You're beautiful, it's true.

ここのところ、メイサンはずっと髪を伸ばしていた。
赤道直下のシンガポール。
年中常夏のこの国で、こんなに長い髪型だとさぞかし暑かろうに。
学生のころは長く伸ばしていたそうだが、最近はずっと短めのヘアスタイルで通していた。
私がカウチサーフィンを通じてメイサンと出会ったのは2年ほど前で、その時にはすでにショートヘアになっていたから、
彼女がこれほど長く伸ばしているのを見るのはこれが初めてだ。
彼女の性格は男勝りで活発なイメージがあるから、短めの髪型は実によく似合っていたと思う。
でも、この長い髪も悪くない。

後ろから見た図。
なんだ?
もしかして初音ミクにでも影響されたのか?
そういうのを見ると後ろから引っ張りたくなるからやめてくれ。
と言いたかったのだが、残念ながら、そんな機会が訪れることはついになかった。
この写真をフェイスブックにアップした数分後、メイサンはバッサリと髪を切り落としてしまったからだ。
それも、これ以上ないというくらいに短く。

毎年この時期に、シンガポールのある団体がチャリティー・イベントを開いている。
がん患者のために募金を募るという趣旨らしい。
参加者が髪を切ることを宣言して決意を表明すると、その心意気に賛同した人が募金をしてくれるというシステムらしい。
メイサンがずっと髪を伸ばし続けてきたのも、このイベントに参加するためだ。
そういえばこの前に会ったとき、彼女はそんなことを言っていたっけな。
その時は彼女の話を軽く聞き流していたから、メイサンがどれだけ重大な決意を胸に秘めているのかに気がつかなかった。
せいぜい、切り落とした髪の毛をかつら会社にでも売って得た金額を募金でもするのだろう、くらいにしか思っていなかった。
だからこのウェブサイトを見た時も、「Hair For Hope」の下にある
「bold」
という文字なんて気にもとめなかった。
「bold」?
「はげ」という意味だよな。
他になにか適当な日本語訳はあったっけ。
「はげ」
メイサンとはまったく縁のない言葉だ。
チャリティー・イベントの当日、彼女はフェイスブックで実況中継をしていた。
「Ready?!」
自分の気持ちを奮い立たせるためだろうか。
この言葉を最後に、彼女は会場へと消えていった。
そして、次にアップされた写真を見た私は、戦慄を覚えずにはいられなかった。
「メイサン・・・・?
いったい君は何をしているんだ?」
そこで繰り広げられている光景が現実のものだとは到底思えなかった。
これは彼女なりのジョークなのだろうか。
しばらくすると、また別の写真がアップされて、
「なんちゃって。びっくりした?」
とメイサンがおどける展開を期待していたのだが、そうはならなかった。
その後も次々と衝撃的な写真が公開され続けた。
もう疑問の余地はない。
これはドッキリ企画でも、トリック写真でもない。
まぎれもない現実なのだ。
この時になって初めて私は、チャリティー・イベントのウェブサイトに掲げられていた文字が誇張ではなかったことを知る。
あれはなにかのメタファーではなく、文字通り「BALD」だったのだ。

頭を丸坊主にするメイサン。
彼女の丸坊主にした反響はかなりのものだった。
それはそうだろう。
若い女の子が、しかもこんなにかわいい女の子がバッサリと髪を切り落としたのだ。
そのインパクトは大きい。
実際、かなりの注目を集めたらしく、メイサンはほんの数十分の間にかなりの募金を集めることに成功した。
日本円にして100万円以上。
この数字は驚異的だ。
チャリティー・イベントには芸能人や著名な実業家なども参加していたのだが、メイサンが集めた寄付の金額は彼らのそれに肉薄していた。
有名人を除いた一般人の間では、メイサンがぶっちぎりのトップだ。
このイベントには大勢の人が参加していたのだが、1円の寄付も集めることができない人が大半だ。
そんななかで無名の一個人が100万円以上も集めるとは。
やるな、メイサン。
この広い世界には、美女と呼ばれる人はそれこそ星の数ほどいるけれど、
その中で、髪の毛を剃り落して寄付してしまえる女性はいったいどれだけいるだろう。
メイサン、君は本物だ。
この日のメイサンはいつになく饒舌で、よくしゃべった。
丸坊主にしたことで気分が昂揚していたのだろうか。
それともやはり、多少なりとも動揺していたのだろうか。
「この髪型いいわよ。 頭を洗うのに30秒もかからないんだから」
そうだろう、そうだろうとも。
「この髪型どう思う? 好き?」
そう問われて一瞬、言葉に詰まった。
なんと答えるべきなんだろう。
「なかなかいいと思うよ」
もっとましな言葉を探していたのだが、うまい表現が見当たらない。
「君の写真を見ていたら、あることを思い出したんだ」
「なに?」
「俺と君は似てるんじゃないかなって思ったんだよ」
「私が? あなたと? なによそれ」
「ちょっと待ってて。今、写真を見せるから」
中学生の頃の自分の写真を見つけ出し、彼女に送った。
「日本の中学生はみんな丸坊主なの?」
「昔はね。 今は違うと思う。
これでわかっただろ。 俺と君は兄弟だ」
そう言うとメイサンは激怒していた。

「ねえ、この髪型どう思う?」
メイサンはまた聞いてきた。
よほど気になるらしい。
でも、俺はなにも答えることができない。
隣りに他の誰かがいる今となっては、再び君と会うこともないかもしれない。
でも、これだけは真実だ。
君は本当に美しい。外見だけでなく、心も。
テーマ : カウチサーフィン(Couch Surfing)
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