シュワルツネッガーになりたいか?
ユダヤ、エルサレム、アラブ、中東戦争・・・
以前の私はけっこう重苦しいイメージを抱いていた。
だが、カウチサーフィンを始めてからは、そのイメージはかなり変わった。
というのも、これまでにホストしたイスラエル人はみな、陽気で親しみやすい人たちばかりだったからだ。
長いことカウチサーフィンをしているうちに、自然と好みの国というのができあがってくる。
私の場合、それはアルゼンチンだったり、台湾だったり、そしてイスラエルだったりする。
なので、イスラエル人のラビブからカウチリクエストをもらった時も、なんのためらいもなく承諾した。
それから数日して、彼からさらにメールが届いた。
「もう一人友達を連れて行ってもいいかな?」
この軽いノリも、イスラエル人の特徴の一つだ。
だが、やってきた2人を見て泣きそうになった。
日本人としては私もかなり大きい方だが、この二人は私なんかよりもはるかにガタイがでかい。

(左:ラビブ(イスラエル)、右:デニス(ドイツ))
これまでに出会ったイスラエル人はみな、例外なくがっしりとした体格をしていた。
さすがはアラブ諸国を敵に回して戦争をしてきただけはある。
だからラビブについてはある程度の覚悟はできていた。
だが、彼の知り合いだというドイツ人のデニスも、イスラエル人とはまた異なる威圧感を持っていた。
イスラエル人の体格の良さは多分に遺伝的なものだと思うが、このドイツ人男性のそれはどこか人工的なものを感じる。
なんというか、不自然なまでに作られたたくましさなのだ。
その理由はのちに判明することになる。
彼らが私の家に到着したのは夜遅く。
どうやらツアーに参加していた彼らは、奈良や伏見に寄っていたようだ。
深夜の訪問となってしまったことを、ラビブはしきりに謝っていた。
この律儀さも、私がイスラエル人を好きな理由な一つだ。
外見のいかつさとは裏腹に、彼らは実に繊細な神経の持ち主なのだ。

彼らはメロンを買ってきてくれた。
イスラエルともドイツとも関係のないお土産だが、それはそれでうれしい。
メロンには「JA高知」と書いてある。
「高知にも行ってきたの?」
「いや」
これほど脈絡のないおみやげも初めてだが、彼らの気持ちはよくわかる。
ここは素直にいただいておくことにしよう。
イスラエルには徴兵制度がある。
一定の年齢に達すると、男も女も軍隊で訓練を受けなければならない。
しかもいつ戦争が起こるかもしれない状況下での訓練だから、必然的に過酷なものとなる。
そのストレスたるや、我々の想像を絶するもののようだ。
だからイスラエルの若者は徴兵期間が終了すると、その憂さを晴らすために海外に旅行する者が多いのだそうだ。
そして、このラビブもその一人だ。
だが、彼の年齢からすると、それはちょっとおかしい。
普通の人よりも数年長く軍隊にいた計算になる。
いったいどういうことだ?
「俺はちょっと特殊な部署にいたんだ」
彼のもってまわった言い方でピンときた。
そういえば、彼の体型は軍隊で鍛えあげられた者のそれではない。
昔読んだ落合信彦の小説を思い出した。
「モサドか?」
「ま、そんなところだ」
正確に言うと彼がいたのは諜報機関であるモサドではなく、国家安全なんとかという機関らしい。
かつては国家の最高機密を扱っていたという若者の髪は、今は緑だかピンクに染められ、鼻にはピアスがついている。
映画や小説によって作り上げられた「情報部員」というイメージは、かなりあてにならないものなのだな。
「うおーっ! まさかここでこんなものにお目にかかれるとは思ってもいなかったぞ!」
ドイツ男のデニスが雄たけびをあげる。
私の部屋でいったい何を発見したというのだろう?
彼は私のトレーニング機器をうれしそうに触っていた。
どうやら彼は筋トレ・オタクらしい。
「旅行中はなかなかジムに行く機会がなくってな。
どうも体がなまってしかたがない。
マサト、お前のトレーニングマシンを使ってもいいか?」
私が返事をする前に、彼はせっせと準備を始めてしまった。
ぶら下がり健康器を使って懸垂をするデニス。
彼の体重のせいで、ギシギシと音がしている。
大丈夫かな。今にも壊れそうだぞ。
彼は自分がトレーニングをするだけでは物足りないらしい。
「マサト、一緒にやろうじゃないか」
彼はかなり筋トレには詳しそうだし、この際だからきちんとしたトレーニング方法を教えてもらうことにした。
デニスの口ぐせは、
「シュワルツネッガーもやっている」だ。
どうやら彼はシュワルツネッガーのことを心底尊敬しているらしい。
彼から手ほどきを受けて、私も実際にやってみる。
「だめだ、だめだ。まだまだ限界に達していないじゃないか、マサト。
そんなんじゃシュワルツネッガーみたいになれないぞ」
彼曰く、ギリギリまで筋肉を酷使しないと、効率的に筋肉を増強することはできないのだそうだ。
「もうダメだ、と思えるところまでやった後に、さらに数回がんばる。それが太い筋肉をつけるコツだ。
シュワルツネッガーだってやっているぞ。」
なるほど。
彼の言う通りにやってみたら、確かにキツいが効果はありそうだ。
これからはやり方を変えてみよう。
「まだ止めちゃダメだ、マサト。
全然余裕が残ってるじゃないか。
もっと全身が痙攣するくらいまで限界に達しないと、まったく効果がないぞ。
シュワルツネッガーみたいになりたくないのか?」
あのね、デニス。
俺は一度だって、シュワルツネッガーになりたいだなんて言ってないだろ?
テーマ : カウチサーフィン(Couch Surfing)
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