キム(スイス)とカウチサーフィン(CouchSurfing)
私はもともと人づきあいが得意なほうではない。
カウチサーフィンを始めてからすでに数百人の人と会ってきたが、いまだに初対面の人と会うときには身構えてしまう。
そんな性格でよくもまあこれまでカウチサーフィンを続けてこれたなあ、と我ながら感心してしまう。
特に相手が若い女の子の場合、なんだか複雑な気持ちになる。
もちろん私も男だから、かわいい女の子は大好きだ。
だが、いざ1対1で相まみえたとき、戸惑ってしまうのも事実だ。
ただでさえ言葉と文化の壁があるというのに、そのうえ年齢と性別のギャップ。
日本人の女の子とさえうまく話せない人間が、初対面の外国人の女の子と二人きりで会うなんて自殺行為だ。
そして今日も初めて会う女の子とまる一日、京都の街をさまよい歩く。
彼女の名前はキム。
韓国人ではない。スイス人だ。
年齢は20歳。
20歳?
うわっ、若っ!
俺が20歳のころって、いったい何をしてたっけ?
だめだ、思い出せない。もうはるか昔のことだ。
なんだか不安になってきた。
彼女とうまくやっていけるかなあ。

(三十三間堂にて)
平日だというのに京都駅は大混雑。
バスターミナルにはいくつもの長蛇の列ができていた。
我々の最初の目的地は三十三間堂。
比較的マイナーなお寺なのだが、その先には清水寺がある。
必然的にバス待ちの列はとても長いものになる。
おそらく、このバスターミナルでもっとも長い行列なのではないだろうか。
5分ほどしてバスはやってきたが、我々の前に並んでいる人の数はあまりにも多く、乗ることはできなかった。
だが、さすがは清水寺行きのバスだ。
すぐに次のバスがやってきた。
なんとかバスに乗り込み、ポツリポツリと会話が始まった。
そして恐れていたことが現実のものとなる。
なんだか会話がぎくしゃくしている。
カウチサーフィンのヘビーユーザーにはいろんな意味での猛者が多い。
彼ら彼女らはどんな場所でも寝ることができ、どんな人間ともうまくやっていくことができる。
だがもちろん、すべてのカウチサーファーがそのような人間だというわけではない。
キムがカウチサーフィンを利用するのはこれが初めて。
初対面の日本人とどう接していけばいいのか、戸惑っているようにも見える。
それでも2点ほど救いはあった。
一つ目は、彼女の英語がとても洗練されたものだということ。
スイス人である彼女の母語はフランス語なのだが、キムはインターナショナルスクールに通っていたこともあって、彼女の英語はほとんどネイティブレベルといってよいほどのものだった。
だから会話に支障はない。
二つ目は彼女の職業。
まだインターン中だが、キムはジュネーブにあるホテルでコンシェルジュとして働いている。
不特定多数の人間と毎日接しなければならない仕事だ。
彼女だってコミュニケーションとしての会話の重要性はよく認識している。
そういうわけで我々の会話は散発的に続いていくことになった。
ほとんど無理やりに。

(三十三間堂)
最初の目的地は三十三間堂。
わりとマイナーな所だが、日本に住む彼女の友達のおすすめらしい。
1000体の仏像が並ぶさまは圧巻だが、堂内では写真を撮ることができない。
その気になれば5分もかからずに見ることができてしまう。
実際、ほとんどの観光客は足を止めることもなくさっさと見学し終わっていく。
しかし、このキム、なにが楽しいんだかすべての説明書きを丁寧に読んでいる。
英語も併記されているので、ここでは私の出番はない。
もしなにか質問されても、仏教芸術への造詣などみじんも無い私には答えることができないのだが。
結局彼女がすべての仏像を見てまわるまでに40分くらいかかった。
長い永い40分だった。
建物を出て、三十三間堂の境内を散歩したのだが、ここでもまたぎこちない時間は続く。
だが、救いがなかったわけではない。
彼女の方から
「一緒に写真を撮りましょうよ」
と言ってくれたのだ。
たったこれだけのことだが、妙にうれしい。
俺は彼女の旅行の一部として、彼女の記憶にとどまることを許されたのだ(と私は解釈している)。

(清水寺にて)
一見まじめでおとなしそうに見える彼女だが、観光に関してはなかなか積極的だ。
安井金毘羅宮の縁切り縁結びの石、地主神社の恋占いの石、清水寺の音羽の滝。
体験型のアトラクションはすべて試していた。
そうだ忘れていた。
彼女は20歳の女の子だったんだ。
その物腰から日本人の同年代の子と比べると大人びて見えるが、
彼女は好奇心旺盛な年頃の女の子だったのだ。
ずっと歩き詰めだったので、さすがに疲れた。
そろそろ昼食の時間だ。
「たこやきを食べたい」というキムだったが、あいにくこのあたりにたこ焼き屋はない。
仕方なく、お好み焼きのようなもの(?)で手を打つことにした。
昼食を食べている間も、あいかわらず会話はぎこちない。
こうもうまくいかないと、だんだんと苦痛になってくる。
「俺ってそんなに絡みづらいのかな」
自己嫌悪に陥りもした。
「ここは私に払わせて」
昼食代はキムがおごってくれた。
今日の観光ガイドの御礼らしい。
彼女には律儀なところがある。
後日、約束通り二人で撮った写真を送ってくれたし、
彼女が話していた論文も送ってくれた。
論文というのは、カウチサーフィンに書かれたものだ。
大学院に通っているどこかのエッセイストが中東諸国を訪問した際にカウチサーフィンを利用した。
その時の様子を論文に書いたものなので、いわゆる旅行記とは違う。
「カウチサーフィンについての論文? 書くことなんてあるのか?」
と思っていたら、堅苦しい文面で数十ページにわたってびっしりと文章がつづられていた。
もちろんすべて英語だ。
わざわざPDFファイルを送ってくれたキムには悪いが、読む気が失せた。
キム、君はこれを全部読んだのか?
そういえばキムがカウチサーフィンを使うのは今回が初めてだ。
事前の準備としてこんな論文にまで目を通しておいたのだろう。
几帳面な彼女らしい。
最後に伏見稲荷を観光して、今日はおしまいとなった。
明日は東京から友達が来るので、その友人たちと京都観光を楽しむそうだ。
私はこれにてお役御免というわけだ。
ほっとしたのと同時に、少し残念な気持ちにもなる。
なんだかんだいってキムは美人だったからな。
大魚を逃した。
そんな気がしてしかたがなかった。
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