カウチサーフィン(CouchSurfing)と愉快な仲間たち

異人たちとの夏 (オフリド湖、マケドニア)

マリア、マリア、ああマリア! (オフリド湖、マケドニア)


今朝は5:30起き。
6時過ぎのバスに乗るためだ。

日本にいる時はぐーたらな生活を送っている私だが、旅に出ている時は違う。
せっかく海外に来ているのだから、1秒も無駄にしたくない。


今朝はまずスヴェティ・ナウムへ行き、その後はもう一度オフリド観光。
昼からはドラガンのボートクルーズの約束がある。
そしてその後はマリアと・・・




まだ早朝だというのに、スヴェティ・ナウム行きのバスはけっこう人が乗っていた。
だが、やはりまだみんな寝ぼけ眼らしい。
車内でしゃべる人間は一人もいなかった。

7:00に終点、スヴェティ・ナウムに到着。
観光客はおろか、売店の従業員の姿も見えない。
普通この時間に空いている観光地はないが、この聖ナウム寺院は朝の7時から開いているということだ。
まずは朝一でここを見学して、時間を有効に活用しよう。



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バス停から聖ナウム寺院への道はとてもよく整備されている。
きっとかなり有名な観光地なんだろう。


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途中、湧き水のような場所があって、そこからオフリド湖へと水が流れ込んでいる。
うそみたいに透きとおった水だった。
だからこの湖はこんなにもきれいなのか。


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釣り人たちが静かに糸を垂らしていた。
何が釣れるのだろう。
このオフリド湖はブラウントラウトの料理が有名らしいが、この釣り人たちがブラウントラウトを釣っているようには見えない。


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7時から聖ナウム寺院は開くと聞いていたのに、あたりは静まり返っている。
あちこちの門は閉まったままだ。
どっちの方角が寺院なのかわからず、ウロウロしていたのだが、なかなか見つからない。

ここかな?
とあたりをつけて門をくぐると、何人かの人がいた。
みんな軍服を着ている。

日本人の私はあきらかに部外者だ。
軍人たちにじろりとにらまれて、あわてて退散した。

門の外に出てからゆっくり確認すると、
「軍事施設につき立ち入り禁止」と書いてあった。

あぶない、あぶない。
あやうく射殺されるところだった。

それにしても、観光リゾート地になんで軍事施設があるんだろう。
まあ、フラフラと私に侵入を許すような警備体制なのだから、それほど重要な施設というわけではないのだろうが。



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スヴェティ・ナウムの入り口には、
「孔雀があなたを傷つけるかもしれないから気を付けてね」という注意書きがある。


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そして実際に敷地内には孔雀が何羽か歩き回っている。
ガイドブックにもこの孔雀のことが載っているくらいだから、きっとここの名物なのだろう。

でも、いらないと思う。
寺院の建築と孔雀の組み合わせが絵になるというわけでもない。


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聖ナウム寺院にて記念撮影。
ここも今回の旅行の目玉の一つだったのだが、なんだかパッとしない。
きっと曇りがちの天候のせいだろう。
夏は観光客でにぎわうこの場所も、9月に入ったためか、がらんとしている。


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それにしても寒い。
オフリド湖はサマー・リゾートのはずなのに、まだ9月なのに、寒い。
寒さに耐えきれず、自動販売機で温かい飲み物を買ってしまった。


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なんともやりきれない気分でバス停に向かっていると、急に太陽が姿を現した。
さっきまでどんよりとしていた湖が、さっと青色に染まる。
景色が一瞬にして変わった。

美しい。

きっとこの陽光の下、聖ナウム寺院も光り輝いていることだろう。
これは引き返してもう一度見なければ。

だが、このバスを逃すと、次は昼過ぎまでない。
貴重なオフリドでの数時間を、バス待ちなんかのために浪費したくない。

でも、明るい陽の下で聖ナウム寺院も見てみたい。


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誘惑に抗えず、寺院へと駆け戻った。
バスは逃すことになるが、後のことは後で考えることにしよう。
私は今を生きるのだ。

急いで写真を撮ったものの、かなりの部分が影に覆われている。
まだ朝早いので、太陽の位置が低いのだ。

観光客で混雑する時間帯を狙ってきたつもりだったのだが、どうやら裏目に出てしまったようだ。


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雲が多く、太陽はすぐに隠れてしまう。
それでも、晴れた瞬間のスヴェティ・ナウムはとても美しい。
ここは高台にあるので、オフリド湖が一望できる。
もしも晴れていればきっと、息を飲む光景を見ることができるはず。

晴れていれば・・・


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寺院を後にして再びバス停に向かっていると、また晴れてきた。
ついてない。
もう少し粘ればよかった。

このスヴェティ・ナウムには食事をする場所の他、宿泊設備も整っているらしい。
きっと夏の昼間は観光客でごったがえすのだろうが、今は人気がない。
湖畔のレストランも開いているのか閉まっているのかわからない状態だった。

今度来る時は、よく晴れた日を選ぼう。
湖を眺めながらの食事は格別のはずだ。


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バス停に戻ると、大型バスが停まっていて、たくさんの観光客が降りてきた。
いい具合に空は晴れている。
みなさんはラッキーですね。
きれいな寺院と、きれいなオフリド湖が見れますよ。

それに比べて俺は、帰りのバスの逃して足止めを食らっている。
なんてざまだ。


ヒッチハイクをしようにも、ここから幹線道路に出るまではかなりの距離がある。
売店でバスの時刻を確認すると、次のバスは12:30だという。
冗談じゃない。
今日はオフリド観光のメインの日。
貴重な午前中をまるまる失ってたまるか。

それにしても、このバスの本数の少なさはなんとかならないのだろうか。

こんな事態に備えてか、バス停には1台のタクシーが停まっていた。
ここからオフリドまでは車で約1時間。
いくら物価の安い東欧とはいえ、タクシーを使うとなれば、さすがにかなりの出費を覚悟しなければならないだろう。

仕方がない。
時間を金で買うとしよう。

決心したものの、貧乏性の私はタクシー運転手に声をかけるまでに長い間ためらってしまった。
そしてその優柔不断さが命取りとなる。
目の前で他の観光客にタクシーを奪われてしまった。


土埃をあげて走り去っていくタクシー。
呆然と立ち尽くす私。
なんてこった。
これでオフリドに帰る手段はなくなってしまった。


その様子を見ていたのだろう。
どこからか男が現れた。

「オフリドに戻りたいのか? 俺の車で送ってやるぞ。 5ユーロでどうだ」

おそらく彼の提示した値段はタクシーを使うよりも安いだろう。
だが、人の足元を見るかのようなそのやり口に腹が立ったので、彼の提案を断った。

「いいのか? 次のバスは12:30だぞ。まだ3時間以上もあるんだぜ」

確かにその通りだった。
彼にお金を払ってオフリドに戻るのが最良の手段だ。
だが、このままむざむざとこの男の言いなりになるのは無性に悔しかった。

彼は草むらに入って、野草や木の実を集めている。
その余裕しゃくしゃくの態度が、また腹立たしい。

考えろ。
なにかいい方法があるはずだ。

・・・

名案は浮かばなかった。
しゃくにさわるが、男に金を払ってオフリドまで送ってもらうことにした。



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最初はあまりいい印象を持てなかったこの男だが、よくよく話してみると、けっこういい人だった。
時々車を停めては、解説をしてくれる。
にわか観光ガイドだ。
これは安い買い物だったかもしれない。

彼はいったいどういう経歴の持ち主なのかはわからないが、なかなか知識が豊富な人だった。
英語だってしっかりしている。

マケドニアは旧共産圏の国のはずだ。
教育体制だって日本に比べればはるかに見劣りするにちがいない。

それなのに、オフリドではなぜかよく英語が通じた。
一大リゾート地だからだろうか。


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晴れた日のオフリド湖は美しい。
その湖畔をドライブするのだから、これまた気持ちいい。
リゾート地というのも悪くないな。


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カラフルに落書きされたトーチカ。
ほんの少し前まで、このトーチカは国中のいたるところで見られたそうだ。

そしてアルバニアでは今でもたくさん見ることができるという。
私は明日、アルバニアに入る。

ステルス戦闘機やミサイルの飛び交う現代戦で、こんな物がいったいどれほど役立つのだろうか。


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オフリドの街が見えてきた。
快適なドライブもそろそろ終わりだ。



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このおじさんの車でオフリドまで帰ってきました。
お金は取られたけど、なかなかいい人だったな。




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オフリドに戻ってきて、いきなり写真撮影を頼まれました。
彼はクルーズボートの船長らしい。


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そしてこの人はその助手っぽい。
オフリドの人は本当に侍が好きらしい。


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まずは聖ヨハネ・カネオ教会へと向かいます。
今日は快晴なので、さぞかし見ごたえがあることでしょう。

そしてここでも観光客につかまります。


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聖ヨハネ・カネオ教会。
オフリド湖の蒼とよく似会います。


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昨日のひげもじゃの彫刻師に会えるかと思ったのですが、彼の姿は見えませんでした。

教会の裏手に細い道があって、山の上へと続いています。
「ひょっとしたら絶景スポットがあるかもしれない」と思って登ってみたら、やはりありました!


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私はこの角度から見る聖ヨハネ・カネオ教会が大いに気に入りました。
これはもう写真を撮らずにはいられない。

ただ、セルフタイマーを使って思い通りの写真を撮るのって意外と難しいんです。
おまけにここは崖の上。
シャッターが下りる前に急いで駆けていくと、勢い余って崖下に転落しかねません。

教会とオフリド湖と私。
この3者がうまい具合に写真に納まるように、何度も何度も撮り直しました。


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「手伝ってあげようか?」

不意に後ろから天使の声が聞こえました。

何度もカメラと崖の間を往復している私を見かねて、この女の子が写真を撮るのを手伝ってくれました。
今まで写真を撮るのに夢中で気づきませんでしたが、彼女もこの場所で聖ヨハネ・カネオ教会の絵を描いていたのです。
なんたる不覚!
こんなにかわいい女の子の存在に今まで気づかなかったとは。
ほんとにマケドニアは美人の宝庫だなあ。


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彼女にみとれて、なんだか写真なんてもうどうでもよくなってきました。


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丘をさらに登っていくと、また教会があります。
おそらく、聖パンテレモン教会でしょう。
ここでうかつにもトラップにかかってしまいました。

ガイドブックには、各教会には入場料が必要なことが書いてあったのですが、今まで支払ったことはありませんでした。
おそらく、建物の内部に入らないかぎり、自由に見学できたのでしょう。

そのため、この聖パンテレモン教会にもふらふらと近寄っていったわけですが、ここは外から見るだけでもばっちりと料金を請求されてしまいました。

しまった。
そうと知っていれば、遠くからこっそりと眺めるだけにしておいたのに。


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聖クリメント教会。
私にはそれぞれの建築物の違いなんてわかりませんが、このオフリドの建築群はそれぞれがいい味をだしています。
どれも気に入りました。
けっこう写真を撮りまくったので、今日一日だけでかなりメモリーを消費してしまいました。


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侍の衣装を着ていると、よく子供たちにからかわれます。
うう、恥ずかしい。

でもいいのさ!


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なぜなら、この衣装のおかげでこんなグラマーなお姉さんを二人もゲットできるのだから。

それにしても、マケドニア人の女性というのはどうしてこんなにも魅力的なのだろう。


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サミュエル要塞は有料でしたが、せっかくですから入ることにしました。


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おそらくここがこの街で一番の高台なので、景色は抜群です。


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風にたなびくマケドニア国旗。


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サミュエル要塞自体はたいして見ごたえはありませんでしたが、そこから見える景色はよかったです。
湖から吹く風も心地いいい。

ドラガンとの約束に遅れそうだったので、急いで丘を降ります。
しかし、そういう時に限ってやっかいな連中と出くわす羽目になる。


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体格のがっしりした二人組。
笑顔のようなものを浮かべてはいるが、目は攻撃的な色を帯びている。

「俺は空手をやってるんだ。ショウトウカンだ!知ってるか?」
そういいながら拳を突き出し、蹴りの動作をする。

もう一人の男は日本語もどきの言語で道場訓のようなものを読み上げる。
聞けば、オフリドの近くには空手の道場もあるらしい。
昨日は合気道の道場生に会った。
日本の文化の影響力ははかり知れない。

「お前、サムライなんだろ? だったら空手はできるよな? ちょっと俺たちの相手をしろよ」

侍の衣装を着て歩いていると、いろんな反応が返ってくる。
が、今まではおおむね良好的なものだった。
ここまであからさまに挑発されることはめったにない。

「いや、俺は用事があるから・・・」
と言ってその場を立ち去ろうとしたのだが、彼らは私を離してはくれない。

「おいおい。つれないこと言うなよ。 ここじゃなんだから、向こうの林の中へ行こうぜ」
もう一人の男は準備運動のつもりなのか、
「イチ! ニッ!」
といいながら、空手の突きの動作を繰り返す。

私は空手をやっていた。
組み手はきらいじゃない。
だが、ここで彼らを相手に手合せしても、なにも得るものはない。
まだ沿ドニエストル共和国のカンフーの達人とやりあうほうがずっとおもしろうそうだ。

彼らは道をふさいで私の行く手を阻んでいたのだが、かなり強引に押しのけてその場を逃れた。
後ろから挑発的な声が飛んでくる。

「逃げるなよ臆病者。その侍の衣装ははったりか?」

悔しかった。
彼らの空手のレベルは低かったから、二人相手でも勝てただろう。
でも、それでどうなる?
彼らの道場では、「武術はみだりに使うべからず」ということは教えないのだろうか。


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オフリド湖の水の色は、なんとも形容しがたい色をしている。
この色を見ていると、昨日もらったラキアを思い出した。
さっきのごたごたのせいで、ドラガンとの約束の時間に遅れてしまった。
急がねば。


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もう一度振り返って、聖ヨハネ・カネオ教会を仰ぎ見る。
やはり美しい。
今度はボートに乗って、湖の上から眺めることにしよう。



桟橋に着いてドラガンの船を探したのだが、どこにも見当たらない。
しまった。
約束の時間に遅れたから、もう行ってしまったんだな。
昨日あんなによくしてもらったのに、約束を破ってしまった。


あてもなく湖面を眺めていると、別のクルーズ船の船長が寄ってきた。

「俺の船でオフリド湖を遊覧しないか?」

きっとドラガンは他の客を乗せてクルーズに出かけてしまったのだろう。
でも、待っていたらそのうち帰ってくるかもしれない。

「悪いけど、他の船に乗る約束をしているんだ」

そう答えると、意外な答えが返ってきた。

「知ってる。ドラガンだろ。奴はさっきまであんたのことを待ってたが、なかなか現れないんで沖へ出ちまった。
 待ってな。 今奴の携帯に電話してやるから」

なんと、彼はドラガンの知り合いだったのか。

「ここで待ってな。すぐにドラガンが戻ってくるから」


彼の言った通り、すぐに沖合からボートのエンジン音が聞こえてきた。
ドラガンだ。


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ドラガンは二コラとその息子も呼んで、4人でオフリド・クルーズに出かけることになった。
天気は快晴。
船長も同伴者もみな気のいい奴ばかりだ。
そして美しいオフリド湖。
これ以上なにを望もうか。


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オフリドの街が遠ざかっていく。


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石でヘイゼルナッツと叩き割る二コラ。
ラキアにはこのヘイゼルナッツが一番合うそうだ。

彼は午前中、近くの山でこれを拾い集めていたらしい。
どんだけひまなんだよ、お前。

そして味の方だが、はっきり言っていまいち。
わざわざ石で殻を割らないと食べられないという手間のわりには、なんの味もしない。

コンビニで売ってるつまみの方がよっぽどおいしいよ。

それでも二コラは次々と殻をむいて私に渡してくる。
食べないわけにはいかない。


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ある程度沖に出たところでボートを停めて、ラキア・タイム。
って、ドラガン、あんたも飲むのか?

酔っ払い船長の操るボートに乗るのはいやだなあ。
でもまあいいか。
たとえなにかあっても、このくらいの距離なら泳いで帰れる。
もちろん酔っ払いどもは放置しますよ。


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ドラガン船長自家製のラキア。
相変わらずいい色をしている。
オフリド湖にぴったりだ。


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とはいうものの、私はあまりお酒に強くありません。
しかも揺れるボートの上。

ううっ。
気持ち悪くなってきたぞ。


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ドラガンは聖ヨハネ・カネオ教会の沖合でもボートを停めてくれました。
オフリド湖の上から聖ヨハネ・カネオ教会を眺めながらラキアのグラスを傾ける。
これ以上のぜいたくはありません。


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湖畔にたたずむ聖ヨハネ・カネオ教会。
どの角度から見ても絵になります。


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ドラガンが見せてくれたオフリド湖の地図。
湖の真ん中に線が引かれているのがわかるでしょうか。
これがマケドニアとアルバニアの国境なんだそうです。
湖の真ん中に国境があるんですね。

私が今朝スヴェティ・ナウムで見た軍事施設は、どうやら国境守備隊の基地のようです。
というのも、アルバニアから越境してくる密漁者を取り締まる必要があるからだとか。

いわばあそこは最前線。
そんな軍事基地に、私は知らないうちに入り込んでしまったわけです。
それも、侍の格好をして。

よくも撃ち殺されなかったものだ。


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さらに奥へと進んでいくと、水着姿の人が見えます。
このあたりは観光地からはかなり離れているので、ゆったりとくつろげそうです。


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それほど大きな湖ではないのに、オフリド湖の透明度はおそろしく高い。
水はなんともいえないきれいな色をしている。
今日は快晴。
聖ヨハネ・カネオ教会を眺めながら泳いだら、さぞかし気持ちいいだろうなー。
私がぼそっとつぶやくと、
「泳げよ」
とみんなに言われました。

そう言われても、私は水着を持ってきていません。
「パンツで泳げばいいじゃないか。どうせ誰もいないんだから」
とドラガンたちは言います。

それもそうだな。
こんな美しい湖を見せられて、泳がずに帰れるか!


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パンツ一枚になってオフリド湖に入る私。


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夏とはいえ、まだまだ水は冷たい。

ところで、この湖には危険な生物は棲息していないだろうな。

「がははは! 心配するな。ここだけの話、この湖にはサメがいる。 オフリド・シャークだ!」

いや、ドラガン、この状況でそんなジョークは聞きたくないぞ。


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それではひと泳ぎしてきまーす。


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憧れの聖ヨハネ・カネオ教会を眺めながらオフリド湖で泳ぐ。
これ以上のぜいたくが他にあろうか。

これにて本日のミッション完了!


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さらにもうひと泳ぎして、教会にグッと近づいてみました。
私は昔、水泳の選手だったので、泳ぐのは得意なのです。


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しかしさすがに疲れたので一休み。
砂浜じゃないのが残念だけど、とにかく気持ちいい!
水に濡れて重くなったパンツがずり落ちそうだけど、そんなことは気にしないのさ。


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少し休憩して、すぐまた泳ぎ始めます。
とにかく気持ちいい。
このままいつまでも泳いでいたい。

「おーい、マサト。 いつまで泳いでいるつもりだ? さっさと上がって来いよ。メシの時間だぞ。」


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水があまりにも透明なので底がくっきりと見えるのですが、オフリド湖はかなり深いです。
今度来る時は水中メガネを忘れないようにしよう。


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最後にもう一度、聖ヨハネ・カネオ教会を通り過ぎます。
どこから見ても絵になる教会だけど、湖の上から見る姿もまた格別だな。

着替えのパンツは持ってきていないので、乾かすために私はずっとボートの上でパンツ一丁でした。

「おい、マサト。 いつまでそんな格好でいるつもりだ? もうすぐレストランに着くぞ。 パンツ一丁で食事するつもりか?」

まだパンツは濡れたままでしたが、その上から服を着ざるをえませんでした。


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あいかわらず酒浸りの二コラ。
この男はいったいどんな素性の人間なんだろう。

と思っていたのですが、なんと、彼はハングライダーのヨーロッパチャンピオンだというではありませんか。
夏の間はオフリド湖の近くでハングライダーを教えているのだとか。

「空を飛ぶのは気持ちいいぞ。 マサト、お前もやるか?」

ハングライダーには前から興味がありました。
ヨーロッパチャンピオンに教えてもらえるなんて光栄です。
来年の夏は、ついにハングライダーデビューか?

酒のまわった二コラは武勇伝を語り始めます。

「俺はオリンピック代表だったんだぜ」

ん?
オリンピック種目にハングライダーなんてあったっけ?




オフリド湖に面したレストランは、いかにもリゾートにふさわしい雰囲気を醸し出していた。
人生の楽しみ方を知り尽くした達人たちが、優雅に夏を謳歌している。
みすぼらしい東洋人の自分には、場違いな気がする。
ドラガンたちが一緒でなかったらきっと、自分一人ではこんなまぶしい場所には来れなかっただろうな。

レストランの中を見回してみたが、マリアの姿は見えなかった。
もしかして今日は非番なのか?
ここへは彼女の顔を見るために来たようなものなのに、マリアに会えないとしたら意味がない。
悲しい気分になったが、二コラたちが従業員になにか言っている。
きっとマリアを呼ぶように言ってくれているのだろう。
そう思いたかった。
一抹の不安はまだ残るが、考えてもしかたがない。
彼女には彼女の都合もあるのだ。

料理はドラガンたちにすべて選んでもらった。
彼らは地元の、しかも観光のプロなのだ。
彼らにまかせておけば安心だろう。

料理をみんなでシェアしたので、いろんな種類のマケドニア料理を味わうことができた。
同じマケドニアでも、スコピエとオフリドとではその内容はずいぶん異なる。
みんなでわいわい囲む食卓は楽しかった。
一人で旅行している身には、これ以上ないぜいたくな時間だった。

これでマリアさえこの場所にいてくれたら・・・

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「ハイ! 呼んだ?」

マリアだ!
彼女が来てくれた。
いったい今までどこにいたのだろう。

うれしくて、食事なんてそっちのけで、ついつい彼女と話し込んでしまう。
マリアは仕事中だから、私たちのテーブルにつきっきりというわけにはいかない。
オーダーが入ればそちらへと向かわなければならない。
それがまたもどかしい。
ああ、マリア。
彼女を独占できたらどんなにか幸福だろう。

やはりマリアは日本文化のファンだった。
私の話を興味深そうに聞いてくれる。


「ちょっと待ってて、マサト。あなたに見せたいものがあるの」
そう言って彼女は店の奥へと引っ込んだ。

二コラがからかうようにマリアの真似をして言う。
「マサト、あなたに見せたいものがあるの」
そう言って、シャツのボタンをはずし、胸を開く仕草をした。

「えっ、ほんとに! そんなもの見せてくれるの?」
そんなはずあるわけないのに、ちょっと期待してしまう自分が恥ずかしい。

店の奥から戻ってきたマリアの胸には、2冊の日本語辞書が抱かれていた。
こんなものをバイト先に持ってくるなんて、彼女はよっぽど日本のことが好きなんだろう。

ほとんどの日本人は、マケドニアのことなんてよく知らないと思う。
それなのに、このオフリドの湖のほとりには、日本のことをこよなく愛する少女がいる。
そう思うと、なんだか不思議な気がした。


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食事を終えたドラガンたちは、私を残して帰っていった。
「じゃあな、マサト。マリアとうまくやれよ」

な、なんなんだ、こいつらは。
妙なところで気を使いやがって。


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ひと泳ぎした私は、お腹がかなり減っていて、まだ食べたりなかった。
それに、マリアとももっと話していたかったので、追加でここの名物、マスを注文することにした。

オフリド湖産のマスと、輸入物のマスとでは、値段に雲泥の差がある。
だが、せっかくオフリド湖に来ているのだから、やはりオフリド湖で採れたマスを試してみたい。
それに、マリアの前でいい格好もしたかったのだ。

運ばれてきたマスは、お世辞にも豪華だとは言えなかった。
でもそんなことはかまわない。
運んできてくれたのはマリアなのだ。
彼女はひまを見つけては、私のテーブルに来ておしゃべりをしていく。
そうだ。私はここにマスを食べに来たわけではないのだ。


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マスを食べる時に、ナイフとフォークだけでなく、どうしても指を使うことになるのだが、魚を触って汚れた手を拭く特別なおしぼり器というものがあった。
マリアはそれの使い方を丁寧に教えてくれる。
そのおしぼりは、とてもいい匂いがした。

記憶と匂いは密接に関係している、という話を聞いたことがある。
私にとって、このおしぼりのいい匂いが、マリア、いや、オフリド湖の記憶と結びつくことになるのだろう。
もっとも、たとえこの匂いがなかったとしても、彼女のことを忘れることなんてできないのだが。


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食後のデザートを運んで来た時、マリアにメモ用紙を渡された。

「マサト、今夜、会える? 私はバイトで10時までここにいなきゃならないの。
 お客さんの状況しだいで、もしかしたら11時くらいになるかもしれないんだけど」

明日はアルバニアに向けて、早朝に出発しなければならない。
ここの国境越えはかなりややこしく、ハードだという話を他の人のブログで見た。
本来なら明日に備えて、今夜は早く寝なければならない。

だが、マリアからの誘いを断れるはずがない。
必ず会う。
這ってでも行く。

夢見心地でデザートを食べた。
こんなに甘いデザート、今まで食べたことがない。


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このレストランは観光客だけでなく、地元の人もけっこう利用しているようだ。
みんな顔見知りで、マリアは彼らの間でかなり人気があるらしい。
あちこちのテーブルから、ひっきりなしにお呼びがかかる。
「マリア! マリア!」
そのたびに彼女は忙しそうに、座席の間を走り回る。
マリアを呼ぶ男たちの声を聞きながら、私は彼女の後姿を目で追う。

「悪いな、野郎ども。あいにく今夜、マリアには先約があるんだ」


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テーマ : (恋愛)波瀾万丈・激動の恋愛documentary
ジャンル : 恋愛

スコピエ~オフリド湖(マケドニア)

スコピエ~オフリド湖(マケドニア)


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カウチサーフィンのホスト、アナと。
スコピエには2泊したのですが、彼女の家には1泊しかできませんでした。

スコピエはあまりおもしろそうな街ではなかったので、2泊でじゅうぶんだろうと思っていたのですが、ちょっともったいないことをしたかな、と反省しております。

たしかにスコピエの街自体はそれほどたいしたことなかったのですが、ホストのアナはよかった。
カウチサーフィンを利用して旅をしていると、そこで出会った人の印象が、その街の印象にかなり大きな影響を与えるのです。

知的なのに情熱的。
繊細なのに豪胆。
いろんな面を併せ持つマケドニア人女性というのは、スラヴ民族の中でも、かなり強烈な特色があるように見受けられました。

その土地土地に住む人を観察しながら旅をするのって、ものすごくおもしろいです。
やっぱり私はカウチサーフィンじゃなきゃ旅行できないや。


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今日は平日なので、当然アナには仕事があるのですが、忙しい中、私に朝食を付き合ってくれました。

マケドニアの朝食といえば、やはり「ブレキ」だろう、ということで、彼女が連れてきてくれたのがここ。
ブレキというのは、ようするに「パイ」なのですが、朝からなかなか濃いーなー。
マケドニア人が彫りの深い顔立ちをしている理由がわかったような気がしました。



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今日は朝からすがすがしい快晴。
スコピエの街を見下ろす山の頂上にはミレニアム十字架がくっきりと見えます。
その十字架を眺めながら食べるバルカン名物のブレキの味はまた格別です。

スコピエを離れるのがもったいなくなってきました。
というより、アナと別れるのが名残惜しいというべきか。


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なんとなーく、「スコピエ~オフリド」って書いてあるような気がする。

このバスの運賃、ガイドブックに載っている値段よりかなり安かったです。
普通、ガイドブックの情報よりも価格が上がっていることの方が多いので、安かったりすると不安になります。
ほんとにこのバスであっているのだろうか。


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鉄道網があまり発達していない東欧では、ミニバスが市民の重要な足となっています。
なので、通常、車内はかなり生活臭がただよっているのですが、オフリド行きのバスは違います。

まず、乗客の年齢層が若い!
おまけに肌の露出度が高い!
日焼け止めや香水の匂いがプンプンする!

もうね、なんとも言えない解放感にあふれているんですよ。
オフリド湖といえば、東欧屈指のリゾート地(らしい)。
夏のバカンスに向かう人々の熱気で、ミニバスの中はムンムンとしています。

わけのわからない熱気にやられて、つられて私もなんだか興奮してきました。
もしかしたら、ひと夏のアヴァンチュールが待ってるかも?!


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スコピエ~オフリド間のドライブは快適そのもの。
カラッとした天気で、窓の外を眺めるのが気持ちいいです。

マケドニアにはなにもないけど、こののどかな風景が私は好きです。
山と山の間に小さな村落が点在しています。
家と家の間も広く離れていて、日本とは大違い。


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こんな小さな集落にもモスクが存在するんですね。
ここの人々はよほど信心深いようです。


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途中のバスターミナルで車が停まります。
外に出て体を伸ばすのが気持ちいい!

いかにも夏らしい空の下、山の稜線がくっきりとしてきれいでした。


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ここで別の車に乗り換えです。
オフリドから来た乗客と、スコピエから来た私たちとがそれぞれのバスを交換する形となりました。

なんだかよくわからないけど、めんどくさい。


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そうこうしているうちに、オフリドに着いたようです。

「オフリドだ。ここで降りるか? それともバスターミナルまで行くか?」

と聞かれたのですが、とっさには答えられませんでした。
私はあまり綿密な計画をたてるタイプではなく、いつも着いてからその場で考えるからです。

あわてて地図を見ると、どうやらオフリドのバスターミナルは街の中心部からはかなり離れた所にあるようです。
ここで降りることにしました。

しかし、その前にすることがあります。
現在地を確認せねば。

というのも、以前私はラオスで、変な所でバスを降ろされて、その後数時間、重いリュックを担いで歩くはめに陥ったことがあるからです。

運転手を捕まえて、「ここはどこだ?」と聞いたのですが、「オフリド」という答えしか返ってきません。
そんなことはわかってるんだよ。
ここはオフリドのどこなのかを聞きたいんだ!

地図を見せて現在地を示すように促したのですが、なかなか要領をえません。
地球の歩き方に載っている地図は、通り名が現地の言葉で表記されています。
それなのに、彼は地図上で現在地がどこかわからないようです。
地図の読めない運転手の車に乗っていたのか、俺は・・・

悪戦苦闘したあげく、運転手は地図を指さしながら答えました。
「ここだ(と思う)」

彼の口ぶりはいかにも適当で、まったく信用できません。
(そして実際、彼は間違ってました。後でわかったことですが・・・)

それでもまあ、ここで降りることにしました。
今夜の宿を予約してあるわけでもないし、まだ日没までには時間があります。
なんとかなるでしょう。



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バスを降りたとたん、一気にテンションが上がります。
いかにも南国!といった雰囲気がビンビンと伝わってくるんです。

たしかギリシャもこんな感じだったような気がする。
気候風土が似ているのだろうか。


タクシーの運転手が何人か寄ってきましたが、地図を見る限り、オフリドの街はそれほど大きくはありません。
タクシーを使う必要はないでしょう。

そして、怪しげなおじさんも近づいてきました。

「今夜の宿はもう決まってるのか? まだならうちに泊まればいい。湖からは近いし、値段も安いぞ」

どうやら彼は、プライベートルームの勧誘に来たようです。
プライベートルームとは、日本でいう民宿のようなもので、バルカン諸国では利用する機会が多いです。

ちなみに、地球の歩き方のマケドニアの項にはこんな記述があります。

「マケドニア人は気さくで旅行者に親切な人が多く、プライベートルームでの宿泊は、宿主の家族にお茶を誘われたり、ときには食事に誘われるようなことも起こりうるなど、一般のマケドニア人の生活に触れられるまたとない機会となりうる」


おおー。なかなかおもしろそうです。
だが、問題は値段。

ところが、このおじさん、なかなか値段を言わないんです。

「とにかくうちに来い。実際に部屋を見てから料金の話をしようじゃないか」

あ・や・し・い。
怪しすぎる。
こういう場合、値段は相場よりも高いにきまっている。

おじさんとの交渉を打ち切って、歩き出そうとしたのですが、このおじさん、なかなかしつこくて、私を離してくれないのです。
「だからいくらなんだよ!」
それがわからないかぎり、交渉のしようがありません。
何度もしつこく聞いて、やっと答えてくれました。

「7ユーロ」

7ユーロ?
安いじゃないか。
なんで最初からそれを言わないんだよ。

地球の歩き方には、プライベートルームの相場は1500円くらいからと書いてあります。
だとすると、7ユーロはかなりお得じゃないか。

はっ!
「もしかしてドミトリー?」

おじさんに問いただすと、やはりドミトリーでした。
しかもすでに3人ほど同宿の人間がいるというではないですか。

あぶないところだった。
ドミトリーなら安くて当たり前じゃないか。
やはりこのおじさん、かなりのくせものだな。

「ちょうど日本人も泊まってるぞ。うちに来いよ」

この一言で、私がドミトリーに泊まる可能性は消滅しました。
なんでマケドニアまで来て日本人とつるまなきゃならないんだよ。

「ドミトリーはいやだ。 個室ならいくら?」

と聞いたのですが、やはりおじさんは答えません。
「部屋を見てから話し合おう」、の一点張りです。

疲れた。
もういいよ、あんたのとこで。


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ここが、今夜私が泊まることになったプライベートルーム。

個室を見せてもらうと、なかなか豪華です。
値段もかなり安い!
なんで最初から言わないんだよ。
この値段なら即決したのに。
まったく時間の無駄だ。

私はこの個室に決めたのですが、おじさんはまだ不服そうです。
「なんでドミトリーにしないんだ?」

普通、バックパッカーは1円でも出費を切り詰めるために、ドミトリーに好んで泊まります。
私の身なりはみすぼらしいから、おじさんも親切でドミトリーを勧めているんだろうと思っていました。

でも、どうもその口ぶりから、彼は別のことを心配しているようです。
どうやら彼は、私が女を買ってこの部屋に連れ込むことを警戒しているようです。

そんなことするかよっ!
(そもそもそんな金は無い)

自分がそんな目で見られていたのかと思うとショックでした。
もちろん私はそんなことをするつもりは毛頭ありませんでした。
この時は。

しかし、このおじさんの心配は、単なる杞憂ではなかったのです。
(詳しくは別の記事で)


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時刻はすでに夕方でしたが、せっかくオフリドまで来ているのに部屋に閉じこもっているなんてもったいない。
ヨーロッパの夏は一日が長い。
軽く湖まで行ってみることにしました。

私の予算は限られているので、リゾート地はあまり好きではありません。
物価は高いし、おしゃれに着飾った人々を見ていると、なんだか自分には場違いな気がするからです。

でも、このオフリドは違います。
東欧屈指のリゾート地でありながら、それほどけばけばしくないんです。
それに、このカラッとした空気がなんとも言えない解放感を与えてくれます。
イスラム地区のしっとりした空気もいいですが、このオフリドもなかなか捨てたもんじゃありません。


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オフリド湖へと向かうメインストリート沿いには、たくさんの出店があります。
そのうちのひとつの店の人に呼び止められました。

「一緒に写真を撮ってくれ!」

侍の格好をしてヨーロッパを歩いていると、こういうことはよくあるのですが、それぞれの街ごとに反応は異なります。
スコピエではほとんど無視状態でした。

でも、ここオフリドは違います。
なんというか、人々のノリがいいんです。
南国のカラッとした風土が、人々の精神に影響を与えているのでしょうか。

お店の人は写真を撮った後、

「ありがとう。 お礼になにかやるよ。 欲しいものがあったらなんでも持っていきな!」

と言ってくれたので、お言葉に甘えて、絵葉書を一枚もらいました。
しかも大きいサイズのやつ。

役得、役得。


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宿からオフリド湖まではすぐのはずなのですが、たくさんの人からの写真攻勢を受け、なかなか前に進めません。
10メートルおきに声をかけられます。

マケドニア人はサムライが好きなのか?!


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ようやくオフリド湖に到着。


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湖なんて世界中どこも同じはずなのですが、やはり人気リゾートはなにかが違います。
心の底からウキウキ感が湧き上がってくるんです。
リゾート地なんて嫌いだったはずなのに、なんとも言えない解放感に包まれました。


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「おい!」

鼻歌混じりで湖畔を歩いていると、どこからか声をかけられました。
あたりを見回してみたのですが、誰もいません。

「おい! ここだ!」

声は下の方から聞こえます。
湖岸に近寄ってみると、ボートの中に男が二人、私を手招きしています。


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「こっちへ来て、まあ一杯やっていけよ」

男たちは私を船へと誘います。

どうやらこれは遊覧ボートのようです。
乗ったが最後、無理やり出港して、乗船料をとられるんじゃないだろうか。
知らない男たちの船に乗り込んだりしたら、拉致されて北朝鮮に連れていかれるんじゃないだろうか。

いろいろと不安が頭をよぎりますが、そんなことを気にしていたら旅なんてできません。
ここは素直に彼らの誘いに応じることにしましょう。


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「ウェルカム・ドリンクだ!」

船長らしき男は船倉の扉を開けて、一本の瓶を取り出しました。
バルカン諸国の国民酒、ラキヤです。
なんと、彼の自家製だというではありませんか。

瓶の中には、なにやら得体の知れない怪しい海藻が漬かっています。
まさか、俺にこれを飲めというのか。


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普段お酒を飲まない私には、ラキヤはきつすぎます。
こんな強い酒を船の上で飲んだりしたら、すぐに気分が悪くなってしまうことでしょう。

でも、飲まずにはいれらませんでした。
エメラルドグリーンというのでしょうか。
グラスに注がれたラキヤは、何とも言えないきれいな色をしています。

私はお酒のことはよくわかりませんが、このラキヤは普通のラキヤとは違います。
オフリド湖の上で飲むラキヤは、どんな高級バーで飲むものよりもぜいたくな味がしました。

「明日はオフリド湖で泳ごう」

なんの脈絡もなく、ふと、そんな考えが沸き起こってきます。



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左が船長のドラガン。
彼は私と話をしている最中でも、観光客が船のそばを通るたびに、

「サムライと一緒にオフリド湖クルーズはどう? サムライ・ツアーだ!」

と声をかけています。

この野郎!
俺を客寄せパンダに使いやがったな。


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船長の帽子を借りて記念撮影。


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「コンニチハ!」

日本語で声をかけられました。

というのも、この男性、日本に暮らしていたことがあるそうです。
神戸のラジオ局でDJをしていたのだとか。
なんと、日本でCDも出したといいます。

いやー、世界ってせまいなー。


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今度はひとりの美少女が私のことを見つめています。
最初は気のせいかと思っていましたが、なんだか私を見つめる彼女の目がハート型になっています。

それもそのはず、彼女は日本のことが好きで好きでたまらないのだとか。
日本語を毎日熱心に練習しているというではありませんか。

そうか。俺のことが好きなんじゃなくて、この侍の衣装を見つめていたんだな。
そんなこったろうと思ったよ。


彼女の名はマリア。

「オフリドでも日本人の姿はたまに見かけるけど、侍の衣装を着ている人を見るのはこれが初めてよ」

それはそうでしょう。
まともな日本人はこんな格好で旅行したりはしませんから。

だが、恥を忍んで着てきたかいがあった。
こんなかわいい女の子と知り合いになれたのだから。


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「あっ、もうこんな時間。 もう行かなきゃ。
 私、この近くのレストランでバイトしてるの。 あなたともっと話したいわ。 よかったら来てくれる?」


行く行く行くー。 
なにがあっても絶対に行きます!


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私がマリアとの蜜月を楽しんでいる間に、 二コラはいつの間にか家族を呼び寄せていました。
どんだけひまなんだよ、お前。

平日の昼間っからボートの上で酒を飲んでいる二コラ。
彼はいったい何者なんだろう。

夏のバカンスにでも来ているのだろうか。
いずれにせよ、ゆったりとした時間を楽しむ彼の姿勢は、日本人とはほど遠い物です。
彼らは人生の楽しみ方を知っている。
日本人にはない心の余裕を持っている。
私もそんな人生を送りたいものだ。


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船長のドラガンは

「今からクルーズに行こうぜ。 安くしとくからさ」

と言いますが、もうすぐ日が暮れます。
どうせならもっとゆっくりと楽しみたい。

なので、明日、ドラガンの船でオフリド湖巡りをする約束をして別れました。


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出窓が特徴的な建築スタイル。
これは後日、アルバニアでたくさん見ることになります。

あとでガイドブックを確認したら、どうもここは国立博物館っぽい。
しまった! 見過ごした。


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オフリド湖は真珠の産地としても有名なんだそうです。
まあ、興味ないけど。


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オフリドなんて小さな街なのに、教会の数はやたら多いです。
その独特の形を見ていると、「ああ、オフリドに来たんだなー」という実感がわいてきます。


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彼は日本の古い映画が好きだと言っていました。
ほとんどの日本人はオフリドのことなんて何も知らないのに、オフリドの人は日本のことをよく知っている。
やっぱり日本ってすごいんだな。


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結婚式の写真を撮っていたカップルに、「一緒に写ってくれ」と頼まれました。
光栄です。


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せまい階段でサッカーをする子供たち。
そういえばこの街では広い空き地を見かけなかったな。
こんな場所でサッカーをしてたら、さぞかしボールコントロールがうまくなることでしょう。


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オフリドの人たちはほんとに陽気。

「まあ一杯飲んでいけよ」

とカフェに誘われました。
オーナーのおごりです。
やっぱり侍の衣装はお得だなー。


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今度はレストランに連れ込まれました。
ウェイターやシェフに取り囲まれて記念撮影。
ここでもコーヒーをご馳走になりました。
うう。 げっぷが出そう。


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オフリドの街はほんとに風情があって飽きません。

石畳の路地。おしゃれなカフェ。
アップダウンの激しい地形のおかげで、特徴的な教会の建物をいろんな角度から眺めることができます。
そして時おり姿を見せるオフリド湖。

私のお気に入りの街の一つになりました。
死ぬまでに絶対にもう一度ここに来よう。
今度は誰かと一緒に来たいな。


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古代劇場跡。
いつ頃の時代のものだろう。
しまった。予習を怠ったから、この街の歴史的背景なんて全然知らないや。
きちんと勉強してから来れば、また一味違った見方もできたことだろうに。


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教会がたくさんありすぎて、地図を見ても自分が今どの教会を見ているのかわからなくなってきました。


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聖クリメント教会。
この建築様式がとても気に入ったので記念撮影。
でも、太陽が沈みかけているため、なんだか薄暗い。
明日もう一度来よう。


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もうすぐ日が暮れるのですが、岬の先端にある聖ヨハネ・カネオ教会まで行ってみることにしました。
ここがこのオフリドのメインのような気がしたからです。


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夕陽で真っ赤に染まる聖ヨハネ・カネオ教会は、筆舌に尽くしがたいほど美しい。
思わず記念撮影。


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ちょうど夕陽がオフリド湖に沈む瞬間だったので、大勢の人が教会に腰掛けて景色を楽しんでいます。
でも、私は夕陽なんかよりも、この聖ヨハネ・カネオ教会の方が断然いいと思う。


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聖ヨハネ・カネオ教会に見とれていると、大柄の男が近づいてきました。
気のせいか、彼が私を見つめる目はハート形をしています。
まさか侍の衣装は美少女だけでなく、こんな毛むくじゃらの大男までも虜にしてしまうのか。

身の危険を感じた私は思わず後ずさりしたのですが、にじり寄ってくる彼のために、ついに崖っぷちまで追い詰められてしまいました。


実はこの男性、合気道をたしなんでいるのだとか。
オフリド湖の近くに合気道の道場があるなんて意外でした。

そして彼は彫刻家でもあります。
彼のアトリエは聖ヨハネ・カネオ教会の中にあるといいます。

「ちょっと寄っていきませんか」

と誘われたので、もちろん、お言葉に甘えることにしました。
普通の観光客は中に入れてもらえませんからね。
これも侍の衣装のご利益です。


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彼は教会から依頼されて、装飾を修復したりしているそうです。
そのひげもじゃの顔つきからは想像できませんが、かなり手先が器用なんでしょうね。


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彼はお土産なんかも作っているというので、オフリド周辺の土産物屋で売っている民芸品は、彼の作品である可能性が高いです。


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ライトアップされる聖ヨハネ・カネオ教会。
夕陽に染まる姿も圧巻でしたが、夜は夜でまた美しい。
明日は太陽に照らされる姿をボートから眺めるとしよう。


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オフリドのメインストリート。
昼間よりも夜の方が人通りが多い。
きっと暑い日差しを避けて、みんな夜に活動するのだろう。

このオフリドは有名観光地なのだが、他のリゾートとは違って、それほどうるさくない。
ちょうどよい活気があって、人混みが嫌いな私でも楽しめました。


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オフリドパールの店もけっこうあります。


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湖岸のレストランを何軒かあたって、ガイドブックに載っている「ロベチュカ・シュニツラ」という料理を食べようとしたのですが、
どこも扱っていませんでした。

なので方針を転換して、今夜はスーパーで買い物をして部屋で食べることに。
東欧はどこも物価が安いのですが、ここオフリドはリゾート地なので高いだろうと思っていました。

が、安い!
スーパーではほとんどタダ同然でパンやジュースが買えます。

明日はマリアのレストランで奮発するかもしれないので、今夜は節約だ。
それでも、マケドニアのビールは忘れずに購入しました。
その土地のビールを飲む。
ささやかなぜいたくです。


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今夜のところは、ダブルベッドに独りさびしく横たわります。
でも明日は!
明日はきっとなにかが起こる(はず)。

オフリド湖の熱風は、人の心を狂おしくさせます。



テーマ : 海外旅行記
ジャンル : 旅行

モスクで雨宿り(スコピエ、マケドニア)

スコピエでカウチサーフィン(CouchSurfing) スコピエ、マケドニア




このプライベートルームでは、朝食も宿泊料に含まれていました。
あまり豪華とは言えないけど、もらえるものはありがたくいただいておきます。


マケドニアでも、外国人旅行者は宿泊証明書が必要です。
公式には。

これまでの例から見て、きっと宿泊証明書はいらないだろうとも思えたのですが、やはり不安なので、宿主に要求しました。
しかし、
「え? 宿泊証明書? なにそれ?」
という反応が返ってきました。
やはりこのルールは死文化してしまっているようです。

まあ、なくてもいいや、と思っていたのですが、宿主からは思わぬ答えが。

「昨日のうちにインターネットで登録しておいたから大丈夫」

いかにもウソっぽい表情でウソっぽい答えが返ってきました。
ついさっき思いついたような顔をしています。
それに、私は彼らにパスポートを預けていないのに、どうやって登録したのでしょうか。



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これが私の泊まったプライベートルーム。
自分が予約した宿はホテルだとばかり思っていたので、この場所を探し当てるのに苦労しました。
夜中に、しかも雨の降りしきる中、何度もこの建物の前を素通りしたのです。


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昨夜はお金を払ってプライベートルームに泊まったのですが、今夜はカウチサーフィンを利用します。
ホストの住所はもらっているのですが、どうもわかりにくそう。
なので、スコピエ市内を観光する前に、一度ホストの家を下見しておくことにしました。
あらかじめ場所を確認しておけば、万が一暗くなってから到着したとしても、迷うことはないだろうと考えたからです。

そして実際、彼女の家はかなりわかりにくい場所にありました。
マケドニアも旧共産圏の一部。
その名残か、公共住宅は無機質で特徴がなく、どの建物も区別がつきにくいのです。


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ホストの家の下見を終え、いよいよスコピエ観光開始です。
この街を歩いていて気づいたのですが、おそろしく静かです。
車の数が少ないからでしょうか。
とにかく音が聞こえないのです。

と思っていたら、前の方からは馬車がやってきました。
なんと。
ここは首都の中心部なんだけどな。

いや、でも、騒々しいよりは静かな街の方が好きですよ。



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おっ!
なんだかマケドニアっぽい建物。
おそらく政府関係の建物でしょう。


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スコピエの観光地図。
なんだかいっぱい写真が載っていて、見どころ満載! なようにも見えますが、
この街はそれほどおもしろくありません。

でも、政府が必死で観光客を誘致しようとしている空気は伝わってきます。


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聖クリメント大聖堂。
なんだか奇抜な建築スタイルなので、思わず立ち寄ってしまいました。

でも、見たところかなり新しそうな建物です。
スコピエ全体に言えることですが、アレキサンダー大王の街にしては、歴史的建造物が少ないような気がします。


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聖クリメント大聖堂の中。
誰でも自由に入れます。
観光客向けではなく、市民の信仰の場のようです。


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スコピエの中心部、マケドニア広場についにやってきました。
おそらくここがスコピエ観光のハイライトなのでしょう。
お約束として、アレクサンダー大王と一緒に記念撮影。


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観光客の姿もちらほらと見えますが、それほど混雑しているというわけでもありません。
再開発が進んでいるのか、工事中の建物が多いような気がします。


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マケドニア門。
いかにも「マケドニア!」という雰囲気を醸し出しています。

が、かなり新しそう。

スコピエ市内にはたくさんのモニュメントがあるのですが、どれも真新しいものばかり。
ほとんどがここ数年内に作られたものだそうです。
ひどいのになると、去年できたばかりだとか。

アレキサンダー大王が活躍したのは2000年以上も前のことですが、この街にはどうも歴史を感じることができません。
マケドニア政府が観光客を誘致しようと躍起になって次々とモニュメントを建造しているようですが、あまりやりすぎると逆効果のような気もします。


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マケドニアといえば、アレクサンダー以外にも、マザー・テレサという偉大な人物を輩出したことで有名(だそうです)。
私はここに来るまで、マザーテレサがどこの国の人かさえ知りませんでしたが。


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ライオンと兵士の像。
なかなかマケドニアっぽいけど、やはり新しすぎてウソっぽい。


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カメン・モスト。
ガイドブックによると、オスマン朝時代に作られた石橋らしい。
そう言われてみれば、なんとなく風格があるような気もする。


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石橋を渡ってみます。


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石橋を渡った先にも多数のモニュメントが。
一応写真は撮りましたが、なんなんだろう、この物足りなさは。


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観光客と一緒に記念撮影。
侍の衣装を着て歩いているというのに、人々の反応は薄い。
東洋人の観光客はほとんどいないから、私の姿は目立っているはずなのに、どうもスルーされてるっぽい。
マケドニア人はもっと陽気なのかと思っていたのに、どうもイメージと違うぞ。


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石橋(カメン・モスト)の先をさらに歩いていくと、オールド・バザールと呼ばれる地区にでます。
ガイドブックによると、どうやらここはトルコ人エリアらしい。
そしてだんだんとイスラム色が濃くなってきます。
マケドニアにもムスリム地区があるんですね。
なんだかノヴィ・パザルを思い出してしまいました。
やはり私はイスラム文化が好きらしい。


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オールド・バザールとはいうものの、なかなかおしゃれな街並みです。
少なくとも私には、この地区はスコピエの中心部なんかよりずっとおもしろいです。


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道の真ん中に物乞いのような人が座っていましたが、このような光景は東欧に限らず、世界中どこでも見受けられる光景ですね。


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トルコ風の浴場でしょうか。
ううっ。このエキゾチックな雰囲気がたまらん!


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イスラム地区ですから、もちろんモスクもあります。


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写真だと伝わりにくいかもしれませんが、この通りを歩いているだけで、ものすごくウキウキした気分になります。
ムスリムの街並みって、なんとも形容しがたい雰囲気があるんです。
異国情緒に溢れているはずなのに、なぜかどこか懐かしい匂いがするのは、私の気のせいでしょうか。


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食事をする所を探していたところ、ショーウィンドーにおいしそうな食べ物が並んでいるお店を見つけました。
なんとなくマケドニアの伝統料理っぽい。
ガイドブックを確認したところ、どうも「タフチェ・グラフチェ」という食べ物に似ているような気がする。
お店の人に確認すると、「そうだ、タフチェ・グラフチェだ」という。

ガイドブックの写真と少し違うような気もしますが、店の人がそう言うのだから、まあ間違いないのでしょう。
ここで食事することにしました。


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これがその「タフチェ・グラフチェ」。
インゲン豆の煮込みらしい。
ガイドブックに書いてある通り、青とうがらしもついてきた。
これをちびちびかじりながら食べるのがマケドニア流らしい。

やっぱり旅行に出かけたら、その土地の食べ物を食べなきゃね。
ガイドブックをなぞってるだけだけど、私は旅の達人ではないのでこれでじゅうぶん楽しいのさ。


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このお店でトイレを借りたのですが、私は侍の衣装を着ているので、なにかと時間がかかる。
緩んだ紐を締め直して出てくると、店の主人が私を待っていた。
愛想の悪いイメージのあった店の主人だが、「ピクチャー! ピクチャー! OK ?」と言っている。
どうやら私と一緒に写真を撮りたいらしい。

店の奥から彼の父親らしき人も出てきて、みんなで一緒に記念撮影タイム。
なんと、食事代もチャラにしてもらえました。
侍の衣装を着ていると、役得が多いなー。
はるばる日本から持ってきてよかったー。


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食事の後も、オールド・バザールをブラブラと歩きます。
迷路のように小さな路地が入り組んでいるのですが、小さな街なので、しばらく歩くとすぐに見覚えのある場所に出てきてしまいます。
それでも楽しいんです。
私はほんとにこの街が気に入りました。


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侍の衣装を着ていても、スコピエの市街ではスルー状態だったのに、このオールド・バザールではいろんな人から声をかけられます。
トルコ系の人は陽気な性格をしているのだろうか。


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急に人通りが少なくなったと思ったら、雲行きが怪しくなってきました。
どうやら一雨きそうです。
雨宿りできる場所を探さねば。


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雨がポツポツと落ちてきたので、少しあせります。
丘の上にはモスクが見えます。
あそこなら雨をしのげる場所がありそうだ。


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このモスクで雨宿りさせてもらうことにしました。


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どのモスクにもこのような水場があるのですが、うまい具合に屋根もあります。
ここなら多少の雨はしのげそうです。

ここに逃げ込んだとたん、バケツをひっくり返したような大雨となりました。
ギリギリセーフ。

おそらく夕立なのでしょうが、この大雨じゃあ、しばらくは身動きがとれそうにありません。
なすすべもなく空を見ながらぼーっとしていると、突然スピーカーからお祈りのような声が聞こえてきました。
おそらくイスラム教のコーランでしょう。

すると、たくさんの人がモスクへと向かって歩いてきました。
おそらく礼拝の時間なのでしょうが、この土砂降りの大雨をもろともせず、大勢の信者たちがやってきます。
私は侍の格好をしていて、彼らからすれば明らかに「異教徒」です。
敷地内にいることを咎められるのではないかと心配でしたが、誰もなにも言いませんでした。

礼拝には大人だけでなく、子供たちもやってきます。
さすがに好奇心の旺盛な子供たちは、外国人である私のことをチラチラと見ていましたが、礼拝の時間が差し迫っているためか、モスクの中に駆け込んでいきました。

イスラム教の礼拝がどういうものか興味はありましたが、さすがに中に入って見学するだけの勇気はありません。
みんなモスクの中に入ってしまったので、再び私ひとりだけが外で雨宿りをすることになりました。


礼拝が終わり、人々は雨の中、それぞれの家へと帰っていきます。
信心深い人というのはすがすがしい空気を発していて、とてもおだやかです。

子どもたちは礼拝が終わった後、授業があるみたいで、モスクの隣にある教室へと入っていきます。
何人かの子供たちは私のことをチラチラと見ていきます。
その中の一人と目が合いました。
とてもかわいらしい女の子です。

彼女は足を止めて、私に何か言いたそうな表情をしたのですが、彼女の友人たちが私から逃げるように教室へと入っていったので、彼女も仕方なく立ち去っていきました。

「待って!」
と言って彼女たちを引き止めたかったのですが、「あまり変なことをするとイスラム教徒たちに殺されるかも」と怖くなり、声は出ませんでした。


雨はほとんど止んでいたのですが、さきほどの女の子のことが妙に気にかかり、雨宿りをするふりをして授業が終わるのを待つことにしました。
まるで変質者ですね。
日本の小学校の近くでこんなことをしたら、余裕で通報されるレベルです。


ほどなくして授業は終わり、子供たちが出てきました。
さきほどの女の子たちもいます。

例の女の子はまたもや私のことを見ています。
今度は覚悟を決めたのか、友達と一緒に私の方へと歩いてきました。
好奇心も勇気もある女の子のようです。



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右から2人目の女の子がリーダー格のようです。
私と話すのはもっぱら彼女だけ。
他の子は英語が苦手なのか、それとも恥ずかしがり屋なのか、一言もしゃべりませんでした。

「それは刀なの?」
リーダー格の女の子がたずねます。

「ああ、これ? これは偽物だよ。触ってみる?」
彼女たちを驚かせないように、できるだけおだやかな笑顔を浮かべながら刀を引き抜くと、彼女たちは一斉に息を飲みました。
よほど怖かったようです。


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彼女たちがそれぞれ手にしている物。
もしやと思い聞いてみたら、やはり、あのイスラム教の経典、「コーラン」でした。
実物を見るのはこれが初めてです。
彼女たちに見せてもらいました。

「コーラン」というと、もっと厳粛でおっかないイメージがありましたが、女の子たちのコーランは色とりどりのカバーに覆われています。
やはりどこの国の女の子も、こういうかわいらしい物が好きなんですね。


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しかし、そのかわいらしい外観とは裏腹に、中身はやはり難しそうなアラビア文字がぎっしりと詰まっています。

「これ読めるの?」
と彼女に聞くと、

「当然でしょ」
という顔をしていました。


カバーの中に、さらに布があって、コーランを包んで保護しているのがわかるでしょうか。
イスラム教徒にとって、コーランとはそれほど重要な物なのでしょうね。


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男の子たちも私に寄ってきました。
わんぱくさの中に、礼儀正しさも垣間見えます。

このおだやかな顔をした子どもたちも、大きくなったらイスラムの戦士として世界中で暴れるのだろうか。
アラーの名のもとに、異教徒を皆殺しにしようともくろむのだろうか。
とてもそんなふうには見えませんでした。

これは、彼らがまだ子供だからというわけではなさそうです。
このモスクに来ている他の大人たちも、みなおだやかな表情をしています。

仏教、キリスト教、イスラム教。
信仰に篤い人というのは、その奉ずる宗教とは関係なく、みんなおだやかな表情をしています。
凛とした姿勢をしています。

思うに、今、世界中を震え上がらせているイスラム原理主義者たちは、コーランの教えを誤解しているのではないでしょうか。
きちんとその協議を学習してこなかったのではないでしょうか。

「イスラム」と聞くと、思わず身構えてしまいますが、テロを行っているのはごく少数の例外だと思いたい。
ほとんどのイスラム教徒は、このモスクに通っている人たちのように、平和でおだやかなのだと信じたい。


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モスクの脇にある水場。
ここで足を清めてから礼拝に向かうのでしょう。


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とてもすがすがしい気分に包まれて、トルコ人地区を後にします。
スコピエの中心部に戻ってきました。
アレクサンダー大王像の遠く彼方の山頂に、十字架が立っているのが見えるでしょうか。

ミレニアム十字。
高さ66メートルの世界最大級の十字架だそうです。
この十字架が山の頂上からスコピエの街を見下ろし、市内のどこからでもその姿を見ることができます。

バルカンを旅していると、イスラムとキリスト教とがせめぎあっているのを肌で感じることができます。
二つの異なる文化が混ざり合って、とても刺激的な印象を与えてくれます。
特に宗教心に薄い日本人にとっては、この刺激は強すぎます。

バルカン諸国はあまりメジャーな観光地とは言えませんが、その知名度の低さに反して、とても楽しめます。
街を歩いているだけで鳥肌が立ってくるんですよ。


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マザーテレサ通りを歩いていて、こんな標識を見つけました。
これきっと、「マザーテレサ」って書いてあるんでしょうね。


今夜のカウチサーフィンのホスト、アナの家に着いて、呼び鈴を鳴らしたら、彼女はびっくりしていました。

「よくここがわかったわね?!」

なにを言ってるんだい。
住所をくれたのは君じゃないか。
それはつまり、自力でここまで来いという意味だろ。

それともなにか?
俺が迷うことを前提にしていたのか。
それならどこかわかりやすい場所を待ち合わせ場所に指定して、迎えに来てくれてもよさそうなものなのに・・・


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アナは暑いお茶と甘いお菓子で私をもてなしてくれました。
お茶は乾燥させた茶葉から淹れた本格的なもの。
お菓子もマケドニアの伝統的なものなのだそうです。

いったい彼女は親切なのか不親切なのか、よくわからなくなってきました。


アナの家は旧共産圏の公団住宅なのですが、その無機質な外観からは想像もつかないほど中身はゴージャス。
独り暮らしの彼女ですが、大きな部屋がいくつもあります。

でも、私にあてがわれた部屋は物置のようなせまいスペース。
どういうこと?


アナはけっこうお堅い仕事をしていて、その肩書もなかなかすごい。
留学経験もあり、相当なインテリのようです。

そういうわけだったので、彼女との会話はかなりシリアスなものとなりました。
日本の出生率の低下と働く女性の劣悪な職場環境との相関性とか、そんな話ばっかり。

若い女性の一人暮らしの部屋に招かれたという高揚感はみじんもありません。
くっ。
このまま色気のない話のまま終わってしまうのか。


そんな私の内心を知ってか知らずか、アナは

「もうすでにスコピエ観光をすませたんでしょうけど、これから私が「夜の」スコピエを案内してあげるわ。
化粧してくるからちょっと待っててね」
と言って自分の部屋へと消えていきました。

「夜の」スコピエ。
なんだか怪しげな響きです。
いったいどんなすごいことが待ち受けているのでしょうか。

あんなことやこんなこと、私がめくるめく妄想の世界に没入していると、
化粧を終えた彼女が戻ってきました。

おーっ!
メイクをばっちりきめた彼女は、なんだか別人のようです。
これだけ気合入れて化粧してきたってことは、ひょっとして、ロマンスを期待してもいいですか?


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まずは腹ごしらえのため、アナのおススメのレストランへと向かいます。
厨房ものぞかせてもらいました。
本格的なレンガ造りのかまどが見えます。


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台の上で職人さんが生地をこねます。
まさに手作り。


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かまどの中には、熱で膨れ上がった生地が見えます。
おいしそー。


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アナにすべておまかせして、マケドニアっぽい料理を注文してもらいました。


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おしゃれなレストラン。
豪勢な食事。
甘美なワイン。
そして、目の前にはマケドニア美女。

うわー、俺らしくねーぞ。
こんなぜいたくしていいのか?


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左が今夜のカウチサーフィンのホスト、アナ。
彼女に限らず、マケドニアの女性は彫りの深い顔立ちをしている。
それに加えてかなりどぎついメイクをするもんだから、どうしても「猛獣」を連想してしまう。


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食事のあとは、いよいよお待ちかね、「夜の」スコピエ探検です。

一国の首都にも関わらず、スコピエの街はとても静か。
東欧のロマンチックな街並みを美女と一緒に歩いていると、なんだか妙な錯覚にとらわれます。
俺はいったい今、なにをしてるんだろう?

アナが連れてきてくれた公園には、無数の球体が埋め込まれていて、それらが幻想的な淡い光を発しています。
人通りはほとんどありませんから、この光景を占有しているのは私たちふたりだけです。

ああ、俺はなんてぜいたくな旅をしてるんだろう。
ついこの間までスコピエなんてその存在すら知らなかったから、まったく期待していなかった。

それなのにどうだ、この充足感は。
カウチサーフィンでホストに恵まれると、その土地の魅力は十倍増しになる。



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これが今夜の私のカウチ。
なんか、生活感があふれてますねー。

いや、いいんですよ。
その土地の生の暮らしを味わえる。
それがカウチサーフィンの魅力なのですから。

けっして甘いロマンスを期待してはいけないのです。


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ベオグラードからクラリェヴォへ。ストゥデニツァ修道院(セルビア)

ベオグラードからクラリェヴォへ(セルビア)


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いよいよベオグラードとも今日でお別れです。
ホストのアレクサンドラの家を朝の6時に出発。歩いて駅へと向かいます。

途中で例の爆撃跡を通ります。
もうすでに何度も見たはずなのに、どうしても足が止まってしまいます。
近づいて、中の様子も見てみました。

建物の中はめちゃくちゃに破壊されています。
死傷者は出たのでしょうか。
もう20年も前の出来事のはずなのに、ここにいるとなぜだか血が騒ぎます。




ベオグラード駅で朝食にする予定だったのですが、爆撃跡を見ていたら無性におなかがすきました。
脳が「生命の危機」と錯覚でもしたのでしょうか。
とにかく何か食べたくて仕方がありません。

駅に着くまで待てそうになかったので、近くのキオスクでスナックとジュースを買って食べます。
日本と違ってコンビニなんてありませんし、キオスクにはまともな食べ物も置いてません。
それでも、何か食べずにはいられませんでした。

不謹慎な話ですが、空爆によって無残に破壊された建物を眺めながらの食事は、ものすごくはかどります。
とにかく「飯がうまい!」のです。
なんというかその、「俺は今、たしかに生きてる!」という実感がわいてくるのです。


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朝のベオグラード駅は混雑していて、人々の熱気を感じます。
食べ物を売っている店もたくさんあり、バスの中で食べるものをここで買うことにしました。
さすがは駅前に店を構えているだけあって、バスや電車のなかでも食べやすいものが多かったです。



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昨日のうちに買っておいたバスのチケット。
なんて書いてあるのかまったくわかりません。
なんだか不安になります。


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車内で食べる食料も買い込んだことだし、いざ、バスに乗るぞ!
と意気込んでいたところ、いきなり足止めを食らいました。

バスターミナルにはゲートがあって、誰もが入れるわけではないのです。
私はチケットを買っているので、当然入れるはずなのですが、どうやってゲートを通り抜ければいいのかわかりません。

係員らしき人に聞くと、どうやらこのゲートを開けるには、専用のコインが必要なのだそうです。
「チケットを買った時にもらっただろ? あれをここに入れるとゲートが開くんだよ」

コインなんてもらってないよ・・・


昨日チケットを買った窓口に行って事情を説明したのですが、なかなか話が通じません。
「ほら、ここにチケットがあるだろ? 俺はバスに乗りたいんだ。 早くしないとバスが出発しちまうじゃないかよ」

最初はブツブツとなにかをつぶやいてしぶっていた窓口の係員ですが、最終的にはコインをくれました。
これでなんとかバスターミナルに入ることができます。
こういうことがあるから、時間には余裕をもって行動しないとダメですね。

ちなみに、後で気づいたのですが、財布の中に例のコインは入ってました。
どうやら、昨日チケットを買った時に、おつりと一緒に渡されていたようです。
セルビアの通貨にまだ慣れていなかった私は、そのコインと普通の通貨との区別がつかなかったのです。

そういえば窓口の係員もなにか言っていたような気がする。
でも、英語じゃないからわからないんですよね。

私は貧乏なくせに、おつりをもらってもその場で確かめません。
なので、どっちにしろコインには気づかなかったでしょう。
きっと今まで、おつりをごまかされたこともあったんだろうな。


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ベオグラードのバスターミナル。
さすが首都のバスターミナルだけあって、発着場がたくさんあります。
自分の乗るバスを探すのもひと苦労。


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見つけました。
これが私の乗るバスです。
目的地のクラリェヴォまでは約3時間。
クラリェヴォは終着駅ではないので、降りるタイミングを逃さないようにせねば。
日本の交通機関のように、「次は○○です。」というようなアナウンスはないので、自分で降りる場所を判断しなければなりません。
うっかり居眠りをしようものなら、とんでもないところで降りるはめになってしまいます。

まあ、それも旅の醍醐味のひとつかもね。


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車中で食べる食料もしっかり買い込んであるので、道中、退屈はしなくてすみそうです。

私は昔から、移動中にものを食べるのが好きでした。
日本でも、ドライブに出かける時はずっとお菓子をポリポリ食べています。
窓の外を流れていく景色を見ながら食べると、なんだかウキウキしてくるんですよね。

しかも、今回のドライブはセルビア。
クラリェヴォなんてほんの少し前まで名前も知らなかった街です。
そして今後の人生でもおそらく再び訪れることはないでしょう。

目に映るすべての景色は生まれて初めて見るものですし、今後、二度と見ることもない景色かもしれません。
そんな貴重な風景を眺めながら食べる食事がおいしくないはずがありません。
どんな高級レストランで食べるよりも、オンボロバスの窓際に座って食べる方がずっとおいしく感じられます。

クラリェヴォまでの三時間。至福の時でした。
たった数百円でこんなに幸せな気分に浸れる俺は、なんて安上がりな男なんだろう。



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ドラガチェヴォ。
クラリェヴォでの私のホテル。
この街でもカウチサーフィンのホストを探してはみたのですが、結局見つかりませんでした。
もともとカウチサーフィンの数自体少ないうえに、リクエストを送ってもことごとく無視されたのです。
まあそういう日もあるさ。

私のマイ・ルールは、
「訪れた国すべてでカウチサーフィンを利用する」
というもの。
すでにベオグラードでカウチサーフィンを利用したから、もうノルマはクリアしたのさ。

「地球の歩き方」にも載っているこのホテルですが、受付ではまったく英語が通じません。
それなのにパスポートを要求されたのでちょっと不安だったのですが、渡さないわけにはいきません。

そしてパスポートは帰ってきませんでした。
どうやら、ここに泊まっている間は、ホテルにパスポートを預けなければならないらしい。
なんだか不安ですが、そういうルールなんだからおとなしく従うしか仕方がないのでしょう。

あまりパッとしないこのホテルですが、WiFiは驚くほど速かったです。

部屋に荷物を置いて一段落したら、すぐにバス停へと向かいました。
今日はこれからストゥデニツァ修道院へと向かいます。
赤い色が印象的なジチャ修道院にも行きたかったのですが、時間がどれくらいかかるか読めません。
ここはやはり、ストゥデニツァ修道院を優先させることにしました。
「世界遺産」という響きには抗えないのです。

クラリェヴォのバスターミナルの職員は、あきれるほど能率が悪い。そして態度も悪い。
私が窓口で待っているというのに、係員はやってきません。
彼女は別の仕事で忙しいというわけではなく、椅子に座ってダラダラと過ごしているのです。
私の方をチラッと見たので、私が待っていることには気づいているはずなのですが、窓口にやってくる気配はまったくありません。

なにをもたもたしてるんだよ。できれば俺は今日のうちに2か所回りたいんだよ。こんなとこで油を売っているヒマなんてないんだ。
いつまでたってもらちがあかないので、大声で彼女を呼びました。
その女性はめんどくさそうに重い腰をあげて窓口へとやってきます。

私がガイドブックを見せながら、そこに行くバスのチケットが欲しいと言っているにもかかわらず、彼女はまったく理解しようともしませんでした。
彼女は英語がわからないらしく、あきらかに外国人である私と関わり合いになるのを嫌がっています。
「インフォメーション!」
とひとこと言っただけで、さっさと元の席へと戻っていきました。
そのインフォメーション・デスクはどこにあるんだよ。

このバスターミナルを拠点として、セルビア南部をあちこち訪れる予定だったので、ここでいろいろと情報収集をしたかったのですが、とてもそれどころではありません。
バスのチケットを買うのもひと苦労です。

ベオグラードではかなり英語が通じました。
同じセルビアなんだからここでも英語が通じるだろうと思っていたのですが、通じません。
驚くほど通じません。
通じないなりに意思疎通の努力をしてくれればいいのですが、みんなめんどくさそうに私を邪険に扱うだけです。



ウクライナも英語が通じず、不便な国だなあと思っていたのですが、セルビアはその比ではありません。
そもそも観光客を受け入れようという意識がまったく見えないのです。

でも、これが自然な姿だと思う。
みんなが英語を話す世界なんて気持ち悪い。
みんなが親切な世界はもっと気持ち悪い。

ずいぶん小さくなったとはいえ、まだまだ地球はでかい。
何十億という人間がいるのだから、いろんな言語があって当然です。
日本とセルビアなんてほとんど接点が無かったんだから、言葉が通じなくて当然です。
異なる文化、異なる景色、異なる人々。
それが見たくて私は旅をしている。
まったく英語が通じない相手に対して、いかにコミュニケーションをはかるか。
そこが旅の醍醐味でもあります。
それがめんどくさいと言うのなら、パックツアーを利用すればいいだけの話です。


ウシツェ行きのバスが出るまで1時間30分もあったので、なんとか時間をつぶさなければなりません。
クラリェヴォの街には特に興味はなかったので、バスターミナルの中でなにか食べることにしました。


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見るからにショボそうな店。
でも、こういうひなびた場所の方が、本物の伝統料理を出すこともあるんだよね。
看板にはセルビアの定番料理「プリェスカヴィツァ」の文字も見えます。

売店のおばちゃんはもちろん英語ができませんが、身振り手振りで私に話しかけてきます。
どうやら、「トッピングは何にする?」と聞いているようです。
そう言われても、何を選べばいいのかわからなかったので、適当に指さして、ケチャップは大目にしてもらいました。
これで私オリジナルのプリェスカヴィツァのできあがりです。
おいしそー!


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これがそのプリェスカヴィツァ。
かなり期待していたのですが、見事に裏切られました。

まずい!
こんなマズいハンバーガー、今まで食べたことない。
私は食べ物にはそれほどうるさくない人間なのですが、その私をうならせるとは、ここのプリェスカヴィツァ、ただものではない。

クラリェヴォのバスターミナルは、まったくいいとこなしだな。
がっかりだよ。



バスが到着すると、みんな我先にと入り口に殺到する。
勝手がわからず、重い荷物をかかえている私はどうしても後手後手に回ってしまう。

「ストゥデニッツァに行きたいんだけど、このバスであってる?」
と聞こうにも、みんな自分のことで精一杯でそれどころではない。


外は雨。
バスが走り出してしばらくすると、屋根から雨水が滴り落ちてきた。
今時こんなオンボロバスを走らせるとは。

バスは満席で、通路にも大勢の人があふれている。
雨漏りがするからといって、私が身をかわすスペースはない。
雨水に濡れるがままになっている私を見て、他の乗客は笑っていた。

OK。
いいだろう。
これがセルビア・クオリティだ。
これがセルビア人のメンタリティだ。


ウシツェでバスを降り、別のバスに乗り換えます。
といっても、案内板もないので、どのバスに乗り換えればいいのかわかりません。
いや、もしかしたらどこかに書いてあるのかもしれませんが、この国の文字を私は読むことができないのです。

そこでその場にいる人に聞くことになるのですが、これがまた不親切。
外国人である私とは、あきらかに関わり合いになりたくなさそうです。

そしてまた、セルビアの地名はややこしい。
ウシツェ、ウスツェ、ウジツェ。
私にはどれも同じに聞こえますが、まったく別の場所なのです。

こんな時に「地球の歩き方」は便利ですね。
写真を見せれば一発で分かってもらえました。
最初からこうすればよかった。


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この国の人にはがっかりさせられっぱなしでしたが、ウシツェからストゥデニツァ修道院へ向かう道はなかなかの景勝路。
雨が降りそうな空模様でしたが、それでも息を飲むほどきれいな景色がひろがっています。


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バスを降りて、ストゥデニツァ修道院へと向かいます。


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きっとあれが入り口なのでしょう。


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門をくぐるとそこには・・・


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古代の遺跡の残骸が散らばっていました。


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敷地はかなり広く、よく手入れされた庭がひろがっています。


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そしていよいよ、お目当てのストゥデニツァ修道院が見えてきました。
感動の一瞬です!


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世界遺産だというのに、観光客の姿は見えません。
いや、修道士の姿さえありません。
この広い敷地内には、私しかいないのです。
これではまるで、ストゥデニツァ修道院を貸し切っているみたいです。

世界遺産を独り占め!

といえば聞こえはいいですが、なんかさびしい。


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そんな状態でしたから、売店も当然閉まっています。
絵葉書買いたかったのに・・・


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建物内を歩いてみましたが、人の気配がまるで感じられません。
恐ろしいほどの静寂。
さすがは修道院。瞑想がはかどりそうです。


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世界遺産・ストゥデニツァ修道院。
一応セルビア旅行のハイライトのはずなのですが、おどろくほどつまらん。(※感じ方には個人差があります!)
もしもこれを見るためだけにこの国を訪れたとしたら、そのがっかり感ははんぱないだろう。
きっと膝から崩れ落ちてしまうにちがいない。

そういうわけだったので、一応侍の衣装に着替えてはみたのですが、いまいち気分は盛り上がりませんでしたとさ。
まあいろんな国を旅していれば、たまにはそういう日もあるさ。


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ストゥデニツァ修道院の近くには雑貨店があり、食料補給ができます。


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どこかのブログにバスの時間が書いてあったので、その30分前からバスを待っていたのだが、いつまでたってもバスは来ない。
売店の人に聞いてみると、次のバスが来るのは18時だという。
事前に調べておいた情報と違う。

うかつだった。
ネット上の情報を鵜呑みにしてはいけない。
いつでも変更はあり得るのだから、常に自分で裏をとらねば。


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ストゥデニツァ修道院自体はつまらなかったが、ここに来るまでの道はなかなかの景色だった。
歩くのも悪くはない。


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山あいに点在する村々を眺めながら歩くのは実に気持ちがよかった。
途中までは。

だが、歩けど歩けど、いっこうにバスターミナルのある村、ウシツェは見えてこない。
地図上ではたいしたことない距離でも、アップダウンのある曲がりくねった山道は予想以上に時間を食う。

まずいな。
このペースだとクラリェヴォ行きのバスを逃してしまう。
さっきまで晴天だったのに、ポツポツと雨粒が落ちてきた。

よし、ここはヒッチハイク開始だ。

ルーマニアと違い、このセルビアでどれくらいヒッチハイクが認知されているのかはわからない。
だが、この道は一本道で、ここを通る車は全部ウシツェを通過する。
距離だってそんなにない。
きっと乗せてくれるに違いない。

楽観的な気持ちで始めたヒッチハイクだったが、なかなか停まってくれない。
スピードを落とす気配すらなく、ビュンビュンと私のそばを走り去って行く。
せまい道だから、ヘタに親指を立てていると、腕ごと跳ね飛ばされそうになる。
だから車が横を通過する時には引っ込めなくてはならない。
なんとも腰の引けたヒッチハイクだ。

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ヒッチハイク成功!


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セルビア戦士の墓?


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世界中どこにでも一人くらいは親切な人がいる。
とりあえず今日のところは一人でじゅうぶんだ。

私を拾ってくれた彼はストゥデニツァ修道院の近くの村に住んでいて、ちょうどウシツェに行くところだった。
英語こそできなかったが、彼の性格が良いことはよくわかった。
私が何も言わなくてもウシツェのバス停で降ろしてくれ、その場にいた人たちに

「この日本人をクラリェヴォ行きのバスに載せてやってくれ」

と言い残して去って行った。
ここにはバス停の標識なんてなかったから、彼の助力がなければ苦労したことだろう。

その土地の印象は出会った人にかなり左右される。
これまでセルビアの人にはあまり良い印象を持てなかったが、最後にいい人と出会えてよかった。


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ウシツェの街。
なにもない小さな街だが、なんとも言えない風情がある。
こういう場所に泊まらないと、ほんとのセルビアはわからないんじゃないかという気がしてくる。

だが、私にはウシツェに泊まるほどの余裕がない。
もっとゆっくり旅をしたい。
もっともっと時間とお金が欲しい。


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この乗り合いバスが私をクラリェヴォまで連れていってくれるらしい。
車体には「イタリア」の文字が見えるが、まさかイタリアから走ってきたわけではないだろう。


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気のせいだろうか。
対向車がやたらとパッシングしてくる。

と思っていたら、クラリェヴォ行きのバスは警察に止められた。
検問だ。

バスの中にいた他の乗客たちはみなIDカードを取り出している。
私もパスポートを用意しようとして青くなった。

ない。

パスポートはホテルに預けてある。
これはまずいことになったぞ。

制服警官とは別に、人相の悪い男が二人、バスに乗り込んできた。
鍛え上げられた筋肉、全身から漂う威圧感。
どう見てもこいつらカタギの人間とは違う。
パスポートを所持していないことで、なにか因縁をつけられるんじゃないだろうか。
しかも私の荷物の中には、侍の衣装や日本刀(のようなもの)が入っているのだ。

だが、私服警官たちは私にはまったく興味を示さなかった。
他の乗客たちのIDカードは入念にチェックし、手荷物検査もしていたのに、私のことは完全にスルー。
いい意味で人種差別が働いてくれたようだ。

検査はかなり長く続き、その間ずっと緊張を強いられた。
警官たちはトランク内の荷物を全部降ろして、ひとつひとつ中身を調べている。
いったいなにが起こっているのかわからないので不安でしかたないのだが、誰も英語を話さない。

ある人はタバコを吸う仕草をした。
別の人はアルコールを飲む仕草をした。
「ドラッグ・コントロール」と言う人もいた。
ようするに密輸の取り締まりをしているらしい。
ここはコソボやマケドニアの国境と近いからだろうか。

ようやく検問が終わり、バスが走り出すと途端にドッと緊張が解けた。
それまで押し黙っていた人々が堰を切ったようにしゃべりだす。
大声をあげて笑う者もいる。

陽気なセルビア人たち。
私独りがその饗宴から取り残されていた。
ここはセルビア。
俺は異邦人。
まわりが騒々しければ騒々しいほど、自分が孤独なのだと思い知らされる。


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19時頃、クラリェヴォに到着。
その足でレストラン「クラリュ」へと向かう。

地球の歩き方に載っているレストランは、クラリェヴォではこの店だけ。
きっとほとんどの日本人旅行者はこの店で食事をしているんだろうな。


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英語のメニューはなかったが、なんとなくわかる。
ガイドブックにはセルビアの代表的な料理の名前が列挙してあるから、それをもとに見当をつけることができるからだ。

私が選んだのは「メシャノ・メソ」というミックスグリル。
一度にいろんな食材を味わうことができるらしい。


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セルビアの代表的な酒、「ラキヤ」も頼んだ。
普段お酒を飲まない私には、この酒はきつい。
疲れた体にしみわたる。


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これがその「メシャノ・メソ」
ボリュームがすごい。
すでに前菜としてサラダとパンもあったので、とても全部は食べ切れない。


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一人で黙々と食う私。
一人旅は気ままで楽だが、やはり食事時は寂しさを感じる。
カウチサーフィンを利用していれば誰かと一緒に食事をできるのだが・・・



食事を終えて店を出ると、大音量の音楽が聞こえてきた。
どこかでお祭りでもやっているのだろうか?
地図を見るとその方角には「セルビアの戦士広場」というのがあるらしい。
それほど遠くないので、とりあえず行ってみることにしよう。


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広場ではコンサートをやっていた。
いったいなんの催しだろう?


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夜店もでている。
なにかのお祭りらしい。

私は今回の旅では、行く先々で催し物に出くわす。
天候には恵まれなかったが、そういう意味ではラッキーだったのかもしれない。


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音楽にあわせて、人々が熱唱している。
まるで、ベルリンの壁崩壊を祝っているかのようだ。

歌われている曲は、セルビアの他の都市では聞かなかったから、ここクラリェヴォのローカルバンドのオリジナルだと思う。
セルビア語の歌詞だから、なんて言っているのかはまったくわからない。
ただ、サビの部分で「・・・ memory! memory! ・・・」と言っていることだけはわかった。

私は普段は音楽をそれほど聞かないのだが、この曲だけは妙に印象に残った。
セルビアの、しかも地方都市クラリェヴォのローカルバンドのオリジナル曲。
おそらく、二度とこの曲を耳にすることはあるまい。



祭りの広場からホテルへの帰り道、ふと、自分がその曲を口ずさんでいることに気づいた。
あのなんとも言えないもの悲しいメロディーが、頭の中にこびりついて離れないのだ。

これといった見どころもなく、印象の薄い国セルビア。
私にとってこの国でもっとも記憶に残ったのはこの曲となった。



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広場の近くでは、三人組の若者と出会った。
彼らは最初、おそるおそる
「チャイニーズ?」
と聞いてきた。

「いや、日本人だ」と答えると、彼らの表情がパッと明るくなった。

「私、made in Japan が大好きよ!」

そう言う彼女たちは、(自称)アーティストだ。
といっても、彼らの主な作品はストリート・アート(壁の落書き?)。

「メイドインジャパンの塗料が一番ノリがいいのよ!」と言う。

ヨーロッパの街角でよく見かけるストリート・アート。
そこにも日本製品が使われていると知り、なんだか複雑な気分になった。
ハイテク製品やアニメだけでなく、その他の品々でも世界中の市場を席巻する日本製品。
きっと我々は自分の生まれた国を誇りに思っていいのだろう。


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彼女が描いたというイラストを何点かもらった。

「もちろんこれも日本製のペンで描いたのよっ!」

そう言ってうれしそうに彼女がカバンから取り出したペンには、日本の有名文具メーカーの名前が書かれてあった。




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ベオグラードでカウチサーフィン(セルビア)

ベオグラード(セルビア)でカウチサーフィン(CouchSurfing)




ここベオグラードでのホスト、アレクサンドラの家は、鉄道駅からかなり離れた所にありました。
アレクサンドラはタクシーの利用を勧めてくれたのですが、あえて歩きます。
重い荷物を持ってガシガシと。

歩くの好きなんですよ。
セルビアなんてマイナーな国、今度はいつ来れるかわかりませんからね。
自分の足で歩いて、自分の目で街を見てみたいのです。

まあ、正直言うと、タクシー代がもったいないだけなんですけどね。
直通バスはないから、乗り換えもめんどくさそうだし。


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与えられた住所だけを頼りに、ホストの家を捜し歩く。
カウチサーフィンの醍醐味です。


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アレクサンドラ一家はすでに夕食を済ませていたので、独りで外に何か食べに行くことにします。

「セルビア料理が食べたいんだけど、この辺になにかある?」
と聞いたところ、近所のレストランはあいにく今日は閉まっているということでした。

「この時間だと閉まってる店も多いと思うから、私が開いてそうな店を一緒に探してあげるわ」
と、アレクサンドラもついてきてくれました。

彼女の言葉通り、夜も遅いこの時間では、ほとんどの店は閉まっています。
私に選択肢はありません。
プリェスカヴィッツァの店で手をうつことにしました。

これはこれでセルビアを代表する料理なのですが、私が訪れた店はトルコ人が経営しており、
現代風にアレンジされたファーストフードです。
アレクサンドラに言わせれば、

「こんなのプリェスカヴィッツァじゃないわ」
ということらしいのですが、仕方がありません。

明日はもっといいものを食べることにしましょう。


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ベオグラードでのカウチ。
アレクサンドラの家はそれほど広くありません。
私にあてがわれたベッドも、いつもは誰か他の人が使っているのでしょう。
私のために誰かが窮屈な思いをして眠ることになるのかと思うと、やはり申し訳ない気持ちになります。


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アレクサンドラと彼女の息子。
彼は空手を習っているそうです。

「ほら、マサトさんに聞いてもらいなさい」

母親にうながされて、男の子は

「イチ、ニ、サン、シ・・・」

と日本語で数を数え始めました。


空手を習わされたり、日本語を教え込まれたり。
日本大好きな母親を持つと、息子も苦労するよな。



アレクサンドラの旦那さんは、物書きをやっているようです。
昼夜逆転の生活を送っていて、地下室に彼の書斎はあります。

あまり外に出ずに、部屋にこもってもくもくとペンを走らせているだけあって、彼はあまり社交的な性格には見えません。
皮肉屋の表情が顔にこびりついているようにも見えます。

そんな彼でしたが、私のためにコーヒーをいれてくれ、一緒に飲みながら話をしました。
私がアレクサンドラ一家に到着したのは夜遅かったため、ちょうど彼の活動が活発になる時間帯にあたっていたのかもしれません。


文筆家らしく、寡黙な彼ですが、話がユーゴ紛争のことに及ぶと、かなり饒舌になります。
明らかにアメリカに対して敵対心を抱いていました。

「あいつらは偽善者だ。
 「軍事施設だけを狙った」なんて言っているが、とんでもない。
 街の真ん中に爆弾を落としておいて、よくもまあそんなことが言えたもんだ。
 一般市民に被害が及ばないとでも思っているのか?」


日本では一般的に、「セルビア側が悪」のように報道されがちですが、
セルビアの一般人にだって大勢の犠牲者がでたのです。

「マサト、あんたも自分の目で見てくるがいい。
 あいつらアメリカが、俺たちにどんなにひどいことをしたかを」

そう言って彼は今なお残る爆撃跡の場所を教えてくれました。
一つはガイドブックなどによく載っている、官庁街。
もう一つはテレビ局です。

ユーゴ紛争時の爆撃跡を見るのは、ベオグラードでのハイライトの一つだったので、
さっそく明日行ってみることにします。

実は駅からアレクサンドラの家に来る途中、私はその場所を通っていたのですが、
夜で暗かったため、まったく気づきませんでした。



アレクサンドラは日本のことが大好きなようです。
大学では日本語を専攻し、現在でも学校で日本語を教えています。

彼女のカウチサーフィンのプロフィールには、
「日本人は大歓迎よ。 ぜひうちに泊まりに来て」
と大きく書いてあります。

彼女は最近カウチサーフィンを始めたので、私が彼女の家に泊まった、記念すべき第一号のカウチサーファーでした。


「おいマサト、アレクサンドラとなにか日本語でしゃべってみてくれよ」

旦那さんが皮肉な表情を浮かべながらそう言います。
アレクサンドラの日本語がどの程度のものか、試してみたいようです。

ベオグラードにはそれほどたくさんの日本人がいるわけではないので、アレクサンドラも日本人と本格的に会話した経験はほとんどないのだとか。

おっかなびっくり日本語で会話してみましたが、けっこうスムーズに話は進みましたよ。


常にハイテンションのアレクサンドラですが、ユーゴ紛争の話になると興奮度はマックスになります。
それもそのはず、彼女は戦争で危うく母親を失うところだったのです。

「紛争当時、私の母親は将軍の秘書をやっていたの。
爆撃を受けた、まさにあの建物が彼女の職場だったのよ。
アメリカ軍の爆撃目標は軍の司令部だったから、私の母の職場はもろに攻撃を受けて、木っ端みじんに吹き飛んだわ。
爆撃のニュースを聞いた時、私はまだ学生だったから、一目散に学校から帰ったきたの。
母がどうなったのか、気が気でなかったわ。
母親が無事で生きていることを聞いて、わあわあ泣いたことを今でも覚えているわ。
母と抱き合って泣いた後、落ち着きを取り戻した私はふと不思議に思ったの。
母の職場だった司令部はミサイルの直撃を受けたのに、どうして彼女は無事なのかしら?って。

攻撃を受ける直前、匿名の電話がかかってきたんですって。
「もうすぐそこはアメリカ軍の攻撃を受けるから逃げろ!」って。
その電話を受けて、ビルにいた人たちはみんな避難したらしいの。
だから、建物はあれほど大きな被害を受けたにもかかわらず、犠牲者はほとんどでなかったのよ。

でも、不思議な話よね。
いったい誰が電話してきたのかしら。
セルビア軍にはアメリカ軍の攻撃を予測できるだけの情報収集能力なんてなかったはずだし、
匿名の電話ってのも変な話よね。
だからあれはアメリカの情報筋が電話してきたっていうのが、もっぱらの噂よ」

これから攻撃しようとする相手に対して、
「今からそっちにミサイルが行くから、逃げろ!」
と警告する。
アメリカならそれくらいのことはやりそうだ。


ユーゴ紛争当時、私はセルビアのことなんてほとんど知らなかった。
まさか自分がそこへ行くことになるなんて、夢にも思わなかった。

それなのに、私は今、ベオグラードにいる。
当時、戦火の下にいた人たちと言葉を交わしている。
それどころか、彼女たちの家に泊まっている。

20数年前、ユーゴ紛争のニュースをテレビで見ていた自分に教えてやりたい。

「よく見とけよ。それは他人事じゃないんだぞ。
 お前はそこに行くことになるんだぞ。
 そこに泊まることになるんだぞ。
 今そこで爆撃を受けている人たちと、お前は言葉を交わすことになるんだぞ」


アレクサンドラは今、日本に旅行に来る計画をたてている。
それも1週間やそこらの短い期間ではなく、数か月の単位で。

旅行の資金が潤沢ではない彼女は、もちろんカウチサーフィンを使うつもりだ。
日本語大好きの彼女は、英語もフランス語も堪能。

日本のみなさん、アレクサンドラからカウチリクエストを受け取ったら、ぜひ彼女をホストしてあげてください。
ユーゴ紛争を経験した当事者から、貴重な話が聞けますよ。



テーマ : カウチサーフィン(Couch Surfing)
ジャンル : 旅行

ティミショアラ(ルーマニア)~ベオグラード(セルビア)

ティミショアラ(ルーマニア)~ベオグラード(セルビア)


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ティミショアラの駅


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まだ夜も明けきらないというのに、駅前はかなりの人で混雑していた。
さすがルーマニア西部の拠点都市。
この街には牛も馬車も走っていそうにないな。


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ひっきりなしにトラムが目の前を通り過ぎる。
こんな朝早くから、みんなどこへ行くのだろう。

ここはある意味、日本よりも都会かもしれない。


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ベオグラード駅前(セルビア)

いやな雨だ。
東ヨーロッパの夏は毎日雨ばかりなのか?
体中からカビが生えてきそうだ。


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「この電車に乗って、ノヴィ・サドまで行こうか?」

そう考えている間に土砂降りになってしまった。
駅から一歩も外に出ることができない。
吹きさらしの寒い構内に釘づけだ。



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バイアマーレを出た時は比較的空いていた電車も、だんだんと乗客の数が増え、乗り降りする人の数も多くなってきた。
夜中の3時にこんなにも人の出入りがあるものなのだな。
いったいこの人たちはどういう生活サイクルをしているのだろう。

この電車は寝台列車ではない。
だから座席は倒れないし、そもそも寝ることを想定していない。
夜中の0時に出発して、朝の6時に到着するというのにだ。

それでも体力を温存したかった私は、4人がけのコンパートメントを一人で占有して、無理やり寝た。
かなり無茶な姿勢となるが、少しでも体を横にしておきたかった。
まだまだ体調は思わしくない。
できるかぎり体力を回復させねば。

電車の座席は木製で固く、振動がモロに伝わってくる。
乗客のざわめきもあって、本来ならとても寝れた状態ではないのだが、それでも寝るしかない。
当然のごとく、変な夢を見た。
夢の中でヘヴィメタがガンガン鳴り響いていた。
実際には電車の振動と乗客の喧騒だったのだが。
頭と首と、背中。それに腰が痛い。


最初のころは乗客が少なかったから、4人がけの座席を独占していてもなんの問題もなかったが、いつのまにか車内は満席で、大勢の人が立っていた。
それでも誰も私に文句を言う人はいなかった。
よくもまあ頭を蹴られずにすんだものだ。

ゆっくりと起き上がり、他の人のために座席を開けた、
つもりだったが、しばらくの間、誰も私のコンパートメントに座ろうとはしなかった。
薄汚い東洋人と同じ席にはなりたくないということなのだろうか。


以前ルーマニアを旅行した時は、列車が2時間以上も遅れたことがあった。
なのでこの国のダイヤなんてあてにはしていなかったのだが、
驚くべきことに、列車はほぼ定刻通りにティミショアラに到着した。

降りる前にトイレに行っておこうとしたら、車掌が外からドアをガンガン叩く。
なんだよ。
小便くらいゆっくりさせてくれよ。

私がトイレから出ると、すぐに電車は猛スピードで走り去って行った。
中には誰も乗っていない。
どうやら車庫に入れるらしい。

あの車掌は親切でトイレのドアを叩いてくれたのかもしれない。
危うく閉じ込められるところだった。




ここティミショアラから私をベオグラードに連れて行ってくれるバスは8時に到着する予定だ。
バスと言っても、乗り合いバスのようなもので、こちらが指定した場所から、指定した場所まで運んでくれる。

ルーマニア後もセルビア語も話せない私は、本来ならこんな乗り物には乗れないはずなのだが、
バイア・マーレでのホスト、アディが手配してくれた。
カウチサーフィンのおかげで、またひとつ、普通の日本人なら経験できないことを体験させてもらえた。
便利な世の中になったもんだ。

バスが私をピックアップする予定時刻まで、あと1時間半ほどある。
なにをするにしても中途半端な時間だ。

待ち合わせ場所のガスステーションに早目に着いて、メールやLINEをして時間を潰す。
貴重なバッテリーの浪費以外のなにものでもないのだが、人間、ヒマだとロクなことをしないものだ。

8:00にガスステーションを一通り見て回ったが、それらしき車はない。
きっとドライバーは遅れてくるのだろう。
ルーマニアとセルビアとの間には時差がある。
彼らはセルビア時間で待ち合わせ時間を指定してきたのかもしれない。

そう思ってのんびりと待つことにした。
1時間経ってもドライバーが現れなければ、バス会社に電話すればいい。

待ち合わせ時刻を50分ほどすぎた頃、電話が鳴った。

「おい、マサト。あんたいったいどこにいるんだ?
うちのドライバーはもう1時間もあんたを待ってるんだぞ。
黒のフォルクスワーゲンのヴァンだ」


確かに駐車場にそれらしき車が停まっている。
荷物を持って近づくと、ドライバーが血相を変えて飛んできた。

「おい、てめえっ! いったいどういうつもりだ?
約束の時間をもう1時間も過ぎているんだぞ。
なんで今頃やってきやがったんだ?」

冗談じゃない。
こっちはここで1時間半も待ってるんだ。
あんたが見つけやすいように、わざわざガスステーションの入り口で待ってたんじゃないかよ。

「待ち合わせ場所はガスステーションだ。
誰がガスステーションの外で待てと言った?
それに、どうして俺を探しに来ない?」

俺は8時に一通りガスステーション内を探したぞ。
その時にはこの車は無かった。
遅れてきたのはそっちなんだから、そっちが俺を探すべきだろう!

「俺は会社から8時に家を出ればいいと言われた。だからここに着いたのは8:15だ。その時いなくて当然だろう。
それに俺はあんたの顔を知らない。だが、この車には会社のロゴが書いてある。そっちが俺を見つけるほうがはるかに簡単だろうが」

このガスステーションには入り口は一つしかない。
俺はそこで待っていたんだからあんたは絶対俺を見ていたはずだ。
それにこんなでかいリュックを2つも持っているんだから、俺を見つけるのなんて簡単だろ?

「おい、よく見ろよ。このガスステーションにはリュックを持った人間なんて他にもゴロゴロいるんだ。そう簡単にお前を見つけることなんてできるもんか」

俺の顔を見ろよ。明らかに東洋人の顔つきだろ?
他の人間とは容易に区別がつくだろうがっ!



一晩中列車に揺られて、意識が朦朧としているはずなのに、口からポンポンと英語がついて出た。
思わず笑みがこぼれる。

すげぇー!
俺、今、英語でけんかしてる!

私の英語はとても粗末なものだ。
普段はつっかえながらゆっくりと話す。
「あー」とか「うー」とかうめきながら。

それなのに今はどうだ。
まるでオバマ大統領のようにとうとうとまくし立てている。
(ゴメン。言い過ぎました)


お互い言うことを言ってスッキリしたのか、車内ではお互い普通に会話をしていた。
この運転手は意外と大人なのかもしれない。

彼は日本や日本を取り巻く状況を熟知していた。
とりわけ対中関係については詳しかった。
どうやら彼は中国でビジネスを展開しようとしているらしい。

今はバスの運転手をしている彼だが、冬はスキーのインストラクターをしているらしい。
今、中国ではレジャー産業が急成長していて、これからスキーが大流行する。
あの国にはまだインストラクターはほとんどいないから、彼がスキースクールを展開すれば、きっと大当たりするに違いないと言っていた。
現在、中国大使館に通いつめて、詳細を詰めているとのこと。
大使館の職員も、
「あんたのビジネスは絶対に成功する。あんたは中国におけるスキー界のパイオニアとなるにちがいない」
と太鼓判を押してくれたそうだ。


ほんとかどうか知らないが、彼が言うには、セルビア人の平均月収は300ユーロ。
もちろんそれだけでは生活していけない。

「この国にはマジシャンが大勢いるんだ。毎月の収入より支出のほうがはるかに多いのに、それでもなぜか生活している。不思議な国だろ」


ユーゴ紛争が集結して20年が経つ。
それでもまだまだこの国の経済は脆弱だ。
EUにすり寄りたいが、ロシアの助けも要る。

「戦争は形を変えてまだ続いている。」
彼はそう言った。


ルーマニア - セルビアの国境を越えて、ベオグラードに着く頃には雨模様となっていた。
駅の建物に逃げ込んだものの、待合室がない。
バス停の待合室にはチケットがなければ入れない。

wifiはなかなか見つからず、やっと見つけたwifiもすぐに接続が切れてしまう。
ベオグラードのホストからメールが届いていた。
彼女に会えるのは夜の9時。
それまでどこかで待たなければならない。

貴重なベオグラードでの一日。
いつもなら雨などもろともせず観光に勤しむ私だが、今はまだ体調が万全でない。
ようやく下痢もおさまったと思ったのに、急に便意を催した。
きっとじとじとと振る雨のせいだ。

が、まだこの国のお金を持っていない。
駅構内の両替屋で、ルーマニアのお金をセルビアのそれに交換しようとしたら断られた。
ここでは取り扱っていないらしい。

隣の国だろ?
ここは首都だろ?
交換してくれよ。
トイレに行くには金が必要なんだよ。



駅の通路にしゃがみこんで雨をしのぐ。
通り過ぎる人々は興味深そうに俺のことをジロジロ見て行く。
ときおり冗談半分で「ニイハオ」と声をかけられる。

「俺は中国人じゃない。
日本人だ!」

そう叫ぶとキョトンとした顔をして去って行く。


ガラガラと大きな音をたてて通り過ぎようとしていたキャリーバッグが、
私の前でふと足を止めた。

見ると、東洋人の男のようだ。
日本人かもしれない。

私と目があった彼は、あわてて目をそらし、再び足早に立ち去っていった。
雨に濡れてドブネズミのようになってうずくまっている人間とはかかわりあいになりたくないらしい。



外は雨がざあざあ降っている。
寒い。
こんなところにあと6時間もいなければならないのか。
今日は雨だから暗くなるのも早いだろう。


どこからともなく、小便の臭いがただよってくる。
おかしいな。
トイレからはかなり離れているはずなのに。

尿の臭いが体にまとわりついて、このままずっと取れなくなるような気がした。


携帯のバッテリーは残りわずか。
あれ?
なんで携帯の電池残量なんて気にしているのだろう。

ここはセルビア。
電話をかける相手も、メールを送ってくる人間もいないというのに。

寒い。


となりでうずくまっている男は、さっきから奇妙な咳をしている。
どこか具合でも悪いのだろうか。

彼もバックパッカーのようだが、こんなところで何をしているのだろう。
今夜はここで夜を明かすつもりなのか?
雨が入り込み、冷たい風が吹き抜ける駅構内。
こんな所に一晩中いたら、健康な人間だって参ってしまう。
安宿に泊まる金さえ持ち合わせていないのだろうか。

それにしても、寒い。


ベオグラードは嫌だ。
どこまで行っても小便の臭いがする。



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テーマ : バックパッカー
ジャンル : 旅行

マラムレシュ地方の木造教会(世界遺産)(バイア・マーレ近郊、ルーマニア)

マラムレシュ地方の木造教会(世界遺産)(ルーマニア)でカウチサーフィン(CouchSurfing)


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ルーマニアのテレビでは、毎朝、教会の礼拝を生放送しています。
たとえなんと言っているのか理解できなくても、とても美しい歌声を聞いているだけで心がやすらぎます。
こういうのを毎朝聞いてから出かける習慣を持つ人は、その日一日、心安らかに過ごすことができるのでしょうね。


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「こんなの、マサトにはつまらないだろう?」

そう言ってアディはチャンネルを変えようとしましたが、そのままにしておいてもらいました。

確かに、私にはルーマニアの宗教のことはわかりませんが、それでも見ていたかったのです。
せっかくカウチサーフィンを利用して、普通の人の暮らしを体験させてもらっているのですから。


朝食はニワトリだったのですが、これも近所の人からわけてもらったものだそうです。
自給自足をし、村の人どうしで助け合う。
そういう習慣がまだ残っているんですね、この国には。


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夜明けとともに、アディの車で市内へと送ってもらいます。
まだ暗さが残る中、車の行く手を阻むものがあります。

あれはなんだ?


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牛の大群です。
車道の真ん中を、堂々と歩いています。
誰もクラクションを鳴らしたりなんかしません。
ここでは牛に優先権があるのでしょう。

アディの会社で車から降ろしてもらい、あとはバスで木造教会へと向かいます。


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バスを降りたところには、看板こそありますが、その他にはなにもありません。
世界遺産に登録されているというのに、商売っ気がまったくないようです。
私はルーマニアのそういうところが好きなんですけどね。


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ここからは歩き。
まだ体調が回復していないから、あまり遠くなければいいのだけど・・・


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今日訪れるのは、このふたつの木造教会。


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道中はとても快適なハイキング。
静かです。
誰ともすれ違いませんでした。

こんなに人口密度が低いのに、教会だけはやたらとあります。
人の数よりも教会の数の方が多い国。それがルーマニア。


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一つ目の教会は、それほど遠くないところにありました。
中には誰もいません。
貸し切りです。
世界遺産を貸し切り!
なんてぜいたくな旅をしてるんだ、俺は。


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教会の敷地内は墓地となっています。
墓場だというのに、美しい。
お墓の写真を撮るなんて不謹慎だとは思いましたが、あまりの美しさに、シャッターを押さずにはいられません。


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鍵がかかっていたため、中には入れませんでした。
本来なら見学することができるそうなのですが、まだ朝早かったため、誰もいなかったようです。


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二つ目の木造教会を目指して歩いていると、遠くから爆音が聞こえてきました。
牧草を積んだトラクターです。
ルーマニアのトラクターはよほど性能が悪いらしく、大きな音を鳴らす割には、ちっとも前に進んでいませんでした。


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先ほど見た教会が、もうあんなに小さくなっています。
乾草の間から見える木造教会。
ルーマニア大好き人間の私には、見るものすべてが素晴らしく思えます。


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二つ目の木造教会まではかなり距離がありました。
乗り合いバスのようなものも見えたのですが、今日は天気もいいですし、もう少し歩くとしましょう。
こんなに気持ちいいウォーキング・コースを、車でひとっ跳びしてしまうなんてもったいない。


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道の横では、牛が放し飼いにされています。
よそ者の私のことを、おそるおそる見ているようでした。
おどかしてごめんね。


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私の横を、3匹の牛が通り過ぎていきます。
首につけた鈴をカラン、カランと鳴らしながら。

この国にいると、心が洗われていくのがわかります。
ルーマニア、来てよかった。


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牧草を積んだトラクターは、相変わらず爆音をまき散らしながら走っていきます。
うるせー。


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ついに到着。
先ほどの木造教会とほとんど同じ形です。

でも、不思議と飽きません。
いつまででも見続けていたくなるような、そんな不思議な魅力をこの建物は持っています。


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ここで、ついにダウン。
まだ体力が完全には回復していないのです。

「世界遺産でお昼寝」シリーズ、第二弾です。
誰もいない木造教会を眺めつつ、心行くまで午睡を楽しむ。
これほどぜいたくなものはありません。


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しかし、いつまでも寝ているわけにはいきません。
よろよろと起き上がり、ふらふらしながら着替えます。

「侍の衣装を着て世界遺産と写真を撮る」
本日のミッションは、これにて完了。
ふぅー。


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参道の工事中らしく、かなり足場が悪いです。


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せっかくだから牛さんと一緒に写真を撮ろうとしたら、露骨に警戒されてしまいました。
あちこちで牛が大きなうなり声をあげます。

へんてこな格好をした東洋人を見たら、そりゃあ怪しいと思いますよね。


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「誰もいない世界遺産」
心行くまで楽しむことができました。
なんだかものすごく得をした気分です。

観光客も、みやげ物屋も、飲食店もない。
こののどかで落ち着いた雰囲気を、ずっと保っていてほしいものです。


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もと来た道を、またてくてくと歩いて戻ります。

のどが渇いた。
お腹もへった。

「どこかに一軒くらい店があるだろう」と思って、飲み物も食べ物も持ってこなかったのですが、甘かった。
この界隈には、一軒のお店もないのです。
村の人たちは、いったいどこで買い物しているのだろう。
やはり、すべて自給自足の生活をしているのだろうか。


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途中でペンションのようなものを見つけます。

「看板には飲み物のマークもあるし、ここならなにかありつけるかもしれない」

そう思って門を叩いたのですが、出てきたおばちゃんはまったく英語が話せません。
身振り手振りで「のどが渇いた」というジェスチャーをしたのですが、首を振るばかり。

「水くらい飲ませてくれよ!」
と思ったのですが、どうも無理っぽい。


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今日はずっと歩きっぱなしだったのに、一滴も水を飲んでいない。
これはまずいぞ。

そこで、一つ目の木造教会に水のマークがあったのを思い出しました。
「あそこまで戻れば、水が手に入るかもしれない」

そう判断して、再び教会へと戻ります。


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たしかに水はあったのですが、どうも地下水っぽい。

私はここ最近、ずっとお腹をこわしています。
この状態で地下水を飲むことには抵抗がありましたが、飲まずにはいられませんでした。

旅をしていると、安全な水のありがたさに気づかされますね。


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最後にもう一度ぐるっと一回りして、教会に別れを告げます。
こんなに単純な造りなのに、いくら見ても飽きないのはなぜだろう。


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延々と続く道。
ああ遠いなあ。


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お城のような教会が見えてきました。
ということは、バス停はもう近いはず。


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教会、教会、また教会。
ルーマニア人の教会オタクっぷりは徹底しています。


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ようやくバス停に到着。
来た時には閉まっていた売店が、今は開いています。
よかった。
これで飲み物にありつける。

中にはきれいなルーマニア女性がいて、彼女からファンタを買いました。
うまいっ!
こんなにおいしいファンタ・オレンジは初めてだ。


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バス停にたどり着いてはみたものの、この荒れっぷり。
ごちゃごちゃと張り紙はあるものの、肝心の時刻表は見当たりません。

このバス停は「生きている」のだろうか?
ほんとにバスはここに停まるのだろうか?
一抹の不安が頭をよぎります。

屋根は一応ついているものの、半透明なため、日光を防ぐことはできません。
暑い。
またのどが渇いたので、今度はアイスクリームを買いました。


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バスがいつ来るかもわからなかったので、ヒッチハイクをすることにしました。
ここルーマニアは、私が人生で初めてヒッチハイクをした国です。
そして、世界でもっともヒッチハイクをしやすい場所なのです。

というわけで、意気揚々とヒッチハイクを開始したのですが、暑い!
黒い侍の衣装は、太陽の熱を容赦なく吸収していきます。

車も通りそうになかったので、涼を求めて、売店に逃げ込みました。


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「どうだった? 車は見つかった?」

売店のお姉さんは、再び舞い戻って来た私のことを憐れむように見つめています。
まるで、「誰からも乗せてもらえなかった残念な子」を見るかのように。



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ペプシ・コーラを飲んで元気を回復した後、再び私は道路に立ちます。
空は青く晴れ渡り、清々しいです。

しかし、暑い。
車はほとんど通らないので、日陰に隠れて車が来るのを待ち、接近したところで道路に向かって飛び出します。

でも、よく考えたらこれは間違った戦法でしょう。
だって、侍の格好をした男が、いきなり木陰から刀を振り回しながら飛び出して来たら、
停まってくれるつもりの人だって、びっくりして逃げて行ってしまうかもしれません。



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それでも、すぐに車は止まってくれました。
それも、こんなに美人が!

ちょっとヤンキーぽい気もしますが、それぐらいでなければヒッチハイカーを乗せたりはしないでしょう。
「ヒッチハイクは危険だ」とよく言われますが、乗せてもらう方だけでなく、乗せる方だって危険と隣り合わせなのです。

それなのに、若い女性が乗せてくれた。
これにはちょっと感動しましたね。


彼女に限らず、ヨーロッパの女性は車の運転がうまいです。
オートマなんてほとんど走ってませんから、女性でも普通にミッション車を運転しています。
ぐいぐいとシフトチェンジしている様子は、見ていてほれぼれします。

時々彼女はすれ違う車に向かって手を上げたり、ウインクしたりします。
どうやら彼女はこの周辺では人気者のようですね。

というのも、すぐそこのガソリンスタンドが彼女の職場なので、この道路を走るドライバーとは顔見知りだということでした。

そのガソリンスタンドは市内からは少し離れたところにあります。
私のヒッチハイクはそこでおしまい。

「大丈夫よ。すぐそこにバス停があるから」
お姉さんはそう言い残してガソリンスタンドへと消えていきました。

なかなか威勢の良い、男前のお姉さんだったなあ。


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バス停では英語がまったく通じず、切符を買うのもひと苦労。
まわりの乗客も誰一人英語を理解しないのです。


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それなのに、乗客はみんな私に群がってきて、なにやらわめいています。
「一緒に写真を撮れ! 撮れ!」とうるさいです。

ルーマニアに限らず、東欧の路線バスには冷房はありません。
ものすごく暑いので、侍の衣装を脱ぎたかったのですが、まわりの乗客の雰囲気がそうはさせてくれませんでした。
ここで私が侍の衣装を脱いだりしたら、みんながっかりしそうな気がしたからです。

なので、炎天下、あつくるしい侍の衣装を着続けるはめになってしまいました。

マサト、日本のイメージアップのためにがんばってます。



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アディのオフィスに帰ってきました。
ここは冷房がガンガン効いています。
気持ちいいー!
汗がすーっとひいていきます。


アディは仕事の合間をぬって、私のためにバスを予約してくれました。
ここバイア・マーレからティミショアラまでは夜行電車で行くのですが、そこからセルビアまでは乗り合いバスを利用します。

ルーマニアからセルビアへの国境越えはなかなかややこしそうだったのですが、アディのおかげでスムーズにいきそうです。


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アディの仕事が終わるのを待ちました。
焼きたてのパンのいい匂いが鼻をくすぐります。


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バイア・マーレに立ち寄る機会があったら、ぜひアディ一族の経営するベーカリーでパンを試してくださいね。
おいしいですよー。


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まだ明るいうちに仕事を終えたアディの車で、村へと戻ってきました。
そしてすぐに夕食をごちそうになります。
至れり尽くせりだな。
私はほんとにホストに恵まれています。


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食事は大変おいしいもの、のはずなのですが、私は相変わらずお腹の調子が悪い。
そして、ルーマニアの料理というのは、とにかく濃い!
こってりとしているので、胃の調子が悪いときには、かなりこたえます。

アディのお母さんは毎回腕によりをかけてルーマニア料理をふるまってくれたのですが、
結局私はここにいる間、ずっとお腹を壊していました。
なので、ついにおいしいごちそうを心から味わうことができなかったのです。

ああ、なんてもったいないことを!


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バイア・マーレでの私のカウチ。
豪華でしょー


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市内に何か所もあるアディのお店。


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彼のお店から、いくつかの商品をいただきました。
「夜食に」ということです。
ありがたや、ありがたや。


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アディのお母さんからは、ジャムを一瓶もらいました。
そうです、あの手作りのジャムです!
これ以上のお土産はありません。

アディ一家のみなさん、この御礼はいつかきっと、必ず。


駅のすぐ近くにあるアディのベーカリーは24時間稼働しています。
なので、私の乗る夜行列車の出発直前まで、事務所で休ませてもらいました。
社長一族の客人ということで、従業員の方たちも、それはもう親切にしてくれました。
VIP待遇です。

いやはや、こんなに豪華なカウチサーフィンも久しぶりだな。


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バイア・マーレの駅構内。
ルーマニア北部の拠点駅だというのに、なんともさびしいかぎりです。


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これが私の乗る夜行列車。
ルーマニアともついにお別れ。
明日にはセルビアだ。

テーマ : ヨーロッパ旅行記
ジャンル : 旅行

バイア・マーレでジャム作り!(ルーマニア)

バイア・マーレでカウチサーフィン(CouchSurfing)、ルーマニア



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バイア・マーレでのホスト、アディの家は市の中心部から少し離れた村の中にあります。
なかなか落ち着いた雰囲気の静かな村で、ひと目でここが気に入りました。

今日は月曜日。
もちろんアディには仕事があるので、出勤のついでに車で市内まで送ってもらいました。


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アディが家族で経営しているパン屋さん。
バイア・マーレ市内に9つものお店を持つというアディ一家。
なかなか裕福な家庭のようです。
いつも鷹揚な態度をくずさない彼らからは、余裕のようなものを感じました。


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アディの会社から市内へは、この線路をまたいで抜けていきます。
踏切なんてありません。
これがルーマニア方式なのか!

なかなかスリルがあって楽しかったです。
私の他にも、たくさんのバイア・マーレ市民がこの線路を横断していました。
日本の国土交通省が見たら大泣きしそうな光景です。


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線路を抜けるとそこにはバスターミナルが。
鉄道網があまり発展していないルーマニアでは、このミニバスこそが重要な庶民の足となります。
ただ、外国人観光客へ向けた配慮はありません。
まあ、それが旅のおもしろさでもあるんですけどね。


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バスターミナルのとなりには、バイア・マーレの鉄道駅があります。
ここはルーマニア北部の拠点都市のはずなのですが、駅前でもそれほど発達はしていません。
市の中心部でもかなり静か。
ルーマニアはやはり落ち着きます。


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まだ体調は回復していなかったので、今日は一日、バイア・マーレ市内を散策します。
アディに教えられた鉱物博物館へとやってきました。

しかし、どうやら今日はお休みのようです。
本音をいうと、あまり博物館には興味がなかったのでほっとしました。


次は郊外にある民俗博物館を目指します。
アディはバスを使うように言ってくれましたが、私はあえて歩きます。

途中、旧市街区のような場所を通ったのですが、近代化されたバイア・マーレ中心部とは違い、なんだかとてもルーマニアっぽくてよかったです。

アディは地図をプリントアウトしてくれた上に、道順を詳細に書き込んでくれました。
おかげで迷わず民俗博物館にたどりつくことができました。



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民俗博物館では、ルーマニア各地の伝統家屋を見ることができます。
なかなかいいと思うのですが、本物の木造教会を見た後では、やはりもの足りません。
さっとひととおり見ただけで、すぐに出てきてしまいました。


一日かけてバイア・マーレ市内を見てまわるつもりでしたが、あまりおもしろそうな街ではありません。
公園のベンチで昼寝をして時間をつぶすことにしました。

このトイレには仮設の公衆トイレがあり、無料で使えます。
ヨーロッパではたいていトイレは有料なので、これはとても珍しいです。

ところが、いざ使おうとして、断念してしまいました。
鍵は壊れているし、タンクも見事なまでに破壊されていて、どう考えても水は流れそうになかったからです。


夕方近くまで昼寝をしていると、アディからメッセージが届きました。
仕事を終えた彼は、わざわざ車で公園まで迎えにきてくれ、その後いくつかの支店をまわりました。


そしてその後はいよいよ帰宅です。
今日はアディの家に、親戚の人が集まっているといいます。
ぶどうを収穫して、みんなでジャムをつくるのです。

ジャム作り!
そんな経験したことないぞ。
おもしろそう!


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私たちが帰宅したとき、すでにジャム作りは始まっていました。
いったいどうやってジャムは作られるのだろうか。
なんだかわくわくします。


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このおじさんはなぜ上半身裸なのか。
ジャムを煮立てる釜は火を焚いているので、とても暑いのです。


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おじさんにジャム作りを教わりました。
単純なようでいて、けっこう難しいです。
同じペースでゆっくりとかきまぜないと、火が均等にゆきわたりません。

「だめだ、だめだ。もっと腰をいれろ!」

何度もダメ出しをされてしまいました。


そしてなぜか、

「おっ! いい時計してるな。 俺はセイコーの時計が大好きなんだ。セイコーの時計は最高だ。
 その時計、俺にくれよ」

なにを言ってるんだ、このおじさんは。
なんでいきなりあんたにあげなきゃならないんだよ。


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ふたを開けるとこんなかんじ。
ぶどうがぐつぐつと煮立っています。
バチバチとあたりに飛び散ります。

おじさんはこれを、「地獄の釜」と呼んでいました。



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アディの家のとなりには、果樹園があります。
ぶどうはこの畑で採れた新鮮なものなのです。


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ぶどう。
収穫は今日一日では終わらないので、明日も続きます。
人手が必要なので、親戚が集まってみんなで共同作業をするのです。


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ジャムを煮るのは主に男性の仕事。
女性はまた別の作業を担当します。
私も体験させてもらいました。


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ここでの作業はぶどうをひとつひとつ種を取り除いて、水できれいに洗うというもの。
地味だけど、けっこう大変な作業でした。


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アディの家ではさらに鳥も何種類か飼っていました。
まさに自給自足です。

さらに、親戚もそれぞれ別の作物を栽培しているので、みんなで持ち寄れば買い物に行く必要はないそうです。
ルーマニアの生活って、なんだか健康によさそう!


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ジャムができあがったので、さっそく試食させてもらいました。
できたてのほやほやなので、湯気がたっています。
アツアツのジャムを食べるのなんて初めてです。

そしてこのジャム、うまいっ!
こんなおいしいジャム食べたことない。

このジャムに比べれば、スーパーで売っているジャムなんて、死んだジャムも同然です。
できたてのジャムというのは、工場でパックされたものとはまったくの別物でした。
こんなの食べた後には、もう既製品なんて食べれません。


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今日の作業はもう終わりかと思っていたのですが、そうは問屋がおろしません。
今度は別の色をしたぶどうが運び込まれてきました。

うへえ、まだあるのかよ。
もう腰が痛いんですけど。

しかし、おいしいジャムをごちそうになってしまった以上、作業に参加しないわけにはいきません。


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アディのお母さんからお声がかかります。

「ほらほらマサト。いつまで油売ってんのよ。さっさと仕事に戻りなさい。
 これが終わるまで、晩御飯は食べれませんからね」

ううっ。
働かざる者、食うべからず。
この法則は世界共通のようです。

まさかルーマニアまで来て、ジャム作りを体験させてもらえるとは思ってもみなかった。
ありがとう、カウチサーフィン。



テーマ : カウチサーフィン(Couch Surfing)
ジャンル : 旅行

ルーマニアのバス事情(Sighetu Marmatiei ~ バイア・マーレ、ルーマニア)

バイア・マーレ(ルーマニア)でカウチサーフィン(CouchSurfing)


木造教会を見学した後、再び宿に戻ってきました。
チェックアウトはもうすでに済ませてあったのですが、バスの時間までまだかなりあったので、この宿でしばらく休ませてもらうことになりました。

「どこか具合でも悪いの?」

例の受付の色っぽいお姉さんも、私の体調の変化に気づいていたようです。

「なにか飲む?」

本来なら、きれいなお姉さんの申し出を断ることなどありえません。
しかし、今の私の胃袋はなにも受け付けないのです。
食べても飲んでも、かたっぱしからもどしてしまうのです。

ましてやこれから私はバスに数時間揺られることになります。
バスの中で吐いてしまったらシャレになりません。



宿からバス停までの道のりが、ものすごく遠く思えました。
荷物がいつもの3倍くらいの重さに感じます。
ギリギリ肩に食い込んでくるため、少し歩いては荷物を降ろして休憩しなければなりませんでした。

のどもカラカラです。
バスの中で吐くのが怖くて、なにも飲んでなかったのですが、もう口の中はカラカラ。
さすがにこれは脱水症状がヤバいだろう。

水をひとくちだけ口にふくみ、それを10分くらいかけてちびちび飲みました。
でも、ひとくちじゃあ全然足りません。

「もっと飲みたい」

昨日も今日も吐きっぱなしだったので、もうまる二日間なにも食べていない計算になります。
食欲はありませんが、とにかくのどが渇いた。
手元に水を持っていながら飲めないというのは、かなりつらい。

「バス停に着いたら、なにかジュースでも買ってやるから、それまで我慢しろ」

自分にそう言い聞かせながらバス停を目指します。
本来なら20分くらいで行けるはずの距離を、1時間くらいかけてやっとたどりつきました。

約束どおり、自分にファンタ・オレンジを買ってやります。
ひとくちだけ口にふくんで、じっくりと時間をかけて飲みます。

「うまい!」

ファンタ・オレンジがこんなにおいしいなんて知りませんでした。
ひとくちだけ飲んで、あとは捨てるつもりだったのですが、結局ぜんぶ飲んでしまいました。

「あーあ。結局全部飲んじまったよ。バスの中で吐いたらどうするんだ?」


しばらく待っていると、バスがやってきました。
私は重い荷物を持っているため早く動けないので、列の最後尾です。

早く車の中に入りたいのに、なかなか列が前に進みません。
列の先頭にいる人とバスの運転手がなにやら話し込んだ後、バスは行ってしまいました。
あれれれ。
いったいどうなってるんだ?
なんで俺たちはバスに乗れなかったんだ


バスに乗りそこなった乗客たちは集まってなにやらボソボソと話し合っています。
ルーマニア人でない私は蚊帳の外。
話に寄せてもらえません。

しかし、状況がまったくつかめないのは不安です。
みんなの話がひと段落ついたころあいを見計らって、話しかけてみました。

「あのー、バイア・マーレまで行きたいんですけど、次のバスには乗れますかね?」

ルーマニアでは英語が通じないことが多かったので、私の言っていることが通じるか不安だった。
が、一人の若い女性が親切に答えてくれた。


「私たちも今それを考えているところなの。
 さっきのバスはすでに満員で乗れなかった。
 次のバスは最終だから、状況はもっと悪いと思うの」

「えっ! 最終バスに乗れなかったらいったいどうなるんですか?」

彼女は肩をすくめながら言った。

「明日の朝まで待つしかないわね」

おいおいおい。冗談じゃないぞ。
俺は腹をこわしてるんだ。
それなのにこんな寒いバス停で朝まで待ってろっていうのか。


だんだんと太陽が沈んでいく。
そうだ、ルーマニアには吸血鬼がいるんだ。
こんな国で野宿なんて絶対にごめんだぞ。
かくなるうえは、ヒッチハイクか。
日が暮れてからのヒッチハイクはできれば避けたかったが、他に方法はない。


打開策を練っていると、バス停で待っていた乗客たちが一斉に立ち上がる。
来たのか、最終バスが!

乗客たちは我先にとバスへと殺到する。
そりゃそうだろう。
このバスを逃したらもうあとはないのだから。
みんな必死だ。

だが、重い荷物を持っている私はまたしても列の最後尾となった。

あのー、異国の地をさまよっている外国人をもう少しいたわってくれませんかね。


今度もバスの運転手は「もう満員だ」と言って乗車を拒んでいたのだが、みんな無視して強引に乗り込んでいった。
やれやれ。
なんとかなりそうだ。

と思ってバスに乗ろうとしたら、運転手に制止された。
「もう無理だ。これ以上は乗せられない」

そんな殺生な!
頼むよ、なんとか乗せてくれよ。
こんなところに置き去りにされて、いったい俺にどうしろっていうんだ。

普段は押しの弱い私だが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。
なんとかごり押しして、バスにもぐりこんだ。

ふぅーっ。これでバイア・マーレにたどりつける。
あー、疲れたっ!




(運転手の横の「特等席」にへたりこむ私)


これは後から聞いた話なのだが、ちょうどこの前日、ルーマニアの道路交通法が改正された。
これにより、バスの座席以上の人数は乗せることができなくなったのだそうだ。
つまり、通路に立った状態で乗客を乗せてはいけないらしい。

そしてこれに違反した場合、バスのドライバーは処罰される。
だから運転手はあんなにかたくなに乗車を拒否したのだ。


さらに、この法律改正によって、ヒッチハイクも禁止された。
そのことを聞いて複雑な気分になった。

ルーマニアはヒッチハイク王国だ。
交通インフラがあまり発達していないこの国では、ヒッチハイクが庶民の重要な足となっている。
朝夕の通勤にヒッチハイクを利用する人も大勢いる。

いわば、ヒッチハイクはルーマニアの文化なのだ。
それなのに法律でいきなり禁止されても、人々は納得いかないだろう。

私も納得いかない。

私が生まれて初めてのヒッチハイク・デビューをはたしたのも、3年前のここ、ルーマニアでだった。
ビュンビュン走る車に向かって親指を立てる時のあの恥ずかしさと期待、車が停まってくれたときのうれしさは一生忘れることができない。
ずぶの素人の私でも、なんとかヒッチハイクに成功できたのは、この国の文化によるところが大きかったと思う。

だから私にとってヒッチハイクとルーマニアとは切っても切れない関係なのだ。

たしかにヒッチハイクは危険な側面もある。
実際に事件も起こっているのだろう。
政府が法律でヒッチハイクを禁止しようとする趣旨は理解できる。

これも時代の趨勢か。
なんだかさびしい気もするが仕方がないことなのだろう。

世の中はどんどんとつまらなくなっていくのだな。



とにかくバスには乗り込めた。
これであとはバイア・マーレに到着するのを待つのみだ。

ほっとすると同時にどっと疲れが押し寄せてきた。
私の体調はまだ万全ではない。
目をつぶって体力温存につとめる。


バスはしばらく走って、次の停留所にさしかかった。
見ると停留所には大勢の人が待っている。
このバスはすでに満員。
どう考えても全員は乗れない。

どうするのだろうと見ていると、案の定、ひと悶着起こった。
ルーマニア語なのでよくわからないが、

「なに言ってんだテメェ、ぶっ殺すぞ! とにかく乗せろっ」

とものすごい剣幕で怒鳴っている。

それはそうだろう。
もうあたりは日が暮れて暗くなりかけている。
この最終バスに乗れなかったら、もうどうしようもないのだから。


運転手が制止するのも聞かず、何人かの乗客たちが乗り込んできた。
私は運転手のとなりに腰を下ろしていたのだが、そこにいると他の乗客が入ってこれないので、奥へと追いやられた。
これでもう座っていられない。

疲れがどっと押し寄せてきた。
バイア・マーレまであとどれくらいだろう。
立ってるのがつらい。

倒れそうな私を見て、一人の若い女性が席を譲ってくれた。
かたじけない。
本来なら固辞すべきところだが、今の私にはそんな余裕はない。
倒れこむようにして席になだれこんだ。

異国の地で受けた親切は本当に身にしみる。
体調の悪い時はなおさらだ。
この借りは必ず日本で返そう。
重い荷物を持った外国人観光客を見つけたら、ぜったいに親切にしよう。


席を譲ってくれた女性は英語が話せたので、気になっていたことを聞いてみた。


「このバスは最終バスだろ。停留所には車に乗り切れなかった人がまだ大勢いたけど、あの人たちはどうなっちゃうんだい?」

「なんだ、そんなこと心配してたの。彼らは地元の人間だから、みんななんとかするわよ。
 それに、この国では時間がゆっくりと流れてるの。今夜乗れなかったら、明日乗ればいいだけの話よ。
 1日や2日の遅れなんてどうってことないのよ」


なんだかむちゃくちゃな論法だなあ。
でも、他に手段がないのだから、どうしようもないのだろう。


バスの中でうつらうつらしていると、窓の外がまぶしくて目がさめた。
今までずっと山の中を走っていたのだが、どうやら市街地にはいったようだ。
バイア・マーレか。

乗客たちがそわそわし始めた。
きっと停留所が近いのだろう。

私に親切にしてくれた女性も次で降りるみたいだ。

「バイア・マーレのどこまで行くの?」

え? どこまで?
えーっと、どこまでだろう。
そういえば詳しく聞いてなかった。
確かここでのホスト、アビィはバスターミナルまで迎えに来てくれると言ってたような気がするな。

「バス・ターミナルまで友人が迎えにきてくれるんだ」

私がそう言うと、女性はほっとしたようだった。

「なら、最後まで乗ってなさい。私はここで降りるわ。よい旅を!」

そう言い残してあわただしくバスを降りていってしまった。
ドタバタしていたので、彼女にお礼を言うひまもなかった。
あんなに親切にしてもらったというのに、俺はなんて恩知らずな人間なんだ。



バス・ターミナルといっても、屋根とベンチ以外にはなにもない。
アビィにメールを送ると、「すぐに行く!」という返事が返ってきた。
よかった。
どうやら今夜は無事にベッドの上で眠ることができそうだ。


アビィは大きな4WDの車で現れた。
恰幅のよい体型をしている。
性格もおっとりしている。
優しそうな人でよかった。
今は体調が万全でないから、あまり気を使う相手はいやだ。

アビィのお母さんもやさしい人だった。

「よく来たわね。お腹すいたでしょ」

と言って夜食をだしてくれた。

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おいしそうだ。
だが、ルーマニアの料理は味付けが濃い。
それに、これにはチーズがたっぷりとのっている。
はたして、今の俺に食えるだろうか。

スプーンを口に運ぶ。
こってりとした食感がのどを通過していく。

うぐっ。
吐きそう。


「ごめんなさい。僕は今体調を崩してるんです。
 せっかくのお料理ですが、どうやら食べれそうにありません。」

そう言うと、アビィのお母さんは嫌な顔一つせず食器を片付けてくれた。
それどころか、とても私のことを気遣ってくれる。

「そうだわ、いいものがあるからちょっと待ってて」

そう言いながら台所で何か作ってくれている。
もう夜も遅いというのに、私ひとりのために手をわずらわせてしまい、申し訳ない。


彼女は手にドリンクを持ってやってきた。
見ると、グラスの中にはレモンが浮かんでいる。
これは胃によさそうだ!

ひとくち飲んで、思わず吐きそうになった。
グラスの中に入っていたのは強烈なアルコールだったからだ。

「うぐっ、うぐ。 こ、これはいったいなんですか?」

「ウォッカのレモン割よ。病気の時はこれが一番でしょ」


そうか、ルーマニアの人は病気の時はウォッカにレモンを入れて飲むのか。
日本人が風をひいた時にたまご酒を飲むのと同じ理屈だな。
現地の風習を体で感じることができる。
カウチサーフィンをやっててほんとによかったー!

なんて言う余裕は私にはなかった。
こんなに気分が悪いときに、アルコールなんか飲めるか。
やばい、吐きそうだ。

チェンジ! チェンジ!
私の心の叫びが聞こえたのか、
アビィのお母さんは今度はデザートを作ってくれたようだ。


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さっきのこってりとした料理に比べれば、今度のは格段に食べやすい。
ふた口目くらいまではスムーズに食べることができた。
だが、それ以上はやはり食べれない。
無理に食べたとしても、きっと吐いてしまうだろう。

アビィのお母さんにはほんとに申し訳ないが、スプーンを置かざるをえなかった。

「そんなに悪いの?
 お薬は持ってる? 病院に行かなくても大丈夫?
 今夜は暖かくして早く寝なさいね。」

なんだか今日は親切にしてもらってばかりだ。
ルーマニアの人って、みんなこんなに優しいのだろうか。


テーマ : バックパッカー
ジャンル : 旅行

Sceava ~ Borsa ~ Sighetu Marmatiei (ルーマニア)

スチャバ(ルーマニア)でカウチサーフィン(CouchSurfing) 最終日


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朝8時、ゲストハウスまでジョージが迎えに来てくれた。
今日は土曜日だというのに、早朝から申し訳ない。

ゲストハウスからバスターミナルに行くだけだから、本来なら自分一人でじゅうぶんなはずなのだが、
ついついジョージの好意に甘えてしまった。

それに私はバスターミナルがどこにあるかも知らない。
思えば、スチャバではずっと誰かのお世話になりっぱなしだった。


私はこれから、ルーマニア北部のもう一つの世界遺産、「マラムレシュ地方の木造教会」へと向かう。
その拠点となる都市、バイア・マーレにはジョージの友人がいるというので、彼を紹介してもらった。
彼もカウチサーファーだ。
労せずしてホストが見つかってしまった。
ほんとにジョージには頭が上がらない。



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スチャバのバスターミナルの近くには市場がある。
ジョージが案内してくれた。


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特に珍しい野菜があるわけでもないのだが、やはり異国の市場をのぞくのは楽しい。
国によってなんとなく雰囲気が異なるから、見ていて飽きない。


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大量のスイカが置かれている。
西瓜は日本の夏の風物詩というイメージがあったので、ルーマニアでこれを見るのはなんだか変な感じがした。
しかもこんなにたくさん。
どうせならもっと「ルーマニアっぽい」果物を見たかったな。


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これはちょっとルーマニアっぽい気がする。


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パン屋でジョージがパンを買ってくれた。
バス停まで歩きながら、二人で一緒に食う。

朝食だけでなく、昼食の分までジョージはパンを買ってくれた。
バスが来るまで一緒に待っていてくれた。
バスがやってきたら、運転手に

「こいつはSighetu Marmatieiまで行くんだ。ルーマニア語はまったくわからないから、よろしく頼む」
みたいなことを言ってくれていた。

どこまで過保護なんだよ、ジョージ。
そんなに俺は頼りないのかな。
これでも俺はすでに何十か国も旅してきたんだぜ。


たしかに私は、京都でジョージを案内した。
でも、けっして立派なホストではなかった。

伏見稲荷大社では途中で雨が降ってきたので、
「じゃあ俺、先に帰るわ!」
とジョージを置き去りにした男なのだ。


それなのに、どうしてジョージはこんなにも親切にしてくれるのだろう。
良心の呵責を感じる。

どうやってジョージに恩返ししようかと考えていたのだが、いい案が思い浮かばないまま時間切れとなった。
バスの出発の時間だ。

がっしりとハグを交わす。
この借りは必ず返すからな。
また会おう、ジョージ。



バスはほぼ満席。
私の席は一番後ろだったので、車内の乗客の様子がよく見える。

車が教会の前を通り過ぎるたびに、乗客たちは一斉に十字をきる。
ルーマニアにはいたるところに教会があるから、その仕草を何度も見ることができた。

なんという敬虔な人たちだ。
私自身は宗教に興味はないのだが、こういう信心深い人たちの立ち居振る舞いを見ているととても清々しい気分になる。


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途中、バスは何度かターミナルで停まる。
何時間も狭い車内に閉じ込められているのはいやなので、そのたびに外へ出て日光を浴びた。

いい天気だ。

今日は一日移動日なので、観光はしない。
そんな日にかぎって快晴だったりする。
ああもったいない。
こういう気持ちのいい日はここぞという時のためにとっておきたかった。


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Borsaでバスを降りた。
ここでSighetu Marmatiei行きのバスに乗り換えるためだ。
次のバスが来るまで、1時間くらいここで待たなければならないらしい。


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これなんだろう?
なんとなくルーマニアっぽい。
近代的なスーパーマーケットとのコントラストに思わず見とれてしまった。


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これはなんだろう?
これもルーマニアっぽいぞ。
教会のようにも見えるが、少し小さすぎる気がする。


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これもルーマニアっぽいぞ。
レストラン? それともホテル?

Borsaはいわゆる観光地ではなく、それほど大きな街でもない。
でも、こういう素朴な街にいると
「ああ、俺は今、ルーマニアにいるんだなー」
という実感がわいてくる。
ブカレストではこうはいかないだろう。


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なんだか気分がよくなってきたら、ついでにおなかもすいてきた。
ジョージに買ってもらったパンを食べるとしよう。

パカパカパカ。

パンをほおばっていると、遠くから音が聞こえてくる。
なんの音だろう?
だんだん近づいてくる。


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馬車だ!
また会えた。
やっぱりルーマニアっていいなあ。

時計を見ると13時を少しまわったところ。
昼食を終えて、農作業に戻るところなのだろう。


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時をおかずして、もう一台の馬車が通る。
古き良き風景。


EUに加盟して以来、ルーマニアはどんどんと開発されてきている。
こののどかな国も、ものすごいスピードで変化している。

EUに加盟した国は当然、EUのルールに従わなければならない。
公道を馬車が走るのは、EUの法律では違法だ。


ゆっくりと走り去る馬車の後姿を目に焼き付けた。
私が次にこの国を訪れるのはいつかはわからない。
でも、この次にこの街を訪れた時、もう馬車は走っていないんじゃないか。
そんな気がした。



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バスを乗り継ぎ、なんとか夕暮れまでにSighetu Marmatiei に着いた。
あらかじめ予約しておいた宿へ向かう。


東洋人が珍しいのだろうか。
すれ違う人々が私のことをチラチラ見ている。

たまに
「チャイ(中国人)?」
とか
「ニイハオ!」
と声をかけられる。

私は独りで旅行しているので、地元の人に声をかけられるのはうれしいのだが、
なんだか馬鹿にされているような気がしないでもない。


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途中、結婚式にでくわした。
ヨーロッパでは8月は結婚シーズンなのだろうか。
あちこちで結婚式を見かける。

式を終えた後、関係者が車に乗り込んで街を走り回るのだが、これがまた騒々しい。
プップー! ププーッ!
と、ひっきりなしにクラクションを鳴らしまくる。
まるで暴走族のようだ。


あらかじめ予約しておいたホテルに到着。
受付にいたのは、とても魅力的な女性だった。
さすがは妖精の住む国、ルーマニア。
美人には事欠かない。

彼女のあごの近くにホクロがあるのだが、これがまた色っぽい。
少し癖のある英語を話すこの女性はとても親切で、私のためにバス停の場所や時刻を調べてくれた。
木造教会までの行き方を丁寧に教えてくれている彼女の話を、ホクロに見とれながら聞いていた。



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教えてもらったばかりのバス停の場所を確認するついでに、このSighetu Marmatiei の街を散策してみた。


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Sighetu Marmatiei の駅。


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ルーマニアはどこでもそうだが、この街は特に教会が多い。
こんな小さな街に、ここまでたくさんの教会が必要なんだろうか。


Sighetu Marmatieiの街は小さく、これといった見どころもない。
まだ明るかったが、宿に帰って休むことにしよう。


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夜中に目が覚めた。
なんだか胃のあたりがムカムカする。
大急ぎでトイレに駆け込む。
これまでの人生で経験したことのない猛烈な下痢が始まった。

まだ便が止まらないうちに、今度は吐き気が襲う。
上から下から、大忙しだな。
ケツくらいゆっくり拭かせてくれよ。

なんとか吐き気をこらえて、下の方を一段落させてから今度は便器に向かって吐いた。
洗面台まで行く余裕はない。

しまった。
まだ水を流していなかった。
自分の便の匂いと強烈な胃酸が入り混じって、トイレ内にはものすごい悪臭がたちこめている。
さらに気分が悪くなって、また吐いた。

ちくしょう。
せっかく食べた物を全部吐き出しちまった。

それにしても、いったい何にあたったんだろう。
今日は移動日だったから、特別な物は食べてないはずなんだけどな。
パンと牛乳、それと桃くらいだ。

お腹には自信があった。
2か月以上東南アジアを旅した時も、下痢をしたことはなかった。
蟻が這い回る屋台や、ハエのたかっている魚も平気だった。

アフリカ、中央アジア、南米。
これから私の旅は難度を徐々に上げていく。
どうせ行くからには観光客用のオシャレなレストランではなく、地元の人が食べる物を一緒に食べたい。
そのためには丈夫な胃袋が必要だ。

それなのに、それなのにヨーロッパで腹を壊すとは。
情けない。


胃の中に入っていた物はすべてぶちまけてしまった。
これで後は快方に向かうはずだ。
もう一度ベッドに入って朝までグッスリ眠ろう。

しばらくしてから、また目が覚めた。
まさか、まさか・・・

再びトイレに駆け込む。
下痢と嘔吐が続く。
症状はさらに悪くなっているような気がする。


脱水症状を起こしているのが自分でもわかった。
唇がパサパサだ。

人間は水分の20パーセントを失うと死に至ると聞いたことがある。
もうすでに30パーセントくらいは放出した気がする。
水分補給しとかないとヤバいと思い、ペットボトルの水を飲んでからベッドに入る。

だがすぐに気分が悪くなって、せっかく飲んだ水も全部吐いてしまった。

飲んでは、もどす。
同じことを朝まで何度も繰り返した。


私の部屋は窓から教会の塔が見える、特等の席だった。
これが健やかに目覚めた朝ならば、さぞかし部屋の窓から見る教会は美しいのだろう。

教会の鐘は朝の6時に鳴り響いた。
やっと嘔吐と下痢が一段落して、ささやかながら眠りについたところを叩き起こされた。
6時だから6回鐘を打って終わりかと思っていたのに、30回くらい鳴らしやがった。
いったいなんの嫌がらせだ。


吐く行為というのは意外と体力を消耗するらしい。
目覚まし時計が鳴っても、起き上がることができない。

「今日はこのままホテルで寝ていようか」
体力を回復させるために、ゆっくりと休養するべきなのだ。
幸い今夜も部屋の空きはあると受付の女性は言っていた。
「もう一泊延長する」
そう言って再びベッドに潜り込めればどんなに楽だろう。

でも、できない。
なんとしても今すぐ起き上がらなければならない。

今日は日曜日。
マラムレシュ地方の住人が民族衣装をまとって教会に集まる日だ。
それを見るためにこの日程を組んだのだ。
ちょうど日曜日にマラムレシュを訪れるように日程を合わせるため、かなり無理もした。

それをいまさら反故にすることなんてできるわけがない。
よりによってこんな日に腹を壊すとは。
他の日ならまだなんとでもできたのに。

いつまでもボヤいていても仕方がない。
バスの時間が迫っている。
この国のバスはおそろしく接続が悪い。
朝のバスを逃すと、次の便は午後までない。
教会のミサは終わってしまう。

ゆっくりと上体を起こす。

はあはあ。
大丈夫だ。一度動き出せばあとはいつも通りに体は機能してくれる。

はあはあ。
起き上がるだけで一苦労だ。

はあはあ。
次はベッドから片方の足を出す。

はあはあ。
続いてもう一本の足。

そこでうずくまってしまった。
もうこれ以上動けない。


東南アジアで高熱にうなされた時は死を覚悟した。
だが、今は恐怖は感じない。
今回のはただ腹を壊しただけだ。
死ぬことはあるまい。

だから、起き上がってくれ、俺!

テーマ : バックパッカー
ジャンル : 旅行

カウチサーフィン(CouchSurfing)とは?

CouchSurfingKyoto

Author:CouchSurfingKyoto
.カウチサーフィン(CouchSurfing)とは。

日本に観光に来た外国人の宿として無償で自宅を提供し、国際交流を深めるというカウチサーフィン。

また、自分が海外に旅行に行く時には、現地の一般家庭に泊めてもらい、その土地に住む人々の生の暮らしを体験することだってできてしまいます。

ここは、そんなカウチサーフィンの日常をありのままにつづったブログです。

「カウチサーフィンは危険じゃないの?」
そんな危惧も理解できます。
たしかに事件やトラブルも起こっています。

なにかと日本人にはなじみにくいカウチサーフィン。

・登録の仕方がわからない
・詳しい使い方を知りたい
・評判が気になる

そんな人は、ぜひこのブログをチェックしてみてください。
きっと役に立つと思います。

最後に。

「カウチサーフィンを利用すれば、ホテル代が浮く」

私はこの考え方を否定しているわけではありません。
私もそのつもりでカウチサーフィンを始めましたから。

しかし、カウチサーフィンは単なる無料のホテルではありません。
現在、約8割のメンバーはカウチの提供をしていません。サーフのみです。

だって、泊める側にはメリットなんてなさそうですものね。

「自分の部屋で他人と一緒に寝るなんて考えられない」
「お世話したりするのってめんどくさそう」

時々私はこんな質問を受けることがあります。

「なぜホストは見知らぬ人を家に招き入れるのか?」

それはね、もちろん楽しいからですよ。

自己紹介
プロフィール


こんにちは。
京都でカウチサーフィン(CouchSurfing)のホストをしている、マサトという者です。
ときどきふらりと旅にも出ます。
もちろん、カウチサーフィンで!


(海外)
2011年、ユーレイル・グローバルパスが利用可能なヨーロッパ22カ国を全て旅しました。
それに加えて、イギリスと台湾も訪問。
もちろん、これら24カ国全ての国でカウチサーフィン(CouchSurfing)を利用。

2012年、東南アジア8カ国とオーストラリアを周遊。
ミャンマーを除く、8カ国でカウチサーフィンを利用しました。

2013年、香港、中国、マカオをカウチサーフィンを利用して旅行。 風水や太極拳、カンフーを堪能してきました。

2014年、侍の衣装を着て東ヨーロッパ20か国を旅行してきました。


(日本国内)
これまでに京都で329人(53カ国)のカウチサーファーをホストしてきました(2013年6月25日現在)。

もちろん、これからもどんどんカウチサーフィンを通じていろいろな国の人と会うつもりです。



カウチサーファーとしてのカウチサーフィン(CouchSurfing)の経験:


オーストリア、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、チェコ共和国、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、ルーマニア、スロヴェニア、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリス、台湾

シンガポール、インドネシア、オーストラリア、マレーシア、タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジア、ベトナム

香港、中国、マカオ

スロヴァキア、ポーランド、リトアニア、ラトヴィア、エストニア、ベラルーシ、ウクライナ、モルドヴァ、沿ドニエストル共和国、ルーマニア、セルビア、マケドニア、アルバニア、コソヴォ、モンテネグロ、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、リヒテンシュタイン


ホストとしてのカウチサーフィン(CouchSurfing)の経験:


アイルランド、アメリカ、アルゼンチン、イギリス、イスラエル、イタリア、イラン、インド、インドネシア、ウクライナ、エストニア、オーストラリア、オーストリア、オランダ、カナダ、韓国、クロアチア、コロンビア、シンガポール、スイス、スウェーデン、スコットランド、スペイン、スロヴァキア、スロヴェニア、タイ、台湾、チェコ共和国、中国、チュニジア、チリ、デンマーク、ドイツ、トルコ、日本、ニューカレドニア、ニュージーランド、ノルウェー、ハンガリー、フィンランド、ブラジル、フランス、ベトナム、ベルギー、ポーランド、ポルトガル、香港、マダガスカル、マレーシア、メキシコ、モルドバ、リトアニア、ルーマニア、ロシア



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