古くて使えないよ」
と思ってしまうような年代物でも、他の国へ行けば
「やっぱり日本車はいいな」
と大人気。
日本にいる時はあまり実感できませんが、日本という国の海外での存在感は、私たちが思っている以上に大きいようです。

国会議事堂。
モルドヴァの国旗がひるがえっています。
仮説のステージを建設中でした。
後でアントンに聞いたところ、明日はモルドヴァの独立記念日なのだそうです。
そのための式典の準備をしているのでしょう。
そういえば、オデッサを訪れた時はウクライナの独立記念日だったっけ。
ポーランドでは士官学校の卒業式に出くわしたし。
ひょっとして俺ってお祭り男?!

侍の衣装を着て、「勝利の門」の前で記念撮影。
式典の準備をしている軍人さんたちに何か言われるんじゃないかと心配でしたが、なーんにも言われませんでした。
もうちょっとかまってほしいな・・・

大きなチェス盤を発見。
これ、自由に動かしてゲームをしてもいいそうです。
「こんな所に置いておいて、誰かが駒を盗んだりしないのだろうか」
と心配になりましたが、後でアントンに聞いたところ、やはり時々盗難の被害に遭うことがあるそうです。
それでも撤去したり柵を設けたりする気はないみたいですね。
モルドヴァは今日も平和です。

キシニョウ大聖堂

市庁舎

キシニョウのメインストリート、シュテファン・チェル・マレ大通り。
まだ朝早いためか、人通りはそれほど多くありません。

大勢の軍人さんたちが通りを行進しているところに出くわしました。
これから国会議事堂などの官公庁の警備に向かうそうです。

シュテファン・チェル・マレ通りをつきあたりまで歩き、解放広場まで出ました。
このあたりは高そうなホテルが多いです。
モルドヴァにそんなにたくさんの観光客が来るとは思えないんですけどね。
商用かな。

聖ティロン大聖堂。
入り口に料金所のような小屋があったのですが、まだ朝早いためか、受付には誰もいません。
他の人もお金を払っていなかったので、そのまま中へと進みます。

教会の敷地内には早朝にもかかわらずたくさんの人がいました。
スカーフのようなものを被っている女性も多く、みんな敬虔な信者のようです。

キシニョウ観光はこれでおしまい。
沿ドニエストル共和国に行くために、バスターミナルへと向かいます。
その途中、青空市場を発見。
朝早くから大勢の人でにぎわっています。
なんだかおもしろそうだったので、ちょっと中を冷やかしてみることにしました。



ブドウを見ると、昨夜飲んだモルドヴァ・ワインを思い出してしまいます。
せっかくだからこのブドウと一緒に記念撮影をしよう、と思い、三脚にカメラをセットしたのですが、人通りが多くてなかなか写真を撮ることができません。
もたもたしているうちに、この市場の責任者のような人が来て、
「こんなところで写真なんか撮るな。 出ていけ」
と言われてしまいました。
といっても彼は本気で怒っているわけではなさそうで、
「サムライ! サムライ! 」
と他の商店主たちと笑っています。
今から思えば、彼らと一緒に写真を撮っておけばよかったのですが、
「出ていけ!」
と言われビビッてしまっていた私は、そそくさとその場を逃げ出してしまいました。

「出ていけ!」
と言われたものの、この市場は人々の熱気があって、なかなか立ち去り難い魅力があります。
ドキドキしながらも、さらにウロウロしてしまいました。

シュテファン・チェル・マレ通りを歩いているときは、人々の表情は硬く、
「モルドヴァの人間ってなんだかよそよそしいなあ」
と感じていたのですが、この市場の中は雰囲気が異なります。
道行く人々は、侍の衣装を着た私のことをチラチラと見ています。
確かな手ごたえを感じるのですが、なかなか私に近づいてこようとはしません。
モルドヴァの人はシャイなのかな。

それでも時々陽気なおばちゃんたちに声をかけられます。
彼女たちは英語が話せないようなのですが、どうやら
「写真を撮れ!撮れ!」
と言っているようです。
がっしりと肩を組んできました。
ああ、これが若くてかわいい女の子だったらなあ。

ここで急きょ、新たなマイ・ルールを設定することにしました。
それは、
「訪れた街すべてで、現地の美しい女性と一緒に写真を撮る」
というものです。
旅の思い出に「いい女」は欠かせません。
いい被写体はいないものかと獲物を探していると、私好みのかわいらしい少女を発見しました。
「一緒に写真を撮ってよ」
とカメラを構える仕草をしたところ、その女の子はギャーギャーわめきながら逃げまどいます。
あら? なんだか俺、変質者扱いされてる?
これはちょっと困ったことになったぞ、
と思っていると、その娘の母親らしき女性がその女の子に向かって、
「せっかくだからサムライと一緒に写真を撮ってもらいなよ」
みたいなことを言っています。
英語ではないのであくまでも私の推測ですが。
しかしその女の子はなおもキャーキャー言って私から逃げようとします。
とその時、お母さんが娘をガシッと捕まえました。
「ほれほれ、撮ってもらいな」
体格のいい母親の腕は太く、一度捕まってしまったら容易に逃げ出すことはできそうにありません。
娘はついに観念したのか、カメラに向かってほほ笑んでくれました。
でかしたぞ、お母さん。
カメラをお母さんに渡し、その女の子と一緒に写真を撮ってもらおうとしたのですが、
今度こそその娘は「ぴゅーっ」とどこかへと走り去ってしまいました。
その後も市場内をうろついていると、なんだか後ろに気配を感じます。
振り向くと、そこには私のことをじーっと見つめている一人の少女がいました。
他のモルドヴァ人とは明らかに異なる、派手な赤色のドレスを着たその少女の背はとても低く、
年齢はおそらく10歳に満たないと思われます。
しかし、どうも様子がおかしい。
彼女の顔つきは大人の女性そのものなのです。
物腰も落ち着いていて堂々としている。
首から上は成熟した女の人なのに、首から下は幼女体型。
見れば見るほど奇異な印象は強くなっていきます。
一瞬私は、その女性はなにかの病気を患っていて、体格は少女のまま大人になってしまったのではないかと思ってしまいました。
彼女は英語が話せます。
そして話しているうちに、やはりこの娘はまだ子供なんだということがわかってきました。
話し方も話の内容も小さな子供そのものです。
百聞は一見にしかず、ということで、ぜひともみなさんに彼女の写真をお見せしたいのですが、
その女の子は断固として写真撮影を拒否しました。
どうしてかはわかりませんが、彼女は異常に写真を嫌がります。
その意思の固さは普通じゃありませんでした。
その女の子と別れると、すぐに別の男性に声をかけられました。
「先生、ぜひうちの道場に来て稽古をつけてくれ」
どうやら彼は私のことを合気道の達人と勘違いしたようです。
そういえば昨日、シュテファン・チェル・マレ通りで合気道の道場を見たっけ。
彼はあそこの生徒らしいのです。
「いや、俺はこれから沿ドニエストル共和国に行かなきゃならないから・・・」
と言って断ると、
「稽古は夜からだ。あんたの電話番号を教えてくれ。ほんのちょっとでいいんだ。日本の先生に稽古をつけてもらえる機会なんてないから、きっとみんな大喜びするはずだ。頼むっ。」
何度も断ったのですが、彼はなかなか引き下がりません。
どうしても今夜道場に来てくれと言って聞かないのです。
仕方がない。
ほんとの事を言うとするか。
私はこんな格好をしているけれども、合気道なんてまったくできないのだ、
ということを正直に彼に打ち明けました。
すると彼は
「 Hey man ! Come on ! 」
とだけ言って、とても残念そうにしながら立ち去っていきました。
こういうことは初めてではありませんが、なんともいえないみじめな気分になります。
侍の衣装を着てるだけじゃだめだ。
日本に帰ったら合気道の道場に通おう。

男が去ったと思ったら、今度は女の子が私のことを見つめていました。
サムライはモテるなあ。
でもごめんね。
俺は偽サムライなんだ。
私が話しかけても、その女の子はちょこんと首をかしげるばかり。
どうやら英語はわからないらしい。
ではいったいこの子は俺と何がしたいのだろう。
カメラを向けると、恥ずかしそうに下を向いてしまう。

「下を向いちゃだめだよ。
ほらほら、ちゃんとレンズを見て!
こっち、こっち!」
私がその女の子にそうお願いすると、彼女はもじもじしながらもおずおずと顔を上げてくれました。
その恥ずかしそうにしている様子がまたかわいいのなんのって!
なんだかもっといじめたくなってきました。
俺って病気かなあ。

はたから見てると、まるで私がいたいけな少女をいじめているようにでも見えたのでしょうか。
別の女性がさっとやってきて、女の子の肩を抱きしめました。
「私が一緒にいてあげるからね。もう大丈夫よ」
おおっ。
かわいい女の子が二人に増えた。
私としてはとてもラッキーです。
ところでこの女性は少女とどんな関係なのだろう。
お姉さんなのかな。
それともお互いの家が近所だとか。
「姉妹じゃないわよ。
それにこの娘を見るのも今日が初めてだし」
へー、そうなんだ。
まったく見ず知らずなのに肩を組んで一緒に写真を撮ったりするのか。
モルドヴァの女の子はオープンな性格なんだなあ。
少し市場に長居しすぎた。
そろそろ沿ドニエストル共和国に向かわないと時間がなくなってしまう。
明日には俺はモルドヴァを出国しなくてはならないのだから。
バスターミナルは市場に隣接しているからすぐにわかった。
だが問題はどれが沿ドニエストル共和国行きのバスかだ。
沿ドニエストル共和国はモルドヴァから分離独立する形で自らを国家と名乗るようになった。
その過程では多くの血が流れている。
準戦争状態にあると言っても過言ではないだろう。
そんな状況にある国に行くバスが、本当に首都のターミナルから堂々と出発するのだろうか。
人に聞くのもためらわれた。
もしも私が沿ドニエストル共和国に行くことをこの国の人が知ったら、
「なにっ? お前はあいつらの国に行くのか! 許せんっ」
とか言われて怒られるんじゃなかろうか。
それにそもそも私はどこに行きたいんだろう?
沿ドニエストル共和国のことはつい最近知ったばかりで、十分な情報取集をしていない。
あてもなくバスターミナル内をうろうろしていると、一人の男が声をかけてきた。
侍の衣装を着てるのだから人目を引くのは当然だ。
50歳くらいに見えるその男からは、どこか暴力的な臭いがした。
日本の文化に興味がありそうにしていたので話を聞いてみたら、なんと日本に行ったことがあるらしい。
いったい何の用で?
この男が観光目的で外国を訪れるようには見えない。
前述したとおり、沿ドニエストル共和国は微妙な立場にある。
いちおう独立を宣言してはいるが、ほとんどの国は認めていない。
しかし独自の政府や軍隊を持っているものだから、うかつに立ち入ることはできない。
国際社会の目が行き届きにくいのをいいことに、この国は違法な薬物や武器の流通ルートになっているとも聞く。
大量のアングラマネーが流れ込み、実はこの国は豊かなのだ、という人もいる。
今、私の目の前にいるこの男も、ひょっとしたらそういう世界の住人なのかもしれない。
少しこわかったが、なかなか彼は親切だった。
「なにを探してるんだ?」
「沿ドニエプル共和国に行きたいんだ」
「ティラスポリか?」
「そうだ」
本当はティラスポリなんていう地名は知らなかったが、まっさきにこの男の口から出てきたところをみると、きっと沿ドニエストル共和国を代表する有名な街なのだろう。
「こっちだ。ついてこい」
男はそう言って私の前を歩き出す。
何人かの運転手と話をした後、一台の車を指さした。
「あの車に乗れ」
「いくらだ?」
バスの値段を聞くと、男はチケット売り場らしき建物に連れていってくれた。
意外と親切なんだな。
「俺はヤクザだ」
男は別れ際にそう言った。
ポケットからライターを取り出して私に見せる。
そこには
「SAMURAI 」
と書いてあった。
多くの日本人は「キシニョウ」と聞いても、その都市の正確な位置を思い浮かべることはできないだろう。
そんな街の市場のかたすみに、「SAMURAI」と書かれたライターを持つヤクザがいる。
日本ってすごくない?
彼にはいろいろと世話になったので、礼を言って握手をしようとしたら拒まれた。
「つい最近友人が死んだんだ。
だから今俺は喪に服している。
悪いが握手はできない」
その友人とやらがどんな死に方をしたのか、やはり聞かない方がいいんだろうな。